ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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28:五分後、宣戦布告

 中央連絡通路の向こうの光景はというと、一言でいえば異様だった。もっといえば“寒々しかった”。

 

 

 目的の通路まで所要時間は五分ほど。幸いなことに、先ほどまで隠れていた小講堂から中央通路までは同じ校舎でつながっている。つまり人目に付く校舎の外に出ることなく移動すること自体は簡単だった。あの兵士たちが昏倒させられた仲間を見つけて慌てていたというのも、潜入部隊にとっては間違いなくプラスに働いている。学校特有の隠れる場所がほとんどない長い廊下だけが唯一のネックだったが。

 中央連絡通路の二階から病院本舎に乗り込むというのはアメリアの案である。

「けっきょく中央の通路から行って大丈夫なのかなぁ? 南通路みたいに爆弾とかあったら……」

 中央通路の出入り口、向こう側の見通せない凸凹(おうとつ)の入った網入りガラスの扉の前でスバルは呟いた。

「それはないハズよ、だって中央にはちゃんと見張りがいるもの。少なくとも南と、向こうに見えた北の通路みたいに二階だけ通じてる渡り廊下みたいなカンジじゃないわ。さしずめ本舎の出入り口がある中央だけ守りを堅めておいて余計な南北通路には爆弾だけ置いたのかしらね。それに仕掛けられてる爆弾が一個とは限らないし。でも爆発があった以上南通路には誰かを寄越(よこ)さざるを得ないでしょ? ならむしろ、今はその分の人手が減ってる中央の通路から抜けていくチャンスだと思わない?」

「それはいいケド、じゃあ何で二階から? 一階のほうが動きやすそうじゃ……」

 アメリアの説明にイオフィが口を挟む。考えて見れば、アメリアが何かの解説をしているときの彼女は黙って話を聞いているイメージが強かったが、今回に限ってはそうでもないらしい。そしてアメリアのほうは相変わらずの調子でスラスラと答えを返す。

「二階なら狭いもの。一階には地面っていう足場があるでしょ? 相手のほうが多いなら、大人数で入れないくらい狭い場所を選べばいい。それに……」

「それに?」

「こういうド真ん中から突っ込むカンジ、アタシ大好きなの」

「あー、アメちゃんそんな感じする」

 そんなふうにスバルは小さく笑って、逆に先頭の部隊長は嘆息しながら無音で扉を開け放つ。

 しかし、開いた隙間から吹く風の異様な感触に思わずスバルは後ずさった。彼女に抱えられていたイカロスも返事でもするようにぷるぷると身震いして応える。

 

 

 具体的にどんな異常かというと、冷房の風も比較にならないほどに冷たかった。この真夏の昼日中(ひるひなか)、ガラスを覆わんとする勢いで、渡り廊下の向こうにある病院本舎の二階入り口付近に大量の『霜』が降りている。この炎天下で氷が溶けてだしている様子すらなく、むしろ冬のアスファルトのように堅く“凍りついて”いた。

 昨日から感じる、あの寒気が鋭い針となって背筋を撫でているような痛々しい感覚にまつり自身も身震いが止まらない。先ほどまでは校舎内を抜けてきていたのと南通路の爆発とでこちらに注意が向かなかったが、こうも異様な光景が広がっていようとは。といっても遠目にはすりガラスのように曇った網目入りガラスの扉が見えるのみだったが、今のまつりにとっては水に落ちて溶けていくインクでも見るようによくわかる。こちらに雪崩打ってくるような冷気がスバルに続いて隊員たちの肌を撫ぜ、各隊員の表情に戸惑いの色が見えた。

「……異様ですな。こんな重要なポイントに見張りもいないとは」

「誰が見ても怪しいよね……あの扉おかしい、行っちゃダメ」

 まつりと爺やの制止で部隊は止まる。

 そもそもいくら潜入部隊の存在に気づいていなかったとはいえ、こうして大学校舎から外部の人間が忍びこめている時点でセキュリティはザルとしか言いようがない。その上で連絡通路に見張りすら置かないというのは、いくらなんでも防衛する気があるのかと問いたくなるというものだ。だが南通路に仕掛けられていた爆弾の件があって、さらにこれだけ得体の知れないものが待ち受けているとなるとさすがに話は別だろう。まさかここまで誘導されたのではないかという疑念までもが潜入部隊の面々の脳裏をよぎった。

「単に病院内の冷房の効きすぎで……曇ってるだけ、とか? スバルそういうの見たことあるけど」

「絶対違う。昨日氷のかけら見つけたときと同じ悪寒する……」

 スバルにまつりはそう呟いた。探偵の観察眼を持つアメリアもすかさず続ける。

「あの窓、単純に曇って白くなってるんじゃないわ、表面に氷の粒が張りついてキラキラ光ってるの、アレはアレでキレイだと……思う……」

 しかし彼女の口の端は引きつっていて笑顔がぎこちない。いつもの軽口にも何か違和感がある。

「……ダメだマズいそうじゃない、このままじゃアイツら戻ってくる」

 明らかな焦りが声から漏れ出たアメリアは思わず唇を噛んだ。ここまできて初めて切羽詰まった様子を見せたアメリアの姿は部隊全体に少なからず動揺を与える。

「無闇な直進はマズすぎる、でも一階に降りたら見つかる、校舎側に戻ってもすぐには隠れられない……」

「あ、ア……アメちゃん⁉︎」

「慌てちゃダメ! はやく、はやく……ぅ、どうしよう……」

 アメリアのパニックに気付いたまつりとスバルの二人もまた思考がショートしそうになった。まつりは焦りに飲み込まれ、思考が恐怖の濁流で溺れそうになる。現状、部隊の最大戦力であるイオフィの表情にすら怯えが見えたような気がした。

「みんな、そら姉さんもまつりちゃんもスバルちゃんも部隊のみんなも、い、イオフィが守……!」

 だがそれでも気丈に振る舞おうとするイオフィの横顔を、まつりは眩しさと申し訳なさがないまぜになった感情に邪魔されて見れなかった。さっきイオフィに感じた違和感の答えをまつりはやっと思い当たる。彼女がアメリアに意見したのは“危なくなったら自分が事態解決しなければならない”という責任感からだ。だいたいここまでアメリアの知恵に頼りきりで自分では考えようともしていなかった自分に、果たしてここに立つ資格があるのだろうか、お荷物になっているだけじゃないのか。そんなどうしようもない疑念がまつりの頭に浮かぶ、が。

 

「大丈夫……みんな急いで通路に出て、そこの扉閉めて! 隠れるのはここまで、この通路の上で籠城(ろうじょう)しよう! イオフィちゃんにみんなも、私を手伝って欲しいの‼︎」

 この恐慌状態にそらだけは巻き込まれていなかった。慌てず、冷静にイオフィの手を優しく掴みながらも次の瞬間には声を張り上げている。もはや隠密行動でこの土壇場を切り抜けるのは無理だと直感的に判断したのだ。この非常事態におけるそらの即断に、もはや部隊の全員が身を任せるしかなかった。

 階下、ちょうど真下にいる見張りたちが騒ぎを聞きつけたようでにわかに騒がしくなる。目線を上げて南のほうを見れば、南通路で慌ただしくしていた兵士たちも異常を察知して、急いで校舎の中へと駆け込み始めたところだった。校舎を伝って中央通路に殺到するつもりなのだろう。

「みんな早く動いて! それから通路の真ん中に集まって‼︎ できるだけ中腰になって手すりの壁からなるべく体を出さないように、でないと横から撃たれちゃう‼︎」

 そらは思いつく限りの指揮を飛ばす。この指揮が本当に的確なのか、もはやこの現場にいる人間には誰にもわからない。ただ少なくとも、この状況下で瞬発的に事態を把握して指示できるのは彼女の経験と勘からの産物以外の何物でもないのは間違いなかった。一体どんな経験を積んでここまで来たんだろう? 緊張感で吐きそうになりながらも、まつりの脳裏にそんな疑問がほんの一瞬浮かんですぐに消える。

A(アルファ)B(ブラボー)班のメンバー各員を中心に、C(チャーリー)班からI(インディア)班の兵士さんたちで囲んで固まって銃を扉に構えて壁際に! 病院と校舎両側を警戒すること‼︎ 早く‼︎」

「いや、私はいい! 各班四名ずつで私以外のA(アルファ)B(ブラボー)七名の防衛を分担しろ! 私以外の二八人で各人にちょうど割り振れるハズだ‼︎」

 そらの鈴の鳴るような(とき)(こえ)と、それにすぐ付け加える部隊長の叫び声とともに慌ただしく戦線が組み上がっていく。

 

 

 校舎側のガラス扉の向こうが武装した兵士たちで渋滞し始めたのが見えるようになった頃、通路の潜入部隊は完全に防衛体制だった。病院の二階入り口へと一直線に伸びる広めの渡り廊下。その左右両側の壁に五人一組のかたまりが七つほど、張り付いてライフルの射線を校舎側・病院側の扉に集中させている。一人だけあぶれている部隊長もまた姿勢を低くして壁際で構えたライフルとともに校舎を(にら)んでいた。

 人数的に考えても、最低で二九(ちょう)ものライフル。それに隠し持っている武器もあるかもしれないと考えると、向こうからすれば中々の迫力だろう。何よりこちらが銃器を大量に持っている以上、下手に手を出せば双方共に無傷では済まないのは明らかだった。つまり人数が限られている相手方の現状では、たとえこちらを全滅させるチャンスだったとしても戦力を消費できないハズ……そして、それは結局のところこちらも同じ。

 お互いに(にら)み合うだけの凍りついたような時間が過ぎていった。

 舌先までひり付くような、重々しい沈黙が通路に流れる。ガラスの向こうに見える人影たちもたぶん、こちらに負けじと隊列を組んで一斉にライフルでも構えているのだろう。頭の影は整列して動かないままだ。この状況で武器も構えず並んでいるだけというのはさすがに有り得ない。

 

『……ザザッ、ジー…………』

 

 突然、聞き覚えのあるノイズがあたりを飲み込んだ。いつかの電波ジャックされた電子機器やら町の上空を飛んでいたヘリコプターやらから聞こえてきた耳障りなノイズでたぶん間違いない、と直感でまつりは判断する。またノイズが鳴り始めたぐらいに閉め切られていた校舎側の扉が少し開けられ、その隙間から何かが差し出されたのが見えた。拡声器のようだ。通路上で唯一身軽な部隊長が警戒しながらも素早く受け取る。そして部隊長がもとの位置に戻った途端、放送越しにかすれた声がハッキリと聞こえ始めた。かなり低い男の声だ。

『……月並みなセリフだが。お前たちより我々の方が兵力は上で、なおかつこちらが物理的にもお前たちを包囲している。悪いことは言わない、武装を放棄して大人しく投降したほうが身のためだ』

 沈黙。

『我々にも交渉の用意くらいはある。両陣営、互いに死傷者を出す前に平和的な事態解決を希望する』

 沈黙。

『お前たちの要求はおおよそ見当がついている。アカイハアトの奪還だろう?』

「ねぇ隊長、それ貸して!」

 沈黙を貫く部隊長に向かってまつりが半分怒鳴るような声で呼びかけた。

「⁉︎ おい小娘、急に出しゃば……」

「早く‼︎‼︎‼︎」

 あらん限りの剣幕で、周りの兵士たちのことまでも無視してまつりは叫ぶ。けっきょく根負けしたらしい部隊長がまつりに向かって拡声器を投げてよこした。まつりはちょうど手元に飛び込んできたそれを難なくキャッチして、さらに巨大になった大声で放送に返す。さっきまでとは少し違う声色で。

「はあちゃ……いや、ハアトちゃん連れてったのはアンタらかぁ。自分らからバラしてくれるとは思わなかったけど、やっぱりここにいるんだ?」

『……君、女というか子供(ガキ)かな? どうでもいいが……だからどうした、って話だよ。そこまで分かった上で乗り込んできたんだろう?』

 スピーカーを通して男は返事を返した。明らかにこちらを見くび(ナメくさ)っている。

「ってより、ただの確認作業みたいなね。それよりもこっちの要求。ハアトちゃんを返してもらうこともだけど、もう一つ言いたいことあるから言っていい?」

 どうも、自分にはこういう時にこそやる気になる謎のスイッチがあるらしい。まつりがそう自覚するようになったのはここ数日だ。そうだ、さっきは迷いみたいなものもあったけど今の自分にはこれがある。ハアトと出会ってから急速に舌が回るようになったような気がしていたが、何にせよこれのおかげで度胸もかなりついたような気もする。なら、ここで使わないでいつ使う? まつりは自分の役割というか、“居場所”みたいなものをやっと見つけられたような気がしていた。

 

「ストレートに言うけどさ。……出てって、出てけよこの街から!」

 ハアトへの恩返し、というと本人には笑われそうだけど。

「製薬会社だか何だか知らないけど! まつりたちの生活も、街も、何もかも好き勝手メチャクチャにして‼︎ けっきょく金のため⁉︎ フザケんな‼︎」

 お礼の代わりに豪快に啖呵(たんか)を切るなんてのも悪くない。

「かかってこいよ! アンタら絶対追い返してやる‼︎‼︎‼︎」

 そんなまつりなりの、剥き出しの宣戦布告だった。

 

 だが一方の放送の声はというと聞くからに余裕そうだ。向こうからすれば子供の駄々にしか見えないのだろうし、事実それ以外の何者でもない。そこがまたまつりのカンに障る。

『若者らしい勝ち気は大いに結構、度胸もある。将来なかなか大成しそうだ。ウチで働くには忍耐力に欠けるが』

「まつりもヤだよ、勉強キライだもん」

 だからこそまつりはイラつきながらも相手の軽口に返事を返した。ここで啖呵(たんか)を切ったまま黙ってしまったのでは、本当に子供(じぶん)が駄々をこねただけの結果で終わってしまう気がしたのだ。そしてまつり自身にとって何より問題だったのは、マイクの向こうの相手もそんなこと重々承知だっただろうということである。

『だろうね。こっちも勤労意欲と能力が無いなら誰だろうと雇わんってだけだよ。あぁ、それと……』

 放送は勿体ぶるように言葉を切った。いかにも余裕をひけらかそうとしている、という印象だ。そこが尚更まつりをイラつかせる。そんな内心を知ってか知らずか、声の主は楽しそうに言い放った。

『そろそろちょうどいい頃合いだろう、足元を見てみるといい』

 思いもよらない提案を受けて言われるがまま目線を下げた潜入部隊が見たのは、さっきまでと同じようで決定的に違う足元の状況である。視界に入ったのは真っ白な霜柱だった。……靴底が凍って地面に張り付き、足を上げられない。

 

『君らはもう動けない。君らのブーツやらシューズやらは地面ごと凍り付いているはずだ。日本が高温多湿な気候で助かった』

 さらに絶望的なことに、霜柱はもはや目に見える速度で広がり大きくなっていく。強すぎる日差しで温められていて気づかなかったのだ。しかし日陰になっている分厚いゴム底の裏は着実に冷やされていて、熱い空気に含まれていた湿気が尋常じゃない冷気で靴の表面を凍らせていくのが今頃になってわかった。

 

 

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