ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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17:些末事、とはいえ

 夏色まつりがそんな超能力じみた才能に目覚めたのは、避難所での襲撃から二日後のことだ。

 

 

 きっかけは家から避難所まで引き返す道中でのこと。時間は夏場でまだ明るいとはいえもう日没どきで、現代的な住宅街の道路を西陽が照らしている。住宅街にしては人通りのある見慣れた道を、まつりはスバルやハアトといったお馴染みのメンバーたちや母、近所の住民たちと共に、手提げカバンに家から持ち出した食料品を入れて会話もなくとぼとぼと歩く。まつりはまだ慣れない不便な避難生活に小さくため息をつきながら一歩、また一歩と帰りを急いでいた。

 こんな遅い時間に出歩くこと自体が不用心といえるかも知れないが、そもそも緊急避難しているのに避難所から出ても問題はないのか。このあたりの事情というのが普通の避難生活と大きく異なるケースといえる。

 

『電気を使う全ての物品だけが突然使用できなくなった』ことで始まったこの非常事態はイレギュラーだらけだった。まず地震や台風といった天災とは違うのが、墜落したヘリから使用されたのがEMP機雷という爆発力自体は物理的に何の影響力も持たない代物だ。もちろん、空中から墜落するヘリというものが存在する時点で二次被害は免れないものの、言ってしまえばそれ以外の影響は皆無で、結局のところヘリが衝突した建物以外は全くの無傷だった。

 また避難所が急拵(きゅうごしら)えで、なおかつ物資の輸送手段がまるでないことが挙げられる。要するに、食料品の備蓄なんて無いに等しい。

 そして最も重要なのが、異常なまでに良いとされている日本という国の治安だ。夜道と一口に言っても、日本にいるという事実だけでその危険性は一気に下がる。もちろん危険があることには変わりはないかもしれないが、夜道を女性や子供が一人で歩けるという状況自体がまずもって度を超えた安全性を体現しているといえた。

 これらの要素が組み合わさるとどうなるか。

 避難した住民たちがまずぶつかるのは食料品の圧倒的な不足である。しかし大多数の住民たちの家は無傷なので、それぞれの家に戻れば当然食料の備蓄がある。そしてここは夜道の危険がそもそも少ない日本だ。

 けっきょく、行政側が住民の声に押される形で一時帰宅を許可するに至っていた。“ある程度は回数・時間帯を絞り、常に複数人で固まることを義務付けられ、許可されていない時間帯に外出することはできない”という制限はもちろんあったが。それでも避難していた住民は喜んでそれに従って、家がヘリに墜落されていない大多数の人は“我が家の状況を確認しに頻繁に一時帰宅して、また比較的インフラがある避難所に戻る”という奇妙な避難生活を送ることになった。当然二日前までまつりの友人だったあの少女ももちろん例外なく、である。

 

 少女はまつりがいる帰宅グループにいた。とはいえ当然ながらもう彼女とまつりが会話することはないし、いまこうして歩いている時でさえ、まつりがいる六人組が列の中部から少し前を歩いているのに対し少女は最後尾をとぼとぼ歩いているという徹底した距離感を保っている。なおこの位置からも見て取れるように、あれ以降の彼女は避難所でもかなり浮いた存在となっていた。そして本人は冷たい態度の大人たちをつまらなそうに見遣(みや)っては、独り体育館の壁沿いでぼうっとしていることが多くなった。

 

 

 

 話を戻そう。まつりの才能の話だ。

 夕暮れのなか無言で歩くのみだったまつりは突然足の裏に強い『違和感』を感じた。足の裏、というよりは足の裏で踏みしめようとしている地面に、まるで針を上に向けた画鋲が転がっているのを見つけたような。

「っ!?」

 当然ながらまつりは突然の“感触”に驚いて、足をすばやく引っ込める。手に持っていた重いカバンでつんのめりそうになった彼女の肩を、傍らのスバルが慌てて掴んだ。後ろにぞろぞろと続いていたハアト・そら・イオフィ・アメリアの四人も慌てて駆け寄ってくる。ただ、それ以外の周りを歩いている人々はまつりの変化に気づいてもいないようだった。

「まつりちゃん、大丈夫?」

 スバルが少し低く声をかける。どうもまつりがフラついたように見えたらしい。

「い、いや大丈夫! ちょっと立ちくらみ……」

「まつり? どうしたの」

 まつりがごまかそうとしたところで、前を歩いていたまつりの母も異変を察知して、こちらに向き直りながら声をかけてきた。母は食材や生活必需品などを詰め込んでパンパンになったリュックサックを揺らしながら後ろ歩きをしている。リュックの重さで重心のバランスも変わっているだろうに、器用なことだ。それとも看護師という職業柄、重いものを運ぶのにも慣れているといったところだろうか。

「…………」

「……まつり?」

 まつりは反応しなかった。ただただ足元を、いや足の下の地面を見つめている。

「まつり、ちゃ……?」

 駆け寄ってきたハアトも声をかけようとしたところで“異変”に気がついた。

 ……アスファルトの上に、小さな氷が一欠片へばり付いている。

「あ、ごめんごめん、何でもない!」

「ちょっとまつり、しっかりしてよ? 今晩使う食材なんだから」

 まつりは慌てながらも氷のカケラの上に足を下ろして踏み砕いた。流石にベタすぎるごまかしだっただろうか。まぁ、別にこうやって隠さなくてもお母さんはこういうの特に気にしないだろうけど……。

 しかし母はともかくも、ハアトは氷のカケラを目撃している。当然ながら、

「ねぇ、まつりちゃん。今のちっちゃい氷って何? 何でお母さんから隠したの?」

 彼女は何の気もなしにまつりに尋ねた。

「あ、いや……」

「まつりー?」

「違うってお母さん、何にもないよー」

「……そーお?」

 まつりは再び絵に描いたようにベタなセリフで母にごまかすとハアトに小声で返す。

「多分お母さんに言っても笑われるだけだもん、『逆にそんなのよく気になるわね』とかさ」

「じゃあ、何でまつりちゃんは見つけてから固まってたの?」

 ハアトもまた、まつりの言葉に素朴な疑問を返した。

「だって……だって変じゃん?」

「確かに変よねぇ?」

 ここでアメリアがタイミングを図ったかのように会話に割り込んでくる。ふと見ればスバル・そら・イオフィの三人も妙に迫力ある笑顔をしながらまつりの顔を見つめ返していた。そういえばさっき、この四人はハアトと同じタイミングで駆け寄ってきていたハズだ。つまり氷のカケラに関する一部始終はハアトだけでなく四人にも見られていたらしい。アメリアは他三人の様子も織り込み済みだったのか、はたまた示し合わせていたのかは知らないが、とにかく気にせず続ける。

「だってこんなところに転がってるのが氷のカケラだったのよ? 今の季節、普通だったら夕方とか関係なくあんな小さな氷のカケラなんてあっという間に溶けてるでしょ。……それに考えてもみて、今は電化製品なんてどれもこれも動かないわ。スバルの家の冷蔵庫だって動かなくて中の氷だって全部溶けてたのに、なんで氷が、それも昼間は真夏の日差しに熱せられてたハズのアスファルトの上になんか存在してるのかしらね? 不思議だと思わない?」

 ハアトはここまで聞いてようやく得心がいったようだった。そう、そもそもこんなところに氷があること自体がおかしいのだ。どちらかというと、まつりはアメリアにここまで説明されて、ハアトと共にようやく違和感に気づいたらしい他三人のほうに関心が移りそうになっていたが。やっぱり見込んでいた通り(というか人数的にはそれ以上に)、ここのメンバーには“天然さん”が多くいるらしい。

「それに何か気配を感じた、って言えばいいのかな……」

 まつりは自分が感じた『違和感』について五人に言って聞かせてみる。考えてみればこれも妙な話で、なぜあんな氷のカケラの存在を目で見る前に察知できたのだろうか。それも、どこぞの武道の達人が気配だけで人を存在を察知するみたいに。例え話にすると、余計に自分に使うには似つかわしくない表現なようにまつりには感じられた。

「……気配、ねぇ?」

「なにそれ?」

「え、それすごい……ね?」

「まつりちゃんさぁ、さすがにそれは漫画の読みすぎじゃない? ほら、こないだ貸したヤツ」

 他の三人が怪訝な顔をするのに合わせて、ため息をつくようにスバルが言う。ある意味当然のリアクションというか、なぜ今このことを話してしまったのかという後悔を感じたというか。

 ただ、一方のアメリアはというと感心したように声を上げた。

「So, cool‼︎ すごいわ、ほとんど超能力(E S P)みたいなものじゃない! 日本人って面白いわねぇ、よくいう“(ZEN)”ってヤツと関係あるのかしら?」

「ゼン……? ま、まぁそれは置いといて」

 突然ヒートアップしだしたアメリアに、スバルは若干気圧されそうになりながらもなんとか話を続ける。

「でも、今までそんなの感じなかったんでしょ? 何でいきなりそんなん感じたんだろ?」

 とりあえず最初こそ否定したものの、スバルは違和感の正体について一緒に考える気でいてくれているようだ。こういうところから“育ちの良さ”みたいなものが滲み出ているような気がする。

「少なくともホントに気のせいなのかどうか、氷さえあれば確認できるんだケド……でも今の状況じゃ氷なんて調達のしようもないし……もうどうしようもなぁ……」

 イオフィが嘆息しながら呟く。

 もうあの避難所となっている体育館は視界の端に見えるくらい近くなっている。あの『違和感』の正体を確かめることなんて、もう臨むべくもないだろうことは六人全員が分かっていた。

 

 

 

 しかし予想に反して、『違和感』はすぐに戻ってきた。

 まつりが体育館の正面入り口をくぐった時点で、あの刺すような“感触”が、ドッとまつりの背筋に押し寄せて来たのである。寒気というか、もはや大きすぎて悪寒とすら言えるというか、そんな感覚。

 

「っぃひっ」

 突然、一瞬のことだったが、まつりは声を小さく漏らす程度になんとか留める。しかし当然ながら、歩く場所も近いうえに先ほどからまつりへと気を向けたままだった五人の耳はごまかせない。

「どうしたの?」

 そらが即座に尋ねてくる。

「え、えーと……例の『違和感』みたいなヤツで、その、寒気が……」

「えっ? もう何か感じたの……?」

「むう、さっき“どうしようもない”って言ったばっかりなのに……」

 思いもよらずに自分の言葉を否定されたイオフィはちょっと不服そうだ。

「でもさー、今でも『違和感』感じてるってことは、正しいかはともかく最初のときに何か感じたのって気のせいじゃなかったってことだよね? ほんとに何だ……?」

 スバルは首を傾げる。確かに、複数回に渡って感じているということは思い過ごしだとか勘違いなどではないということになる。問題はこれが一体何を示しているのかまるでわからないということだ。

「さっきの話の流れでいうなら、ここにも氷があるってことかしら?」

「聞いてみるしかないか……すみませーん」

 本当は知らない人と会話するのは少し苦手だったが、観念してまつりはボランティアの一員らしい腕章をつけた壮年らしい気さくそうな男性を呼び止める。男性は若い女の子に声をかけられてなのか妙に嬉しそうだったが、ちょっと驚いてもいるようだった。

「あ、はい、ど、どしたのかな?」

「あの、なんだか騒がしい気がするんですが何かありました?」

「あーこれね、さっき街の外からウチの団体からの支援物資の第二陣が届いたんだけどね、なんでも氷の塊をクーラーボックスにいれてなんとか運んできてくれたみたいなんだよ! 重かったろうに……。それで今は、それをかき氷にしてみんなに振る舞おうとしてるの、この暑さで体育館にぎゅうぎゅう詰めじゃどうしても気が滅入るしね。そりゃ、もちろんちょっと溶けちゃってるけども」

 ビンゴ。どうやらこの場にはそれなりの量の氷があるらしい。間違いない、まつりの『違和感』の正体はどうやら“氷の存在を察知していた”ということらしかった。もしかすると、先ほどの氷のカケラはその支援物資とやらを運んできた人々と関係があるのかも知れない。……何かが頭の隅のほうで引っかかったが。

 ありがとうございます、と男性にお礼を言ってまつりたちが場を離れてから、そらは切り出す。

「答え、早速見つかったね」

「ホントに氷を察知してたのか……アメちゃんも言ってたけど、ほんと超能力じゃんそんなの」

 スバルが困惑気味に言葉を続けた。それを聞いたアメリアはなぜか満足げに頷いている。

「そうね、少なくともこれでハッキリしたわ。まさか、ハアトだけでなくまつりも超能力者(エスパー)だったとはね」

「エスパーって……、そんな良いモンじゃないでしょコレ」

 即座にまつりは否定するが、他の五人が納得する様子はなかった。

「どう考えても超能力だよ」

「ね! そらもそう思うわよね⁉︎」

「まつりちゃんもさぁ、そうなら隠さないで言ってくれりゃよかったのに!」

「違うよスバルちゃん、まつりちゃんはたぶん今日『力』に目覚めたんだよ。昨日まではそんなの無かったのね。だからはあちゃまも無理にその話しちゃダメよー」

「はーい」

 ハアトは素直にイオフィに従う。元々素直なところはあったが、ここ最近のハアトは本当に聞き分けが良くなった。……だからこそ二日前の襲撃のようなことが起きてしまったのだが。まつりはあの出来事があって以降、頭の片隅で自問自答するようになっていた。自分達は本当にこの子を“良い”方向に引っ張って来れているのだろうか? むしろ悪い方向に引きずり込んでいるのではないか? だってそれなりの進学校に通うスバルや、大学生……ではないらしいけどこの手のトラブルの専門家であるそらたちと、勉強嫌いで妥協に妥協を重ねてここにいる自分なんかとでは明らかに違うのだから。

 一人そんなことを考えて気を落とすまつりの様子に何か気づいたのか、イオフィが何気なく声を掛ける。

「まつりちゃん? どうかしたのー?」

「あ、いや……うん、何でもない」

 まつりは気さくに話しかけてくれたイオフィにやんわりと否定の言葉を返した。こんな暗い考え事に周りを巻き込むわけにはいかない。しかし、

「ホントにそう? だったらゴメンね。……でも、何にしてもあんまり思い詰めちゃダメよー?」

 うっ。

 まつりは自分の腹の底まで見透かされているような気分だった。というより、完全に今のはバレていたのだろう。さすがに考えていた内容はわからないだろう(と思いたい)が、少なくとも自分には“今の事態に直結するような悩みがある”と気づかれたのは確実だ。六人の中では一番付き合いが短いのに随分とカンが良い。改めて最初抱いた聡明そうな印象に間違いはないようだ。……つまり、この子も私と違うタイプの子。まつりが抱いたそんな劣等感を知る由もなく、イオフィはめげずに続ける。

「今はそうもいかないケド、たまには現実逃避してみるのも大事よー。せっかくサブカル大国の日本にいるんだから有効活用していきましょ! そうだ、今度帰るときにオススメの漫画持ってくるね! さっそく普段読んでるジャン……ル…………」

 どうやら大好物であるらしい漫画・アニメ談義に入ろうとしたイオフィの言葉は突如として途切れた。彼女の顔は急速に血の気を失っていきながら、まつりの背後のはるか遠くを凝視している。まつりは彼女の視線を追ってみると、体育館の入り口の辺りから誰かがずんずんと歩いてくるのが見えた。がっしりとした体格の老人だ。その歩き方からは見た目の歳不相応の俊敏さが見て取れる。何より、イオフィそっくりの薄い色の(別の意味でも少し薄いが)頭髪に、これまたイオフィみたく髪の毛にはペンキで汚したみたいな、メッシュっぽい(まだら)がある。

「……何で、ここに……爺や……?」

 

 “じい”……? いま、イオフィは何と言った?

「ええ、お迎えに上がりましたぞ、姫しゃま!」

 ちょっと舌足らずな日本語で、老人はひざまずいてイオフィに礼をした。

 

 

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