ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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09:夕食時、到着遅れ

「いたあああ! そら姉さん!!」

「クァッ?」

「そら、“ねえさん”……?」

 

 先ほどくぐってきた店先のほうから、不意に街の喧騒すら引き裂くような甲高い絶叫が聞こえる。『そら姉さん』という聞き馴染みのない呼び名だとかスバルのリュックから聞こえた割と大きなアヒルの声のことはさておいて、その少女は明らかに悪目立ちすることを気にも止めずに本屋へと駆け込んできた。

 全身のところどころにペンキのシミをつけた風変わりで小柄な子だ。初めて見る子だし、そらの大学関係の友達だろうか。……なんだ、まつりたちの他にも友達いるんじゃん。まつりは何故か少しムッとした。

「い、イオフィちゃん⁉︎ どうしたの……?」

 さすがのそらも彼女の勢いに気圧され気味だ。どうやらこの子は『イオフィ』という名前らしい。

 まつりは平静を装いつつ考える。日本人っぽくない顔立ちだとは思ったが、さらにこの名前で多分大学での繋がりということは留学生だろうか……? いや、今どき外国にルーツを持つ日本人くらいザラにいる。さすがにその辺りまでは推測できないか。

「急いで来て欲しいの! 緊急なのよー‼︎」

 イオフィはかなり慌てた様子でそらの服の袖をぐいぐいと引っ張る。と、ここでようやく彼女は“そらに連れがいる”という事実に気がついたようだった。

「あ! そ、そら姉さんのお友達の方ですか? 初めまして! 私はアイラニ……うぅゴメンナサイ! 今は自己紹介してるヒマはないんです‼︎ 後でお返しするので、そら姉さんお借りします‼︎‼︎‼︎」

 彼女はそれだけいうと、そらのブラウスの袖を固く握ったまま、来たときとそっくりそのままの勢いで立ち去っていく。なされるがままに連行されていくそらの困惑しながらこちらを見る表情が印象的だ。まるで強風が傘をさらっていくかのように、呼び止める間も無く二人は本屋からいなくなった。

「……行っちゃった、ねー……」

「嵐みたいに去ってったな……」

「グクーゥ」

 どうもスバルも同じような感想を持ったらしい。唖然とするまつりに続いて彼女もボソッと呟いた。なお続いて聞こえたカラスの小さな声の意味まではまつりにはわからない。またハアトにとっても少々唐突すぎたようで、彼女は突然の展開に無言で目をパチクリさせている。これほどまで急に参加メンバーが抜けてしまうとは予測しようもなかった。

「そらちゃん、晩ごはんどうすんのかなぁ」

「一応、最初の予定通り四人分作っとこうよ。それならそらちゃんが早めに戻ってきても安心だし」

 ボソッと呟くスバルにまつりは取り敢えず対処(といっても予定は何も変わらないのだが)を提案して、帰り道のスーパーマーケットに向けて歩を進める。

 さて、メニューは何にしようか。

 

 

 空になったカレーの器を置いて、ハアトは満足げにふうと息を吐く。

「あんな美味しそうに食べてたのに味は感じないんだもんねぇ……」

 それを眺めながらスバルは複雑な感情がノドの奥にのしかかってくるような重さを感じた。視界の端ではカーテンレールの上にとまったスモックがまつりにいつものようにラブコールを送っている。

 時刻は二一時二九分。時間のかかった買い出しを終えて、三人はスバル宅で遅い夕食のカレーを平らげ終えたところだ。

 こんな時間になってしまったのは、そら不在ということを踏まえてまつりとスバルが夕食のメニューを決めかねている間に、初めてのスーパーマーケットで冒険心をくすぐられたハアトがふらっといなくなってちょっとした騒動になってしまったためである。ちなみに彼女自身は鮮魚売り場で一尾のタイとにらめっこしているところを発見されたが、これによりスーパーからスバルの部屋にたどり着いたのは二十時をまわった頃だった。

 店内の時点で遅くなることが目に見えていたことに加えて、自分達が指導するとはいえちゃんと作る料理は初体験のハアト付きである。メニューは流れるように“作るのが簡単、かつほぼ失敗しない料理”ことカレーに決まっていた。

 

「やっぱり“味”とか分かんない?」

「……感じたことないからなぁ」

 満足げだったハアトも、突然のまつりからの質問に顔を少し曇らせる。やはり味覚がまるで機能していないのだ。それに記憶の中ですら『味』を感じた瞬間がまるで無いのだから、彼女にとっては味という感覚そのものが全く未知のものだった。

「あ、でもカレー美味しかったよ? アツアツで‼︎」

「いやフォローにもなってねぇ!」

 一方、夕食を終えたばかりでもスバルのツッコミは相変わらずだ。さすがに声の音量は抑え気味で、かつ口元を押さえるという品の良い動作付きだったが、それでも叫ぶ言葉の内容はいつもと同じというなかなか脳が混乱しそうな光景だった。

「アハハ、ごめんって! でも、はあちゃまは熱いと“美味しい”の!」

 ハアトは屈託なく笑ってみせる。考えてみれば先ほど彼女自身が言ったように、少なくとも今のハアトにとって『味』は一瞬たりとも感じたことのない感覚だ。普通の人間にとって味覚喪失といえば一大事だが、(言い方に問題はある気がするものの)“最初から感覚がない”ハアトからしてみれば何の問題もないことなのではないか。“熱ければ美味しい”という感覚はそんな状況の中で彼女が見つけ出した“代わりの舌”なのかも知れない。まつりはぼんやりそんなことを考えながら、

「そういやさー、もうかなり遅いけどそらちゃん帰って来なかったね……」

 ポツリと話題を切り出す。

 イオフィと呼ばれていたあの少女に連れていかれてからというもの、そらからの連絡は一切なかった。彼女の温和な性格であれば時間があれば連絡の一件くらいはありそうなことを考えると、まだ『緊急の用事』とやらが片付いていないということだろうか? イオフィのあの必死さといい、まつりは少し心配になった。

「んー……そらちゃん、どうしたんだろうねぇ」

 スバルの笑顔も急にしぼんでいくみたいに弱くなった。彼女だって同じく心配なのだ。もっとも、あの連れていかれ方で心配にならない者の方が圧倒的に少ない気もするが。

「というか、なんで連れていかれたのかなー」

 ハアトもあの二人の動向が気になるようで、椅子の上で足をぶらぶらさせながら根本的な疑問を口にした。

「それはさすがに……まつりたちに聞かれても分かんないかな」

「多分だけど、例のスマホ停止……ってか“ハイテク停止事件”の関係じゃないかなぁ? そらちゃんが普段何やってるかは知らないけど、あのイオフィって子が大学関係の友達なら研究とかでPCとかすごい使いそうじゃん。その関係で呼ばれたとか……」

 当てずっぽうでこそあるようだが、スバルなりにもっともらしい理由を予想してみる。たしかに、いかにも『ありそう』だ。理系ならPCは絶対に使うだろうし、そもそも文系であっても今どき大差は無い。美術学部の油彩科とかなら影響は少ないかもしれないが、生憎この近くに芸大なんてものは無かった。

「今までよく分かんなかったけど、『すまほ』って大事なものなんだね。お出かけの時、すれ違う人みんな元気ない感じだったし」

 道ゆく人々のどこか精気のない顔を思い出しながらハアトも浮かない顔で返す。

「もうなんか、街じゅうがスマホと一緒に停止しちゃってたよね」

「色んなこと出来なくなってたもんねぇ……車ってガソリンだから動くと思ったのに」

「燃料はそうでも結局はコンピューター制御だからダメ、とか?」

 対するまつりとスバルも余計に憂鬱になった。みんなの手前楽しげに振る舞ってはいた二人にとっても、心中では街中の空気感を少し異様に感じていたのは事実だ。誰もが感情が抜け落ちたような顔で、無表情と一口に言っても普段見るような無表情と今日みかけた無表情は微妙に、しかし決定的に何かが違うような気がした。ひょっとしたらあの人々を含め、現代日本人はみんながみんなケータイイゾンショウなるものを抱えているのかも知れない。

「歩きで充分だと思うけどなー」

 一方最近までスマホを知らなかったハアトの目からはというと、ハイテクに頼りきりのそれらの人々がちょっと奇妙に映る。ここに来てから散々見た『車』やら、あのスマホとかいう“四角い小さな板”が便利なのはまぁわかるけど、それらが使えないだけでどうしてこの世の終わりみたいな顔になるんだろう? そんな疑問が脳裏にあった。

「はあちゃま車の運転しないからそう言えるんでしょー? まぁ、三人とも運転できないけど」

「唯一免許取れる歳のそらちゃんがいないからなー。今の女子高生メンツじゃどうこう言えんね」

 そんな生活の不安のことをポツポツと話していた、ところで。

 

 

 爆発音。

 

 

 少し地面が揺れる感覚。唐突に壁を貫通してきた轟音に三人は思わず身構える。

 直近で爆発音を聞いたのといえばハアトと出会ったあの砂浜でだが、今回のそれは音量が比較にならないほど大きい。さらには金属の大きな何かがひしゃげる不快な擦過音(さっかおん)も聞こえた。日常生活で聞ける最大音量の爆発音といえば打ち上げ花火が弾け飛ぶ音だろうか。そんなものも凌駕するような“爆音”が住宅街に響き渡った。

「ちょ、何いまの⁉︎」

 まつりは先ほどまでとは打って変わって緊迫感で張り詰めた声で叫ぶ。爆発音の方向はかろうじて分かった。でも方向がわかったところで音源の正体まではもちろん分からない。

「び、ビックリ、した……。がが、ガス爆発……とか?」

「分かんない……」

 返事を返すスバルは背筋に走る[[rb:怖気 > おぞけ]]からくる震えを抑えきれなかった。二人の目から見れば超人であるハアトですら、あまりに急な事態に口数が少ない。しかし。

「でも爆発なら、はあちゃまなら……よし、様子見てくる!」

「「はあちゃま⁉︎」」

 思わずまつりとスバル揃って声を上げてしまった。そしてハアトはというと、それすらも無視して一目散に玄関へ駆け出す。

 今の発言から考えるに、『三日前に部隊長を撃退まで出来た自分なら見に行っても大丈夫』と思ったということだろうか。たしかに自分たちよりはハアトの方が無事である可能性は高いだろうが、そうは言っても『状況が状況』というヤツだ。ふたりはほぼ脊髄で反射行動をとるような勢いで、ハアトを連れ戻すべく追いかけた。

 ただ一つ問題点があるとすれば、ハアトの走力のことを考えていなかったことだろうか。まつりはおろか運動部所属のスバルでさえ、さすがに文字通り超人的脚力の持ち主であるハアトに足だけで追いつこうというのは無茶無謀というものだった。目標との距離を空けられはすれど縮まることのない全力疾走がたどり着いた先は近所のだだっ広い公園だ。子供達が草野球できる程度の小さなグラウンドに加えて、メタセコイアの木立やレンガで舗装された小道のある住宅街にあるのは割と珍しい広さの公園、の中央にある芝生の上。平たくいうと燃えていた。

 

 炎と一緒に鎮座しているのは黒く塗装されたなかなか大型のヘリの残骸である。

 燃えさかるヘリ(おそらく軍用)の火柱と、その残骸の隣にパラシュートで誰か二人が颯爽と降り立つのがまつりの脳裏に焼きついた光景だった。映画のワンシーンみたいだったし、不覚にもカッコよく見えてしまったから。問題は、これは映画のシーンでも撮影ですらない目の前で起きている現実の光景だったという点である。

「あら、あなたたち早速お出迎えね! 言ってた通り会いにきたわよー」

 いや、降り立った人物の片方は“誰か”ではないらしい。ごくごく最近聞いた覚えのある声の主はまつり・スバル・ハアトを野次馬の群れの中からめざとく見つけ出したようで、場の雰囲気とは若干不釣り合いなほどに明るい声で呼びかける。間違いない、アメリアの言っていた『また今度』は思いのほか早かった。

「Hmm, I'm sure onlookers would come to see a crash landing ... that the way it is.(あー、そりゃ不時着なんてしたらやっぱ野次馬寄ってくるよなぁ……仕方ないか)」

 炎の灯りに照らされたアメリアは英語で何やら独り言を呟くと、ゴツめの袋のようなものと大小サイズの異なる空き缶のようなものを二つ取り出す。まつりはここでふと気付いた。……ちょっと待って、あの二つの缶ってもしかして、FPSなんかでよく見かける……。

「ダメ! 目を塞いで‼︎」

 まつりのとっさの叫びも虚しく、アメリアの手中にあった閃光手榴弾(スタングレネード)発煙手榴弾(スモークグレネード)は宙に放り上げられてほぼ同時に爆発する。瞬く間にあたりは激しい光・爆発音・濃い白煙に包まれ、それらは平和な日本の住宅街に暮らす人々の目と喉に容赦なく襲いかかった。なおアメリア自身はというと先ほど取り出したガスマスクでダメージを受けていない。多分注視していなかったもう一人の方も既にマスクを被っているのだろう。

「キャアッ」

「うわぁ、がああっ」

「ゔぇっゴホッ、何だ!?」

 当然ながら、各種の手榴弾なんてものにとっさに反応できるような人間はごく少数だ。騒ぎを見に来ていた人々はもれなく大パニックに陥る。まつりは咄嗟(とっさ)に目と耳を塞いでいたものの、念入りに白煙で目を潰された状態で半狂乱の人々に囲まれている状態ではまともに動けるわけがなかったし、普段ゲームをしないスバル・そもそも手榴弾なんてものを初めて知ったハアトの二人もいうに及ばず行動不能だった。

 だが周囲の人にぶつかられて転倒しそうになったまつりの手を掴んで引っ張っていく存在があった。細い指にやわらかい肌、顔は見えないがたぶんアメリアの手だろう。そのアメリア(仮)は周囲の喧騒すら縫うように右に左にと体を動かしているのが目が見えなくとも手の感触からわかった。まつりはその動きに翻弄されながらもがむしゃらに人をかき分けていく。

「ちょっ、いきなり何するんッ……きゃぁ!」

「すまない、少し担ぐぞ」

 不意に背後でスバルの必死な声と、いまの自分と同じく彼女を騒ぎの渦の中から連れ出そうとしているらしい男の低い声が聞こえた。ん? 今の声……。

「きゃああああああ‼︎‼︎‼︎」

 つんざくようなハアトの叫び声も聞こえる。ということはスバルを担いだ男(仮)がハアトも担ぎ上げたらしい。

 混乱に乗じて騒ぎから身を隠すように、または脱兎のように、二人と三人は人だかりを後にした。

 

 頭上からのスバルの道案内でなんとか部屋までたどり着いた総勢五名(うち二人はガスマスク、一人は手を引かれる少女で、二人は背の高いガスマスク男の両肩に担ぎ上げられている)の明らかに変……というか人攫いと被害者にしか見えない集団は、玄関のドアをくぐってからようやく息を整えた。といっても走っていた三人のうちのまつりの息は上がりきっていてそう短時間ではどうにもならない。

 一方、アメリア(仮)ともう一人の男(仮)はいつの間にやら被っていたガスマスクをようやく外して素顔をあらわにする。……やっぱり。

「ちょ、部隊長のおっさんかよ⁉︎」

 スバルは思わず声を上げた。ガスマスク男(仮)の正体は三日前にこの部屋に侵入して撃退された部隊長だった。声を聞いた時点でまさかとは思ってはいたが、言っちゃなんだがあんなことやっといて今更どのツラ下げて出てきたのか。

「……まさかここでまたコレを言うことになるとは思ってなかったが。落ち着いてくれ、さすがに私もここにワザワザ出向くのは反対だった。そこの女の勝手な判断だよ」

「あら、結局ノコノコついて来ておいて今更そんな言い方するのね?」

 アメリアはとても愉快そうにカラカラと笑った。こちらとしてはいい迷惑なのだが。

「ホントこのオッサンどうすんの! 嫌だよまた家に上げるの‼︎」

「まつりも反対、はあちゃまフライパン用意」

「まっかせてー‼︎」

 当然ながら三人は黙っていない。もう特にハアトは完全に戦闘態勢に移行しようとしている。

「あーあー、アナタ随分と嫌われてるわね」

「イヤ待て、本当に待ってくれ! この前言おうとした情報を渡すから!」

 部隊長の必死の譲歩に三人の動きが遅くなった。

「今日はちゃんと喋る?」

「古巣との縁は完全に切れた、今では敵だ! だから何でも言えるぞ」

 それを聞いたまつりは部隊長の正面にちょこんと腰を下ろす。

「え、まつりちゃん?」

「話は聞く。ただし、何かを隠そうとした時点でさっき言ったことが嘘だったって見なして警察呼ぶよ」

「いいだろう」

「ちょ、本気ぃ⁉︎ 一応ここスバルのうちなんだけど!」

 温厚なスバルもさすがに声を荒げる。とはいえまぁ、その拒否反応も無理はなかった。撃退されたとはいえ、家に土足で上がり込んで暴れた人間に対する嫌悪感はそう簡単に拭い去れるものではない。が。

「スバルには悪いけど、いまは話を聞かないとどうにもなんないでしょ? はあちゃまを狙ってる奴らの正体がわかんない以上聞かなきゃ」

「……分かったよぉ」

 まつりの言葉に何か『凄み』というか『圧力』のようなものを感じたスバルはあっさりと折れる。ハアトが来てから何故かまつりの言葉の裏にある“そういう”力が増してきているような、スバルはそんな気がした。

 

 

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