ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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26:燃焼音、八方塞がり

 行動が誰よりも早かったのは意外にもそらだった。

 

 振り分けが非戦闘民が主な構成であるB(ブラボー)チームということで、まつり・スバル・イオフィと同じく彼女は後方に集められていたはずだ。しかし、いつの間にか彼女は前方の兵士たちの間をするりと駆け抜けて、真っ先に巡回の目の前まで走っていた。姿勢をやや低くしてジグザグに走り、いつ銃口を向けられても対応できるように。状況的にどう駆け寄っても警戒されることは分かりきった上なのだろう、その動きは消音どころか素早く駆け寄ること以外一切考慮されていない。まつりが見慣れていた一見ちょっと天然で穏やかな女子大生のそれとまるで違う、百戦錬磨の戦士(スプリンター)の走り方だった。

 一方、向こうからしてみれば、突然目の前に現れた何者かが凄まじい殺気を放ちながら襲いかかってくるという危機迫る状況だ。胆力も鍛えられているはずの巡回は慌てた様子で、そして明らかにそらを追い切れていない動きで闇雲にライフルを突き出す。

 そらは巡回の目の前で突然さらに背を丸め、踏み出したまま取り残されていた右膝を引っ掛けた。それと同時に彼女の左手も右側から銃身を力強く掴み、そのまま乱暴に跳ね飛ばす。とても少女の細腕から放たれたものとは思えない横からの強烈な一押しに、巡回は大きくバランスを崩してよろめいた。その手に構えられていた銃は彼の握力を振り切って派手にすっぽ抜け、そのまま廊下の窓に直撃して盛大にすりガラスを()って派手に崩れ落ちる。そらはそのまま組み付いて巡回を床に押し倒した。

「ぐッ⁉︎」

「暴れるな」

 倒れ込んだ巡回のヘルメットが床を打つのとほぼ同時に、少し遅れてそらの後を追っていた部隊長が彼の(ひたい)に容赦なく銃口を押し付ける。鉄の銃身が頭蓋骨を打ち据える硬い音が鳴った。あとはもう、引鉄を引くだけ。

「ま、待って! 撃たないで‼︎」

 途端、焦りを声に滲ませてそらは叫ぶ。状況的にそらの目には、いま組み伏せたこの巡回が部隊長に銃殺されようとしているように見えたのだ。というか巡回自身もそう思ったようで、見るともう観念した神妙な面持(おもも)ちで目をつぶっていたのを、急に聞こえた少女の声におっかなびっくり目を開けた。

「落ち着け、別に撃ちはしない」

「……へっ?」

「人を殺人マシンか何かだと思い込んでるのか? まぁいい、早く武装を全て外して床に置け、無駄な抵抗はするな。無線の類があるならそれは渡さず、本部への連絡を継続して怪しまれるな。連絡の際、必要以上のことを喋った場合は本部になにか知らせようとしたとみなして撃つ。それと、小娘の方(そっち)は早く立て」

 部隊長は冷静な口調でそう告げる。

B班(チーム・ブラボー)の非戦闘員の中に捕虜として組み込むというということでいいか?」

「イオ……いやワタシが、何かあったら責任を持って無力化します」

 校舎内の小さな講堂にて潜入部隊は、『巡回』という急きょ捕らえた存在の処遇について話し合っていた。もちろん存在を気取られないよう、講堂備え付けの暗幕で窓を覆うなどして内部を覗かれないように細心の注意を払ってはいたものの、その程度で気づかれないのはまだ大学校内への侵入自体にまだ気づかれていないからだ。相手の装備以外の電子機器が使えないという今の状況でなければ、即刻敵に気づかれて包囲モノだろう。

「お前が? こう言っては何だが、お前は軍人でも何でもないんだろう?」

「貴様! 姫しゃまに向かってなんと無礼な‼︎」

「いいの、爺や。その点は任せて、軍事的な訓練は受けてるわ」

 爺やを制しつつも、イオフィはむんっと胸を張って答えてみせた。

 

 

 で、巡回が生かされた理由というのが、()(てい)に言えば人質だった。街一つを無理やり機能停止させるような相手にそんなものが通用するのかについては怪しいところがあるとまつりは思っているが、元内部関係者の部隊長いわく意外に望みはあるという。

「それよりも、捕虜として敵兵を捕らえるなんてことして大丈夫なの? 相手は大組織なんでショ?」

「相手の数も限られているからな。しかも日本でコソコソ起こしているテロで犠牲者なんぞ余計に出したくないハズだ。それに敵はそれほど大きくないぞ? CEOレベルが関わっているのは間違いないが、今回の騒動の黒幕はあくまでも“カドゥケウス社内部の一派”でしかない。アレも今や国際的企業、立派な複合企業(コンツェルン)だ。さすがに社内も一枚岩とはいかんだろう。カドゥケウスの起源であり大黒柱の製薬事業だけじゃなく、生化学事業、次に手を出そうとしている電子機器事業、そして立派な民間軍事会社(P M C)でもある」

「イヤ待て待て待てぇ! いきなりベラベラそんな話されてもワケわかんないって‼︎ せめて一般人の小娘でもわかるように説明してよぉ」

 何食わぬ顔の部隊長が語りだした耳慣れない単語のオンパレードに、社会にまだ関心のない女子高生スバルは悲鳴を上げる。

「おい、大声を出すな……面倒だが仕方ないか。簡単に言えば、カドゥケウスは複数の企業が合わさったグループということだ」

 ため息を漏らしながらも、彼は用語の解説を挟みつつも話を続けた。

「元々の製薬とか薬の原材料・医療品の生産事業、覚えているかは分からんが、前にワトソンが説明していた生体有機コンピューターというキナくさい新型PCに関する事業を展開しようとしているという話も当然相当な人間が関わっている。そして同時に、私のような私兵が所属している民間軍事会社……つまり軍人の役割を民間で代行しようというような企業だな、そういう側面もある。要するに、幾つもの企業が『カドゥケウス』の名でひとまとめになっていて、今回の騒動の黒幕である我々の敵はそこを運営している親玉だとでも思えば良い……それ程の巨大企業だ、膨大な数の社員全員が一丸になんぞなれるワケがない」

 内部事情の話とも言えないようなくらい噛み砕かれた話にまつりはポツリと本音を漏らす。

「よくよく聞くと変な会社。何で薬の会社がそんなコトしてんの?」

「あの会社は……大元の製薬会社の時点でキナくさいことしてたのよ。“知”った時点でまつりとスバルも危なくなっちゃうくらいヤバいから詳細は言わないけどね。で、そんな会社の秘密を隠すために急いで民間軍事会社を傘下に取り込んで武力でガチガチに固めたってワケ」

 その疑問に助け舟を出したのはアメリアだった。“苦虫を噛み潰すような顔”というのだろうか、まつりの目にはどことなく、彼女の表情に一瞬そんなものが混じったように映る。

「そんなはぐらかされたら気になるじゃん」

「ダメ、まつり。こればっかりは冗談でも何でもないの。大人の世界は嘘ばっかりで怖いのよ?」

「な、何か嘘つかれたワケかぁ……」

 具体的に何があったのかについては何も言わないアメリアに、まつりは大人しく引き下がることにした。冗談めかして語られた事態の片鱗に、かえってアメリアから突き放されたような気がしたのだ。“ここから先は冗談にすら出来ない、絶対に踏み込まないで”と。

 

「や、やっと話せた、あなたはご無事で良かった!」

 そして二人のそんなシリアスな会話とは裏腹に、背後では妙にふわふわした空気が漂っている。聞こえてきたのはそらに話しかける、先ほど取り押さえられて武装も解除された巡回の声だった。なんというかこう、捕まって捕虜になった直後だというのに、巡回は妙に嬉しそうというか。

「あんな派手に転倒したんです……お怪我ありませんか?」

 その割には嫌に丁寧な口振りでそらを心配している。当然ながら彼は、

「おい捕虜、私語は慎め」

 隊員の一人からツッコミよろしく叱責されていた。

 まつりは背後のよくわからない空気感に若干呆れながら、イマイチ緊張感の足りない巡回を強制的にこちら側に連行して話を続ける。

「で、B班にこの人いれてどうすんの? 五人になっちゃうけど」

「捕虜だもの、とことん利用させてもらう。この敷地内のガイドとしてね。ま、本人も割りかし乗り気みたいだし、水先案内人ってヤツよ」

 アメリアは事もなげに言い切った。というか元々敵兵なのに満面の笑みで頷いているコイツはどうなんだ、とまつりはため息を漏らす。アメリアがなんでコイツのことをこれほどまでに信用しているのかよくわからないが、まぁ彼女が信用しているからには大丈夫なのだろうとまつりは思い込んでおくことにした。

 

 

 渡り廊下で行き来できる敷地西側の校舎群の中でも、東側の巨大な病院本舎に渡るための通路は三つしかない。食堂のある学生棟から伸びている北通路、体育館の隣であり大講堂もある中央校舎から伸びる三つのうちで最も大きな中央連絡通路、そして潜入部隊が現在潜伏している実習練から伸びる南通路。現在、病院本舎の四方の各中央にある四つの入口は厳重に見張られている。つまり三つの通路のうちの中央連絡通路の真下は厳戒態勢が敷かれている状態だ。

「ここからなら、この南通路から本舎に侵入するのが一番手っ取り早いです」

 先ほどの講堂での話し合いで巡回は懇切丁寧(こんせつていねい)なまでに進入経路を指し示していた。()しくも最も近い通路だ。潜入部隊はここまで一息に駆け抜けていくことにしている。

 

カツッ、カツッ、カツン

 二人目の巡回が一人目との交替として、中央連絡通路を抜けてゆっくりと実習練へと向かっていた。一人目との定時連絡は途切れておらず、いわく異常はないとのこと。交替の時間が近付くにつれ、心なしか声が若干嬉しそうになっているように聞こえたのがちょっと腹立たしかったことは覚えている。念のための役割とはいえ、こんな無駄な巡回なんて面倒なだけでまるで無駄な仕事としか思えなかったからだ。

 何でも、このテロに関する計画の重要人物をさらって病院内に拘束しているらしい。その人物を奪還に来る“かもしれない”近隣住民やらを病院内に入れないために、自分達『実働部隊』が駆り出されているとのことだった。一階の四方にある入り口は多くの隊員たちにより厳重に警備させ、西側の医科大学校舎を少人数で巡回させているという。念のために。一向にその人物とやらを助けに来る気配のない一般人対策の見張りなんて、まるっきり馬鹿みたいじゃないか。二人目の巡回は本気でそう思っていた。

「ったく、どこにいんだよ……」

 二人目は薄暗い廊下に向かってそうぼやいてみる。大体、アイツが他の巡回たちと一緒に中央連絡通路まで集まっていればスムーズに交代できたのだ。しかしけっきょく彼は来ず、こうして探す羽目になっている。全く、散々だ。

 と、右の方向から不意にカタリ、と音が聞こえた。

 二人目は手に握ったライフルを構え直して音のした方向を注意深く見つめる。なんだ? ゴキブリか何かか? 音の大きさから考えても脅威とは思えないが、これも給料の内だ。二人目の巡回はゆっくりと廊下の奥へと進んで……足を滑らせ、転んだ。

「あでっ!」

 床にライフルがぶつかる派手な音の後に、今度は床に頭がぶつかる鈍い音が鳴り響く。今の状況はどう考えても“踏んだり蹴ったり”という言葉を体現しているみたいだ。痛みと情けなさで涙が出そうになる。床をなぜてみると妙にヌルヌルしている。床掃除などで使われるワックスか何からしい。

「あンのヤロ……ッ」

 二人目は得心がいった。あの馬鹿、碌に仕事もしないで何やってんだ? どう考えてもこれはタチの悪いイタズラで、こんなことができるのは一人しかいない。

「見事に引っかかりましたね」

 背後から声がかかる。見ると、忌々しい笑みを浮かべた一人目の巡回がなぜかライフルも何も持たずに立っている。開かれた南通路昇降口から校舎内に差し込む光で、嫌にくっきりとした人影が目に焼けつきそうになった。いよいよコイツおかしくなったか? まぁどうでもいい、フザケやがって。

「おいこらテメェ! これどういうつも……」

 二人目が勢いよく殴りかかろうとしたところで、脇の物影の中から黒い棒状の何かが顔へと食い込む。ライフルの銃床(ストック)部分だと脳がやっと認識したところで、彼の意識は途切れた。

 

「いやぁ、割と上手くいきましたね」

 気絶した二人目の巡回から武装を剥ぎ取りつつ、一人目の巡回が楽しげにいう。この作戦を考えたのも準備の先導までしたのも、何なら次に回ってくる巡回が頭に血が上りやすい単純な性格であることをリークしたことすら一人目の巡回の功績だった。ちなみにライフルで殴打する形で二人目にトドメの一撃を加えたのは部隊長だ。(はた)から眺めていたまつりはというと、なぜだか知らないが敵兵がこちらに進んで寝返っているという事態に目を白黒させていた。こんなワケがわからない事態は映画やドラマでもそうそう見ない。

「アナタが本気で裏切るつもりなのは今ので充分わかったけれど、こうも容赦ないと動機が気になるわね」

「動機、ですか? ……言わせないでくださいよ、恥ずかしい」

 アメリアの問いに巡回はあからさまなまでに口ごもる。しかし、一瞬だけではありつつも巡回が確かにそらのいる方に視線を泳がせたのをまつりは見逃さなかった。

「そんなコロッといくようなモンかな……? ま、いいけどさぁ」

 スバルがまつりにこっそり耳打ちする。その声量的に耳打ちというには若干声が大きかったのは別の問題として。正直、その辺りは二人とも答えを出せないような状態だった。理由は簡単、二人とも人に本気で惚れたことがまだないからである。とはいえ答えは出せなくても、その違和感は二人でも感じることができた。あまりにも心変わりが急すぎはしないだろうか? なにより、そんな素人でもわかるような違和感をアメリアが無視しているというのがいくら何でもおかしい気がした。

 ……そして。

「さて、通信機も奪い取りました。通信はさっきまでと同じように本部に私が偽装するにしてもあまり長くは誤魔化せない、早く南通路から乗り込みましょう」

 巡回がそう言って立ち上がった時、アメリアは口の両端をキュッと吊り上げて、今まで見たことのないような笑みを浮かべた。

「あ、それはちょっと遠慮するわ」

 まるで餌を嗅ぎつけたサメを思い出させるような、そんな凶暴な笑み。

「は、はい? どうしたんです急に?」

「いやー、ホントはもっと泳がせるつもりだったんだけどね」

 面食らう巡回を前に、感慨深げにアメリアは答える。

「変だと思ったのよね、中央連絡通路じゃなくそこの“南通路を使え”って言われたときとか。だって位置的に、そんなとこ通ったらそこの中央連絡通路の下でバリケード作ってる奴らからはモロにバレるでしょ? 下からちょっと見上げただけでそこの通路が丸見えなんだもの。むしろ中央の通路を慎重に進んだ方が真上の天井が目隠しになってるぶん見つかりにくいわよ」

「…………」

 巡回の顔から笑みがゆっくりと、しかし確実に消えていくのが見えた。

「まぁ何にしても、そもそもアタシたちに寝返る動機自体が弱かったのよねー。ってなわけで、最初からアナタのこと疑ってたのよね、だから泳がせてた」

 一方のアメリアは得意げに、不自然なまでにニコニコ笑いながら説明を続ける。

「ところで、アナタは『天国の門・地獄の門』っていう有名ななぞなぞ知ってるかしら? “天国と地獄にそれぞれ通じる門がある。二つの門の前には門番が一人ずつ立っていて、彼らのどちらか片方は本当のことしか言わず、もう片方は嘘しかいわない。より確実に天国に行くためには門番になんて質問すれば良いか?”っていう設問よ。これの解法と似たような考え方かしら」

 話を一旦切ってから、勿体つけてアメリアは流れるように続ける。

「アナタは信用できず、明らかに何かを企んでいる。じゃあ簡単、言葉通りに従うフリして教えられたことの逆の道を選べばいいだけよ。掛け算でマイナスにマイナスをかけたらプラスになる、ってヤツかしらね。結果アナタはまんまと怪しいこの道を指し示してきた」

「そ、そんなわけ……」

「じゃ、あなたが一番最初にこの通路を渡りなさい、早く」

 と、ここまで推理を語ったアメリアの目は恐ろしく冷淡に輝いている。先ほどまでの柔らかな表情は消え去って、残っているのは凍てつくような視線だけ。彼女の見事な金髪碧眼が、今やカミソリのような鋭さを感じさせた。

 もはや拒否できるような余裕もない。巡回は微かに震えながらも、アメリアの言葉に従ってヨロヨロと歩み出る。なにか見えない壁でもあるかのような、開かれた扉から先へと踏み出さない足の動き。相当な迷いが巡回の中に渦巻いているらしい。そして、巡回が意を決して渡り廊下に足を踏み出した、途端に。

 

ピッ

 

 何かの電子音。

 それから間髪入れず轟音、轟音、そして空気の燃焼音。

 

 

 通路そのものが爆ぜた。

 

 

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