ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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22:捜査線、一点集中

 “作戦会議”はまだ続いていた。

 まつりがいるのはやはりカフェスペース。ベニヤ板のテーブルを囲んでいるのはまつり・スバル・アメリアの三人と部隊長、それと四十分前と同じく住人の各代表たちの面々だ。 

 

 向こうで列を成している住人たちの数が減っていくのはそれこそ想像よりもスローペースだったものの、聞き取りを行っているのが近衛隊のエリートたちというだけあって、集中力・体力はまだまだ余力があるようだった。やっぱり頭のいい人は話の要点を聞き出すのも上手いんだろうなぁなどと思いながら、まつりはテキパキと多様な話を捌いていく隊員たちを眺める。

 

 

「とりあえず、三人寄れば文殊(もんじゅ)の知恵たぁ言うけどさ。でも金髪さん、俺ら素人がよってたかって集まって本当に邪魔になんねぇのかな? ほら、“船頭多くして船山に登る”ってな言葉もあるし」

 妙に威勢の良い中年男性が江戸っ子みたいな口調でアメリアに不安を吐きだす。

「さっきも言ったように頭脳労働はアタシたちの仕事よ。こんな言い方すると角が立つかも知れないけど、アナタたちは別に考えなくても良いわ。船頭としてじゃなくって補助員みたいなものなの。……そうね、言うなればイカダのオールみたいなものかしら」

「ヘヘッ、そいつぁいいや! 見ての通り、俺ぁモノを考えるのはあんま得意じゃあねぇからさ、そっちの方が性に合ってらぁな」

(海外出身なのに、アメちゃんどうやって日本のことわざとか勉強したんだろう……)

 アメリアとその男性とのやり取りを聞きながらまつりはそんなことをぼんやりと考えた、ところで。

「……なにボサっとしてるの、まつりもスバルも頭脳労働担当メンバーでしょ!」

「うぇっ、ぇ、え? まつりも⁉︎」

「あー、やっぱり……」

 油断しきっていたまつりの素っ頓狂な声が上がる一方、スバルはほぼ諦めの境地に入りつつあるようだ。

「さっき選ばれたやつで何となくそんな気はしてたんだよねぇ……でも、まつりちゃんはともかくスバルはホント何にも力になれないよ?」

「もー、スバルまでそんなこと言うのね……、自分を過小評価するのは日本人の悪いクセだわ! アタシが保証するからちゃんと自信持ってよー。それに何も一人に頼りっきりになろうってんじゃないわ、それこそオジサンも言ってた『三人寄れば』ってヤツじゃない。アタシにまつり・スバル、これ以上ない人選よ!」

 アメリアは呆れ顔で言う。『何度言わせるんだ』とでも言いたげだ。まつりは浮かない顔でそれを見ていた。そりゃ、才能溢れるアメちゃんから見ればそう映るのかもしれないけど……。

 

「さて、ウダウダ言ってないで話し合いの時間よ。現場から犯人像を割り出していくのは重要なのは言うまでもないわよね? アタシたちの目標は犯行グループのアジトを突き止めること。“そいつら”は多分プロの人攫(ひとさら)いよ、それだけでも重要なデータになるわ。それじゃ、今の状況でもどういうわけか動いてた車の動きから見ていきましょう、何で動いてたのかは考えても仕方ないから今は切り離して考えてね」

 アメリアはその言葉で頭をガラッと切り替えたらしく、天板の上にどこかから引っ張り出してきた模造紙を広げてそこにサラサラと地図めいたモノを書き込み始める。体育館玄関外の踊り場とその目の前の車道が示された簡単な縮図が出来上がった。

「まずタイヤ痕があったのは道路上のここに四つで車一台分、そしてそこから進んだ先……踊り場の目の前にも一台分あった」

 そういってアメリアは二ヶ所に水性ペンで点を四つずつ打つ。

「あと補足として、タイヤ痕っていうのは道路のアスファルトにタイヤのゴムが残されて出来るモノなの。しかも今は夏だから、ゴムが暑さで溶けないように頑丈なゴムが使われたタイヤを使ってるハズ。『夏タイヤ』ってヤツね。つまりこの車は、“それでも痕が残る”くらい相当な急発進と急ブレーキをかけたことになるわ。ここまでで質問はある?」

「はい、思ったんだけど、やっぱりまつりたちって必要かなぁ? アメちゃんが全部考えてるよ?」

「必要よ。アタシだけだとどうしても考え方が偏っちゃうもの。それにこうして現場を改めて解説することでアタシの頭の中で整理されるわ、それが大事なのよ」

 何それ、やっぱりまつりたち戦力じゃないんじゃん。まつりはついそんな風に考えて、だめだめと首を振る動作でその考えを振り払った。

 

「スバルはいい? じゃ、続けるわね。アタシはたまたま犯行の時に音だけ聞いてたってのはさっき言った通りなんだけど、その音から考えて最初のタイヤ痕四つ、ここから急発進して踊り場前まで進んできてから急ブレーキ、そしてまた急発進して走り去った。こんなところかしらね」

「それで、次に見るのは足跡?」

「そうよスバル。……足跡は警察も一番気を使う重要な証拠の一つよ。チョークで囲む程度でも現場保存もしたのは二人も見た通りだから、何か気になることがあったら見に戻るのもアリよ。何度も言うけど、気づいたことがあったら言ってね」

 その言葉に続いてアメリアは二本の矢印で被害者の歩いた経路を書き込み始める。体育館入り口から踊り場の中央まで伸びる矢印と、入り口から踊り場の端の方まで伸びた後で入り口手前まで引き返してきている矢印。後者の足跡はどうやら踊り場の端の位置でしばらく立ち止まっていたらしく、同じ箇所に同じ向きの足跡がいくつも残っている。アメリアは矢印の途中に水性ペンでぐるぐると丸を書き込むことでそれを図示した。そして、ここまで書き込んでからアメリアはまつりとスバルの二人を見据(みす)えて手を止める。

「じゃあ聞くわ。どっちがハアトのだと思う?」

「あれ、アメちゃんが現場見てたんじゃないの?」

「アタシは聞きつけただけ、だから位置関係とかは分からないの。それに、二人の行動パターンなんてアタシなんかよりアナタたちの方がよく知ってるんじゃない?」

 うーんごもっとも、まつりは心の中でそう呟いた。確かにそれならこちらに尋ねるのにも納得できる、というか納得するしかない。

 

「じゃー、スバルの意見なんだけど。こっちの“踊り場の真ん中まで歩いていって途切れてる”方の足跡……こっちがはあちゃまじゃない? というより、端まで歩いてる方の足跡ってはあちゃまじゃないんじゃないかなぁ?」

「ほう、そう思う理由は?」

「大体予想つくと思うけどはあちゃまって騒がしいからさ、ホントじっと立ち止まることしないんだよね。それこそ興味があればすぐに駆け寄っていくくらい。そもそもはあちゃまって、その……“強い”から怖がることもあんまりないし。だから、こっちの足跡みたいにこんなところでじっと立ち止まってボーッとしたり考え込むことってないんじゃないかなぁ、って」

 スバルは今までハアトと同じ家で過ごしてきた経験を思い返しながら言った。そうだ、考えてみれば彼女はこの夏休みの間ほぼずっとスバルの家で過ごしてきたのだ。同居していたということはそれだけの時間を共有していたということで、その分だけスバルの発言には説得力があった。

 

「なるほど、じゃあコッチの足跡がハアト、ここで立ち止まってるのはもう一人の被害者の子。ひとまずはこう仮定して考えていきましょう。じゃあ、なんでこの二人はここにいたんだと思う?」

「ちょっと待って、そんなことまで関係あるの?」

 話を進めようとするアメリアにまつりは思わず口を挟む。

「それは分からない。でも何が関係あるかすらわからないもの、現場であったことを最大限頭の中で復元するのが大事なんだってアタシは思ってるわ」

 それに対して、アメリアはすかさず返すことで探偵としての気構えを改めて示した。

「なるほど……じゃ、まつりの意見ね。“はあとちゃん”の時ならともかく、はあちゃまの性格だったら多分はあちゃまの側から話しかけに行ったんだと思う。だって被害者の二人が会話するキッカケって言ったら他に思いつかないもん。逆からなら、そもそも話しかけにいく理由そのものがないし」

「まつりちゃん、“あっち”のはあちゃまはやっぱりその呼び方するんだ。まぁ、確かにあっちは『はあちゃま』って呼べる感じしないしなぁ……スバルはどうしようかな」

 二人のいう“はあとちゃん”とは、アメリアと部隊長を迎えたあの夜に見たきりになっているハアトの別人格(?)のことだ。確かあの人格は“深夜にしか出てこないのではないか”という仮説があったハズである。だがスバルとの同居により早寝早起きの習慣が身についてしまったハアトが日付を跨ぐまで起きていることがなかったためなのか、結局あれ以降でまつりたちが彼女に会うことはないままだった。

 

「あぁ、そうか。念のためにそっちの可能性も考えないといけないんだったわね、ごめんなさい忘れてた。でもアタシが聞いた感じ、あの時のフワフワした喋り方じゃないような感じの声だった記憶があるのよね」

「アメちゃんがそういうならそうなのかなぁ、そもそも時間も大丈夫だったんでしょ?」

「日付はまだ変わってなかったわ。だからそうなってないって考えるしかないか……」

 取り敢えずは仮定して考えるしかない。スバルからの問いに、アメリアはそう結論を出したようだった。

「とにかく、まずは仮定でも一部始終を想像することから終わらせましょう。そこから間違った部分を事実に近づけていく方がラクだしね」

「えーとそれじゃあ、ここのぐるぐるの所にあの子が立ってて……それではあちゃまが近づいてきて……」

 そういうとまつりは両手でそれぞれ人の形を作って、テコテコと矢印の上を歩かせていく。

「それで踊り場の真ん中で立ち止まったはあちゃまと端っこのあの子とで会話があって、それで……たぶんあの子が一方的にキレて建物の中に戻って行こうとした感じ? かな?」

「大体はそんな感じね」

 あっさりと仮定の段階を終わらせたまつりとアメリアはここから考えていくことにした。解決しなければいけない問題点は他にもあったからだ。スバルが口をちょっととがらせて呟く。

「でもそこから足跡が……」

「そう、消えてた」

 アメリアが応じる。

「ちょうどこの場面でヤツらに拉致されたと見るのが妥当でしょうね。でも、一歩も逃げようとした形跡が見られない……ここを考えていかないと」

 

 夜も深く、何より電気が使えず明かりがなかった。しかしそれでも人間が近寄ってきたことくらい誰だって察知できるし、そもそも夜空には月が浮かんでいる。夕方の時点で西陽が街を照らす晴天だったためか、今夜の空は星までよく見えた。つまり完全な闇ではないどころか、辺りは月光で相当明るかったと考えられる。そこが事態を余計に難しくしていた。

 

「刑事ドラマとか漫画でよくあるクロロ……何とかってやつで気絶させて連れて行ったとか?」

「それは違うわね。フィクションではよくあるクロロホルムだけど、あれ現実的にはそんな便利な薬じゃないのよ。質でも量でも薬効でも、嗅がせるだけで効くようにするのは無理があるわ。ちなみに“首に攻撃して眠らせる”とかの手法もそう、あんなのじゃ気絶しない。人間って案外丈夫にできてるのよね。何にしても、近づかず音も立てず悲鳴も上げさせず、なんてことは到底無理よ」

 スバルがふと口にしてみた予想を、アメリアは割と容赦なく切り捨てる。やっぱりフィクションと現実とではなかなかの食い違いがあるようだ。

「……でも、何を話してたかにもよるんじゃない? よっぽど会話に夢中だったり、ヒートアップしてたりとかしてたら近寄られても気づかないこともありそうだけど」

 まつりはポツリと言った。しかしアメリアはまだ難しい顔をしたままだ。

「この二人ってそんな仲良かったの? 話に聞く限りじゃそうだとは思えないし、アタシの聞いた感じでもケンカしてたようには聞こえなかったけど」

「確かになぁ……夢中どころかイライラしてそうだもんね」

「あの……、私も意見を言っていいのかしら?」

 

 ふと、先ほど真っ先に手を挙げて発言していた代表の一人の老婆がまた挙手していた。ずっと話を聞いていて何かに気がついたらしい。

「どうぞ、ご婦人」

 アメリアの許可で老婆は喋り始める。

「聞いていて思ったのだけれど、“イライラしたら集中力が下がる”って、みんながそうだとは限らない気がするのよ。個人的な話だけど、私自身はむしろ少しはイラついた方が集中力が上がるように感じるから。それにTVで見た話なのだけど、確か『外交的な性格の人ほどそのパターンに当てはまりやすい』ってそのときは言ってた気がするわ。……どこまで本当かどうか分からないけど」

「……確かにハアトも相手の子も、どちらかというとたぶん社交的な性格……でも、イラついたからむしろ集中力が上がって、そのせいで人影に気づかなかった……? それこそ相手が腕を伸ばせば届く距離にいてもわからないほど……? ともあれ有益な情報ありがとう、ご婦人」

 アメリアは老婆の言葉に考え込みながらもお礼を言った。

 

 気を取り直してまつりは切り出す。

「ねぇ、アメちゃん。相手は“人攫(ひとさら)いのプロ”なんでしょ? ってことは人に気づかれずに近寄ることもできると思うんだけど……違うの?」

「まぁ、山の中で獲物を仕留める猟師なんかは“獲物に気づかれることなく近づく技術”を持ってるって聞いたことあるわね。見た目を目立たなくするのもそうだし、近寄るときの足音とかを周りの騒音でカモフラージュする、とか。……でもここは街の中だもの、山とは環境が違うわ。それに今は電化製品が全滅してるから、音を出すものなんてほとんど無いじゃない」

 アメリアは首を振りながら言った。そっかぁ、とまつりはため息をつきそうになったところで気がつく。…………いや待って、それはおかしくない?

 

 

「……虫の声」

「まつり?」

「虫の声は? 今は夏だもん。一晩中、それこそずっとコオロギみたいなの鳴いてるじゃん! まさか、聞こえてないワケではないでしょ……?」

「あぁ、そういえばそうね……“そういうの”もあったわ。知ってる? 全世界で虫の鳴き声を聞くことができるのって、日本人とポリネシア人だけなのよ。正確にいうと日本語かポリネシア語が母語(ぼご)である人だけ。それ以外の人の脳だと雑音の一種としてスルーするから、音として“存在しない”ことにされちゃうの。アタシも日本語を勉強して少しは分かるようにはなったけど、“それ以外”側の人間にとってはやっぱり意識しづらい音なのは変……わら……」

 ハッとした表情でアメリアは言葉を切った。まるでジグソーパズルの目当てのピースを見つけ出した子供みたいな。

「……そうか、それよ! 虫の鳴き声で気配を消してたんだわ‼︎ そっかぁ、ウカツだった、ここは日本だった! そりゃ日本人の耳であんな大音量の音聞いてたら足音にも気づかないわよね! ハアトだって今や日本で過ごした時間の方が長くなりつつある、日本人の感性になっててもおかしくないもの!!」

 今にもピョンピョン飛び上がりそうな勢いでアメリアは机に身を乗り出すと、テーブルの角を挟んではす向かいに座るまつりの頬にキスした。突然の出来事に、当然テーブルを囲む他の人々(挨拶がわりのキスに慣れっこな欧米人である部隊長だけは平然としていたが)は固まる、キスされたまつりも真っ赤になって魂が抜けつつあるような状態だ。そして、周囲を見回したアメリアはというと、

「あら。ここは日本だものね、ごめんなさい」

 さらっと謝るだけで場をしのぐことにした。

 

 

「で、でもアメちゃん。それだけ分かっても二人の居場所なんてわかんないんじゃ?」

 上の空のまつりの代わりにスバルが尋ねる。

「あら、ここさえ片づいちゃえば後はカンタンよ」

 うんうん、とテーブルを囲む全員を置き去りにしてアメリアは一人うなずいている。

「って、説明するから待って待って! まず、“近づくことができる”って分かった以上できることはかなり広がるわ。でも一瞬で、しかも無音かつ暴れさせもせずに気絶させて連れ去るなんてこと、普通はできない」

「あ? ちょっと待った! そりゃ結局わかってないってことなんじゃねぇのか?」

 あの威勢のいい中年男性はやっぱり気風(きっぷ)のいい巻き舌で息巻いた。だが、そんなことでひるむようなアメリアではない。

「いや、まさしくそこがポイントなの、オジサン。アタシはさっき“犯行グループ”って濁して言ってたけど、実は実行犯の目星はついてるのよ。相手は……そうね、外資系の製薬会社とだけ言っとくわ。あと確かにフィクションのクロロホルムみたいな都合のいい薬なんてものは無い。でもね、それは“既存の薬では”って大前提での話よ。製薬会社ならいくらでも新薬の研究開発ができるし、社外にだって持ち出せるでしょ? まぁ、後出しジャンケンみたいな話の広げ方だけどね」

 そうやって彼女はつらつらと流れるように解説を繰り出していく。一方のまつりはハラハラしていた。この街の“普通の人たち”である彼らに、具体的な社名のことは濁しているとはいえカドゥケウス社のことをこんなにも軽々しく言って大丈夫だろうか。そしてそんな心配をよそにアメリアが止まる気配はない。

「未知の薬品を使って相手を気絶させた、ちょっと乱暴な理論だけど、これしかここまで痕跡を残さず連れ去ることは不可能だとアタシは思う。となると、車はどこに走り去ったか? これもカンタン、少なくともこの街の外へと出ることはないわ。だって完全に電化製品が使えないハズの場所から車なんてものが出てきたらかなり目立つと思わない? だったら、市外に逃げずに街の中にとどまるでしょうね」

 気がつけば避難所にいる全員が黙りこくって静かに聞き耳を立てている。

「そしてそんな薬品を保管できる場所はというと…………そら&イオフィ、データはもうまとまってるわよね? この街の中にある大病院ってどこの病院?」

「ここ! 市内の大学病院だけだよ!」

 そう言ってそらが、ホワイトボード上に書いた街の地図の一点を大きく丸で囲んで強調した。この避難所からそう離れてもいない距離、ハアトが最初に運び込まれたあの大学病院だ。確かにここなら特殊な薬品であっても秘密裏に保管しておけるだろう。

 

 

「フフン、見ーつけた♪」

 アメリアは上機嫌でそう結論づけた。

 

 

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