ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき - 作:テラ・ぺた・エクサ
さて賢明なる読者諸君!
突然だけど視点は移って謎の外国人ことアタシ、アメリア・ワトソンである。いや、ここは日本式に則って“ワトソン・アメリア”と名乗るべきだろうか? ……どうでもいいか。
そんなことよりも情景描写だ。人混みを避けてたどり着いた少女の部屋はなかなか綺麗に片付けられていた。今この場で親が出てこないということは学生の一人暮らしということだろう。メンバーから考えて友達同士のお泊まり会というヤツ。だとすればそんな子の部屋がこんな片付いているのは驚異的だし、女の子として随分とSEISOなのではないか? 自分がそんなことやったのはいつ以来だったっけ、というかやったことあったっけ……とアタシはちょっとした感慨に耽った。
……までは良かったが。
「あー、話ついた? そろそろ始めていいかしら」
アタシの連れと少女たちが不毛な言い争いをしている光景はなかなか面白かったが、じっとそれを聞いているのはさすがに焦れてくる。公園のあの騒ぎからこうやって一緒に逃げてきておいて、今さらこんなアレルギー反応を起こすのはいささか遅すぎやしないか。事前にどう口約束しようと嘘なんていくらでもつける以上、話し合ってどうこうなるものでもないと思うのだが。
「そうだった、先に聞いとかなきゃいけないんだった。えーと……アメリア・ワトソン、さん? 結局あなたは一体……?」
日をそれほどあけてはいなかったおかげだろう、前回名刺を渡した方のサイドテールの子にそう尋ねられた。あぁ、それもそうか。そういえば以前ここに来たときは企業のエージェントとして社の私設特殊部隊を引き連れてたっけ。確かに説明なしでは意味不明だ。
「そうね、改めて自己紹介はしておくべきよね。アタシはアメリア・ワトソン……三日前はある企業のエージェントとしてここに来たんだけど、今日は私立探偵よ」
……おっと、私立探偵なんて黙っておいた方が良かったろうか。ショートカットの方の子の笑顔が少ーしだけ曇ったのをアタシは見逃さなかった。まぁ、今の話だと解雇されたばかりのように聞こえて死ぬほど胡散臭いのは認めざるをえまい。
「あら、そうガッカリしないでよ。正確にいうと身分を偽ってある企業に潜入操作してたの。それも結構なエリート役としてね。ま、今回の件で今月分の
とはいえ、である。こういう職業だもの、そういうことは慣れっこだ。
「え……あ、ご、ごめんなさい」
「いいのいいの、私立探偵にはアタリ・ハズレの差ってあるもの。アタシは大アタリな方だけどね。で、何でいきなりそんな私立探偵がしゃしゃり出てくるのか、って話なんだけど」
アタシはこっちの事情を順序立てて説明していく。もっとも、これを説明して目の前の子たちが協力者になってくれるかどうか自体はもう一種の賭けでしかなかったわけだが。
「ま、詳しい話はクライアントとの守秘義務があるから言わないでおくけど、ざっくり言えばある企業の調査依頼があったの。最初こそ不正会計処理みたいな大したことない調査だっんだけど、調べてくうちにソイツらがちょーっとキナ臭いことしようとしてるのが分かってね。その企業が金髪のアナタ……人型存在・自称:アカイハアトさんを捕まえようとしてる」
「はあちゃまを?」
「今まで散々狙われてきたでしょ、はあちゃま……」
疑問符を浮かべるアカイハアトの言葉をサイドテールちゃんが呆れ顔で訂正す……いや、日本のスラング風に“ツッコミを入れた”と言っておこう。
「ハアチャマ……変わったアダ名ね? まぁいいわ。ここまで聞けばわかる通り、アタシはアナタたちの敵対勢力である企業の正体を知ってて、そのことで取引したいことがあるのよ」
とりあえず、伝えたいことの要旨というヤツはこんなところだろうか? 方向性くらいは理解できたと思うけれど。
「まぁいいか。大サービスとして、先に名前だけは言っちゃうわね? “ホシ”は外資系製薬・医療機器メーカーの『カデュケウス社』。世界的大企業だし名前くらいは聞いたことあるかしら? まぁ、海外資本の会社だからハイスクールくらいじゃ興味ないかも知れないけどね」
と、ここまで言ったところで空気がちょっと止まっているのに気がついた。突然聞き慣れない会社の名前を言われて、目の前の少女たちは目をぱちくりさせている。要するに聞いたことは無さそうだ。
「……医学先進国ことアメリカ・日本でも国営の医療機関相手に商売してるような大企業ってことかしら。先進国だけじゃなく、安価で発展途上国とか医療系支援団体に薬を提供してたりする社会貢献度も高い企業ってヤツよ……でもまぁ、大企業なんてどこも裏があるものね。知らなくても最低『大手の製薬・医療機器メーカー』って部分だけ覚えておけば十分よ」
「ちょ……そんな企業が何のためにはあちゃまを?」
サイドテールちゃんの口から飛び出したのは最も自然、かつごもっともな質問だ。当然それに対する回答も知っているが、この辺りのことは教えていいのかどうか少し気になるところではある。……あまり人間味がある答えではないから。
「興味、かしら」
「……は?」
「端的にいうと研究したいのよ、この子のことをね。出自のことは聞いてるでしょ? 常識で考えるまでもなく、この子はフィクションの中から抜け出してきたような存在としか言いようがない。南極の氷河の中から“出現”して、熱を自在に操り、異常な運動能力を持っていて、不可解な精神感応能力まで持っている疑いまであって、その上まだまだ底が知れないだなんて常識ハズレもいいところだわ。……で、あいつらはそれを解き明かしたいの。あわよくば自分らの利益に結びつけようって魂胆でしょうね。人類の進歩なんて大層なお題目なんかも掲げてるかもしれない。で、その大義名分のための『生贄』に選んだってわけ。こういうときの倫理観がマヒした科学者連中ほど怖いものはないわ。それこそフィクションとかでよく出てくる理屈ってあるじゃない、『この能力のことが世間にバレたら……』ってのと同じようなリスクがこの子に降り掛かってきてる」
なるべくわかりやすいように例え話とかを盛り込んでちょっと大袈裟に話してみたが、彼女らには一体どう聞こえただろうか。大袈裟、といっても実際に降りかかる危険ということには変わりないし、此方の想定を大きく超えた悲惨なことにだってなりかねない。
……そしてこんなケースで事態は驚くほど悪い方向へと傾きやすい。これはあくまでも持論だが。
一方でショートカットちゃんは話の展開に困惑気味だ。
「そ、そんなの相手にスバル……あたしたちにどうしろって言うんですか? 大企業に立ち向かうのが女子高生二人だけってもうワケわかんないでしょ」
「そんな焦らないで、ここからが取引ってヤツね。取引内容はアタシたちの陣営にあなたたち三人で加入して欲しいのよ。……って言っても、あなたたち二人がやることは今までと変わりない。アカイハアトの潜伏のサポート・それと防衛をしてもらいたいの。彼女の能力を使ってそこのオッサンの部隊を撃退した手腕、買わせて貰いたい。アタシたちからの見返りはカドゥケウスの情報リークによる生活の手助けってところかしらね」
いい頃合いだし、アタシは“商談”に本格的に入ることにした。
突然の提案にサイドテールちゃんは
「えぇ⁉︎ い、いや撃退したって……んな大袈裟な……」
「事実そうなっている時点で言い逃れはできんだろう、これ見よがしに我々に恩を売っておいて、今更“それ”は見苦しいぞ」
それを眺めていた部隊長が心底愉快げに口を挟んだ。……ははあ、
「恩を売っ……? ……もしかして、病院のときはあちゃまが力を使うの止めたヤツのこと言ってる? 何それ、完全に変なプライドで逆恨みしてるだけじゃん‼︎」
「何とでも言え。どの道ここまで国際問題に顔を突っ込んでおいて、今更知らぬ存ぜぬでいられるワケがないだろうが。そもそもカドゥケウスから逃げ出した俺が単独でこの部屋まで辿り着けたんだ、ヤツらが本気で探せばあっという間に見つかるだろうな? そうなったときのための用心棒として我々を使わないか、というのがそこの女がいま提案している内容だよ」
「うう……ホントやだ、半分強制みたいなもんじゃん……」
サイドテールちゃんには悪いが、実際カンタンに言うと半分強制である。あーもう好き勝手に言いやがって……それを言ってしまうと抵抗があるだろうからちょっと濁して伝えていたのに。警察の任意同行みたいなもので、もうほとんど逮捕というヤツなのだ。
けれど、アタシはあえてその辺りを顔に出さずにできるだけ淡々と話を続ける。
「それは『同意』とみなしていいかしら? ……よろしい。じゃーまずは状況の整理よ。今のところ、この子に降り掛かってるリスクは大きく分けて三つ。つまり、アカイハアトとして今後生きていく生活基盤をどう整えるかが不明瞭なこと、カドゥケウスからの刺客たちのこと、それとこの街を襲っている『ハイテク機器の停止』事件のこと。特に最後はカドゥケウスにしてやられた感じは否めないわね……」
「ち、ちょっと待って!」
と、ここまで話したところでショートカットちゃんが話を止めた。どう見てもおっかなびっくりという風情だ。
「ハイテク機器の停止……って、三日前のあの事件もその会社と関係あるの?」
「えぇ、黒幕はカドゥケウス社の上層部で間違いないわ。証拠も上がってるし動機もある、そして何よりこれを実行できるのは間違いなくヤツらよ」
「待ってよ、じゃあどうやって? ニュースでやってたけど、こんなワケわかんない事件を人の手で起こすのは難しいって……」
サイドテールちゃんが話に割り込んでくる。ふむ、やはりこの子もなかなか勘が良いようだ。
「ごめんなさい、方法についてはまだ詳しいことは言えない。こればっかりはもっと確証が欲しいの。……でも動機ならハッキリしてる。お金よ」
「結局それなの……?」
「それはもちろんそうだろうな、むしろ大人になると他のことでは動けなくなるものだ。今から覚悟しておくと良い、小娘」
「変な脅しはやめなさい、ミスタ・マクイーン。カドゥケウスはさっき言った通り製薬・医療機器メーカー。でもその技術を使ってバイオテクノロジーといった様々な分野に進出しようとしてるわ。その中で特に力を入れてるのが『生体有機コンピューター』っていう新型コンピューターの開発で、簡単に言えば『生きている超小型スパコン』ってとこかしらね。つまり“一個の生き物”として独立してるのよ。他のエネルギー源は必要になるけど、逆に言えばそれさえ用意できるなら電気がない場所でも運用できる。でも普通の電気式コンピューターを充分動かせる今の世の中じゃ受け入れられるかも怪しい」
「い、“一個の生き物”……?」
「……まぁ、“生きてるパソコン”なんてワケわかんないヤツなんか不気味で使えないよね」
「そう、だからヤツらは長いこと今みたいなことを引き起こす場所を探してたのよ。ハイテク機器が動かせなくなったこの街でも、新方式の“生きているスパコン”なら無関係で動かせる。だって“生き物”ですもの。しかも一個片手で持てるくらいだから、そこをセールスポイントとして売り込むこともできる。更にこの街にはヤツらのターゲットであるアカイハアトまでいる。騒ぎを起こすことで勢力を伸ばしつつ、街の機能を麻痺させて彼女をまんまと確保できる……そんなふうに考えたんでしょう、テキトーにテロリストをでっち上げれば自分たちが疑われることもない。いわゆる
「つまり、新型パソコンの宣伝のためにこんな事件引き起こしたっての……? でも待ってそれじゃあ」
ショートカットちゃんが困惑しながらそう呟く。どうやらこの子もこれだけの情報量を理解できる力があるようだ。
「そう、このまま放置していたら犯人“役”に選ばれるのは恐らくアカイハアトさん、アナタ……あら」
最後にカッコよく決めようと彼女を指差したら、指のさす先の彼女はうたた寝していた。さっきからしゃべらないと思ったらそう言うワケか、また話すのに夢中になって気づかなかったようだ。我ながら不器用なことこの上ない。ついでに時計を見てみるといつの間にやら日付を跨いでしまった頃合いだった。なるほど、そりゃ眠りもする時間だ。
「あー、はあちゃま? はやく起きて!」
「起こさなくていいよ、サイドテールちゃん。ホラもう日付跨いじゃってるし」
「サイドテールちゃ……? あ、そっか自己紹介まだだった! 夏色まつり、『まつり』って呼んでくれればいいから。まつり、一人称もまつりだけどね」
「あたしは大空しゅばー……じゃなかった、大空スバル! おなじく『スバル』でいいよー」
「まつりにスバル……うん、覚えた。アタシのことも気軽にアメでいいわ」
気さくに自己紹介してくれた二人の名前を記憶に焼き付けつつ、アタシはアカイハアトの方を見やる。相変わらずコックリコックリと船を漕いでいる状態だった。
「ひとまずここで眠らせずにベッドまで移動させるべきかしら」
「それもそうだね」
「わかった、はあちゃまホラ起きて! ベッドで寝るよー」
その起こし方が妙に所帯じみてるように見えたアタシは笑いを堪えるのに必死だ。
「……くッ、フフ、スバルちゃん……、手慣れてるわね」
「一週間も同居したらこうなるよ、人間って慣れるの割と早いから……」
「あらそう?」
そんな会話を続けながらアカイハアトを揺り起こしていると、今度はまつりちゃんが仲間に加わる。それでもなかなか目を覚まさないこの子もこの子といえた。
「ちょっと起きてよー、はあちゃまったら…………はあちゃま?」
いや、起きないとかそういう状態じゃない。無邪気に船を漕いでいた頭の動きはいつの間にか止み、彼女は背を緩く丸めたような体勢から微動だにしなくなった。揺すっても姿勢は変わらない、むしろ変えまいと無理やりに身をこわばらせているような気さえしてくる。
と、唐突に今度は背筋がスッと力を抜いたように伸びた。首の角度は少し下を向いたまま、目も瞑ったままだ。取り囲む三人や少し離れたところでこちらを眺める部隊長とは明らかにまとっている雰囲気が違う、というより周囲数十センチの空間はそれこそ空気さえ違うような、そんな錯覚を抱かせる
そうして目を開いたアカイハアトは周囲を見渡して口を開く。
「あら? いつもと違って、今日は起きてる人がいるのね」
さっきまでとは何かが決定的に違う彼女が目を覚ました。