ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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27:心の傷、未だ鮮やかに

 ハアトはもはや慣れっこになった真っ暗闇の中で“彼女”を待っている。言うまでもなくこれは夢の中での話だ。

 

 ハアトがここに連れて来られて、最初に『はあと』に会ってから時間はそれほど経ってはいない。というよりまだ一日しか経ってはいない(本人からすれば電灯の光しか見ていないので一日経過しているのかもあやふやだ)が、現時点でハアトは彼女と会話するたびに次に会えるのがいつになるのかを心待ちにしていた。理由は単純で、あの夢から覚めた後に突然やってきてたあの男が『詳細の確認』という名目で数時間おきにやってくる以外には訪問してくる者なんていなかったし、それにこんな狭苦しい部屋に監禁されていると何もすることがない。そして何度か会ううちに少しづつ彼に慣れてきてはいても、会話内容が無味乾燥なやりとりしかしない以上はまず楽しい会話にもならない。かといって眠ってやり過ごせるハズもなく、結局はひたすら時間の経過もわからない部屋でジッとしているしかなかった。要は恐ろしく退屈だったのだ。

 とはいえ、ハアトにとっての彼女は話し相手である以上に、会話していて不思議と安らぎを覚える存在であるのも事実だった。その優しげな居住まいのせいだろうか。ともかく、例えそれが“こんな切羽詰まった状況で出会った”“夢の中に現れる『自称:自分の中にいる幽霊(みたいなもの)』という謎の存在”でしかなくても、である。因みにハアト自身はというと、そもそも『はあと』のこの奇妙な自己紹介を未だによく理解できてはいない。しかし少なくとも、わかりやすいように噛み砕いて説明してくれた彼女の努力にハアトは感謝していたし、その甲斐もあってか、ハアトなりに彼女をそういうものだと“納得”できてもいた。今となっては友人の一人くらいの存在だ。まぁ、元々ハアトにとっては怖く思うような存在そのものが特になかったというのももちろん関係があるのだろうが。

「お話するの楽しみにしてくれてるのね、嬉しいわ」

 いつものように背後から、自分の声とよく似たあの高い声が聞こえて、『彼女』はするりとハアトの右を通り抜けて笑顔でこちらに向き直る。今回もはあとはやっぱり自分の鏡写しのようにそっくりだ。

 

 

「……はあちゃまね、ここを出れたら会いたい人がいるの」

「会ってみたい人?」

「そう」

 そんなふうに突然、取り留めもなくハアトが切り出して、何度目かの二人のおしゃべりは始まった。

「あっ、“ここ”っていうのはこの夢のことじゃなくてはあちゃまの身体がある“ゲンジツ”で閉じ込められてる部屋のことね? もし自由になれたら、会うっていうか探してみたい人がいて……」

「あら、もしかして知らない人なの?」

 はあとはちょっと苦笑しながら返した。今の話の流れで素性を知らない人の話だとはさすがに思わなかったが、そんな話の飛び方はハアトならしょっちゅうだ。

「はあちゃまね、『お母さん』を探してみたいの」

 いよいよ待ちきれなくなったのか、ハアトは聞かれてもいないうちに答えを口にしてしまっていた。ハアトは自分で自分に呆れそうになる。はあとに当ててもらおうと思って、せっかくちょっと勿体ぶって話しだしたのに。一方のはあとはというと、なぜか少し身を固くしていた。ハアトはそのことに気づかずに続ける。

「まつりちゃん……はあちゃまの友達のお母さんにこないだ会ってね? あ、出られたら今度はあとちゃんにも合わせたげる! でね、初めてだったけどとっても優しくて“良い人”だったの、色んなこと話したっけなー。それで、はあちゃまのお母さんはどんな人か気になっちゃった。だって、はあちゃまがここにいる以上、はあちゃまのお母さんだって絶対いるハズでしょ?」

「ま、また急な話題ね。どうしてそんな話しを?」

 はあとは一気にまくしたてたハアトの言葉にちょっと気圧されそうになりつつも彼女はめげない。会話するうちにハアトのこの喋り方には慣れたというのもあるが、それ以上に彼女にとってのハアトはずっと見てきた自分自身の分身なのだ。単に『慣れた』という以上に『体に馴染んで』いるとでも言えばいいのか。

「ちょっと考えてみたの。ここを出たら、はあとちゃんのことはまつりちゃんとかスバルちゃん……えっと、友だちみんなに紹介することになると思う。そうしたらまつりちゃんのお母さんとだってお話ししたから紹介したいし……ってところまで考えたところで、はあちゃま、ちょうど自分のお母さんを探したかったことも思い出してさ。だったらはあとちゃんにも言っておいた方がいいような気がして」

「なるほどそうなの、……確かに、気になるわね?」

 そう言って、ようやく合点がいったはあとは優しく微笑んだ。

 するとここまで矢継(やつ)(ばや)に喋ってきたハアトは突然顔を赤らめ、しどろもどろになりながらも言葉をしぼり出す。明らかに照れたような、そんな口調だ。

「あのね、はあとちゃんも……その……はあとちゃんからも、そんな雰囲気がする」

「どういうこと?」

「話しててあったかいというか……安心する、っていうか……」

「待って待ってどうしたの⁉︎」

 不穏な空気感を感じ取ったはあとが慌てて話を遮る。(いや)(おう)にも顔が熱くなる。待って欲しい、これではまるで……。

「は、はあとちゃんはお母さんみたいだなって! 思うの‼︎」

 あぁなんだ、そういうことか。安堵の息と共に、急速に顔から余計な熱が抜けていくような気がした。それどころか、今度は逆に思考が恐ろしく冷え込んでいくような心地すらする。結局のところ“状況は何も変わっていない”のだ。うっすら感じたのは、数秒前までとはまるで似ても似つかないような、今の関係を壊すかも知れないという『恐怖心』。

 

「……それは……そう感じるのは当然かもね」

「ど、どうしたの?」

 今度はハアトがたずね返す番だ。といっても、その声にこもっている感情はほとんど正反対にも近い方角を向いていたが。意を決したようにはあとは言った。

「だって、あなたは私から生まれたんだもの」

「……ふ、ぇ……?」

 ハアトは想像だにしない返答に思考が止まりそうになった。息が漏れて素っ頓狂というには弱々しすぎる声が顔を覗かせる。一方のはあとはというと、その様子を気に“してしまわないように”むりやり言葉を繋いでいく。

「あなたの……つまり私たちという人間の母親が誰かなんて私にも分からないわ。会ったことだってないんだもの。でも、あなたのことならよく知ってる。そりゃそうよ、私が自分の心からあなたを作り出したんだから。……改めてこんにちは、私はこの世に生まれられなかった弱いあなた。『みたい』とかじゃなくて、立場的にはたぶん私があなたのお母さん」

「待って! どういう……意味が……」

 言葉を遮ろうとするようにハアトは悲鳴をあげた。そしてはあとはそんな声をも無視して続ける。

「私が目を覚ましたとき、身体は真っ暗い氷の壁に閉じ込められてた。寒くはなかったけど冷たかった……寒さを感じなくたって氷の中から出かたが分からないんじゃ、言葉を喋れたって誰もいないんじゃ、ね? 意味なんて無いでしょ? だから私は自分のことをあなたみたいな人だと思い込むことにしたの。私は一人でここから出ていけるくらいに強くて、もし誰かに会えてもすぐ友達になれるくらい明るい女の子だって。……いや、結局はつらいコトを“あなたに押し付けた”っていうべきかも知れないけど」

 そこまで語るとはあとは小さくため息をつく。

「いきなりこんなこと言って、その、ごめんなさい。でもあなたと話せた時点でいつか言わなきゃいけないって、何としても言うべきだってずっと思ってたの。結局言えないまま黙ってたんだけどね……お母さんの話にならなかったらずっと言えないままだった」

「言わないままじゃダメだったの?」

 ハアトの声は冷静だった。何だかいつになく、そしてこんな時に限って、頭の奥から隅々までが冴え渡っているような気がする。そんな快感とも不快感とも言えるような初めての感覚に戸惑いながらも、ハアトは目の前の少女を問いただそうとした。反対に、はあとはヒートアップしたように声が少し大きく、必死さを声に混ぜつつ続ける。

「言わなかったら、あなたは世界を探し回るところだった。知りもしない人のことを、当てなんてどこにもないのすら無視して、思いつくままに突っ走って、私を置いてけぼりにして。あなたは『私たち』を産んだ人を探そうとするでしょう、でも私はそんな人に会いたくない。あんなところに私を置き去りにした人になんて。だからこう言えば諦めさせられると思ったの」

「な、何それ……」

 この自分の分身だと名乗った存在は、よりにもよって自分の考えに反対しているらしい。場の緊張感とは噛み合わないような、遠くから眺めているような呑気さでハアトはそんなことを思った。

「ともかく、あなたより“先に生まれてた”私も母親なんて見てないし、そもそも氷の下のあんな暗い場所に置き去りにされてたのよ? その意味を考えて。……今日のお話はここまで」

 はあとの冷淡で一方的な声とともに目の前が真っ暗になって、まるで体が水中から浮かび上がるような感覚がする。そうしてハアトはいつもの夢から目を覚ました。急いであたりを見回したが、当然ながら周囲は誰もいないままだった。

 

 

 ………

 

 

 まつりが爆風からそむけた顔を元に戻すと、南通路に通じるドアからちょうど足下の位置にまで巡回が吹っ飛んできたところだった。傷だらけの顔を想像して思わずまた顔を背けそうになるが、巡回はまつりの父が昼寝から起き上がるときみたいなうめき声を上げる。

「ぐっ、あだた……た……ッ」

 ……声を聞く限りでは大丈夫そうだ。緊急性なんてカケラも感じられないし、瞼を閉じて耳を抑えてはいるが血は出ていなかった。前を見てみると爆発したと思われるのは南通路の中ほど、ちょうど中心の位置で爆発があったらしいことが放射状に広がる爆発痕から分かる。衝撃波とか爆風とかの影響は気になるが、どうもこの巡回は相当幸運らしい。

「今ので確実にバレました、急いで逃げないと!」

 声を抑えてはいるが明らかに焦った口調でマスターが口走る。状況はさらに切羽詰まっていた。今の爆発音の大きさなら中央連絡通路の真下、つまり病院本舎の西入り口を固めていた集団だけではなく他三方の入り口にも異常が知れ渡っただろう。新型の生体ナントカとかいう機械を使った通信機が今の状況でも使えている以上、その通信機を使って情報のやり取りも滞りなく行われるハズだ。つまり、ここには敵兵士が間も無く殺到して戦闘になることは明白だった。

「逃げるったってどこに⁉︎」

「……さっきの講堂まで引き返しましょう、早く‼︎」

 スバルの部隊員たちを代表したような悲鳴に、先ほどまでの口数の少なさはどこへやら、マスターは早口で指示を飛ばす。

 

「いいか、全員声は出すなよ。ここに人がいると思われた時点で我々の命はない」

 潜入部隊が引き返してきた小講堂は、先ほど引っ張り出した暗幕のおかげで相変わらず薄暗いままだ。出す時も慎重にやってはいたが、よもや片付ける時間を惜しんで出しっぱなしにしていた暗幕がそのまま役に立つとは! 鍵も似たようなもので、アメリアが部屋に入る時にこじ開けたまま施錠すらしていない。盗みに入って荒らしたまま立ち去る空き巣みたいではあるが、それが今は役に立っていた。

「……り、りょうか……あ」

 まつりは机の下で部隊長に小声で返しそうになって慌てて口を閉じた。今は丁寧に解説してくれたことにこれまた丁寧に返事しているような場面ではない。他のメンバーも誰も返事はしていないし、スバルに至っては口に手を当てて意地でも音を出さないように縮こまっている。まつりはちょっと顔が熱くなった。

「まつりさん、なるべく息も静かに。遠くを見るようにして、あとなるべく何も考えないようにすると気配も消えてくれますよ」

 同じく小声でマスターがまつりにアドバイスをそえていく。なるほど、本当かどうかは知らないが自称元軍人と名乗っていたなりの知恵らしい。それがどういう理屈で気配が消えることになるかはわからないが、まつりはこのアドバイスにとりあえず従っておくことにする。

 程なくしてドタドタと十数名分くらいの駆け足の音が近づいてくるのがわかった。音がないことに加えて無人の校舎内で油断しきっているのだろう、そういう訓練を積んだとは思えないような騒がしさだ。何か思うところがあるのか、部隊長は無言無表情でやや目を細めた。

「…………」

「…………」

 小講堂のドアの外からは人が動き回っているらしい気配だけが伝わってくる。どうも映画やアニメなんかでよく見るハンドサインでの意思疎通をしているらしかった。さすがに自分たちの行動をベラベラ喋るような輩ではないようだ。そのくせ足音の大きさといい、自分たちの存在を隠そうともしていないのがまつりには何だかあべこべに感じられる。それから、その集団が南通路の方向へと散らばっていく足音もガチャガチャと聞こえてきた。

 

 程なくして、叫び声。

 当然、扉越しに廊下は騒がしくなる。一気に空気感が引き締まったのか、兵士たちの足音が聞くからに小さくなった。唐突すぎる騒ぎの理由は簡単、気絶させられたさっきの巡回が通路前で見つかったのだろう。思いのほか上手くいったんじゃん、とまつりはニヤけそうになるのをこらえた。

 先ほど通路前から逃げ出す直前、床に打ちつけられた巡回には部隊長より銃床(ストック)の一撃が与えられ、今は床の上でだらしなく伸びている。そもそも南通路に誘導したのは、あらかじめ通路に設置されていた爆弾で一網打尽にしようという魂胆だったらしい。通路にそんな兵器を仕掛けている時点で相手方は死傷者が出ようとどうでもいいらしいことはさておき、こうして彼が突発的に思いついた“一旦捕まって潜入部隊を罠にかける作戦”はあえなく失敗に終わった。

 話は戻って廊下の一団だ。味方が怪我人になるというのは、武装した集団にとっては一番のマイナス要因になりうる。単純に味方の数が減るだけでなく、回復するまで人手を余計に使い、さらにどうしても味方の士気を下げてしまうからだ。気絶して動けなくなっている場合などは特に手間で、数十キロもの重さの大人を細心の注意を払って運ばねばならない。極め付けに、民間軍事会社に雇われている私兵にすぎない彼らは人ほどの重量のものを運ぶことに慣れていなかった。正規の軍人のように災害救助活動などで動員されることがまずないからだ。

「おい、早く起きろ! 誰にやられた⁉︎」

「くそッ……なぁ、ベルトはあるか? 上半身吊って下半身は引きずって運ぶぞ」

「いや装備が重すぎる、一回脱がせてから運ぶしかない」

 結局、先ほどまで意思疎通に使っていたハンドサインが全部吹っ飛んだのか、大声で指示が飛び交うようになったのはありがたいことだった。突然の騒ぎで一旦散ったはずの兵士たちが南通路入り口にまた集まり始めたのが声からもありありとわかる。つまり現在、ドアの向こうに人の気配はない。

 潜入部隊は何食わぬ顔で小講堂から抜け出すと、人の気配も声もしなくなった方向へと小走りで駆け抜けた。

 

 

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