ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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21:結果論、一喝

 まつりは足から崩れ落ちそうになるのをこらえるのに必死だった。というより、そんな感情を自分が抱いたという点でも意外に感じる。知り合ってからというもの、確かに生活は共にしていなかったとはいえ常にハアトのことは頭の片隅にある生活だった。とはいえこれほどまでに大きなショックを覚えてしまうほどとは思いもしなかったのだ。

 

 突然避難所の居住スペースに駆け込んできたアメリアの伝令によって、いまや避難所は騒然としている。体育館の広大な空間中に人の声が反響するような大混乱だ。

 ふと、隣ではガクリと膝をつく音が聞こえる。マスターだった。

 

 

 

「ど、どうしよう…………私の責任だ……」

「マスター⁉︎」

「マスター殿!」

 近くにいたスバルや爺やが慌てて駆け寄るも、マスターはうなだれて身動き一つしない。仮説カフェの奥でこちらを見つめる近衛隊たちも神妙な顔つきだ。

「そら姉さんたち連れてき、っきゃ⁉︎」

「ま、マスターさん……?」

「おい貴様、そこで何をやっている?」

 先ほどまで別行動だったそらや部隊長をイオフィが連れて戻ってきて、やはり目の前の状況に驚きの声を上げた。確かに成人男性が本気でショックを受ける場面というものはあまり見るものではない。

 

「どういうこと、なの……?」

 まつりの問いかけで、ようやくマスターは震える声で喋り始める。いつかチラッと見かけた刑事ドラマの自供シーンによく似ていた。

「……い、いま店内にいる近衛隊の皆さんは避難所(ここ)の正面にずっといらっしゃいました。つまり、意図されていたかどうかまではわかりませんが、結果としてここの守衛の役割を果たして下さってたんですよ……。……でもそれを、私が単なる思いつきでカフェ(ここ)に集めてしまった……。ワトソンさんの話を聞いたでしょう? ハアトさんはここの玄関の軒先で連れ去られてしまった、もし私がこんなことしなければ……」

 今にも奥歯を噛み砕きそうな悲痛な面持ちでマスターは語る。確かに、連れ去られる原因となった一因が彼にあることは事実だ。もちろん、『なぜ近衛隊は一人の守衛を残さずに全員でカフェに集まっていたのか』とか『狙われている身でありながらハアトも迂闊に行動しすぎた』といった別の要因も絡んではいる。

 それでも、このことさえなければ誘拐は防げたという点は動かしようがなかった。

 

 

 そして、そんなことは百も承知でアメリアは大声を張り上げる。

「全く、全く全く全く‼︎ いまこんなとこで大の男がウジウジしてんじゃないわよ! よくよく考えてみなさい。アナタのせいでハアトが連れ去られたって思うんなら、ハアトを助けるために動くべきなのもアナタなんじゃないかしら? 歩き方を見ればわかるわ。アナタ、元軍人かそういう訓練を受けた人間でしょう? なら何のためにそんな経験をしてきたと思ってるの⁉︎ 自分の行動が原因だと本気で思ってるなら、後悔するよりも先に自分の責任をまず果たしなさいよ‼︎」

 苛立った様子とは裏腹に、アメリアは怒ったのではなくマスターを叱りつけた。この二つはよく似ているが明確に違う。人を叱りつけるには理性的であることが必要不可欠だからだ。そしてアメリアのそれは間違いなく単純な怒りの類ではないと思わせる冷静さと説得力があった。そういえば彼女と一番最初に会った時、彼女は特殊部隊を背後に(ひき)いての登場だったことをまつりはぼんやりと思い出す。もしかしたら、カドゥケウス社の社員として活動していた頃の彼女はいまみたいに部下を叱るような場面も経験していたのかもしれない。

 ふと気づく。そういえばさっきまで騒然としていた避難所が妙な静けさに包まれている。まつりが辺りを見回すと、アメリアの声に反応したのだろう、この体育館に集まった住人たちの全員の視線がこちらに注がれていた。まつりは少女とのイザコザのときの心無い野次を思い出して息を呑む。

 

「いや……、これはマスターさんだけの責任じゃあないでしょ」

「連れ去ってったヤツが一番悪い、当たり前じゃん」

「むしろマスターさんはこんな時でも頑張ってくれてたもの!」

 しかし、実態は一八〇度違うものだった。気がつけば避難所中が一丸(いちがん)となってマスターを励ましている。すると不思議なもので、自分たちのときはあんなにも当てずっぽうのひどい野次を飛ばせた住人たちが、今どうしてマスターは気遣えるのかがまつりには分からなくなってきていた。『誘拐』という、どこの誰が見ても悪者が決まりきっていることが原因だからだろうか。

 そんなまつりの複雑な内心をよそに、避難所の住人たちは今や心を一つにしつつあった。

「金髪さん、俺らに何か手伝えることはないか? そりゃ、俺らは兵士じゃねぇ、素人だ。体型だってこの通り、でも体を動かすようなこと以外でも何かできることはあるハズだろ、違うかい?」

 威勢よく声をかけてきた中年太りの男性にアメリアは落ち着いて返す。

「そうねミスター。餅は餅屋に、幸いここにはある程度戦うことに慣れてそうな人たちがいるもの、アタシたちは自分にできることを全うしましょう! 差し当たってはこの街に住んでいるアナタたちの知恵が必要だわ、手伝ってちょうだい」

 ウォーッと歓声めいたものがあがり、住人たちは我先にとカフェスペースに集まり始める。さすがにその勢いはアメリアにも予想外だったようで、彼らに節度を持った動きを思い出させるまでに十数分を要した。ハキハキして自信に満ちた美人ってどうしてこうも強いのだろう、などとまつりは少し考え込んで、やっぱりやめておくことにする。

 

 

「さて、やっと落ち着いたわね。始めましょう」

 進行役のアメリアのそんな挨拶で“作戦会議”は始まった。先ほどからさらに十五分弱たった深夜のカフェスペースにて、先ほどまでカフェにいたメンバーに住人の各代表たちを加えたそれなりの人数が集まっている。どこから持ってきたのか、避難所内にかろうじてあったという話のホワイトボードの前でアメリアは鼻息を荒くしていた。

「まずこの会議の目標は連れ去られたハアトの居場所を突き止めることにあります。まぁ、たかだか議論でそんなことができるのかって疑問に思う人もいるでしょう。でもそれを成し遂げるのが推理、すなわち頭脳の力よ。幸い、現場はすぐ目の前にあるしね」

 

 すかさず代表の一人である老婆が挙手する。

「はい、そこのご婦人」

「率直に言うのだけど、私たちは推理なんてできないわ。この歳になるまで生きてきたけれど、そんなことしたことないもの。でもあなたは“私たちの知恵”が必要と言った。私たちにどうすればいいのかしら?」

「Yeah, 重要なのはそこよね、ありがとう」

 アメリアはテキパキと解説を続ける。

「まず安心して、主な頭脳労働はアタシたちの仕事よ……って、いけない!」

 そして自分の不手際に気づいた彼女はスゥと息を吸い込み、体育館中に響く大きな声を張り上げた。

「申し遅れました、アタシはアメリア・ワトソン。色んな肩書きを持ってるけど、今は私立探偵としてここにいるわ。アナタたちからするとちょーっとウサン臭く見えるかもしれない、けど今は人命がかかってるわ。……厚かましいお願いかも知れないけど、その上にアタシの友情と、探偵としてのプライドを上乗せさせて欲しいの。どんな覚悟だってできてる、でも、アナタたちの協力がなければそれも無駄になる。改めて、協力をお願いするわ」

 ここまで言い切って頭を下げたアメリアの演説に胸打たれたのだろうか、カフェを取り巻く住民たちが、それこそ避難所内の居住スペース中から割れんばかりの拍手を轟かせた。

「それで、アナタたちの協力することってのが何なのか、なんだけど。ズバリ、アナタたちの『土地勘』を貸して欲しいのよ。知っての通り……というか見ての通り、アタシはこの街の住人じゃないわ。だからこの街のことは何も分からない。そこで、アナタたち自身がデータベースになって、どの場所に何があるのかを教えて欲しい。もちろん気づいたことがあれば言って。みんなのそういう“気づき”が多ければ多いほど、アタシたちの推理の精度はグングン上げられるわ。……あ、報告はもちろん一斉じゃ聞き取れないから一人ずつ言ってね。順番ってヤツよ」

 悪戯っぽくアメリアは微笑んでから、次に相変わらずカフェの奥の席に固まっている近衛隊まで歩み寄って声をかける。

 

「この中で記憶力に自信のある人ってどれくらいいるかしら?」

 隊員たちは怪訝な顔でお互いを見合わせたが、全員が小さく手を上げた。

「じゃあ、まずアタシと……そうね、ミスタ・マクイーン。そこの『部隊長』と、それからアシスタントにまつりとスバル……そこの女の子二人を連れて“現場検証”に行ってくるわ。で、アナタたちはその間にこの街の商業施設・オフィスビル・大病院その他の大規模な建物についてなるべく住民から聞き出して欲しいの、お願いね。イオフィはみんなの指揮と情報の集積をして頂戴、できれば地図上にまとめてくれると……ってそうだった、そんなもの今は望むべくもないわね、失敬失敬。情報量的に大変だと思うけど、そらや爺やさんと協力すれば何とかなるわ、多分。……ホラ早く、向こうでみんなが列作って待ってる、Let's go!」

 パンパンと手を叩いてアメリアは隊員たちを急かす。イオフィの母星(こきょう)から来た近衛隊のメンバーたちは爺やのように日本語が使えるのかまつりは少し不安に感じはしたが、指示には素直に従ってくれているのを見る限りではどうやら問題ないようだった。もしかしたらというか、『近衛隊』という地位から考えれば、隊員たちは当たり前のようにエリート揃いなのだろう。

 そして先ほど大抜擢された二人はアメリアに詰め寄った。

「で、まつりたちは何でアシスタントに呼ばれたの?」

「そーだよ、スバルもまつりちゃんも普通の女子高生だよ? ど素人もいいとこじゃん!」

 対するアメリアはサラリと答える。

「あら。その答えは簡単、二人とも見込みがあるからよ。自覚はないみたいだけど頭も良いみたいだし」

「いっ、イヤイヤイヤ買い被りだって! よりによってこんなときに‼︎」

「コッチだってそれこそ『イヤイヤイヤ』って言わせてもらうわ、そういう人を見抜くのはアタシ自信あるもの。それに素直で言うことにキチンと従ってくれるし、何より顔馴染みでコミュニケーションもスムーズだしね。ツー・カーってヤツよ」

 あまりにも当然のことのように、それこそ“事もなげに”彼女は言ってのける。二人の胸に一抹の不安がよぎった。

 

 

 

 体育館の正面は当然ながら暗い。街全体が暗い今の状況では、スバルに渡されたカフェの予備のガスランタンの火が尚のこと明るく見える。

「今はここら一帯暗くて助かったわ、ランタンだけでも随分明るいのね」

「ランタンは私が持たなくて良いのか? そういう要員として呼ばれたのかと思ったが」

「ミスタ・マクイーンはむしろ何も持っちゃダメよ。アナタは不審者とかヤツら避けのための守衛なんだから」

 俄然(がぜん)張り切っているアメリアと比較的落ち着いている部隊長コンビ。明らかに場慣れしてそうな二人に気圧されそうになりながらも、とにかく聞くことは聞いておかなければなるまい、とまつりは意を決して話しかけた。

「で、現場検証って何すればいいの?」

 そして改めて尋ねたまつりにアメリアは改まって、つまり丁寧に指示を飛ばす。

「まず前提として、この扉から先は事件現場よ。細心の注意を払ってズカズカ入っていかない事。よく観察して、まず現場にあるものを動かさないようにするの。どんなものでも手がかりになるかも知れないから、とにかく何でもチェックして。それで何もなかったらそこはOK、入ってもヨシ、ってなる。それで入れるようになったところからまた現場を観察して、少しずつ入れる場所を広げていくイメージ? そんな感じよ」

「ど、どーいうものをチェックすれば良いの?」

 いきなりの情報量にたじろぎそうになりながら、スバルもさらに尋ねた。こんなことは捜査の基本のキの字を聞くようなものなのだろうが、だからといって分からないものは分からないし、むしろ分かった気になってミスするよりはよっぽどマシだ。

「まず調べるのはタイルのキズとか汚れ、壁も同じように調べて。足跡なんか残ってるのが一番良いけど、相手も多分素人じゃない、そんな初歩的なミスしないでしょうね……靴の裏を拭けば良いだけだもの。けど被害者のものは残っててもおかしくないから慎重にね。あと車道にはタイヤ痕があるハズだから、歩道まで調べたらまたアタシに声をかけて」

「わかった」

「それと、何か見つけたらこれで丸を書いて囲んでおいて。ホラ、刑事ドラマで良く見るヤツよ」

 そう言ってアメリアの(ふところ)のチョークケースから白のチョークを二人に手渡す。

 

 

 しかし、三十分後。見つかった“証拠”はあまり多くはなかった。具体的にいうと、連れ去られた二人のものと思しきスニーカーの微かな足跡と、先ほどアメリアによって存在が予見されていた路上のタイヤ痕がいくつかあったくらい。

「うーむ、やっぱ出てこないわね。被害者やら車の動きだけわかってもな……でも警察を頼るのはリスキーだし無理があるわよね……」

 カフェスペースのパイプ椅子に腰掛けつつ、そんな検証結果にアメリアはぶつぶつと呟く。

「あらぁ……思うようにいかなかったのね」

 先ほどアメリアに質問を投げかけた老婆もつられるように心配そうに呟いた。

 

 

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