ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき - 作:テラ・ぺた・エクサ
「た、隊長殿⁉︎ 偵察を我ら近衛隊ではなく“あいつら”に全て任せるのですか……!」
昼前の強烈な日光が降り注ぐ軒先で、爺やが部下からの率直な問いに若干顔を曇らせた。『近衛隊』という彼らの地位にいる者からすれば、正直ちょっと複雑な気分なのは間違いないだろう。軍人という職の性質上、やはり自らに課せられるハズの任務を他者に任されるということに何も思わないハズがない。ましてやその任せる相手というのが、
「だってあんな、人間ですらない鳥に役目を任せるって正気ですか……⁉︎」
“スバルの連れている
そして問題の
例えば、かつてハアトとの初対面でお辞儀をしていた、ということだけでも並のアヒルと違うのは明白で、挨拶をすることの意義を理解した上で「自然界では絶対しない“お辞儀”という動作・相手が初対面の人間かどうかの判別・適切なタイミングか否かの判別」という三つを頭の中で一瞬かつ同時に処理していることになる。鳥類とは思えない頭の回転の速さだ。
また飛んでいったメンバー自体も絶妙だ。ハクセキレイのスパイス、ドバトのグラデ、ハシブトガラスのせーめー、モズのスモック。どの種類も、夏場の日本ではよく見かける種類の野鳥である。もしも仮にテロリストの中に野鳥に詳しいような人物が紛れ込んでいたとしても怪しまれもしないだろう。
「姫しゃまからのお達しだ。異議があるなら姫しゃま自身に進言するように」
爺やはぶっきらぼうに言い放つ。イオフィと話すときのようにへりくだったそれではない、威厳ある口調だ。ただし、“姫しゃま”呼びはやっぱり健在だった。そしてそんなことをよそに、一方の近衛隊員は食い下がり続ける。
「そんな、我々は鳥にすら劣るとおっしゃるおつもりですか⁉︎」
「……なら聞くが! この人っ子一人のいない今のこの街で、あの建築物に人間が近寄るということがどれだけ目立って危険なことか貴様はわからんのか⁉︎ しかも相手は姫しゃまのご友人を引っ攫った凶悪犯、
イオフィとの会話中はおろか、そもそも老体から発せられたものとすら思えないような巨大な一喝があたりに
「も、申し訳ありません‼︎ 腕立て一〇〇回用意!」
「二〇〇だ阿呆が!」
「了解しました‼︎」
目の前で繰り広げられるいかにも軍隊的な光景を視界の端で眺めつつ、まつりはそらに小声で尋ねる。
「ところで、当のイオフィは何してるの?」
「イオフィちゃんならさっき近衛隊さんと入れ違いで喫茶店の中に入ってったままで……あれ?」
まつりとそらが視線を喫茶店の中に向けると、何故か店内はまた座席などが片付けられている。そればかりかイオフィの他に何故か大柄の男たちの姿が見えた。近衛隊よりは背が低い印象ではあったが。
アレ、おかしいぞ。近衛隊の人たちはさっき述べたように、喫茶店の軒先で連帯責任ペナルティ腕立て伏せに興じて(?)いるところだ。そりゃ近衛隊員たちでさえまだ充分に顔を覚えているとは言えないけど、じゃあ喫茶店の中に今いるあの男たちは一体誰だ……?
カランカラン、とドアベルを揺らして、まつりとそらが意を決してドアの隙間から頭を出し店内を覗き込む。
「あれ? そら姉さんにまつりちゃん?」
音に反応したイオフィと目が合って、同じく反応した男たちとも目が合って。そして思い出した。
「こっ、コイツらってアレじゃん! スバルん家に押しかけてきたヤツら‼︎」
もうだいぶ前のことに思えるが実はまだ一週間も経っていないあの夜、スバルのアパートに押しかけてきて撃退され、イオフィの星の技術により操られて武装解除させられた挙句『全員休眠状態で邪魔にならない空間に保存して』おかれたとかいうあの特殊部隊のメンバーたちだった。武装解除時にヘルメットも捨て(させられ)たときもその翌日に避難所の空中から放り出されて別部隊への鎮圧兵器扱いされたときも、再三にわたって素顔をバッチリ見ているから間違いない。
というかよく見たらその部隊一つだけではなくて、鎮圧された方の部隊もしっかり混ざっている。おかげで店内はさっきよりもギチギチだ。確かに彼らの拘束もイオフィまかせだったハズだから、彼らもここにいるのは当然と言えば当然ではあるものの、何にしても何故今更コイツらを出す必要がある?
「ゴメンだけど、二人とも話は後にして。ワタシはこの人たちを”説得”してるの」
「説得⁉︎」
いやいや待って、あそこまで雑に扱って引っ張り回しておいて、今さら何を頼もうともこちらのいうことを聞いてくれるとは到底思えない。将棋のコマか何かじゃないんだから、と言いつつルールよく知らないけど。
「だから、俺らからすれば『会社を裏切れ』って言われてるようなもんだっつったでしょ……。君がどこの誰だかも知らないけど、突然出てきてそんなん言っても従えないって」
対する部隊員たちもやる気なさげだった。もう、口調からしてイオフィのことをナメ腐っているのがありありとわかる。言わんこっちゃないというか何というか。
それでもこの姫君が諦める気はないようだった。
「ですから、事態が今どうなっているかも知らないからそんなことが言えるんです! 事は一刻を争います、お願いだから聞いて‼︎」
「お、おじさんたちホント聞いといた方が良いよ……」
まつりはおっかなびっくり忠告する。あの念力みたいな力を使われたら目の前の“常人たち”はひとたまりもないだろう。でもそんなこと、ずっと別次元の異空間みたいなところで、イオフィ曰く『休眠状態で保存』されていた彼らに分かるワケがないのもまた事実だった。
「いや聞けって言われてもねぇ、大人の人が出て来ないことには聞こうにも……」
「そ、そんな言い方するのはどうなんですか⁉︎ この
見かねたそらが吠えるものの、男たちの顔から冷笑が消えることはない。
「君もそうだよ、俺らに指示しようってんなら俺らの上官呼んできなって。まぁ、そんな人がいるかは知らんし、いたとしてもちゃんとした所属の人じゃないと言うこと聞けないけどね。あ、所属、ってわかる?」
幼児に言い聞かせるような口調で別の部隊員が口を開く。
……だめだコレ。
まつりは悟った。コイツら、もう最初から話を聞く気がない。いや、今の状況的に見てそう思うのはわかるけど、彼らにとって目の前の三人の少女は戦場と無関係な小娘の集団にしか見えていないのだ。半泣きになりそうなイオフィの手の甲にあの光の筋が何本か走るのが見える。彼女があの力を使うたびに手の甲に走る、ピアノ線みたいなあの光。スッとイオフィの手が上がって、まつりの脳裏を焦りやら諦めみたいなものが駆け抜けたその時、
「待て、何をしてる。おい小娘、早まるなッ!」
またドアベルが揺れて、今度は店内の異常を察した部隊長が駆け込んできた。目の前の状況を見るまでもなく、彼はイオフィと兵士たちの間に割って入る。かなりの高身長を誇る白人男が場に加わったとあって、喫茶店内の空間はますます圧迫感が増した。
「落ち着け小娘! さすがにこれは看過できん」
「“これは”って、まさか今まで揉めてるの気づいてたのに無視してたの⁉︎」
こんなときでも、口を滑らせた部隊長の声をまつりは聞き逃さない。
「今は言ってる場合か! ……手を下ろせ小娘」
さすがのイオフィも先日まで現役だった軍人の刺すような視線には勝てなかったようで、すごすごと手を下ろす。続いて部隊長はくるりと振り返ると少し見下ろしながら男たちに自己紹介した。
「カドゥケウス・USA社、第一特殊部隊
妙に偉そうに、部隊長が言った。
………
一五分後、軍隊式ペナルティ腕立て伏せ地獄を終えた近衛隊を尻目に部隊長・まつり・そら・イオフィの四人が喫茶店から出てきた。店内では先ほどの
「おいワトソン、増援だ。異星から来たとかいう方の小娘が撃退した部隊がいくつかあっただろう、あいつらが指揮下に加わった」
軒下で出発を待っていたアメリアは部隊長からの突然の知らせに目を丸くしそうになった。内心慌てながらも、平静を装いつつ聞き返してみる。
「“異星から来た方の小娘”って、イオフィの名前くらい覚えたげなさいよ。……っていうかアナタどんな手管つかったの? 捕虜同然の敵兵が、こんな急に増援になるって……」
「別にどうということはない、現在の状況説明と今の日時、それとどれくらいの期間ヤツらが司令部と連絡を取れてないかを教えてやっただけだ」
やれやれ、とでも言いたげにため息を交えつつ彼は応じた。
「あー……それはみんな焦りそうね」
アメリアは苦笑しそうになった。
中の部隊員各位がどういう認識だったのかまではアメリアも知りようがない。とはいえイオフィの母星の技術がどれほどのものかはわからなくても、彼女自身の口ぶり(『全員休眠状態で邪魔にならない空間に保存』なる状態)から察するに、彼らがどこぞの異空間に“保存”されている間はおそらく意識がないのであろうことは充分予測できる。つまり彼らは何をされたかもどれくらいの時間が経ったのかも頭の中になかったということだ。そりゃ、知らない間に自分達が一週間近くも行方不明になっていたとなればパニックになりもするだろう。
「言ってやったよ、『司令部は十中八九お前たちが生存しているとは思ってないだろうし、今になって我々に逆らい本社と連絡をとれば間違いなくお前たちは“無能”“お荷物”というレッテルを貼られるだろう』と。もしそうなれば始末に困った司令部によってヤツらは閑職に追いやられ、うだつの上がらない窓際社員としての余生が待っている。ここまで説明してやったらヤツら、私が店内に入る前とは打って変わって小娘の頼み事を真摯に耳を傾けていたよ。つくづく現金なことだ」
イオフィと兵士たちの話に割って入った人物が部隊長だったのは間違いなく幸運としか言いようがなかった。彼女の場合、まず外見の時点で兵士たちとはソリが合わなかったろうことは明白だ。しかしそれ以上に、兵士でありながら正式な軍に所属しているわけではない“私兵”という立場を真に理解するというのは、やはり同じ目線に立つ者にしかできない。さらには、彼はほとんど末席とはいえ上級下士官にあたる立場の人物というのも好都合だったと言わざるを得ないだろう。司令部という組織の構造や、彼らの兵士に対する扱いを熟知している人材は兵士たちの説得に必要不可欠だった。それにしても、嫌味な脅しだが。
「それで、近衛隊のみんなの腕立てはどう? これから突入できそう?」
「見ての通りよ。さすが軍人、ペナルティ喰らってもへこたれてないわ」
まつりの問いにアメリアは答える。その視線の先の近衛隊たちは、これまた先ほどとは打って変わって皆厳しい面持ちで隊列を組んでいた。軍隊というのはどこの国でも、どこの惑星でも変わらないものらしい。隊長である爺やの隊員たちを見る眼光だけが鋭く輝いていた。
「じ、爺やさん……。ペナルティが終わった以上は隊員さんたちをそんな睨まなくても良いのでは……?」
そらがおっかなびっくり爺やに切り出す。先ほどの爺やの一喝を聞いておいてそんなことができるこの人の胆力はどこからくるのだろう。やはり今までの経歴を遂行してきた戦士ということなのか、はたまたやっぱり天然気味なのか。
「フム、お優しいですな、姫しゃまのご友人どの。しかしご心配には及ませぬ。彼らは近衛隊員、我らが軍の中でも並の兵士ではなく選りすぐられた精鋭ですゆえ、これぐらいのシゴキにも耐えられんような輩ではありますまい。そうだな⁉︎ 貴様ら‼︎‼︎‼︎」
「シアッパッ!」
「……今のは我が軍でいう『了解』の意味ですな」
部下たちの
「ちょっと! 緊張感持ってよ、一応敵の本拠地前なのよ⁉︎ ……ま、周辺住人に入院患者までこのEMP騒ぎで丸ごといなくなって予想通り警戒もなーんにもしてないみたいだけどね」
「ねぇ、アメちゃん。まだ見つかってないから良いけど、これで相手が警戒して見回りとかしてたらどうすんの? ここで結局あってんのかもまだ分かんないし、やっぱ避難所でもっと作戦練らない?」
スバルが戻ってきた
「慎重なのは良いことよ、でもここで合ってるのは間違いないわ。まつりからの報告にあったでしょう? ここまできてあの建物に違和感がある時点でクロよ、アタシの推理が行き当たった時点でもう石炭並みに真っクロだけどね」
「それもう言うほど黒いのかも分かんねぇよ⁉︎」
「それに
「そんなモンかなぁ……」
アメリアの推理を聞きながら、まつりはその推理の正しさを問うてみる。
「何なら賭けても良いわよ?」
「そ、それはさすがにパス、かなぁ……」
「あら、分が悪い賭けはしない主義だったかしら? 残念」
アメリアは残念そうに苦笑しながら言う。そして通りの向こうを見据え、昼食の予定でも提案するみたいに、しかしどこか不敵に潜入部隊に呼びかけた。
「さぁみんな、進軍しましょ?」