ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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25:侵入者、ひらひら

 鳥たちが持って帰ってきた情報でも、病院の警備はアメリアの推理通り『防衛重視』の一言につきた。

 

 大学病院敷地内のエリア分けは思いのほか単純で、東側にある最大の建造物である病院本舎と西側にある医科大学の校舎群とで大雑把に二分されている。校舎群は渡り廊下でそれぞれ繋がれ、また病院本舎とも校舎外へ出ることなく行き来できるようになっていた。そして、喫茶店から一番近い位置にある敷地東側のゲートを始め、特に本舎の東西南北を囲む各入り口ではその警備の厳重さを隠そうともしていないらしい。それぞれの自動ドアの前には大袈裟なまでのバリケードが築かれ、その周りをおそらくカドゥケウス社の私兵と思われる隊列が囲んでいる徹底ぶりだという。

 通訳のスバルを(かい)した偵察の鳥たちの情報と司令塔役のイカロスの意見をまとめると、“周りの住民らが避難しているためか警備を隠そうとすらしておらず、とにかく『誰かが病院にやって来ることが決まっているかのような』雰囲気一色”とのことだった。どうも相手方は万が一にも病院本舎内を外部の人間に侵入されたくないようで、こちらにそもそも病院がキナ臭いことがバレてしまうことすらおかまいなしだという。つまりこちらに答えを教えないことよりもここを守ることを優先したのだろう。アメリアの弁を借りるなら、本当に『それほどの戦力や計画性がコッチ側にあるなんて思ってもない』のだ。

 だが現実は相手にとって想定よりも甘くない。生憎だが、こちらには実動部隊もブレインも揃っている。まつりは相手をここまで出し抜いているのを肌で感じて初めて、今まで実感すら持てなかった巨大な相手にも勝てそうな気配を感じた。……が。

 

 

 

「隠す気なしか……これはこれで厄介ね」

「へ? コレ厄介なの?」

 急に低く、冷静になったアメリアの声に対してまつりはちょっと慌ててうわずった声で返す。

「そりゃそうよ、隠そうともしてないってことはつまり、“純粋に守ることのみに特化してる”ってことだもの。『隠す』なんて余計なことは考えてもない、だからこそ余計な動作とか思考なんて生まれようもない。つまり無駄な行動もアタシたちが付け入るスキも限りなく減らされてるってことでもあるの。さっきアタシが言った“プロは行動に余計な『ブレ』がない”ってヤツと同じ理屈ね」

「えーと、その……つまり?」

「ガッチリ守られててアタシたちはサッパリお手上げ、ってとこかしら」

 尋ね返したまつりに対してアメリアはさらりと口にする。それこそ、まるで食後の予定の変更でも提案するような軽い口調だった。ここまで分かりやすく言い換えてもらえると理解するのに助かるのは間違いないが、一方でそれどころじゃない問題が浮き彫りになった気もする。

「いや待てオイ‼︎ ソレもうどうしようもないじゃん!」

 そんなアメリアの反応に、スバルはいつもの荒っぽい口調でツッコんだ。幼馴染のまつりにこそ音量を極力セーブしているのがよくわかったが、それでもうるさいセミの声を突き破ってなお何と言っているかはっきり聞こえるくらいの音量だったりする。当然ながら、耳慣れていない大半の部隊員たちはギョッとした顔で振り返って一斉にスバルの顔を見つめた。

「うぇっ⁉︎ あ、いやっ、そのぉ……ご、ごめんなさい」

 一方のスバル自身は瞬時に顔を真っ赤にして謝辞を口にする。状況が状況だ、今の自分の声が通りの向こうにある病院にまで届いていたらどうしよう。そんな巨大な不安がスバルの足元のアスファルトをガリガリと削っていくように感じられた。もしかしたら取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという不安に、目には思わず涙がうっすら滲んでくる。しかし、

 

「あ、いや! 気にしないデモ大丈夫だよ、うん!」

「そうですヨ! えと、その、向こうの病院までかなり距離がありますから聞こえませんカラ‼︎」

「それに……そ、そう、セミ! 今はセミが鳴いてるから、それで掻き消えて余計に聞こえナイんじゃない?」

 

 部隊の面々は怒ったり非難するどころか、目を潤ませる彼女を励まそうと口々に明るく声をかけだす始末だった。ただ部隊全体が口々に、というより、特に声を上げているのは隊員の中でも特定の隊員たちらしい。心なしか、その特定の彼らの顔は全力疾走してきたように紅潮して見える。それを見たまつりはすぐにピンときた。というか誰の目で見ても一目瞭然というヤツで、それこそ疑いようもない……それに、このパターンはとうの昔に見慣れている。ハッキリ言って、スバルはモテるから。

 短髪のよく似合う整った顔立ちにコロコロ変わる表情、天真爛漫を絵に描いたような人懐っこい性格で、男勝りな言動に反した少女らしい所作(しょさ)。ちょっとした短所だって愛嬌としては優秀だ。オマケに幸か不幸か(というか周りにとっては確実に悪いことに)、本人は自分自身に向けられる“そういう”感情にとんと無頓着、という一面まである。つまり人誑(ひとたら)しの才覚は充分ということだ。

 この事件が起きる直前にあった、剣道場にて部活の先輩にそれとなく褒められても、本人は冗談の一種と判断したままスルーして次の話題へと流れていたあの会話。平たく言えばアレが全てだった。要するに、自分はそんなことと全く無縁であると頑なに信じ込んでいるのだ。そんなこんなで、自分がそういう対象になるとは全くもって考えてもいない無自覚系魔性の女の完成である。いかにもライトノベル的な言葉の通り、一昔前のラブコメ主人公並みにタチが悪いといえた。

 そんな憐れな部隊員たちをまつりは横目で眺めつつ、なんとなくまだ不安そうなイオフィに頼み事をしてみる。

「ねぇイオフィ、瞬間移動……っていうの? 病院の中に一瞬で飛び込めるみたいな、そういうことって出来ないかな? 故郷の技術ってヤツでさ」

「さすがに無理よー。故郷には確かに地球(ここ)よりも進んでる技術力はあるよ、でもだからって何でもできるワケじゃないの。そりゃ『異次元空間』とか使った便利な技術なんて、一回見ちゃったら何でも出来そうに思っちゃうケド……」

 イオフィは渋い顔で返した。隣にいるそらも難しい顔だ。

「うーんと、創作物なんかで見たことあるのだと、空調とかのダクトを通ったりして侵入する方法とか……」

 そらはアイディアを提案してみる。しかし上手い案を出そうにも、本来ならばこの世界の住人ですらないそらにその役目は荷が重いというもので、

「それも無理ね、あんなのやっぱりフィクションだもの。当然出入り口なんかはガッチリ固定されてるでしょうし、狭いダクトの中も人間が通れるような広さはないと思う。それこそ、本来は空気を通すためだけの穴なワケだし。おまけに電気が使えない今、病院自体に見張りなんかもいるでしょうね。入口ばっかり見張りで固めて窓から入られるようなバカなことするような連中じゃないし、そうでなくとも一人ずつしか通れない狭い出口でこの人数がワタワタするのは無理があるわ」

「……やっぱ無理かぁ」

 アメリアに真正面から否定されてしまう。そらは少し諦めの(にじ)んだ素振りでため息をついた。

 考えてみればというか、よくよく考えてみなくても、そらがこの社会の創作物に触れる機会というものがそうあるように見えない。イオフィからの影響だろうかと、まつりはちょっと思いを巡らせてみてから詮索するのをやっぱりやめておいた。もしそうなら可愛いしちょっと面白くもあるけど、こんなことは考えても意味のないことだ。そしてアメリアはまつりのそんな内心なんて知る由もなく続ける。

「ま、なんにしても病院側じゃなくて大学校舎側から侵入した方が安全そうよね。あくまで“比較的マシ”って程度だけど……。取り敢えず、敷地の西側から侵入できそうな場所を探しましょう。また偵察を飛ばすなりして、見つからずに入り込めるポイントを探さなきゃね」

 

 

 

「グァッグァッグァッグァ‼︎」

 三十分後、敷地の西側を遠巻きに回りつつ飛ばした三度目の偵察でようやくそのポイントは見つかった。移動しながら偵察を飛ばす、などという偵察にとって居場所の把握が大変になる芸当ができたのはイカロスの鳴き声の大きさと偵察隊の聴力のお陰だ。そもそもイカロスが属するコールダックという種類のアヒルは、和名で“ナキアヒル”とも言われるその呼び名の通り鳴き声が非常に大きい。イカロス自身はその知能の高さからなるべく声の音量を抑えられはするものの、本来ならこのアヒルは鳴く声が大きすぎて住宅街で飼うことを推奨されないほどだ。だが今は、そんな彼の精一杯の大声も役に立つ。四羽(よにん)が潜入部隊のところに帰ってくるための目印ならぬ良い“耳印”になった。

「グーククク、グルッポゥ」

「おかえりグラデ、改めてみんなお疲れ様……えーと、うん、やっぱりみんな同じ場所のフェンスが穴場だって言ってます。見張りから適度に離れてて、兵士さんたちなら難なく越えられそうだって」

 特に偵察に自信のあるグラデが持ち帰った情報によると、その場所は大学の体育館の裏手、ちょうど狭苦しい駐輪場のある位置だった。鳥たちいわく、“ちょうど人目につきづらい物陰”。しかも“その部分だけ、敷地を区切っているのが生け垣ではなく金網フェンス一枚きりなので、簡単に乗り越えられそう”というのが彼らの見解である。

「キキキ、ギギキケ」

「うん、みんな長い時間活動するのって慣れてないよね、ほんと助かった」

 さすがに何度も駆り出されている四羽(よにん)の偵察隊には何となく疲れの色が滲み始めている、気がする。

 というか鳥たちの言葉なんてものが一切わからないまつりから見ても、彼らの声はイマイチ張りがなくなってるし、動きもちょっとおぼつかなくなってきていた。そうでなくたって人間でも繰り返し作業というのは気が滅入(めい)る。まして体の大きさが人間とはまるで違う彼らでは、基礎体力や体への負担も人間とはまるで違うのだろう。まぁ、人間と鳥類との違いだとかはよくは知らないけど。

 

「スパイスもゴメンね、慣れてない人たちだもんね」

「ピュイ、ピピーュゥ」

「ぅ、うるせぇっ!」

 一方でスバルから報告を受けた潜入部隊の隊員たちはというと、彼女の様子を見て目をパチクリさせていた。まさかこの短髪の活動的な(ように見える)少女が、まるで夢見がちな女児のような奇行を本当にとってしまうとは。しかもアメリアの言っていた通りの能力を持っているとするなら余計にワケがわからない。小鳥と会話する? そんなことが本当にできたとしても、鳥類にそんなことを理解する知能があるとは信じ難い。それこそ会話しているように見えているだけで、自分たちは少女の狂言に振り回されているだけではないのか? あんまりな話ではあるが、兵士たちにはそう見えていた。……先ほどまでは。

「ガーッ、カカァ」

「元からせーめーはあんま人見知りしないでしょ」

「カーぁ」

 しかし、である。

 鳥たちが自分の目で見た本当のことを話している以上、兵士たちの心配が現実になることはない。だんだんと目的のフェンスに近づくにつれて、少なくとも狂言であることは否定せざるを得ないような状況になってきていた。住宅街は入り組んでいき、奥まって物陰が多くなってくる。特に元気そうな褐色の小鳥による道案内・偵察がなければ確実に道に迷っていただろう。挙げ句、たどり着いた目標地点はスバルの言葉通り、敵方の見張りたちすらここのことを忘れているような体育館の裏だ。ここまでくると兵士たちの疑念の目は完全に消えていた。

 ただこうなると、兵士たちのこちらを見る目が少しずつ、また変な方向に変化しつつあるのがスバルでもわかるくらいになってくる。

 具体的にいうと、もはや『崇拝』に近いというか。

 

「スバルちゃんは大丈夫でスカ、フェンスは越えられそうデスか?」

 兵士が突然スバルに流暢な、でも少し違和感のある日本語で声をかける。イオフィ近衛隊の一人だ。それを聞いた、近くにいた別の近衛隊員が即座に口を挟む。

「いや、仮にフェンス登れなくても、姫様の反重力操作があればスバルちゃん浮かせられるんじゃないか……?」

「バカ、何言ってんダ! いくらスバルちゃんがスカート履いてなくても女の子だぞ? そういうの恥ずかしいに決まってンだろ」

 怒ったような語気の強め方で兵士は返す。音量を絞っているとはいえなかなかの勢いだ。

「え、あ、いや……スバルはそういうの別に気にしないというか……」

 一方で話題に登ったスバルはというと、そんなことを心配されること自体への恥ずかしさもだが、そもそも彼らに想定されている女の子らしさの基準の高さに猛烈な恥ずかしさを感じていた。これでは別に気にしていない自分の方がおかしいみたいではないか。かといって状況が状況、彼らにいつものような強さで言い返すこともできない。

「そうデスか、すみません! 出過ぎたことを……」

「だから待てっ……あ、いや待ってくださいって! その喋り方じゃ、スバ……あたしが貴族かなんかみたいじゃないですか」

「はは、今さら一人称を改めなくても大丈夫ですよ。自分で自分のことを名前で呼ぶのくらい……」

「そ、それいちいち解説すんなぁっ‼︎」

「騒がないで、見張りに居場所知らせたいの? 銃器って別に電動じゃないわよ?」

 我慢できずに叫び返したスバルをアメリアがたしなめた。

「さて、さっき新しく増えてた一二人はさっき言った通りに分かれて。元からいた人たちも、所属してる班の振り分けくらい覚えてるわよね? ここからは大学病院敷地、班ごとで動くわよ」

 喫茶店から出発する前の喫茶店で、元カドゥケウス社所属の私兵たちはすでに作戦の中に組み込まれている。全一二人を四人ごとに三班、それぞれのチームをG(ゴルフ)H(ホテル)I(インディア)としていた。本職(と自称)の軍人合わせて三一名がまつりたちを守ってくれるのだ。相手の兵力は不明だが、それでも頼もしいことに変わりはなかった。ただそれにしても、この班名……。

「ねぇアメちゃん。なんかチーム名、急にダサくない?」

「……ただのフォネティックコード、カッコいいとか悪いとかじゃなくて、英語ではそういうの決まってるのよ。大昔の無線って音質が良くなくってね? そんな状態でも聞き間違いが起きないように、あらかじめアルファベットごとに特徴的な発音の言葉を決めたのがフォネティックコードなの。Aならギリシャ語アルファベットのアルファ、Bなら賛辞の言葉であるブラボー……って感じにね。そりゃ、日本人にはあんまり馴染みないかもだけど」

 ふーん、とまつりは解説を聞き流しながらフェンスの金網を掴んだ。ギシリという音でつま先を引っかけ、金網全体が軋まないようゆっくりと慎重に網を登っていく。と、ここでまつりは気づく。ちょっと待って、スバルは物凄く気遣われていたのに、自分は全く気にせず突き進みすぎではないか……? なぜ何も言われない? 内心何かに焦りながら振り返ると、後ろに並ぶ部隊員たちはフイッと目を逸らした。ん?

「……まつり、早く登って頂戴。ここで皆してフェンス登ってギシギシいわすワケにはいかないでしょ? フェンスは一人ずつ越えるの」

 妙にニヤニヤしながらアメリアが言う。さすがに、彼女の目線で気がついた。そういえば、今日履いてるのはスカートだし。

「……こんなときにどこ見てんの」

 口の端から、何故か笑みが漏れ出す感触がする。あれ? なんで自分は普通なら恥ずかしがるタイミングでニヤけて来るんだ? それもこんな時に?

 いやいや、とまつりは頭を振ってさっさとフェンスの上辺に足を掛け、ていっと踏み出す。スカートだけど別にいいや。そんなことを考えながらシュタッとアスファルトの地面に着地した。小気味良くゴム底が路面を打つ音が響く。

「ほら、とっとと動く! 後、つかえてんでしょ?」

 まつりの言葉で部隊員たちは一人また一人と動き出した。兵士たちはまつりと比べ物にもならないような速度でフェンスを乗り越えていく。彼らの動きは一つ一つに無駄がないばかりか全員がトレースしたように同じような動きだった。なお、まつりとアメリア以外の少女たちは実際にイオフィの重力操作により優雅に空中移動で侵入しており、それはそれでまつり自身なんとなく不満だったのは、まぁ余談。

 

 

 校舎内の廊下はやけに足音が響いた。それでも足音で存在を気取られないよう、潜入部隊はそろそろと慎重に歩を進めている。彼らの校舎への侵入方法は単純で、アメリアのピッキングという力技だ。彼女が“イザって時のために”持ち歩いているという道具の中にそのピッキングセットはあった。「日本風に言うところの『探偵の七つ道具』ってヤツ」とのことだが、ともあれ彼女のそんな心掛けのおかげで潜入部隊はこうして校舎内への侵入を果たしている。

 医科大学の敷地内は意外なほど静かだ。体育館裏から小走りで校舎へと駆け寄ってアメリアが昇降口の扉を開けるまで、人の気配などというものは毛ほども感じ取れなかった。その広大な敷地に助けられているのは間違いないが、一方でことが順調に進み過ぎているのがいささか不気味でもある。

「思ったより誰もいないね」

「グァ」

「…………」

 スバルがボソリと呟いて、それに必死な動作で進むイカロスが相槌を打った。でもなんとなく落ち着かなくて、まつりは無言のまま廊下を駆けていく。小さいながらも、廊下を靴底がする音がせわしなくあたりに響いた。

「スバル、静かにね」

「う、ごめん」

 アメリアに小声でたしなめられたスバルも無言のまま廊下を進む動作に戻る。お供の鳥たちですら無言に戻った。そういえば、お供たちは鳥なのにまるで人間みたいな振る舞いをするのをまつりは何度も見ている。鳥ならもっと動物的に振る舞うようにも思うが、彼らに限っていえばイヤに聞き分けが良くて妙に人間臭いところが目立つのが長年疑問ではあった、と。

 

カツン

 

 不意に、離れてはいるが確かに足音が聞こえる。正面、廊下の向こう、影は一つ。

 暗闇とヘルメット越しに、間違いなく敵の巡回とまつりの目が合った。

 

 

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