ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき - 作:テラ・ぺた・エクサ
「あ、はあとちゃんやっと気づいた! 良かったぁ……」
スバルのちょっと音量の大きい安堵がハアトの目覚めを出迎えた。なにやら普段と違う雰囲気にハアトが周囲を見渡してみると、もう見慣れていたはずのスバルの部屋もなんだか雑然としている。クッションが床に落ちたままだし、なぜか回っている換気扇も少しうるさい。
「はぁ、っちゃまっ……ちゃまーぁ。……ふぅ、よく寝た。けどどうしたの? はあちゃまいつものとこで寝てないし、寝る前には確……か、あ」
「思い出した? 話の途中で“はあちゃま”倒れるみたいに急に寝ちゃってさー、あー心配した」
「え、まつりちゃん?」
「いいのスバル、いいの」
「……?」
あれ? まつりちゃんの様子が少しおかしい気がする、とハアトの頭に疑問符が浮かんだ。まつりが目配せした先にいるスバルも何か知っているのだろうか。でも何となく、今は触れてはいけない気がする。
「そっかぁ分かった、まつりちゃん。取り敢えずこっちの話だから気にしないでね」
スバルは納得したのかわからない表情だがコクリとうなずく。
と、アメリアがここまで黙っていたのに耐えきれなくなったように口を開いた。
「さて一応確認しておくけど、アタシがどこまで話してたか覚えてる?」
「お金がどうとか……それでおじさんが何か言って、そこから……」
ふつりと、ハアトの記憶は途切れていた。つまり、だいたい『カドゥケウス社が事件を起こす動機』とかの話のあたりだったか。でも確かに、そもそも社会全般についての知識のないハアトにとってみれば、さしたる興味も湧かない話ではある。犯罪者が犯罪を起こす理由なんてどうでもいいではないか、と考える点では寝ずに話を聞いていたまつりもスバルも同じではあったが。
「まつりも、その後のバタバタで何の話してたか忘れちゃったよ……」
「スバルもそのへん吹っ飛んじゃったってか、そらちゃんたちが来なかったらどうなってたか!」
スバルの言葉に口を開いたのはそらである。
「本当、間に合ってよかった。私たちのお手柄だねイオフィちゃん」
「ホントそうよー、さすがそら姉さん!」
「いやあの、イオフィちゃんもだよ……?」
どうやらイオフィにとってときのそらという存在は『尊敬・敬愛すべき先輩』というような位置づけらしい。それこそ、こうやって無意識にそらのことを持ち上げてしまうくらいに。
「……でも、アタシたちが台無しにしちゃった感は否めないわね。もうだいぶ遅いし寝ましょ? そこの二人は多分サマーバケーションの期間だと思うけど」
忘れられた話題を出した張本人であるアメリアは諦めたようにため息を吐きながら言った。
「え、あ、スバルは部活あるから夏休みあんまり関係ないよ?」
「ブカツ? あぁ、日本もクラブ活動は盛んなんだっけかしら」
「うん、毎日朝練で早くに家を出るから早く寝てるんだけど、今日・明日は土日で休みなんだよね。だからお泊まりでまつりちゃんと、予定ではそらちゃんとに来てもらって四人ではあちゃまと過ごす予定だったんだけど……」
相当楽しみにしていたのだろう、スバルの顔が少し曇る。思えばそらの呼び出しからアクシデント続きで楽しむどころではなかった。貴重な休みがそんなことで潰れていくのはやはりやるせ無いようだ。
しかしここでアメリアは別のことに気がつく。
「スバルちゃん、もしかしてなんだけど、アナタいつも日付をまたがないうちに寝ちゃうの?」
「あー、それくらいに寝るけ……ど、あ! 時間‼︎」
「そう、“切り替わる”要因かもしれないものの中に『不眠もしくは時間』って言ってたでしょ? 今まで発覚しなかったのは単純にそれが原因かもしれない。……まぁ、それも明日の0時にならなきゃ確かめられないし、今日のところはとっとと寝ましょ。床かソファに雑魚寝するしかなさそうだけどね。せっかくだし私もお邪魔しようかしら、別に私は寝具いらないからミスタ・マクイーンはどう……って、あ」
このアメリアの呟いた「あ」のタイミングで、まつり・スバルの脳内でもマクイーンこと部隊長の存在を完全に忘れていたという事実が記憶の奥底から引っ張り出される。なお捜索の結果、アパートの入り口前の空き地で待機させられていた意識のない特殊部隊員にえり首をつかまれ、気絶状態のまま引きずられて砂埃まみれになった部隊長が発見された。
ここまできて初めて『彼らをどこに動かすべきか』という問題に一同は頭を悩ませたが、イオフィの「全員休眠状態で邪魔にならない空間に保存しておけるよ?」という鶴の一声により、イオフィに管理を全任するという形で事態は解決した。イオフィ様さまだ。
翌朝。まつりは外の騒がしさで目を覚ました。念の為に、とみんなでリビングに集まって寝た深夜から、陽はすでにそれなりの高さまで昇っている。
「んぇ? ねぇスバ……ふわぁ、なんか、外うるさくない?」
リビングの窓辺には遮光カーテンの隙間から外を覗いているスバルの影が床に映っている。まつりはあくび混じりに声をかけた。
「あ、おはよ、まつりちゃん。いま外にリヤカーの行列みたいのが来ててさ、なんだろアレ」
おおかた部活の朝練続きで早起きが身についてしまっているのだろう、スバルは眠気なんて感じさせない普段通りの雰囲気だ。それよりもリヤカーの集団とやらが気になる。
「リヤカー? 何その怪しい……ってそっか、いまクルマ使えないから当たり前だった。リヤカーってことは何か運んでんの……?」
「いやー、列の先頭にいるおじさんがマイクか何か使って喋ってるんだけど、内容がよく聞こえなくてさぁ」
どうやらスバルもあまりよくわかっていないらしかった。というより、それは近隣住民のほとんどに当てはまっているようで、先ほどから何かを呼びかけている男性の声を遮るようなものは何もないにも関わらず誰一人としてその一団に近寄ろうとはしていない。よく見ると、周囲の家々の窓からはスバルと同じように列を遠巻きに見つめる人影があるばかりだ。
いい加減気になったまつりが玄関から顔を出して確認すると、本当に道路上をゆっくりと一列になったリヤカーの行列が続いていた。荷物の積載量が多いのか、リヤカーを引く男性たちの腕はみな太い。そしてその周りには補助を務めていると思われる二、三人の人影がついている。まるで今どき見ないようなファンタジーもののRPGに登場する行商人一行を現代版にしたみたいな見た目だ。いや、馬がいないことを考えるとあれよりもちょっと劣るか。
「きゅー……しのぉ…………したぁ!!」
ちょうど先頭がアパートの前に差し掛かろうとしているその一団からは叫び声が聞こえ続けている。もはや近すぎて、拡声器越しには何と言っているのかよく分からない。
分からないといえば相変わらず今の状況で動く機械と動かない機械の差がイマイチよく分からないものの、拡声器は男性の熱意に押されるように動いていた。しかしこのやり方では、仮に近寄りたい人がいたとしても近寄りづらいのも無理ないだろう。この見た目では怪しすぎる。
まつりは話を聞き行こうか考えたものの、けっきょく昨夜のこともあって「近寄らないのが妥当」という判断に落ち着いて一団をそのまま見送ることにした。リヤカーの列はそんなことを意に介していないかのように変わらずに道路を突き進む。
と、一団の女性の一人がチラシの束を持ってアパートに駆け寄ってきた。そしてチラシを無言でアパートの各部屋に投函していき、スバルの部屋の順が来たところで、女性はまつりにチラシを差し出して言う。
「はい、チラシ。この近くに大きな公園があるでしょう? そこで私たち炊き出しやるから来てね。今は大変だと思うけど、私たちも頑張ってお手伝いするからしっかりね」
「ど、どうも……ありがとうございます」
まつりのしどろもどろな返事を聞いて満足したのか、その女性はまた一行の列へと戻っていった。
どうも一団はボランティアか何からしい、最近のこの街の混乱に駆けつけたのだろう。とはいえ、まだ言うほど困ってはないんだけどなぁ、とまつりはチラシを見ながら独りごちた。
「何だったの?」
後ろからスバルの声がかかる。彼女も警戒していたようだ。まつりは女性に言われた内容とチラシのこと、それから自分の推測とをスバルに告げる。
「炊き出しィ⁉︎ いや、昨日のヘリの残骸も残ってんのに今あそこでやるのは……」
「まつりもそう思ったけど……、あんなでっかい行列きてたらもーどうしようもないよ」
「『ブラックボックス』ってヤツだね……今のこの街」
不意に背後で声がした。そらだった。
「事前に会場の様子がわかってないっていくら何でもおかしいと思う。なのにあんなリヤカーの大行列を人力で引いてくるなんて手間のかかり方が普通じゃない。普通ならありえないんだよ。……たぶん、今はコンピューターも通信機器も、テレビ機材なんかも使えなくなってるから、この街の外からは中の様子が何にも分からないんだと思う。だからまだそこまで困ってなくても炊き出しの人が来たりとかするんじゃないかな。それこそ、外から見たんじゃ何も分からない『ブラックボックス』状態」
そらは淡々と分析していく。その感情を挟んでいない口調が逆に恐ろしさを醸し出しているようにまつりには感じられた。
「何ソレ、ホントの災害じゃん……」
「……“陸の孤島”……かぁ……」
絶句するスバルと共に、まつりは昨日の夕方にも思い浮かんだ単語を呟いてみる。確かに、昨日の街の様子はそんなに切羽詰まっているようには見えなかった。でもそれは見かけだけの話で、状況はあのときの直感が正しいことを証明するように悪化していっている。兵糧攻め、とか言ったか。
しかし希望はないワケではない。目の前の一団が駆けつけた状況しかり、やり方がいつも通りではないだけで方法はいくらでもある。それこそ、孤島は完全な密室ではなくて『海』という壁で繋がれているのだ。船さえあればいくらでもアクセスできる、という具合に。
「ともかく、私はこの人たちを手伝いたい。
まつりちゃん、スバルちゃん。行きたいメンバーで行ってみない?」
「……そうだね」
まつりは焦りにせっつかれるようにうなずく。
公園は昨夜と特に変わったことはなかった。つまり、おそらく軍用と思われるゴツいヘリの残骸が散乱したままの状況である。消防も警察も機能不全なのだから当然といえば当然だが。広い公園の真ん中に落ちたのが幸いしたのか火が燃え広がった様子もなく、聞いていた限りでもあれ以上の爆発も起きてはいないようだった。アメリアがいうには、エンジンが動かない中で落ち着いてライトの灯りを頼りに被害が出ないよう公園の砂地のグラウンドに不時着させるのは至難の業だったとのことだ。妙に誇らしげだったのは多分気のせいじゃないだろう。
それでも敷地はいくらでも余っているくらいには広い公園だが、疲れをにじませるボランティアたちを出会い頭に出迎えたのがこれである。一行は大いにマゴついた。もっとも、彼らを突き動かしている使命感はむしろ燃え上がったようだが。
「テントの設営急いで!」
「いやいや、助っ人さんのおかげでむしろいつもよりペース早いよこれ!」
「あ、作業台ではもう野菜切ってますー」
「おい何やってんだ、テント広げてからじゃないと食材にホコリが落ちんだろ‼︎」
……設営の順序はともかく、おかげで士気はとても高いらしい。
まつりとスバル・はあと・そら・イオフィ・アメリアの六人はそれを眺めながら手伝える段階になるまで待っていた。なおテント設営では部隊長の独壇場と化している……さすが特殊部隊の部隊長。こういう炊き出しでは手伝いの側も飛び入り参加が認められている場合が多い。
「そういや、みんな料理できるんだ?」
牽制のつもりなのか、スバルがアメリアをチラリと見てから料理経験を確認する。実際に逃亡しようとしたアメリアへの警戒感はそうそう拭えないらしい。
「あら、アタシは一人暮らし長いからね、料理はそれなりにできるわ。まぁ子供の時はオレンジの皮むきで指の先端切り落としたりしたけど……」
「え゛ぇ⁉︎ そんなん聞いて包丁渡せるかァ‼︎」
アメリアの思い出話にスバルは思わず声が裏返ってしまった。確認しといて正解だった、とまつりも頭を抱えそうになる。因みに、なかなかの音量の叫びが周囲に響き渡ってボランティアたちが驚いて一斉にこちらを見たりしたが、二人は構わず会話を続けた。
「叫んでないで見てよスバル! ホラ、こんなちっちゃい傷しか残ってないんだから」
ただアメリア自身からすれば何でもないことのようで、アメリアは事もなげにそう返すと左手を差し出して傷跡を見せようとしてきた。どうやら指のことを心配されたと思ったらしい。
「イヤそういう問題じゃねェ!」
スバルの精一杯のツッコミで応戦して辺りをザワつかせ続ける。
一方、それを背にした会話の中では、
「はあちゃまは昨日料理したばっかりだからね、あんなのカンタンよカンタン!」
ハアトが自信ありげにむんっと胸を張っていた。
「そうなんだ、じゃあどんな料理でも大丈夫そうだね!」
「い、イオフィも料理できるよー!」
それを聞いたそらが笑顔でサラッとハードルを上げる。なお本人はそんなこと意識はしていないようだが。そしてイオフィは敬愛する姉貴分へのアピールに余念がない。まつりの目にはまたイオフィがちょっと可愛く見えた。……ということで。
「あー……そらちゃん、騙されないで。はあちゃま昨日が料理初挑戦だから……」
「あれ?」
まつりはそらに真実を告げるという援護射撃を撃ち込んでおく。そらはニコニコしながらちょっと素っ頓狂な声をもらした。ただ、そんな料理素人が炊き出しを手伝うというのに、その表情から
「おいアレ! ヘリ飛んでるぞ、どういうこったよ⁉︎」
ボランティアの一人が声を上げる。
男性が指差した先、一機のヘリが優雅に空を飛んでいた。なんだ、それがどうした? と目線を下げようとしたところでまつりはようやく気付く。そうだ、いま陸上では車が一切動かせないというのにあのヘリはどういうことだ? 昨日でも、市内上空に侵入したヘリの末路はこの目で見たとおりのハズだ。じゃあ目線の先で優雅に飛んでいるあのヘリは?
ボランティアの人々も混乱しているようだった。なにせ『“乗り物のたぐいが動かせない”というのはデマなのか』などと疑おうにも、目の前にはそのことを証明するかのようにヘリの残骸が打ち捨てられている。
「えっ……? ヘリが?」
スバルをはじめ、他の五人も異常に気がつき始めたようだ。
「何で、どういうこと?」
「……何か、イヤな予感がする」
イオフィが呟いたところで、そらは漠然とした、しかしイヤにハッキリとした不安感を口にした。
『ザザッ、ジー…………』
そしてここで妙に覚えがあるノイズがどこからともなく聞こえてくる。まつりが周囲や手持ちのものを見回しても声が聞こえてきそううなものはどこにもない。ヘリからの拡声による放送ということで間違いはなさそうだ。
『ごきげんよう、人質諸君。妙な通信回線を使わない放送はノイズがなくて助かる』
こうしてそらのイヤな予感は“確実に事態は悪くなるだろう”という焦燥感を伴って的中した。