ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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15:口喧嘩、修羅場にて

 紙面に押し付けられた印鑑みたいに、銃口がハアトの後頭部にピッタリと押し付けられていた。気配もなく忍び寄ってきた特殊部隊員によって。その一人の背後で、また以前見た特殊部隊と同じように他の隊員たちが一斉に銃を構える。周囲の人々の全員が全員、釘付けだったハアトの決意表明から唐突に視線を目の前の緊迫した状況に引きずり込まれて一斉に息を呑んだ。

 

 以前と違う点として今回の部隊の得物はハンドガンだったが、いずれにせよ素人からすれば銃火器ということに変わりはない。ハアトは振り向けもしないだろうし、だからといってまつり自身も含めて非武装の一般市民ばかりで対処できるワケもなかった。そしてこの場でたった二人だけその括りから外れるだろうアメリアや部隊長までもが手をこまねいている。平たくいうまでもなく万事休すだ。

「……そうか、お前にはいちいち言わないと伝わらないんだったな。両手を上げて頭につけろ、こういうとき“普通は”そうする」

「ち、ちょっ、何その言い方……これでもちょっとは“普通”を勉強——

「事前情報以外のお前のことは知らん、両手を頭につけろ」

 早くしろ、と言わんばかりに隊員はハアトの後頭部を銃口で小突いて、結局ハアトは仏頂面のまま指示に従う。マスクとゴーグルで顔は見ることができなかったが、その口ぶりから考えて部隊長がいた部隊とはまた別の部隊ということで間違いはないようだった。

 そういえば、とまつりは思い返す。以前にも、こんな絶体絶命のピンチを抜け出したことがあったのではなかったか。そうだ、たしかハアトの検査に立ち会ったときだ。あの時は部隊長率いる特殊部隊がアサルトライフルを担いで乗り込んできたけど、目を覚ましたハアトの能力のおかげで事なきを得たんだっけ。じゃあ今回は? なぜここまで追い込まれて今日のハアトはこんなに大人しいのか、あのときと何がそんなに違うのか……場所、時間帯、周囲の状況から部隊の人数まで何から何まで違うといえば違うが、その中でも決定的に違う何かの正体は何だ?

 そして、ただただ問答する二人を眺めていたまつりは唐突に疑問の答えに行き着く。あぁそうか、今さらハアトに暴れられるはずがなかったのだ。彼女は自分達に散々『普通』やら『常識』を教えられたのだから。

 

 いつものように特殊な力を使う?

 周りにいる関係のない人々を巻き込んで?

 超常的な能力のことをいたずらに広めてまで?

 その後されるかもしれない差別に怯えることなく?

 

 できるワケがない。

 

 ハアトと出会って以来、まつりとスバルは彼女のぶっ飛んだ言動に対してツッコミを入れたり優しく諭したりすることで人間社会の“普通”を教え込んできた。もちろん意図的にそうしたところもあれば、何となくツッコんだことが結果的にそうなっていたということもある。だが何にしても、それらは全て良かれと思ってやってきたことで、その結果がコレだった。

 少し間をおいて、銃を構えた部隊員は声を低くして、しかしどこか満足げに言う。

「よし、お前が暴れなければ周囲にいる一般市民に危害は加えない。大人しくついて来い」

 対して、頭に手を添えたまま後頭部をせっつかれるハアトは露骨に悔しそうな表情だ。あんまりと言ってしまえばあんまりな状況ではある。彼女本人からしてみれば、ようやく自分の目標を見つけたところで綺麗なまでに出鼻をくじかれた気分なのだろう。少なくとも、まつりの目にはそう見えた。

 こんな状況じゃ無理もない。要は、誰がどう見ても『詰み』。

 ……いや違う、まつりはふと気づく。

 先ほどからハアトが周囲からの視線を一手に引き受けているからこそ、まつりのことなんてヤツらの意識には欠片もないだろう。前の部隊長が率いていた部隊でないのなら、私のことなんて尚更そうだ。実際いまの状況でヤツらにとって脅威となりうるのはハアトただ一人で、ということは当然その対策もハアトに合わせたものになっているハズ。だったら、こんなときこそノーマークの自分が知恵をひねるしかないのではないか、不思議とそんな気が湧き上がってくる。

 今までそんな気になったことなんて全くなかったのに、はあちゃまと出会ってからずっとこんな調子じゃん。勉強嫌いでお調子者の私はどこ行った? まつりはそんな自分に対して吹き出しそうになるのをグッと堪える。……まぁ、いいや。

 まつりは雑念を振り払って自身のサイドテールを留めているリボン付きの髪ゴムを素早く抜き取ると、それを高く放り上げた。髪ゴムはゆるく弧を描いて、ハアトの後ろの特殊部隊員のそばに落ちる。空中高く舞ったそれを特殊部隊員たちは一斉に撃ち抜くと、当然ながら次はハンドガンの照準をまつりに合わせた。

「何のつもりだ、蜂の巣になりたいか?」

 わかりやすい常套句だ。それが正直まつりには少し意外だった。こういうときはもっと無言で行動すると思うがわざわざ喋ってしまうのか。であるなら、しめた。

 髪ゴムはリボンやそこについた大ぶりのチャーム部分を無惨に撃ち抜かれ、体育館の天井や壁まで跳ね返ってちょうどまつりの足元に転がって、まつりはやや大袈裟にため息をつく。白い子猫チャームのついたお気に入りだったけれどしょうがない、次の機会があればまた新しいのを買おう。そんなことを考えながら彼女は続けた。

「まつりは単に髪ゴム投げただけだよ? ……というか、はあちゃまから目そらしていいんだ?」

 慌てたように特殊部隊員たちが照準を戻すと、目を離した一瞬のうちに光景は様変わりしていた。

 体の向きを一八〇度変えてこちらに向き直ったハアト、高く上げられた彼女の右肘、跳ね飛ばされて部隊員の手を離れ宙を舞うハンドガン、そして一見華奢なハアトの左手にむんずと掴まれて振り払うこともできない部隊員の右手。軽いジュッという音と共に、周囲の人々の鼻をふわりとコゲ臭い匂いが撫ぜる。そして右手首を掴まれた部隊員は身をこわばらせた。これぐらい微かな力の使い方ならば周囲の人々に不信がられる恐れもそうないだろう、ハンドガンが音を立てて床に落ちる頃には誰の目から見ても明らかなくらいに、見事なまでに形勢が逆転していた。

「ナイスはあちゃま! その子のことは聞いてるでしょ? その子の周りにいると、なぜかみんな普通じゃいられなくなるらしいってことも。標的のはあちゃまから髪ゴムを投げただけの私に、みんなして一斉に銃つきつけるくらいアンタらがトチ狂ってたってのは正直意外だったけどね」

「貴様……」

 後ろの部隊員の一人がまつりに銃を向けなおしながら忌々しげに呟く。

「そうそう、今みたいに一人だけがこっちに銃向けて、残りははあちゃまから目を離さなければ済む話だったんだよ。そこの彼が人質に取られちゃった今じゃ『後の祭り』ってトコだけどさー」

「挑発はよせ小娘! お前も普通でなくなってるぞ」

 ここでダンマリだった部隊長が間髪入れずに叫んだ。声を上げたのが部隊長だった、ということも含めてまつりは思わずムッとする。

「ッ、はぁ? 私の普通も何も知らないクセに何言ってんの? 大体アンタがロクに動かなかったからこんなことに……」

「これだけ周囲に人がいて反応できるわけがないだろうが、ともかく言い争いは後だ」

「エラソーに言わないでよ! 元はと言えばアンタとこの部隊が原因みたいなモンじゃん‼︎ 入院中のはあちゃまにわざわざ……」

「まつり‼︎ いい加減にしなさい‼︎ こんなときにヨソの人になんてクチ聞いてんの‼︎‼︎‼︎」

 まつりと部隊長との口喧嘩(喧嘩という割に叫んでいたのは片方だけだったが)に割って入ったのはまつりの母の一喝だった。そういえば、彼女はまつりたちと部隊長の間にある因縁のことについて全く知らない。ということは初対面の人間に向かって今のようなセリフを吐いたと思われているのか。

「違うのお母さん、この人は知り合いっていうか……」

「知り合い⁉︎ だったら尚のことそんなクチ聞くもんじゃないでしょ‼︎」

「待ってよ! 今こんな話しなきゃいけないの⁉︎」

「元はと言えばあんたが今ここでギャーギャー言い始めたんでしょうが‼︎」

 と、ここまで言われてまつりはハッとした。そうだ、今の自分たちは以前出くわした部隊長が率いていた特殊部隊と全く同じではないか? もっとも、あのとき怒っていたのは特殊部隊員だったハズで、今の自分達とは立場の優位も含めて完全に逆転しているが。

 つまり、ハアトがMRなんとかから出てきてガラス壁をやぶるまでイザコザを起こしていたあの部隊員の気持ちはこんなだったワケか。いま目の前で自分を大声で叱りつけている母もきっと同じだ。急に思い出したみたいに怒りが湧いて、“思わず”口をついて叫び散らしてしまう感じ。なるほど、これがハアトのもたらす『衝動』なのだとしたら確かに抗いようがなかった。むしろこうやって怒りに身をまかさずに自分を諌めた部隊長って本当はすごいのかも知れない。まつりはそう思い直すことにした。

「……ゴメン、ありがとうお母さん。今のなかったらもっとイザコザになってた気がする」

「まつり? 今日はずいぶん大人しく引き下がるのね……?」

「だって周りの人とか見てみてよ、みんなビックリしてる」

「あ」

 周りは当然ながら唖然としていた。特に巻き込まれた一般市民の目から見れば混乱するのも当然だ。今の状態を有り体に言えば「銃撃戦が起きる一歩手前の緊張状態から、銃を突きつけられていた金髪の少女が形成逆転したと思ったら、お互いがこう着状態で手を出せないのを良いことに娘と母の親子喧嘩が始まった」というなかなかにカオスな状況である。きっと周囲はちょうどあのときの特殊部隊の口論を眺めていた私と同じような心境に違いない。つまり、目の前の状況が急にアホらしい方向に転がっていくことへの混乱というか、『本当に今その口論が必要なのだろうか?』という疑問というか。

 恐るべし、はあちゃま恐慌状態。

 

 

「イオフィちゃんッ」

「はい、姉さん‼︎」

 不意にそらが(とき)の声をあげる。その鋭い声に応じてイオフィが両手を掲げた。

 

 その手の甲で、まつりが昨日の夜に一瞬見かけたあの光の筋がまた閃く。と同時に彼女の指先からは泡ともガラスとも、もっと透明な別のものともつかない『球』が数個生まれる。あれは確かまつりが“昨夜”同じものを見たとき、イオフィは「時空の乱れで歪んだ空間」とかなんとか難しいこと言ってたっけ。

 その『歪み』とやらはたちまちその数と大きさを増しながら特殊部隊の頭上へと広がる。シャボン玉を使ったマジックか、はたまたハリウッドのSF映画でも見ているような光景だ。そして軽い衝撃波が人々の足の間を駆け抜けて、体育館の窓ガラスがガタガタと音を立てる。そして円型に広がった衝撃波の中心には黒いカタマリが突然浮かび上がった。人影だ。

 昨夜スバルの部屋に直接突入してきた、イオフィの故郷の技術とやらでどこか異空間に飛ばされていたとかいうあの特殊部隊員たちだった。襲撃の際にイオフィが操って武装解除させた分だけ軽くなっていたとはいえ、そうだとしても素の体重だけで九〇キロ近くある筋骨隆々な男たちばかりである。それらが突如として頭上に降って来たわけで、下にいた部隊員たちは受け止める体勢をとる間も無く岩雪崩(いわなだれ)ならぬ“ヒト雪崩(なだれ)”の被害に遭った。

 下敷きになった部隊員たちには手にしていたハンドガンを跳ね飛ばされた者も、逆になんとしても手を離すまいとグリップを握り込んでいた者もいる。手を離さなかった部隊員の一人が体を打つ痛みに耐えながらも、狙いを定めることすらせず引き鉄を引こうとして……、

「フン、一般市民相手に二度とヤケクソで撃とうとしないことね。アタシにまだ権限があったらアンタを真っ先にクビにしてるところだわ」

 アメリアがすかさず手に握られていたハンドガンを的確に蹴り飛ばした。金属製のオモチャが床に落ちて跳ねるようなガチャガチャという音が響く中、アメリアと部隊長の二人はまだ感覚のあった部隊員たちの手から銃を引き剥がしていく。反抗しようにも、彼らの体はすでにイオフィの支配下だ。彼らのその他の武装もゴトゴトと音を立てて床の上へと投棄されていった。

「ちょっ、待て貴様!」

「なッ……」

 しかし、である。イオフィの技術をもってしても、人が人を操るのには限界があった。事前に準備する時間があった昨夜のアパートと、状況が二転三転し続けている土壇場ではワケが違う。

 部隊員の内の一人が人だかりの陰から飛び出した。そしてその部隊員は遠巻きに見守る一般市民の群れに突進する。

 端的に言うと、彼はアメリアに蹴飛ばされた部隊員と同じく半狂乱の状態にあった。現実離れした事態に見舞われて、もはや自分のことだけで手一杯だったのだ。誰か適当な人質をとりさえすれば、自分に危害を加えられないと踏んでの行動である。ある意味で、実力行使の世界で過ごしてきた者らしい荒っぽい判断と言えた。

「でやぁぁああぁぁっっ‼︎‼︎‼︎」

 しかしはぐれ部隊員が市民に伸ばそうとした手は、真横から振り下ろされた棒状の物体の先端にはたき落とされる。所詮少女の腕力だ、込められた力はそれほど強くない。しかし部隊員が全く予想だにしないタイミング・方向から叩かれた右腕は勢いを失い、右腕の主は冗談みたいに大きくよろめいた。彼が顔を上げると、短髪の少女が険しい表情で竹刀を構えている。スバルだ。

 こんな状況下で部活が変わらずあるのか分からなかったが念のため、と竹刀も避難所に持ってきていたのだが、よもやこんな形で使うことになるとは。明らかに剣道としては想定されていないであろう修羅場にスバルは武者震いか緊張感からなのか肩で息をしていた。ただそれとは対象的に、彼女の視線はまっすぐで鋭い。迷いや不安といったものが滲んでいない、剣士の目。

 部隊員は言葉にならない叫び声を上げながら竹刀の先端に掴みかかる。スバルは落ち着いてすり足で一歩後退して間合いを空け、部隊員の手は空を切った。スバルの思考は驚くほど澄んでいる。もしかすると試合中ですら比べ物にならない緊張感の賜物なのかもしれない。次に取るべき動作が自ずと、脳裏に湧き出るように浮かんでくる。

「っでぁあ゛ぁあ゛ぁあ゛ぁあぁあぁぁっっっっ‼︎‼︎‼︎」

 スバルは竹刀の中ほどを相手の突き出された右腕に添わせると、左肘に力を込めて外側に大きく弾いた。そして流れるように竹刀を部隊員のヘルメットに向けて強く突き出し、剣先は眉間の位置に打ち込まれる。剣道で言うところの小手擦り上げ面という動きのアレンジだった。

 もちろん特殊部隊ともなれば標準的にヘルメット装着しているため、この程度でケガを負うことはない。しかし相手が銃も構えずに無我夢中で目標に突っ込んできた場合は話が別だ。スバルから放たれた早業は部隊員をひるませるには充分だった。そればかりか、猛突進の最中だった彼は後ろ向きに大きくつんのめって背中から叩きつけられる。もちろん現在の体育館は避難所であるためブルーシートやバリケードで細かく区分されており、彼は床に広げられたそれらに頭から突っ込んだ。

 部隊長がすかさずその上に飛び掛かって、今度こそは勝手に逃亡しないようにと手際よく拘束していく。

「……で、できたぁ……」

 当然ながら、剣道という武道はこういった護身の実践を想定して編み出されたものではない。このような経験をするとは夢にも思っていなかったスバルはヘナヘナとその場にへたり込んだ。見れば若干目を潤ませている。

「スバルっ、大丈夫⁉︎」

「クワワワワッ!」

 まつりは急いでスバルに駆け寄る。後に続くのはアヒルのイカロスだ。幼馴染のやさしい声と、単なるペットとは違う“家族”が懸命に向かってくる姿は、少女を安心させるには充分すぎるほどだった。スバルは無言でまつりに抱きつき、やがて小さく「ひっく……ぇぐっ……」という嗚咽を響かせ始める。周囲の人々はその様子を見てパラパラとまばらな拍手を贈った。

 

 

 

「何そのお涙ちょーだい展開、寒っ」

 しかし拍手が止んだ頃合いだろうか、異様に冷めた声が響いた。明らかに低く不機嫌な、しかし元が甲高いことが隠せていない少女の声。それでいて、まつりには聞き覚えのあるちょっと忌々しい声。

 学校でのまつりの友人グループの一人だった。

 そういえば彼女は中学以来の友人だから、つまり当然ながら同じ中学に通うくらい近くに住んでいる。だから、まつりたちと同じくあのヘリからバラ撒かれたEMP攻撃でこの体育館に避難してきていたのだろう。声を聞いたまつりは体が緊張でこわばり、舌の根本が痺れるような居心地の悪さを感じる。

「つかまつりちゃんさー、今のなに? ぶっちゃけキモいよ? そこの金髪二人とか、なんか怪しいペンキまみれのデニム女とか、明らかに大学生なのとか、知らない外人のおっさんとか。あとさっき、ソイツらとつるんでフツーに話してたアンタ自身もさ」

 いつも通りあけすけに、そして言葉を選ばずに、彼女は嫌悪感を口にした。

 

 

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