ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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01:海岸線、漂流物探し

 その日、夏色まつりは生まれて初めて『人間の死体を発見した』という事実に怯えていた。

 

 事のあらましはこうだ。一学期の期末テストの最終日、勉強が何よりも嫌いなまつりの結果は言わずもがな、という手応えに終わった。それで放課後、どこの部にも属していないまつりは気晴らしに、制服のまま近くの海岸まで風に吹かれにきて……そこで見つけたのが、波打ち際に打ち上げられたと思しき、目の前に横たわっている“女性の死体”である。

 死体だと判断したのは、ケガ人だと思って駆け寄ったときに触れた肌の氷のような冷たさからだ。生きた人間の肌であの冷たさというのはどうしてもまつりには思えなかった。

 当初のお目当てであった風がコードレスヘッドホンの表面を撫ぜる音やら、押し寄せるさざ波のゆったりとした動きといった周囲ののどかさの全てが、むしろ目の前の光景の強烈なまでの異物感を煽っているかのように感じられる。

「すごい金髪……」

 やっと呟いた一言がこれか、とまつりは思わずため息をついた。

 死体は見事な金髪のロングヘアである。当然髪の色なんていくらでも染められるが、なんとなく目の前の女性のそれは本物だと主張して有無を言わせないような迫力が感じさせた。

 うつ伏せで倒れているので顔は確認できないが(そして確認する度胸はないが)、白いブラウスと青いスカート、そして所々に使われている赤い髪紐や高級そうなアクセサリー……といういかにも清楚そうな服装も相まってかなりお金持ちのオーラが漂っている。気がする。

 

 

「まつりちゃああああん、期末どうだったー? あとなんかさぁ、カモメがうる……ひぃっ!?」

 と、砂浜の端から黒髪ショートカット・黄色いぶかぶかのストライプTシャツにショートパンツの少女が騒々しく駆けてくるのがまつりの目に映る。それから少し遅れて大きな悲鳴が上がるのを耳にした。少女は足元の存在に分かりやすく気がついたようで、顔からはあからさまなまでの恐怖が見て取れる。

「……あー、スバル……うん、どうしようこれ」

 待ち合わせに少し遅れてきたこの少女の名前は大空スバル。制服のない違う学校に進んだとはいえ、高校生の今までずっと縁が続いている、いわゆるまつりの幼馴染だ。因みに剣道部の選手兼マネージャーという二足のわらじを履いているが、たまたまテスト終わりがカブった今日は部活動が無いのだという。

「ちょ、ちょちょっ……こ、コレ……」

「……うん、来たらこの人倒れてて、そんで助けようとしたら……」

 まつりが震えそうになる声を堪えつつ手早く状況を説明して、スバルの顔はさらに青ざめていく。

「……遭難して流れ着いた……とか? …………その、し、死体が……」

「あ、改まってハッキリ言わないでよぉ……」

 二人は声に怯えをにじませつつ会話を続ける。FPSと呼ばれるシューティングゲームなどでこそ、まつりは容赦無く機関銃のトリガーを引いているが、あくまでもそれはゲームの中での話だ。平和で安全と謳われる日本に暮らしていてこんなことへの気構えが出来ているハズもない。

 しかしここで推論の一つが間違いだったと二人は知らされる。

 不意にピクリ、と死体が動いたのだ。

 きゃあ、と甲高い悲鳴が二重に響いた後、これまた激しい雄叫びが轟く。スバルの叫びである。

「し、死んでないじゃん‼︎‼︎ さすがにダメだよそれェ⁉︎」

「いや……そんなハズない! さっき触ったらめちゃめちゃ冷たくて……」

「でもいま動いたじゃん⁉︎」

「そ、それは後! 先に助けなきゃ‼︎ スバルは救急車呼べる?」

 先に死た……女性を見つけていたまつりのほうがまだショックが少なかったのか、先にふと我に帰ったのもまたまつりだった。いやに冴えた自分の頭に不思議な感覚を覚えつつも、未だパニック状態のスバルに指示を飛ばす。病院への連絡は早い方がいい。まつりはスバルがスマートフォンを持っていることを確認すると、女性に飛びつくようにすかさず駆け寄った。

「すいません、大丈夫ですか⁉︎ いま返事したり体を動かしたりできますか⁉︎」

 テレビか何かでやっていた救急法の真似事でしかないが、それでも何もしないよりは明らかにマシだ。女性の体を揺すりつつ、まつりは大声で呼びかける。

「えっと、カラダ起こしますねー? よいっ……うぇ⁉︎」

「まつりちゃん⁉︎ どした⁉︎」

「やっぱ冷たい! 人の肌でこの温度って……何これ……」

 異常を察したスバルの声に応答しつつ、冷たさをこらえて体を裏返したまつりは唖然とした。

 霜が、白い影のように横たえた体の下を覆っていたのである。

 まつりが海沿いのこの街で育っていなくても、化学の授業もご多聞に漏れず嫌いなまつりでも、真冬の早朝ではなく夏場の昼間に灼熱であるハズの砂浜が凍っているという光景が異常事態だということは理解できる。砂の上にて反射光をたたえるガラス細工のような氷点の膜はなかなかの造形だったものの、まつりはお構いなしにそれを踏みつけて女性の心音を確認しようとして胸に耳を押し付けた。いや、脈をはかるのは手首だったか、えっと……。

 付け焼き刃の救急法で四苦八苦するまつりをよそに、スバルは守備よく連絡が取れたらしい。

「まつりちゃん、救急車呼べた! すぐに来てくれるって‼︎」

「ありがと! 大丈夫だった?」

「私はテンパってたけどさぁ、電話口のオペレーターさんがやっぱ、慣れ……てて……」

「……スバル?」

 まつりは急に声の音量が下がったスバルに思わず視線を注いだ。スバルもこちらを、いや……腕の中の女性を凝視している。まつりがつられて目を落とすと、透き通ったターコイズブルーの瞳と目があう。腕の中の少女は明らかに起きていた。

 

 

 髪だけではない、フランス人形顔負けの見事な金髪碧眼である。ロクに外国人と会話したことなどない一般的な日本人のまつりは思わず息を呑んだ。思いのほか顔立ちは幼いが、シミひとつない白い肌が大振りの目や整った目鼻立ちを華やかに彩っている。要するにとんでもない美少女がそこにいた。

「……だぁれ?」

 少女が戸惑いつつ口にしたのは日本語。国籍は不明だが、とりあえず日本語は喋れるらしい。まつりは胸を撫で下ろすと事態説明を開始した。

「あ、アタシは夏色まつり、女子こ……えーと日本の学生! いきなりで申し訳ないんだけど、あなたの名前とか身分も教えて貰えるかな?」

「うん、えっと……クスッ、ぶふふふ……」

 出し抜けに少女は笑い出した。置いてけぼりのまつりとスバルの顔が曇る中、構うことなく少女は涙を流してまで笑い続ける。

「ゴメンゴメン、ハハッ、へへ……こないだ初めてあった日本人のおじさんがさぁ、ハハ、ほとんど同じ自己紹介しててさぁ! 一言目が『自分の名前』と『自分が誰か』なのって日本人みんな一緒なの?」

「……し、知らない人に会ったらみんなそうなんじゃない?」

 まつりには何がそんなにおかしいのかわからなかったが、とりあえずツッコミで牽制しておいた。……なんとなくだがこの少女、“ネジが飛んでそう”な気配を感じる。そりゃもう色々と。

「アハハハハ……あ、ごめんごめん。自己紹介だよね! はあちゃまっちゃまー‼︎ アタシの名前は赤井はあと! はあちゃまって呼ばれてる……ってこれアタシが自分で名乗り出したんだった、アッハハハ!」

「……いやキャラ強烈すぎんだろ……」

 今の男性口調の真っ正直なツッコミはスバルが発したものだ。普段でこそ女の子らしい彼女だが、ツッコミの時はお笑い芸人よろしく容赦ないツッコミを浴びせるという変わったクセがある。本人的にはやめようとしているようだが……。

(これじゃそうは見えないよねぇ…………ん?)

 ここでまつりは気がつく。腕の中のこの少女……はあちゃまことアカイハアトの体が、今は冷たくない。単に『冷たさに慣れた』ということではなく、体温が会話していくうちに急に上がってきていたのだ。もう今ではもう“ちょっと冷たい人肌”くらいの温度は既にある。それに“気絶から目が覚めたばかりの状態から、起きてすぐに大声でさっきの自己紹介ができる”というのも驚異的なバイタリティだといえた。

「それで、あなたの名前は?」

 そんなまつりの驚きをよそに、ハアトは自分の足で立ち上がり、マイペースにスバルの名前を聞いている。いかにも余裕綽々、という感じだ。

「わわ、私は大空スバル……い、今のはゴメン、ね……?」

「? “今の”って?」

「さっきのツッコミだよぉ……私が思わず言っちゃったヤツ!」

「何で謝るの? キャラキョーレ……ナントカの意味はよくわかんないけど」

「あ、イヤ……わからないならそれでいいと思う……」

「えー、意味教えてよ! 教えて教えて!」

 ……凄まじい押しの強さだ。まつりは他人事のようにその会話を眺めながらそんなことを思った。マイペースな人って割と最強なんじゃないか? と、こういうときまつりはいつも思う。

「まー教えられないならいいや、ここって何処? 日本人ってことはここが日本?」

「そう、日本……なんだけど……。アタシたちにも説明して、あなた……はあちゃまは誰なの?」

「……うーん、はあちゃまにもよくわかんないんだよね。何ヶ月か前にー、真っ白い氷の地面の中にいてー、そこから抜け出したらさっき言ってたおじさんたちがいてー……」

「待って待って!」

 思わずまつりはハアトの次の言葉を制する。数ヶ月に何があったかは知らないが(というより今の言葉だけでは理解しようもないが)、今の話し方ではまるで……。

「もしかして……その、その何ヶ月か前よりも昔の記憶ってないの?」

「うん、それより前はよくわかんない」

 ハアトはあっさり認めた。というより、「事の重大さがよくわかっていないのではないか」という疑問というか不安が頭をよぎる。事態が予想よりも複雑そうなのもそうだし、何というか……どことなく嫌な予感がする。

「じゃあ、どうやってここまで?」

 すかさずスバルは聞き返す。“真っ白い氷の地面の中にいて”ということは……ロシアとか北欧とか北の方から来たということだろうか? どんなシチュエーションからそうなったのかは流石に分からないものの、それなら彼女の金髪碧眼も理解できるが……だったら確かにどうやって海を渡ってきたんだろうか。

「はあちゃまねー、何日かはおじさんたちと、い……た…………」

 唐突にハアトは口ごもる。唐突にスローモーション映像になったみたいな挙動だ。そういえば、涼しい海風が吹く波打ち際なことに油断していたが、ここはいま蜃気楼も沸き立つような砂浜に立っているのだとまつりは思い出した。

「あ……大丈夫? もしかして具合悪くなっちゃっ、熱っ⁉︎」

 心配したまつりはハアトの手首をつかもうとして腕を引っ込める。

 高熱どころじゃない。肌が凄まじく熱かった。

 ガクリ、とハアトの首が前に倒れる……が、体が倒れることはない。

 倒れぬよう必死に踏みとどまっているとも、うずくまる姿勢の一段階手前とも取れる、そんな体勢だ。

「なっ、ちょ……ハアトちゃん⁉︎」

 スバルも事態が飲み込めないでいるようだった。まるで救いを求めるようにまつりを見てくる……が流石に何が起きてるのか理解しきれない今の状況ではどうにもできない。

 ざざぁ、と波打ち際に立つハアトの素足に波がかかる。途端に足の裏からもうもうと白煙が立ち上り始めた。……湯気だ。おそらく間違いない、異常に熱いのは手首だけではなく全身の皮膚。つまり素足の表面温度が人体では考えられないほど熱くなっているのだ。さらにマズいことに、そうこうしている間にも足下から沸き上がる泡の量は膨れ上がって湯気の色も濃くなってきている。

「……あちゃー、マズいなぁ」

 みるみるうちに大量の蒸気に包まれた中から、ハアトのちょっとウンザリしたような声が聞こえた。声が反響し過ぎて、もはやちょっとしたサウナの中みたいな微かなエコーがかかる。

「はあちゃま⁉︎ コレなに、大丈夫⁉︎」

「えーと、はやく海から離れて!」

 まつりの声を無視してハアトは矢継ぎ早に指示を飛ばすが早いか、彼女は沖合いに向かって走り出す。

「イヤ、『海から離れろ』ってそんなレベル……」

 そしてスバルが低い声でツッコむのもお構いなしに、ハアトは沖合い目指して駆けていく。

 そして二、三メートルくらい進んで膝を折って身をかがめると、おもむろに進行方向へと“吹っ飛んだ”。まるで足の裏からジェット気流でも出すかのように、はたまた嵐に煽られ飛んでいく看板のように。

「な……⁉︎」

 まつりもスバルも、突然の漫画みたいな展開に唖然としている。

 一方のハアトは先程の爆風を背に受けて前へ前へと、進行方向に三〇メートルは飛んだだろうか。そして糸が切れたようにジャンプの勢いが尽きて海面に体を叩きつけられた。着水と同時に派手な水飛沫が上がる。肌の温度は相変わらず上がり続けているのか、着水から一瞬遅れて『蒸気の柱』とでも形容できるような濃い蒸気のカタマリがのろしのように噴き上がった。

「……は、はやく海から上がろ!」

「ホントにそんなレベルなのかよ……」

 明らかにさっきよりも格段に熱くなったさざ波を足首に受けて、二人は弾かれたように砂浜に向けて走り出す。走り出す、と言ってもたかだか二メートルもない距離だが、ともかくはやく浜に上がらないと足がゆだってしまいかねない。『海から離れて』とはこのことらしい。

 そして二人が波打ち際をまたいだ瞬間、ハアトが飛び込んだ位置周辺の海水がボコボコと音を立てて沸き立ち始めた。海底そのものがハアトの存在により茹だっているのだろう、高熱にあてられて気絶でもしたらしい魚たちがぷかぷかと浮かんできたものに陽光が反射して弱々しく光るのが見える。弾ける気泡と相まってなかなか地獄のような光景だ。

 と。

 今度は海水から直接上がる湯気が明らかに濃くなり、沸騰の勢いが猛烈に増し始める。泡の大きさ自体も最初とは比べものにならないくらい大きい。そして……。

「うわぁっ‼︎」

「ひぃぃぃっ‼︎」

 有り体に言えば、ハアトの飛び込んだ浅瀬は爆発した。爆発といっても、テレビではよく見かける火薬を使った爆発とは違う、黒煙の上がらない真っ白な爆発。水中で爆発したためなのか衝撃波はない。しかし海水を押しのけて吹き付ける爆風と、天高く放り上げられたおびただしい海水の土砂降りが、嵐のようにまつりとスバルの背中に降り注ぐ。二人とも強風にあおられて、もんどり打って倒れた。

 この爆発は高温の物体が水に触れておきる水蒸気爆発だったが、まつりはそんなことは知らなかったし、正直どうでも良かった。ただ、今の爆発がこのアカイハアトと名乗る金髪の少女の性格のようだと思った。『爆発するみたいに激しいけど、爆風の中に周囲を汚すようなものは混ざっていない、“きれいな”爆発』。どういうわけか、出会ったばかりのハズの彼女の性格をそういうものだと納得しかけている自分がいた。

 

 

「おまたせー」

 今の爆発で空中に飛び上がっていたのか、倒れた姿勢から体を捻って海を見つめていたまつりとスバルのそのまた背後に……要するに二人から見て陸側の方向にハアトは落下した。新体操の着地よろしく、砂浜の上に華麗な動きで、そして見た目とは裏腹の凄まじい威力で降り立つ。ザザッ、と砂粒が舞い上がるのが見えた。

「あっはは、二人とも砂まみれじゃん! ゴメンね?」

 ケラケラと笑うハアトはやっぱり絶世の美少女だった。

(うーむ、今時見ないレベルな昔のラノベみたいだ)

 などと、うっすら考えていたまつりはふと気がついた。……先程は気づかなかったがこの子、相当グラマラスな体型だ……端的に言うと胸が大きい。ハアトが笑うたびに細かく上下する胸がそのことを不必要なまでに強調している。視界の端でちょっとギョッとするスバルが見えた気がするが別に気にしない。いつものことだから。

 まつりは決意した。あの胸、どうにかして揉んでやろーっと。

 

 

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