ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき - 作:テラ・ぺた・エクサ
考えてみれば、である。あの友人たちの声を耳障りに感じだしたのとハアトが来たタイミングとはあまり関係がなかったのかもしれない。
だって『ハアトと出会ったというだけで、ハアトとは直接関係のない彼女らと話すのが嫌になった』なんてことは、結局のところ兼ねてから相当のストレスを溜め込んでないとそうはならない。溜まりに溜まった不満のボルテージが限界に達しそうな時期に、たまたまハアトという衝撃が加わったというだけのことだ。そんな自分を取り巻く状況と、たしか初めて見た水蒸気爆発の数日後に説明されたような気がする爆発の原理だかとを、まつりは脳裏でぼんやりとダブらせた。
何にせよああいうのはいつだって、あくまでもキッカケに過ぎないのだ。いつだってそうだったし。
体育館内の空気が急に重くなった気がした。まつり個人の感じ方どうこうの問題ではない、周囲の人々の顔が次々に曇っていくのが、まつりの立つ位置からでもよく見えたから。しかし、ツカツカと歩み出てくるその少女はまるで意に介さずに淡々と喋り続けている。
「まさか、まつりちゃんそんなキモいのと仲良いとか思わないじゃん? まじキッツい」
「…………」
仮にも彼女は“いま自分たちが助けたばかり”の人間のハズだ。けど、だったらこの子の異様に偉そうな態度はなんだ? まつりは疑問に思ったがすぐに考え直した。
多分、この子はそんなことなんて全く考えていない。彼女にとっては当たり散らすことだけが最優先、というより、頭に浮かんだマイナスの感情を心の内にずっと留めておけるだけのストレス耐性がそもそもないのだ。なぜなら、この子は高校生活の間ずっとそうやって自分の中に一カケラのストレスも溜めることなく延々と吐き出してきたのだから。彼女の話し相手であり吐き出す対象だったグループの仲間、つまりまつりにはよくわかった。
「何その無言ニラみ、こわー。傷ついちゃったなー」
少女はヘラヘラ笑いながら白々しくそんなことを呟く。
「は、何しようっての?」
ここまでわかりやすいリアクションというのもそうそうない、コイツ何か仕掛ける気だ。ドラマか何かの影響なのか、いつか見た悪だくみするイジメっ子役の女優の猿真似みたいな表情だった。
「その剣道ちゃんってアレでしょ? “別の高校にいる幼馴染”とかいう子。ウワサで前に聞いたことはあったけど、まさかその子までああいうのと繋がりあるとは思わなかった」
急にスバルに話題が飛んだことにまつりは危機感を覚える。視線の先のニヤついた少女の目には何かロクでもない考えが浮かんでいるらしい。
「アタシもそこの学校に知り合いいてさぁ? ソイツ使えば色々できるんだよね」
……つまり『人質を取ったぞ』と宣言したいようだ。これを機会にまつりを手駒か何かにするつもりらしい。陰険さを煮詰めたような少女の思惑に、まつりは思わず催した吐き気を噛み殺した。当然ながら、周囲の人々の目はますます険しくなっていく。このままだと彼女は非難の
「てかさー、逆にそこのオッサンとか明らか大学生とかどういう付き合いで出会うんだよ? ほんとに“売り”でもやってたか、まさかタカられてたりとか? うわ、かわいそー」
「あなた、助けてもらった人たちに向かってよくもそんな……」
ここで聞き馴染んだ大人の声が割って入る。まつりの母だ。表面上は冷静に少女を叱りつけようとしているふうに装っているのだろうが、我が子に向かって言いたい放題並べ立てているこの少女への苛立ちを明らかに隠しきれていない様子だった。しかし。
「あ? オバサンがしゃしゃって来んなよ。見てわかんないかなー、これアタシらの問題なの。ってかさ、オバサンたちがその子の味方するの良くないと思うよ? だって、あんなよくわかんない力でこんな強そうな人が取り押さえられてるワケだし、どう見たってコイツらよりこの子たちの方が強いじゃん。この子らの方が人数も少ないし、それにあんな超能力みたいなヤバいカイキゲンショーとかさ。どう考えても『異常』でしょ、怖くない? 何されるかも分かったモンじゃないじゃん」
少女は毛ほどの動揺も見せずに語気を強める。というより、この時期の子供に大人が何かを言って聞かせたところで大人しく聞くワケがないし、むしろ逆効果だろうことは誰の目で見ても明らかだった。
「……あなたいい加減に‼︎」
「いいのお母さん、こんなとこであんなのにそんな怒っても疲れるだけでしょ」
まつりは母を諌めて止める。そう、放っておけばいいのだ。こんなところでムキにならなくても、周りの目から見ればどう考えても悪いのは少女の方であって……。
「おい“お母さん”って、出てきたの母親かよ……しょーもな。
傍観している人々の中から、急に誰か男性の声が割り込んできた。これまたわかりやすく野次馬だ。
「オレは女の子の方が怪しいと思うね、どう考えても変だし。それにあの超能力みたいなヤツやっぱ怪しいじゃん。その特殊部隊ってむしろオレらを助けようとしてくれてたんじゃねーの?」
野次馬の述べた“推理”で人々は蜂の巣をつついたように騒がしくなる。パニック状態だった。
「確かに後の子のほうが説得力あるな!」
「だったら特殊部隊のヤツら、銃なんてこっちに向けないでしょ⁉︎」
「あーもー、とにかく両方ともここから追い出せよ‼︎」
「そもそもあの力は何なんだ、そっからだろ!」
体育館にいる人間は口々に大声を張り上げる。ハアトのもたらす効果なのか、避難所という空間のもつ不安感の影響なのか、何にしても誰もが口角から泡でも飛ばしかねないような勢いだ。
銃声。
ここで人々の声を押しのけるように銃声が轟く。
大ぶりの拳銃のものだった。天井に向けて撃たれた銃弾は、剥き出しの鉄骨に当たって火花が派手に散る。撃ったのは部隊長だ。
「……外野が騒ぐな。いまパニックに起きれば怪我人が出る」
明らかに外国人の、それもかなり大柄な男から発せられた流暢な日本語による制止だ。そうでなくとも日本人からすれば白人という人種は対峙して少し気後れする相手には間違いないし、なによりその手に拳銃が握られていては逆らいようもない。けっきょく視覚的にも聴覚的にも強く出られる者はいなかったようで、また銃火器の存在も手伝ったのか、口々に叫んでいた人々は一斉に口をつぐんだ。
「騒いですまなかった、続けて」
そして何食わぬ顔で、部隊長はドカッと腰をその場に降ろした。
続けるよう促された少女はというと若干困惑している。
「いや、この状態で話続けろってオカシくない?」
「まつりは問題ないよ? ってかあんな話の割り込み方したら騒ぎデカくなって最終的にこーゆーことになるの当然じゃん、こうなることぐらい考えとけよ」
牽制のつもりでまつりは皮肉を混ぜた。明らかに相手のカンに触ったのが見てとれる。
「まつりちゃんってさー、たまにそういうこと言うじゃん。普段はアタシらみたいなバカやってるくせに時々イヤに冷静っての? なんかみんなから一歩引いたようなコト言ってさ、『周りに合わせてやってますよー』って感じしてめっちゃイラついてたんだよね」
「そりゃどうも、っていうか合わせてやってたの気づいてたんだ? ちょっとビックリ。……にしても奇遇だよねぇ。こっちも、高校上がったあたりからアンタとその周りがバカ丸出しで手当たり次第にバカにしだしたのとかイライラしながら見てた。中学の時まではそんなことなかったのに急にそんなんになっちゃってさ、もー見てらんないっての。それに、正直アンタの顔も体も好みって感じじゃなかったしね」
いよいよもって本音を吐き出してきた少女を、まつりはあからさまに煽って受けて立つことにした。さながら、今の状況は観客に囲まれたプロレスのリングの上みたいな、そういう場面に近いような気がする。というかさっきまでの友人が先に言ったように、銃声の直後に部隊長がそのまま場を仕切ってくれた方がまだ楽だったような気もする。
でも、それもまぁ別にいいか、どうでも。
端的にいうと、今のまつりは怒っていた。それこそ、意図のよく分からない部隊長の言動なんてどうでも良くなるくらいに。髪ゴムをとったまつりの乱れ放題な髪は、本人の汗と体育館内のじっとりとした湿気のせいでへばりつくような熱気を帯びて垂れ下がっている。
まつりの怒りの理由は母が少女を叱りつけようとした理由と同じ部分ももちろんあった。元から見返りなんて求めてはいないけど、感謝されこそすれ嫌がられるようなことをしたつもりはない。なのに目の前のこいつはどうだ、自分たちへの敵意をこうも包み隠さず伝えてきたのである。それも“
ただ、怒りの一番の理由はそこではなかった。怒鳴り散らしたい衝動を抑えつつ、まつりは口火を切る。
「まずさぁ、ここにいる人みーんな思ってると思うんだけど。……アンタ何しにワザワザ出てきたの?」
「なに? 言いたいことも言っちゃダメなワケ?」
「少なくとも自分から行動も何もしてないヤツの言葉とか、そんなん誰も聞きたくないよね。ましてそんなヤツが、行動起こした張本人たちに向かってあーだこーだ言うとか何? ケンカ売ってんの?」
「…………」
真っ向から正論を突きつけられた少女に、ここからさらに屁理屈を積み重ねられるだけの根性は無いようだった。まつりは思わず眉をひそめそうになる。というのも、まさか相手の少女に『この場で黙りこくるような分別』があるとは思ってもみなかったのだ。
口論において最強である条件というのは単純である。バカであることだ。
もし話し合いの場で行われているのが“答えを出すための建設的な議論”でないのなら、十中八九相手の言っていることに耳を傾けてはいけないし、そもそも理解を示そうとしてもいけない。なぜなら、そんなことをした時点でこちらに残された選択肢は“譲歩”か“論破”の二択しかないからだ。そしてバカは論破しようにも、話を進める上での論理を“理解していない”ので、いつまで経っても自分の論理の破綻にも気づかないし負けを認めない。早い話が、まつりは目の前の少女をそういう人間だと思っていた。
ところがこうして実際に黙られると、まつりとしても認識を改めざるを得ない。ひょっとしたらこの子には相手の言い分を聞けるだけの思考力と思慮深さがあるのかも知れなかった。まぁそれを言ってしまうと、今この場においてまつり自身に追及をやめてやれるだけの余裕も優しさも有りはしなかったのだが。
「で、まつりがさっき言ったみたいにさ、まつりもアンタのことは前々から気に食わなかったんだよね。ずっとずっと、もうずーっと。……完全にこっちの都合だけど、この際だし言わせてもらうわ。ここでワザワザしゃしゃり出てくるような、アンタのガメつさ見れば誰も何にも言わんでしょ」
まつりは私情と言い切りつつここで言葉を一旦切る。思い返せば高校に上がってからというもの、今の今まで本音をこの子に言うのは避けてきた。友達付き合いの上で『本音』というものは邪魔だからだ。だがもう今のまつりにとって、目の前の少女はもはやトモダチでも何でもない。なぜならば。
「まつりが一番怒ってんのはスバルのこと。よりにもよってスバル使ってまつりを脅そうとしたこと! フザケんのも大概にしてよ、ほんっと信じらんない。こんなとこで変なマウント取ろうとしてんじゃねェよ、キモいんだよ! 別にアンタと毎日顔合わせてるまつりのことならどう言ってもいい、でもこんなとこでまで無関係なヒトに、スバルにまで迷惑かけないで‼︎」
この少女は、この避難所で一番勇気ある行動をとった
「め、迷惑とかどーでもいいし。アタシはアタシのやりたいようにやってるだけじゃん! 邪魔になるソッチのほうが悪いんだよ」
「は、“邪魔”? 何がどう邪魔なのかは知らないけど、そんな話してんのアンタだけってわかってる? ここの周りの人は『まつりたちが信用できるのか』とかで色々言ってたけど、アンタは邪魔に思ってたってことはモロに別問題じゃん、“個人的恨み”とか“私怨”とかさぁ。そんなんにまつりもスバルも周りの人たちも巻き込むなっての」
まつりは手を緩めることなく淡々と指摘していく。不思議な感覚だった。激情に突き動かされてい喋っているハズなのに頭はヒドく冷静だ。いま喋っている内容も、相手の顔色も、周りの人々の遠巻きに見ている目もよくわかる。そして少女の言葉がどこまで正しいのかはわからないが、このまま喋りつづけていれば確実にスバルに八つ当たりという被害が及びかねないということも頭の端のほうでは冷淡なまでに理解していた。
なのに、まつりは自分の口を止めることができない。どれだけ堪えようとしても、歯と歯の間をするりと抜けていくように、喉の奥から溢れつづける言葉をせき止められない。そしてそれを諦めにも似た感情でただただ眺めている、そんな感覚。
「でももう、こっちもガマンの限界まで来てんの、ホントもう勘弁してって感じ。良かったじゃん、アンタも二度とまつりと口きかなくて済むようになるよ? お互いイラついてたんでしょ? アンタには愛想も尽きた、
結局まつりは、自分の動きつづける舌を止めることが出来ないまま、忌々しげにそう宣言する。
自分の中の何かを脱ぎ捨てたみたいな、そんな感触がした。