ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき - 作:テラ・ぺた・エクサ
あまりの展開に、まつりは少し笑いそうになった。
笑う、といってもそれは明るいものではなくて、もっと卑屈というか
一方で、初対面の人物から急にそんなことを聞かされたアメリアは
「……で、その話を聞いたアタシはどうすればいいのかしら? 信じればいいの? それとも良い医者を紹介すればいいの?」
「アメちゃん、さすがにその言い草は……」
「いいのスバルちゃん、初対面でこんなこといわれたら私だってビックリするもの。すみません、事情は後で説明しますから」
「わ、そら姉さんゴメンナサイ……」
イオフィは自分の話の進め方が急すぎたことを気にしているようだった。多分この場にそらと初対面の人物がいるとは思っていなかったのだろう。その申し訳なさそうに縮こまるその姿はいかにも『少女らしい仕草』という感じだ。そうすると今度は逆に、まつりの目にはイオフィの立ち姿がとても可愛らしく見えてくる。結局、話の展開次第でどうとでも左右されている自分の目のことをまつりは信じられなくなった。
「そ、それはともかく! ……こいつらどうするか考える方が先じゃない?」
まつりは気を取り直してふるふると頭をふると、一旦話題を変えることにした。確かに今は長話には向かない状況ではある。部屋の中こそ先ほどと変わりはなくなっているものの、玄関の向こうでは相変わらず、どこぞの特殊部隊やらアパートや周囲の住人たちやらが呆けた顔で突っ立ったままなのだから。
「そですね、ちょっと待っててください」
ちょっと舌足らずに聞こえる言葉でイオフィが応じて、空中の見えないピアノでも弾くような指の動きで手のひらを宙に走らせた。と、その動きに連動するようにカチカチ、ガシャガシャと硬質な音が次々と廊下の方から響いてくる。
「……これで安全です。部隊の持っている銃器は安全装置をかけた状態で全て“捨てさせ”ました。これで武装解除、ね」
「な、なに今の……?」
「ワタシたちの技術の集大成、ってところかな?」
まつりの問いにイオフィは悪戯っぽく微笑んだ。そして彼女は“それはまたあとで”と言わんばかりに話を打ち切って、廊下に向き直ると仕上げとばかりに両手を前に突き出す。まつりの目に、今度のイオフィはパソコンのキーボードを前にしたプログラマーみたいに映った。
そんなまつりの感想をよそに、キーボードを叩くようにしてイオフィは素早く指を動かす。手の甲には銀色の光の筋が何本か輝き、まるで指の動きと連動しているようにキラキラと明滅している。指先から手首にかけて、発光するワイヤーか何かが繋がれているみたいだ。すると今度はヘルメットが廊下の床に次々と捨て去られていく比較的軽い音がたくさん連なって聞こえ始めた。相変わらず宙のあらぬ方向を見つめながら、淡々と部隊員たちは自分達の装備を投げ捨てていく。
「これで大体かな? それで、この人たちどうしよう?」
「とりあえず、アパートの人たちは部屋に戻らせて意識を戻して……あと、今の出来事は夢ってことにさせた方がいいかなぁ? 特殊部隊の人たちはアパートの入り口みたいなところがあれば集合させて待機かな、できれば今みたいな状態のままで」
「ラジャー!」
そらの指示に従ってイオフィは再び指を動かす。途端に廊下の方からせわしない足音やら今度は手の甲の方になにか光の筋のようなものが走ったような気がしたが、黙って『作業』を見つめていたまつりもスバルも目の前の光景になかなか驚かなくなってきていた。はあともはあとで、興味津々といった表情のままそらとイオフィを見つめている。そしてアメリアはというと。
「...... What's this............ is this even possible.......?(……何よこれ……こんなことが可能なの……?)」
さっきまでの疑いの目はどこへやら、目の前で繰り広げられている“銃火器がまるで役に立たない”という現実離れした光景に目をパチクリさせている。どうもよっぽどカルチャーショックだったようだ。
「さ、さっきのはごめんなさい。今のを見る限り、少なくともあなた達の能力は本物としか考えようがないわ。……でもだったら、あなた達は何者なの? “人間じゃない”っていうのにはまだ納得できないしね」
目の前で実行されては納得せざるを得なかったのだろう、アメリアは苦笑しつつも素直に謝った。
「そうね、みんなを動かし終わったら説明の時間にしよっか」
そう言ってそらは再び微笑む。
「まず、私たち二人はもともと直接の関係はないの。単に大学が一緒だったってだけ」
そらのそんな告白から、そらの言う『説明の時間』は始まった。スバルの部屋の食卓で、一番奥の窓際の席にそらとイオフィ、そして両脇に二人ずつまつりとアメリア、スバルとはあとというコンビずつに分かれて座っている。
「じゃあ、先にちゃんと自己紹介しなきゃいけないイオフィから言わせてもらいますね。それにそら姉さんの境遇の方がちょっと複雑なので……。ワタシのフルネームはアイラニ・イオフィフティーン、だからイオフィって呼んでもらってます。表向きはインドネシアからの留学生ってことになってる。……それで、“本当のイオフィは何なのか”って話なんだけど……」
「ちょっと待って! フッフッフ、このアタシがこちらのご令嬢の正体を当ててしんぜよう……」
突然、なぜかちょっと芝居がかったセリフでアメリアが口を挟んだ。
「んーと、アナタの正体は……宇宙人?」
「ねぇアメちゃん、ふざけてるんならさすがに……」
軽口のようにも聞こえるアメリアの発言に、スバルはちょっと気色ばんで諌めようとして、
「せ、正解……」
「せ、正解⁉︎⁉︎」
……予想に反した空振りに終わった。
「いや正解って……宇宙人なの?」
「……そうなの、地球から発見されてる四〇〇〇個以上ある太陽系外惑星には含まれていない未発見の惑星からワタシは地球に来ました。まぁ正確にいうと、発見されてるけど公表されてないヒミツの惑星が15光年くらい先にあって……いや、その話は後! それよりも、なんでアナタには分かったんですか?」
イオフィは、宣言の通りに自分の正体を言い当てたアメリアに向かって思わず尋ねる。対するアメリアは得意げだ。
「最初は『魔法使い』か『超能力者』みたいなやつかと思ったのよ。でもさっきアナタは『ワタシたちの技術の集大成』って言葉を使ったでしょ? 先に“人間じゃない”って話をしておいてそう言ったってことは、アタシたち普通の人間の技術とはまるで繋がりがないっていうふうに聞こえるわよね。つまり、この時点で超能力とか魔法を使うだけの人間であるその二つではなくなるし、現代から進歩した技術を持ってる『未来人』でもない。それに魔法って古代から伝承されてきた技術の積み重ねみたいなもんだしね。そういうもんでしょ? でも、でもよイオフィさん。アナタは魔法にしか見えない不思議な力を使った。で、逆にピンときたの。SF作家のアーサー・C・クラークっておじさんが唱えた“クラークの三法則”って有名なヤツがあるんだけど、その3つ目にこんな言葉がある。曰く、『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』。まぁ法則も何もただの格言みたいなもんだけど、ともあれそれでハッキリしたわ。インスピレーションってヤツよ。理解できないほど進歩した科学技術なら魔法っぽく見えるのも納得できるし、そんなの持ってる人間以外のものって言ったら『宇宙人』くらいだもの!」
……と、彼女なりの理屈を解説してみせた。さっきまで非現実的なものは何も信じていなさそうだった人物と同じには思えない。たぶん何も知らなかったなりに手持ちの情報で精一杯解釈したのだろう、なかなか無理やりなまとめ方だったが、ここまでの情報量をこの短時間で頭の中にまとめた情報処理能力はさすが探偵といったところか。
「と、とにかく! 話はわかったよ」
「なる、ほど……イオフィちゃんは宇宙人、うん!」
結局まつりもスバルもその勢いに負けてしまったのだった。いきなり長文で意見を述べられるのはやっぱり物怖じするというものだ。納得したというより理解ができているかもあやふやだったが。
イオフィも若干戸惑いながら続ける。
「そ、そもそも地球に来た理由は留学で半分くらいはあってるんです。勉強したいのはこの星のこととか、あとデザイン関係の勉強とかね。見ての通り、私たちと地球人は体の作りがほとんど一緒だからデザインのことも参考にしがいがある、ってワケ」
ここでスバルがすかさず疑問を挟み込んだ。
「あれ、ちょっと待って。この街にデザインのこと勉強できるような学校ってあったっけ? 芸大なんてなかったハズだよね?」
「そうなの、そこが地球に来た“もう半分”の理由。そしてそら姉さんと出会った理由でもある。さ、次はそら姉さんが説明する番!」
上手く話をつなげた、とイオフィは嬉しそうだ。アメリアに続いて彼女もちょっと得意げに見える。
「……そうね、うー緊張するなぁ……」
なぜか浮かない顔のそらがぼそりとつぶやいた。イオフィの話では“複雑な境遇”ということだが何か関係あるのだろうか。そうして、そらはちょっと大袈裟なくらいの深呼吸で息を整えると口火を切った。
「みんなは『平行世界』って言葉聞いたことある?」
「まぁ、聞いたことくらいは?」
スバルは言葉の意味を思い出そうとしながらそらからの問いに答える。……なるほど、確かにそんな話題から説明するとなると話は少々厄介そうだ。
「この世には現実世界とよく似た異世界がたくさんあって、みたいな話だっけ? よくアニメとか漫画なんかでは出てくるけど……ってことはまさか、それが現実にあるって話……?」
まつりは少し寒気がした。話の流れから見るにそらは“自分はその異世界から来た”などと言い出すのだろうか、まさにアニメの世界の話ではないか。自分は一体何に巻き込まれている……?
「そうだよね、話題的にわかっちゃうよね。私はそこから来たの。……正確にはその世界の千二五八年後の未来から」
さっきチラッと出た未来人ってそっちなのか。まつりの予想はまた裏切られた。
まず、改めて自己紹介させてね。私の名前って、その……ただの偽名だから。
私の名前……製造コードはセーフガード・トの十四号。『ときのそら』っていうのはこの製造番号と「時空」って言葉から思いついただけの名前よ。年齢だとか大学生っていうのも嘘、単に一般開放されてる大学図書館に入り浸ってこの世界のことを勉強して、目的の“ほころび”を探してるだけなの。……嘘ついててごめんね。
製造場所は[[rb:覆井 > おおい]]重工の生命化学研究所、といっても今はまだ存在もしてない会社だけど。要するにイオフィちゃんの言うとおり、私は人間じゃなくて人工の生命体なの。……人造人間? まぁ、そうもいうよね。でも、なんていうか人造人間っていうと「ぞ」とか「げ」とかが可愛くないからあんまり……。そ、それで、セーフガードって何を守るのかというと……えーと、大雑把に言うと“世界そのもの“かな、格好つけてるみたいな感じになっちゃうけど。でも、その説明するにはまず別の説明をしなきゃ。
まずね、一本のロープを想像してみて。
ロープは細い糸を何本も組み合わせて巻きつけて[[rb:撚 > よ]]りあわせて作られている、っていうのは知ってるでしょ? この何本もある細い糸のうちの一本一本がさっきも言った平行世界の一つ一つ。そしてその糸が無限に集まってできた太い太いロープを、私たちは『世界』って呼んでるの。そしてそのロープの両橋は「未来」と「過去」に繋がってるって考えて。ここまではいい?
つまり、たくさんの平行世界が束になって『世界』を作ってるんだよ。だけどお互いに影響し合ってても平行世界どうしでの行き来って普通できないし、そもそも世界が違うといろんな条件が変わってくるんだ。だから、世界によって常識も住んでる人もその人たちの文化もまるで違ったりするの。例えば平行世界には魔法が使える世界があったり、ちょっと和風な世界があったり、逆に砂漠みたいな寂しい世界もあったり。
まぁ、ほんとはもうちょっと複雑なんだけど……まいっか、大体はこんな感じだし。話を戻すね。
あるときね、私の生まれた世界で分かったことがあったの。
このままだと並行世界どうしがぶつかって重さで引きちぎれるみたいに“糸”が切れる、それどころか“ロープ”全体がボロボロになって消滅してしまう、ってね。私……私たちはそれを防ぐために作られたの。「時空のほころび」を手分けして修理して、世界の“安全を”“守る”ためのセーフガードたち。私はその一人、だった。
私の世界は滅んじゃった。
私がいた世界の“糸”が切れてしまったの。私たちは自分の世界を守ることが出来なかった……今じゃ廃墟の山しか残ってないし仲間もいなくなっちゃって……。でも私はこのために作られた存在だから、他の生き方をすることが出来ないの。だからこうして世界を巡ってほころびを直し続けてるんだ。
ス、スバルちゃんどうしたの、大丈夫? ……えっと、話続けるね。
それで、この街に来た理由だったよね。この街のどこかにそのほころびの一つがある。それが理由。
時空のほころびは本当に危険な存在なんだよ。ほころびは時空に開いた穴みたいなもので、穴の向こうに広がる何もない空間に吸い込むの。周りにあるものを、何でも。そういう都市伝説とかって聞いたことないかな? 神隠しだとか、有名なのだとバミューダトライアングルとか。
イオフィちゃんが地球に来たのは調査のためで、この子はさっき言ってたデザインの勉強とはまた別に“そういう”学問もできるすごい子なんだよ。語学も完璧だし、あの大学にだってちゃんと学力試験をパスして留学してきてるしね。
それで私たちはあの大学図書館で知り合って、今に至るって感じかな。
そうして、そらの長い長い説明と身の上話は終わった。話を聞いていた四人は各々神妙な面持ちだ。スバルに至っては目を潤ませている。
「ぞ、ぞらぢゃん…………」
「スバル、一旦落ち着こ?」
声を震わせるスバルに、すかさずまつりがティッシュ箱を手渡す。スバルはそれを受け取ると鼻をズッズッとすすって涙を拭いた。もはや一晩中泣き濡れていたように目元が赤く腫れている。どうも、故郷はもう滅んでいるという部分がスバルの心の[[rb:琴線 > きんせん]]に触れてしまったらしい。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「なぁに、まつりちゃん」
まつりはとりあえず思ったことを口に出してみる。
「そらちゃんの故郷の世界は未来の世界なんだよね? じゃあ今からその千何百年後の未来を救えばいいっていうふうには出来ないの?」
そらはそれを聞いて暗い顔で頭を横に振った。
「ダメなの。もう私がいた世界には行くことすら難しくなっちゃった。さっきの例え話には続きがあって、一度“糸”が切れたらもうその“糸”全体がダメになっちゃうの。空中にピンって張った糸が切れたら、両端につながった糸はそれぞれの根本に向かって落ちてだらーんって垂れ下がっちゃうでしょ? そういうイメージに近いというか、とにかく一度『糸が切れちゃう』とその平行世界は未来からも過去からも直すのが難しいんだ……」
そらは悲しそうに説明の続きを吐き出す。まるでそらが自分を待ち受ける困難に
「二人は質問ある? 何でも聞いて?」
ダンマリを決め込んでいるアメリアとはあとの二人にもそらは声をかけた。こちらの二人はこちらの二人でどちらも渋い顔だ。二人ともただただ話を真剣に聞いていた。
アメリアは容易には信じられないその“突拍子もない”身の上話を、アメリア自身も驚くくらい黙って真剣に聞いていた。普段の彼女ならこんな話は作り話と断じて聞く耳も持たなかっただろう、しかし今の彼女はそんな素振りも見せないくらいに話を信じていた。いや、正確にいうと“信じる努力をして”いた。それくらいアメリアにはそらとイオフィの二人が特別な『何か』を纏っているように感じられたのだ。
はあとはというと、黙っていた理由は簡単、口を挟もうにも世間のことがわからないことの弊害である。けれど、分からない部分はあったものの彼女なりにそこを理解しようと頭をフル回転させていた。芯から真面目な性格なのだろう、わからない言葉でも一言も聞き漏らさないようにしているようだった。それこそ、場にちょっとそぐわないような鋭い目つきをするくらい。
「アタシはないよ、信じる」
「わ、私もないわ」
二人とも質問はしなかった。もちろん、話全体の理解度という点で二人の差は歴然だったが。
あとで質問とかすれば教えてくれるかなぁ、とはあとは考え込んだ、ところで。
ぐらり、と体が傾く。床が急速に目前へと迫って、はあとの視界は真っ白になる。
全くもって唐突に、はあとは意識を手放した。