ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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14:走馬灯、まわる

バタバタバタバタバタバタ…………

 メタセコイアの梢のはるか向こう、上空のヘリのプロペラは相変わらず慌ただしく鳴っている。飛んでいる以上は当たり前のことだが、まつりにとっては切れ間なく鳴り続けるその音が人々の冷静さや平常心すらも刈り取っていくような気がした。要は、ヘリそのものというよりもそんな焦燥感というか不安感を感じていること自体がまつりには不快だった。

 

 

 

『“流暢に喋れる”というのはストレスの防止の上でも想像以上に重要なようだ……おっと失礼』

 

 ヘリから発せられているらしいその放送は恐らく話の本筋とは無関係なことをだらだらと喋り続けていた。直後の少し気取ったような口調の謝罪がまた腹立たしい。自己プロデュースのつもりでやっているなら即刻やめるべきだろう。

『前置きはこれくらいにして本題に入ろう。以前にも言ったようにお前たちは人質、つまりこれは人為的に引き起こされたテロルだ。ただ、「お前たちが誰に対しての“人質”なのか」についてはまだ言っていなかった。最低限という制限付きだが、まぁ制限内の情報くらいは教えよう。勝手な絶望か何かで自殺でもされては面倒だ』

 いかにも悪の組織っぽい物言いだな、というのがまつりの抱いた感想だった。たしかアメリアの情報(を鵜呑みにするの)であれば、これは「テロ組織の犯行をよそおったカデュなんとか社の自作自演」だったか。ならば、今のコレも“それらしく見せるための演技”と考えるとしっくりくる気がする。若干わざとらしいのがマイナス評価か。まるで他人事(ひとごと)だな、とまつりは思った。

 

 

『お前たちはこの国および自治体の行政機関に対する人質だ。もっと分かりやすく言うなら、“日本国政府”と“県庁”と“市役所”の三つ。上手くいけば、彼らがお前たちを守ってくれる。ちなみに三つの身元引受先に要求する“身代金”は全てあわせて四〇億ドルだ。法外な値段かもしれないが行政が支払うのなら別に構わないだろう? どうせお前たちに直接的な被害は出ないのだから。それと言い忘れていたが、我々がいう“人質”とは、単純にお前たちのようなこの街の市民だけではなく、お前たちが使っている道具全般の「演算機能」も含まれている。つまりPCやスマートフォン、およびそれに類する複雑な電子回路全般などの動作がそれにあたり、現在それらが使用できないのも全て我々がそれらを掌握しているため、というワケだ。飲み込みきれない部分も多いだろうが、ともあれ今の説明で満足してもらえると助かる。……要するに、お前たちが国から見捨てられでもしない限りは時間が経てばなんとかなるかも知れないという意味だ。テロルとしては人道的だろう?』

 

 放送はここで一度言葉を切る。……事前情報があるせいだろうか、どこか鼻につく印象というのは変わらない。むしろ胡散臭さが増している気すらしてくる。

『説明はこんなところか。ところで、お前たちの中には「それほど困窮していない」と言い出す者もいるだろう。実際、我々としてもまだまだ手ぬるいと思っていたところだ。これでは動くものも動かない。そこで我々はお前たちへの締め付けをきつくすることにした。今お前たちの見ている通り現在はスピーカーとして機能しているこの無人ヘリ、少々もったいないがこれから墜落させて、“ちょっと特殊な”爆弾として使わせてもらう。「EMP機雷」という言葉はご存知かな? 爆発と同時に強力な電磁パルス( E M P)を発生させて電子機器を暴走させ内側から破壊するという便利な爆弾だ。いま市内を飛んでこの放送を流している無人ヘリは全部で六機あるが、これらにはその爆弾を積んである、そういうことだ』

 

 淡々と、まるで他人事(ひとごと)のように放送は言い放って、放送者自身が言うところの“最低限の状況説明”は終わったようだった。実際、彼らにとって市民の都合というのは確かに他人事(ひとごと)なのだろう。

 放送が終わってから数秒と待たずに、空中でヘリは緩く横回転を始めた。空中静止の体勢もみるみるうちに不安定になっていく。緩慢に、しかし着実にヘリの回転するスピードは加速していく。そしてエンジン音は小さくなっていく。どう見てもヘリのエンジンが停止して、機体の姿勢制御がストップした結果にしか見えない。

 ヘリはそのまま揚力を失って、真下の民家の屋根に横転したまま刺さり、爆発した。

 

 

 

 

 屋根に叩きつけられたヘリを目の当たりにして、私は遠い過去のことを思い出した。

 と言っても、あれは狭い水面に小さなカケラが落ちただけだから、規模感という意味ではまるで比べ物にもならない光景だったけど。まぁでも、こういうときは“あくまで自分の中では何かが似ていたのだろう”と思うことにしている。もっと言えば、これは“ここ”からみれば過去どころか遥か未来の話だ。

 

 ……かつて。

 温かいお湯が注がれた私のマグに、小さなカケラが放り込まれるのを私は黙って見つめていた。ちゃぽ、という小さな音を立ててカケラはお湯の泉へと吸い込まれるように溶けていく。その正体は単なる即席コンソメスープのもとだ。即席、といっても食糧難にまで陥った今の世の中ではかなり贅沢な部類だといえる。特に自分のような人造人間には。

 時間は正午を少しまたいだ頃合い、時代は西暦三二八〇年。

 私はこの簡素な料理が好きだった。それも固形物の食べ物なんかよりもよっぽどである。

 理由は単純で、味が他の合成された食べ物に比べて格段に濃かったためだ。塩味が少しきついものの、同時に芳醇で刺激的な別の味や香りが楽しめる。その風味の複雑さが私は好きだった。気になって調べたこともあったが、出てきた情報はせいぜい“名前のコンソメとは完成を意味する『consommé』なるフランス語からきている”だの“中世ヨーロッパから存在していた”だのといった周辺情報ばかりで、肝心の作り方はさっぱり出てこなかったという苦い思い出がある。味を化学合成するレシピが重宝されすぎたのと、原材料となる食材が絶滅してしまったのが原因だという。そして、時間渡航技術を人間以外の生物に使うのは禁止されている。何とももったいない。

 話を戻そう。場所はとある研究施設の大食堂だ。といっても、現時点でここを使うのは自分ともう一人の人間しかいない。他の利用者は……いなくなってしまった。

「十四ちゃん、コンソメ本当に好きね?」

「ぬん?」

 廊下の方から声がかけられる。この時点で、そんなことをする人物はその一人くらいしかいない。今となってはすっかり聞き馴染んだ声だ。

「おはようございます。博士」

「ふふ、もうギリギリ午後じゃない。朝に会えなかったからって、この時間に“おはよう”って言うのはちょっと無理があるわ」

「わかりました。『こんにちは』、博士」

 私はそう言うと、改めて“博士”と呼んでいる女性に軽い会釈をした。

「ええ、こんにちは。ところで昨日の昼間に出た渡航から誤差ちょうど二十四時間くらいでの帰還ね。現地での経過時間は三日程度。ふむ、今回は……というか今回も早い帰還お疲れ様。残された最後のセーフガードが優秀で、いつも仕事が早くて助かるわ」

「そんなことはありませんよ」

「もう、またそんな味気ないこといって」

 博士は横に軽く首を振る。

「前から思っていたけど、もうここにはあなたと私の二人しかいないわ。なのにいつまで経ってもあなたは“博士”呼びしかしてくれなくて寂しいのよね……。それにあなたがよく口にする“人造人間”って言葉なんだけど、あれもちょっと戴けないわよ。人の「じ」は仕方ないにしても「ぞ」とか「げ」とか、濁点ばっかりなところが可愛くないわ。……あら、その顔。いまちょっと『よく分からない』って思ったでしょ? だめよ、私と違ってあなたは若い女の子なんだから、もっとわがままなくらいが一番ちょうどいいもの。だからこうしない? 今から私のことは名前で呼んで、博士なんかじゃなくて『一人の友人』として扱うこと。これの方が絶対楽しいわよ。まぁ、私にとっては、だけどね」

「結局は博士のわがままじゃないですか」

「私だって女だもの。今さら女の子、って言うのは無理しかないけど」

 そう言って、博士は悪戯っぽく私に命令する。今までそう思ったことはなかったが、実は意外と博士という人物は寂しがり屋なのかもしれない。私に直接確かめる勇気はなかったけど。そして、そんなことよりも重大な問題があった。

「あの、博士。確かに博士の名前は存じ上げてますが、私の呼び名は変わらず製造コードの『トの十四』なのでしょうか? 博士からの呼び名に変化はないのに、人造人間の私だけが呼び名を気安いものに変更するというのは“人類への不敬”と見なされかねないのではありませんか?」

 人間には少し理解しづらいかもしれないが、これは人造人間としてはかなり大きな問題である。

 と言うのも、この“人類への敬意”が少しでも揺らいでしまうと人造人間の人類種に対する反逆を“発想すること”が可能になってしまうため、人造人間は脳内のチップで人間に絶対忠誠を誓うようプログラミングされているのだ。これに反した行動は初めから取ることができない。それこそ、外科手術でチップを物理的に除去してしまえればまだ分からないかも知れないが、あいにく博士の専門は量子物理学だ。電子制御工学でも医学でもない。

 博士はハッとした顔でそのことを思い出すと、少し思案してから改めてこう切り出した。

「そうね、そのことを失念してたわ、ごめんなさい。だったらいっそ私のことは、下の名前のイニシャルからとって——

 

 

 

 

「そらちゃん、どしたの? ボーッとして」

「あ、いや、ごめんごめん何でもないよ!」

 まつりから声をかけられたそらは、いつかの友人のようにハッとした顔で気を持ち直した。そして急いで首をぶんぶんと振ると顔を二、三度ほどはたく。そうだ、今はボーッとするようなタイミングではないし、“ここ”はそんな場所ではない。時間は夕方の四時過ぎ、時代は二〇二二年で、場所はまつりちゃんの家の近くの市民ホールの体育館に急きょ用意された避難所。

「あっははは、ハアトほんっと面白い……なかなかブッ飛んでるわ! そうね、“ハンドルが壊れた暴走車”タイプっていうのかしら? アタシは自分のこと、どっちかっていうと“ブレーキを壊した暴走車タイプ”だと思ってるんだけど」

「どっちも暴走車かよ! アハハハハ‼︎」

 他の避難して来た住民たちでごった返す避難所にアメリアとハアトの底抜けに明るい爆笑が響き渡る。避難所内の気分が沈みがちな雰囲気にとって、これは良いことなのか悪いことなのかは誰にも分からなかった。そしてもちろん、両者からすればそんなものは知ったことではない。

 EMP機雷により発生した電化製品の一斉停止というテロは現代日本の都市に効果絶大だった。それこそ、まつりたちからすれば悔しいくらいに。

 先のテロ事件では“高度な演算能力をもつ物品”という凶悪ではあるがあくまでも限定的だった効果範囲が、電磁パルス(E M P)の無差別攻撃になったことで一気に無制限となったのだ。その後の混乱については今さら言及するまでもないだろう。かろうじて普段通りに過ごせていた一般市民たちの生活は、もれなく暗い夜へと引きずり込まれたのだった。

「実際どう違うのかわかんないし……」

 まつりが冷淡にツッコんでもアメリアは相変わらずだ。ちょっと得意げに解説を入れた。

「“ハンドルが壊れてる”っていうのは『コントロール不可でどこ行くかわかんない』って意味ね。で、“ブレーキを壊した”ってのは『コントロールできる上で“あえて”暴走させてる』みたいな意味かな?」

「え! 何ソレ、はあちゃま本物の暴走車じゃん!」

「でもそんな細かい日本語のニュアンスまで分ってるんだ、すごいわね」

 ハアトがちょっと憤慨(ふんがい)して、まつりにとっては聞き覚えのある別の声も混じる。

 ……もちろん、避難はまつりの家やスバルの部屋も例外ではなかった。二人およびまつりと同居している家族たちやスバルの部屋の鳥たちを除く(さすがに野鳥たちが避難所にいると迷惑がる人もいるので、イカロス以外の鳥たちは野外で行動している)住民たち、そしてそら・イオフィに昨夜転がり込んできたアメリアと部隊長も合わせて避難所に来ている。特にこのメンバーとまつりの家族は完全に初対面だし、考えてみれば、そうでなくてもアメリアたちがこのメンバーとしっかり交流できるタイミングというのは初めてだったかも知れない。そして不思議なことに、

「でもこれだけ日本語喋れても、敬語だけはよく分かんないのよね」

「あ、気にしないで? 敬語は日本人でもできないって若い子けっこういるもん」

「英語だと敬語の使い方そのものが違う感じだからしょうがないよー」

 まつりの母親が存外このメンツと意気投合していた。敬語が苦手だというアメリアをイオフィとともに励ましている。この対人スキルの高さは彼女の看護師という職業と関係しているのかも知れない。単に性格的な波長があっただけという可能性もあるが。

「にしてもイオフィちゃんもすごいねー、三ヶ国語しゃべれるんでしょ? 日本語、英語、あとインドネシアの……えーと」

「あ、そのまんまインドネシア語で大丈夫ですよ。あと他には、スンダ語とドイツ語と……あと韓国語を勉強中です」

「六ヶ国語も⁉︎ まつりにも爪を煎じて飲ませてやりたい!」

「お母さんうるさい‼︎ あとそれいうなら“爪の垢”!」

 メンバーの中でも、どうやら天真爛漫な性格どうしイオフィと特に相性がいいようで、まるで旧知の仲のように話に花を咲かせている。娘であるハズのまつりでさえ口を挟むのを一瞬躊躇してしまったほどだ。なお、それでも耐えきれずツッコミは入れているが。

「ねぇ、はあちゃま実は敬語できるよ?」

 ここで衝撃的な告白がハアトよりもたらされる。

「え、嘘ぉ⁉︎ それはちょっと信じられない……」

「あ、スバルちゃんひっどーい! ……まぁ確かに、あんまり喋った覚えないから何で喋れるのかすら分かんないけど……」

 ハアトはちょっと不安げに言葉を付け足した。不安げに、というか不安だったのだ。昨日の夕方にそらから受けた指摘がまだ胸につっかえたままだった。すなわち『どこで言語を学んで、しかも何故それが日本語だったのか』という点だ。ハアト本人からすれば喋れるのはごく自然なこと、しかしその源流がどこにあるかというのは全くの謎である。

 しかしそんな不安を、人の親である彼女は見逃さなかった。

「そんなの関係ないんじゃない?」

「へ?」

「はあちゃま……ハアトちゃんはハアトちゃんだよ。それに、私はまつりが敬語使えること知ってるけど、まつりがどこで敬語を勉強してきたのかなんて私は知らないし、まつりもハッキリとは答えられないんじゃないかな。そういうもんでしょ?」

 当然ながら、まつりは母にハアトの特殊すぎる出自のことについては何も話していない。しかしそれでも、母親は母親ということか。

「そういうもの……そういうものかぁ……」

 ハアトは反芻(はんすう)するように言葉をくりかえしている。どうやらハアトはその言葉に、感銘というか深く感じ入る何かを見出したようだ。『親』というものを十七年重ねて来たからこそできる芸当だといえた。

「“お母さん”……っていうのか」

 そして、またハアトは何かを学んだらしい……多分またおかしな方向に。

「うん、決めた。はあちゃま、はあちゃまの“お母さん”探す!」

「へっ?」

「止めないでまつりちゃん! はあちゃまが人間である以上、お母さんはいるハズでしょ⁉︎」

「いや、何も止めてないというか、ここでそんな大声でそんな宣言する方が止まって欲しいというか……」

 周りからの奇異の目が一斉に向けられても、誰に宣言するつもりなのか自分でもよく分からなくても、背後で誰かが動いても、ハアトはもちろん止まらない。

「はあちゃまね、前に夢を見たの! 何かあったくて大きなものの夢‼︎ 前はわかんなかったけど今はわかるよ、あの時の感情は“懐かしさ”だと思う。それも誰か人間のものの! 多分だけどあのあったかさは前に感じたことがあるーー

「静かにしろ、アカイハアト」

 ガチリと金属の部品が動作する音が聞こえて、ハアトが気づいた時には後頭部に筒状のものが押し当てられていた。以前ならともかく(そして皮肉なことに)これもまた今なら、あれだけの修羅場をくぐり抜けてきた経験からわかる。銃口だった。

 

 

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