ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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18:喫茶店、膠着状態

「お久しゅう御座ります。ここで大事に見舞われたと聞いて一時はどうなることかと、じいめはひたすら気を揉んでおりましたぞ。だから姫しゃまの留学には初めから反対しておったのです」

 “爺や”と呼ばれたその老人はアニメとか時代劇とかで聞いたみたいなセリフを続ける。最初に思ったよりは思いのほか流暢に喋っているが、『姫しゃま』という部分だけは頑なに舌足らずなままだ。もはや訛りみたいなものなのか、ひょっとするとキャラ付けの一種か。……さすがに後者はないか。

 

「もし御身に何かございましたら……このじい、あなたのお父様や代々の父祖に、いや民草(たみくさ)の一人一人に顔向けできんようになるところで御座いました」

「いやちょっと待て、色々待って‼︎」

 その言葉を遮るように、必死のツッコミがここでやっと爺やを止めに入る。あまりに状況が読めない展開に困惑していたスバルによるものだ。

「おや、姫しゃまのご学友ですかな?」

「あの、その……その『姫』ってこの子のことですよね? 友人は友人なんですけど、そもそもの状況がよく分かってなくて……というか姫って? あなた自身も、そもそもどなたで……?」

「フムそうでしたな、これは失礼」

 まつりの素朴というか当然の問いに、爺やは短く謝罪を述べてから右指をパチンと鳴らす。すると、あれだけ騒がしかった周囲のざわめきが嘘か何かだったかのように静まり返った。驚いて見回すと、人々は何も言わずただボーっと宙を見つめている。数日前にスバルの部屋へ突入してきた特殊部隊と同じような様子だった。そういえば今まで何度かイオフィが見せていた似たような現象は『技術』とのことだったが、確かにそれなら方法さえ知っていれば誰でも使えるような代物なのかも知れない。あくまでも“イオフィの星の人間なら”という大前提がくっつく話なのだろうけど。そんなまつりの推測をよそに爺やの説明は続く。

「私めは、“地球(ここ)から遠く離れた場所”の高貴なお方につかえております老いぼれに御座います。そしてあなた方のご友人……そちらの姫しゃまはそのお方の縁者でして、つまりいま姫しゃまの世話を任されている者が私ということになりますな」

「じ、じゃあその『姫』っていうのは……」

「いかにも、この方こそ我が国の本物の姫しゃまに御座います」

 まつりからすれば突飛な話である。

 イオフィは自称宇宙人で超能力みたいな力を使うという変わったところこそあるが、基本的に明るく優しい『友達』だ。目の前にいる老人はその正体が本物の宇宙人でお姫様だとか言い出すのだからまるで信用できないし、平時なら実際に信用しなかっただろう。しかし、今までこの目で見てきた、イオフィが使う“不可思議な力”の存在がその言葉を否定しきれないものにしていた。

 

 と、ここでふとまつりは気が付く。もし、そんな身分の人物がこんな事件の渦中にいたら……。

「さて、事情はお分かり下すったでしょうか? では帰りましょうぞ。近衛隊は外に待たせております」

 当然こうなるわけだ。さっきのイオフィの青ざめた顔はこれを予感していたのだろう。

「え⁉︎ イオフィちゃん帰っちゃうの?」

 ちょっと遅れて事態を飲み込んだそらが驚きの声をあげる。

「爺や、待ってよ! 大学卒業まではワタシの自由にしていいって条件だったハズでしょ‼︎」

「聞き分けのないことを言わんで下され。今はどう考えても非常事態、我々もこれ以上は姫しゃまを危険に晒すワケにいかんので御座います。ただでさえ家出同然の勢いで飛び出されて、一体どこまで我々の肝を冷やさせるおつもりですか!」

 手を掴んで引こうとする爺やの右手を掻い潜るように、イオフィは半歩後ろに下がりながら手を引っ込めた。まさに駄々っ子のような動きで、睨み合う両者は今に大捕物でも始めそうな雰囲気だ。彼曰く、どうやら彼女は故郷で相当なお転婆をカマしてきたらしい。

「ワタシの性格、爺やなら知ってるでしょ⁉︎ こんなトコでみんなを投げ出すなんてイヤ!」

「ええ、存じ上げておりますとも、姫しゃまの王族たる責任感の強さも完璧主義も頑固さも! だからこそ帰らねばなりませぬ、姫しゃまがこれ以上事態に深入りをすればいずれ祖国を忘れかねません‼︎」

「なら“ワタシに無理やりやらせると余計言うこと聞かなくなる”ってのも知ってるよね⁉︎ だいたい王位継承権がくりあがるワケでもなし、爺やは大人しく出直してきなさい!」

 まつりは心の中でこっそりと前言撤回を宣言する。どうもイオフィの性格は自分がよく知っている明るく優しいというだけではないらしい。“猫をかぶっていた”なんていうのは良くないのかも知れないが、だとしても今その言葉に間違いがあるようには見えなかった。それも『到底』という二文字がくっつくくらいには。

「失礼ながら姫しゃま! 我々だって幾分か下調べは終えております、帰りたくない本当の理由はこれから放送されるアニメイションとやらでしょう⁉︎」

「それだけじゃないもん! アニメはその、つ、ついでだもん‼︎」

 数人だけが声を張り上げ、それ以外の多くの人々は無言で突っ立っているだけという奇妙な体育館に妙な熱気が充満しようとしていた。というか主な原因は二人だけだが、双方の言い争いはヒートアップする一方だ。

「じいの耳は誤魔化せませんぞ、いま口ごもりましたでしょう!」

「ほんとに違うって、だいたい今はアニメどころかテレビそのものが動かないじゃない⁉︎ あったまきた、このまま連れて帰ったらメディアに今の状況のこと全部流させてもらうわ! “危機に直面して立ち向かわず友人たちを見捨てた王族”だなんて良いニュースになるでしょうね‼︎」

「な、なんたる⁉︎ 嘆かわしい、お父上の今までの苦労を何だと……」

「何とでも言いなさい! ……まぁ良いわ、早く周りの人たちを元に戻して“動くよう”にしないと、体育館(ここ)と外との時間の流れがおかしくなるよ? この話は後にしましょう」

「ぐっ……」

 時間の流れがどうとかというのはまつりにはよく分からなかったが、どうもイオフィの言うような事態はよっぽど良くないことらしい。爺やは観念したようにもう一度パチンと右手の指を鳴らす。そして周囲の人々は、何かに気づくこともなくまるで何事もなかったかのように、再びかき氷の準備を始めた。

 

 

 

 

 コーヒーの湯気がふわりと立ち昇るのをまつりは眺める。鼻先に、嗅ぎ慣れた香ばしく優しい匂いが少し遅れて届く。

 相変わらず避難所となっている体育館、時間は遅めのおやつであるかき氷や夕食を食べ終えて日もとっくに沈んだ頃合いだ。そしてもはや一切の電化製品が使えないいま、本来であれば夕食後といえば殆どの避難者たちは街の外にある銭湯まで徒歩で行って汗を流すか早めに寝るかという二択だった。

 そんな避難所に、あのマスターが簡易的なカフェの道具を載せたリヤカーを引いて現れたのである。彼はカフェの近隣の避難所を巡っては臨時の出張カフェとしてコーヒーを提供しているとのことだった。

「カフェ経営者が手伝えること、というので思いついたんです。誰にとっても癒しは必要ですから」

 避難所の顔役も務めている近所の町内役員たちにマスターがそう説明しているのをまつりは遠くから聞いていた。ともあれそんな経緯で、マスターが持ち込んだガスランタンの灯りを頼りにして、体育館の隅の空きスペースに急きょ仮設カフェスペースが作られたのである。

 

「コーヒーです、お二人ともお疲れ様でした」

「にしてもマスターさ、よくこんな時にこんなお店出そうって思ったね?」

「ははっ、ストレートに言いますね、まつりさん」

 ベニヤ板で作られたカウンターでまつりがそうこぼし、マスターはクスリと笑う。

 カフェの本日の営業終了後、まつりとスバル、そしてマスターの三人は片付けをしつつも談笑に花を咲かせていた。カフェといっても仮設なので壁や戸棚は無く、ただ体育館の片隅にカウンターと粗末なテーブル・空の木箱の椅子があるだけの質素なものだったが。

 それとマスターはともかく女子学生の二人がここにいるのは、助っ人のバイトとしてカフェを手伝っていたからである。

「でもやっぱ気になるよー、そりゃあ」

「スバルさんまで気になりますか? いやまぁそれもそうか……、でも本当は完全に無償提供でも良かったんですけどね。非常事態ですし」

「なにそれボランティアじゃん!」

「いえいえ、そうでもないですよ。実はというか、考えてみれば当然なんですけどコーヒー豆にも賞味期限ってあるんです。それも結構短くてね、だからこうやって売り込んでいけば在庫はハケるし店の宣伝もできる、というワケで。まぁ、普通に営業させてもらえるとは思っていませんでしたが……お客様でお金に困っている方もいませんでしたし、なかなかイレギュラーな状況みたいですね」

 マスターは事もなげに言ってのけた。

「ちょっ、……こんなとこでそんなの言って良いの⁉︎」

「そう警戒しなくても誰も聞いてませんよ。むしろ隠そうとしてバタバタする方が怪しまれます」

 まつりとスバルは声をひそめてそう言ってみるが、マスターはどこ吹く風という風情である。二人は急いで振り返るも、彼の言葉通りに周囲の人々はこちらに見向きもしないで寝支度(ねじたく)を整えている最中だ。

 考えてみれば壁際のカウンター席内側のマスターからならば体育館を見渡せるだろうし、そのマスターがそう言うということは実際に聞き耳を立てている人物は見当たらなかったということか。それにしても堂々としすぎだろ……。

「それで、例のお友達のイオフィさんと爺やさんの二人はどうなりました? 実は先ほど表にいる爺やさんの部下の方達にコッソリ差し入れさせて戴いたんですが、皆さん気が重そうでしたよ」

 なおマスターには身分云々を伏せて二人のことは大まかに伝えてあった。何か知恵を借りられないかと踏んでのことである。もっとも、本人曰く『カフェのマスターは人間関係を取り持つのが上手いって、一体どこで見た幻覚ですか?』とのことだったが。

「あの二人はずっと交渉決裂、って感じだよねぇ。どっちも譲る気なさそうでさぁ」

「まぁ、あの喧嘩っぷりだとそりゃねぇ……」

「そんなに酷かったんですか? その割にはそんな話お客さまからも聞いてませんが」

 スバルの所感にまつりが同意して、マスターは訝しんだ。とはいえ、あの口喧嘩で決定的に事態がこじれたのは間違いないだろう。確かに目撃者は自分達だけだが、時間がそれほど経っていないのもあって、激しいながらもどこか駄々っ子っぽいあの舌戦はありありと記憶に残っている。むしろ、いまだに耳元にこびりついているような感覚すらあった。

「……さすがに、お互い話し合わないとどうにもならないと思いますが……」

 マスターは考え込む。そうして彼はしばらく思考を巡らせ、

「仕方ない、二人ともここにお呼びしましょうか。……こういうの苦手ですけど」

 二人の関係に踏み込むことにした。

 

 

 イオフィはやっぱりむくれたまま仮設カフェのカウンター席につく。

 その左には爺やが既に席についている。“その左”といっても『空席を一つを挟んでの』左であったが。どうも現在のイオフィにとって爺やとはそれくらい心の距離が開いてしまっているようで、彼は渋い顔をしていた。同じく集められた部下たちが店の奥の方から固唾(かたず)を飲んで見守っている。

「それでまつりちゃん、爺やと何を話し合えばいいの?」

「そ、そんなむくれないで……でも、ここで駄々こねて話し合わなかってもどうにもなんないでしょ? 爺やさんたちは最悪イオフィちゃんを実力行使で連れて帰ることだってできるんだから」

「……それは、そうだケド……」

 あれ、意外と丸め込めるかもしれない。まつりはそう直感した。

 イオフィは間違いなく明晰な頭脳を持っていて、なおかつ優しい。少なくとも今までの言動や受け答えから考えて、そして爺やとの口喧嘩を終えてなお、まつりの抱いた印象の中のイオフィはそういう子だった。ということはつまり、あの元友人との喧嘩のときの理論でいえば、口論・説得において多分この子はそれほど強くないのではないか。まつりはそんな確信をイオフィの表情から掴みとる。

「姫しゃま、私が近衛隊を代表してお願いいたします。どうか、どうか我々と故郷にお戻り下さい」

 爺やが改めて深々と頭を下げた。その姿勢のまま彼は続ける。

「じいは姫しゃまを幼少の頃よりお世話して参りました。私がつかえる主君として、守るべき主君としての姫しゃまはそれはそれは大切に御座ります。もちろん、それはお父上の娘ということ以上に」

「…………」

 イオフィはなかなか形容し難い顔をしていた。それこそ“決心がぐらぐらと揺らいでいる感じの顔”、とでも言えばいいだろうか。まつりは自分の直感が正しかったということを確認した、が。

「ワタシが地球に来たのは日本(ここ)の大学卒業まで自由にできるっていう父上との約束があったから。なのに今さら反故にするなんて酷いじゃない……」

 イオフィの主張は反論にしてはあまりに弱い。『今は緊急事態』という一言で片付いてしまう。

 しかし、である。まつりはイオフィの言葉を聞きながら思う。はたして私は、この子に帰って欲しいのだろうか。確かに、この事件の前後に集まったお馴染みの六人の中でイオフィの加入順は一番最後だ。勿論、だからといって彼女のことを軽んじているワケではないし、ましてや故郷であるという遠い星へ追い返そうなどとは毛ほども考えていない。……ハズだ。

 ならば。ここで本人の意思を無視して、無理やりにでも帰らせるように取り計らうことが友人として本当に正しいのだろうか。彼女が地球に来た目的はもちろん分からないが、それが何であれ志半ばで去らねばならない彼女を自分は笑顔で見送れるのだろうか。

 と、ここで聞き覚えのある声が必死の様相で割り込んでくる。

「まつり、スバル、イオフィも! 大変、大変なのよ‼︎ ハアトがッ、ハアトが……」

 呼吸を大いに乱しながら、にわかに顔を青ざめさせながら、アメリアが仮設カフェに駆け込んできた。

 

 

 ………

 

 

 少し遡って、体育館の外、玄関前。虫の声がやや騒がしい。

 

 まつりの友人だった少女は避難所の玄関から漏れる明かりに背を向けながら暗い夜の中に佇んでいた。こんなところで人知れずカッコつけていても誰にも何も言われないだろう。どうせ自分は避難所内でも鼻つまみ者だ。今でも背中に大人の冷たい視線が刺さっているように感じる。

 この境遇の理由は簡単、避難所に集まった近隣住民たちの“足並みを乱した”からだ。少女はこういった同調圧力が嫌いだった。だから高校に入ってからは出来るだけ『そういうの』に馴染まないようにしてきたのに。そんなスタイルが良くなかったのだろうか、今ではこのザマだ。……まぁ、それも当然か、大人はこういうのを嫌うだろうから。

 なお少女の意識に反省だとか罪悪感という言葉は無い。まつりの推測していた通り、彼女にとって何かと不自由な毎日のストレスを当たり散らすことが日常だった。つまり普段からどこまでも自分勝手な都合でしか物事を見ていないのだ。日頃から相手を気遣っていない人間が簡単に他人のことを思いやれるようにはならない。

 

 さて、少女がそうやってたった一人でアウトローっぽい気分に浸っていたところで、背後の方から近づくもう一つの人影があった。

「ち、ちょっと! アンタ誰よ⁉︎」

 急に近づいて来られるとは全く思っていなかった少女は人影に気づくと当然警戒して身じろきする。一方の人影はアッサリとその問いに答えた。

「あ、自己紹介した方がいい? はあちゃまっちゃまー! はあちゃまはアカイハアトっていうの。よろしくね」

「はあちゃ……? 何でもいいけどアンタかよ、キモっ」

 ハアトお馴染みの自己紹介に少女は冷淡に応えた。そうだ、コイツは夏色まつりの得体の知れないオトモダチの一人だったハズだ。散々、本当にボロッカスに(けな)してやった気がするが今さら何しに来たのだろう?

「キモ? えっと……内臓のことだっけ、なんで急に内臓?」

「はぁ⁉︎」

 牽制のつもりで悪態をついた少女だったが、予想斜め上の返事に思わず変にうわずった声を返してしまった。“キモい”という言葉を知らない? どこのぶりっこだよ。いやコイツ、見た目はハイソで気取った感じだから本当にそんな言葉も知らないお嬢様とかなのかも知れない。けど、それにしては妙にアグレッシブというかなんというか……とにかく、少女はこんな行動をとる生き物をまるで知らなかった。キモい。

 なお少女は知る由もないが、ハアトが口汚い言葉を知らないのは根が真面目なまつりの“教育方針”によるもので、つまり今の状況というのは学校の『良くない友人』とハアトが会話することが一切想定されていなかったことで食い違いが生じている。そしてそんなことはハアトも知りはしない。

「はー、ウッザ。話しかけて来んなよ」

「“ウッザ”……? ……ごめんなさい、今度は言葉もわかんない。意味教えて?」

「……何コイツ……」

 思わず少女は辟易する。本当に何なんだコイツ……何の目的で話しかけてきてる?

 わかったわかった、アタシがどきゃいいんでしょ。少女はそう早合点して体育館の中へと入って行こうとする。しかし戻ったら、また大人のあの視線がやってくるのだ。ったく、どいつもこいつもウザ——

 

 

 少女の意識はここで途切れた。

 その背後では、同じようにハアトも薬品で眠らされ、近くに“急停車した”黒いワゴンの中へと担ぎ込まれてゆく。そしてそれに続いてドルンドルンとエンジンの駆動音が響く。

 こうしてハアトと少女は、何者かの手で拉致された。

 

 

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