ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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02:検査室、酔い覚まし

「……二〇二二年七月三日十四時十五分、患者:アカイハアトさんの観察記録・三、開始」

 主治医の声とともに目の前のMRIとかいう機械が動き出し、巨大なバウムクーヘンのような形の大型機械の穴にあたる部分が目を閉じたハアトの体を飲み込んでいく。

 まつりはよく知らなかったが、なんでもコレは体内まで詳しく調べられるとかで一般常識的には有名らしい。いかにも現代医学を象徴する優れモノだ。

 ……が、どれだけその凄さを説明されてもまつりには『耳慣れない名前で穴の空いた巨大な箱』という認識にしかならなかった。

 

 ここは市内にある大学病院の暗い一室。

 まつりは部屋を隔てる部屋の大きなガラス壁の前で壁の向こうを見つめていた。視線の先である隣の部屋には、MRIのとんでもない音量の駆動音に包み込まれながらも身動き一つしないハアト。

 ……別段何でもない、さしもの超人はあちゃまであっても全身麻酔は効果抜群というだけだ。麻酔まで使われているのは、ハアトがMRI内部で暴れないようにするためで、まつりがここにいるのは三日前の第一発見者という理由で引っ張り出されたとからしい。なお、何でただの高校生にこんな役目を任せるのかとまつりに尋ねられた全員が全員とも、自分と同じ疑問を思っているようだったが。

 

 あの後、スバルが呼んでくれた救急車は要請通りに駆けつけた。とはいえ、救急車を呼んだ直後にあんな事態が待っているとは思いもしなかった二人は慌てふためき、結局尋ねられるままに“事故現場”の状況について答えてしまっている。

 流石に『この子、何かスーパーパワー的なものを持ってるみたいで……』ということまでバカ正直に言いはしなかったが。こうやって文章にすると如何にも小学生の空想みたいな話だ、と未だにまつりは思っている。

 

 

 

「……あの、まつ……私はその、高校生なので、検査費用とかそういうの請求されても払えないと思うんですが……」

 検査に立ち会った小一時間ほど後、ハアトが目覚めるまでの間にまつりはおずおずと一番の気がかりを主治医に切り出す。そもそも金銭的なレベルで自分は真っ先に候補から外されてしかるべきなのだが。

「大丈夫です、彼女の身柄は今のところ市が預かってるので。医療費負担は公費扱いになります」

「なら、立ち会うのは市の職員さんとか施設の人が普通なんじゃ……?」

「それが立会人を指名したのはハアトさん自身なんですよ。身元引受先はまだ割り振られてません。少なくとも体力回復を待ってからじゃないと、環境の変化に適応できないことも充分あり得ますから」

「適応……ねぇ……」

 まつりは主治医に聞こえないよう小声で呟く。

 ハアトの超人的な能力については誰にも言っていなかった。というか言えるわけがない。

 言ったところでどうこうなるワケがないというのもそうだし、加えて現役女子高生のまつりにも『大人に対する不信感』というものがあったというのは全く無関係というワケではなかった。……のだが。

 

「あと、個人的な質問になってしまうんですが。ハアトさんの……特異体質というか特殊な力のこと、ご存知でしたよね?」

「うっ」

「いえ、別段どうこう言いはしません。もちろん本当に知らなかったという場合もありますし、行政側もそのように考えているようですし。……ですが、何かご存知のことがあるのなら次からは報告して下さい。それと特異体質についての我々の所見、ご報告させていただいても宜しいでしょうか?」

「はい……お願いします……」

 まつりは観念しておずおずと言った。

 どうにも高校生が考えることくらい主治医にはお見通しだったようで、念の為、とばかりに釘を刺される。流石は医者、とまつりはよく分からない納得で悔しさを紛らわすことにした。というかこうやって検査したりあの現場の砂浜に救急車が到着している時点で、そりゃバレていてもおかしくないか。

「まず結論から言います。ハアトさんに特殊な才能があることは間違いない……ですが、さすがにこんなケースは初めてですから、能力の全容はまだ判明していません。意思ある人間を実験に使うわけにもいきませんから、現時点で考えうる『能力』の全容については推測ですが……単純に考えて熱エネルギーを生み出す能力、といったところでしょうか。と言っても、まだ数日しか分析できていませんから、調べればまだ何かあるかも知れません」

 

 ホント、漫画の世界に無理やり放り込まれたような気分だ、とまつりはコッソリ嘆息する。何だそりゃ、よく分かんない話になってきたぞ?

「無から熱エネルギーを作り出す、なんて魔法でも見てるみたいですよ。物理法則すら根底から揺るがしかねない大問題です」

「あ、あの! その……熱を作り出すだけなら爆発なんて起きませんよね……?」

「爆発は恐らく水蒸気爆発でしょうね。熱したフライパンに水滴を垂らすと急激に蒸発するでしょう? まつりさんの報告にあったことから考えれば、おそらく体温が上昇し続けたハアトさんが海水に触れたことで一気に蒸発して、それが飛び込んだときの衝撃で爆発したんです」

 話が脱線しかけたと思って無理やり話題を元に戻したものの、なにやら余計にややこしくなった感が否めない。解説こそされたものの、勉強嫌いのまつりにとってこういう話題は最初から聞き流すものとしてインプットされていた。つまり早い話が『そんなの知ったことではない』というのが本音である。

 そんなことよりも重要なのは。

 

「あ、あの子は結局誰なんですか?」

「……アカイハアトさんの出自については分からないままです。近くの海での事故は報告されてませんし、近隣の自治体からの行方不明者の中にそれらしい身元の人物もいません。もっと遠方からの遭難者が奇跡的に日本に流れ着いた、というのも考えにくい。そんな大きな事故の報告、あればすぐに情報が出ますから。ハアトさんは健康で意思疎通も問題無かったので県内外への手続きはスムーズだったんですが、それから先の進展はまるで無いらしくて……。ハアトさんの外見から考えれば、日本国外から来た可能性ももちろんありますけど、隣の市とのやり取りですらまだまだ不十分ですし、その場合だともっと途方もない時間がかかるでしょうね」

 当然と言えば当然か、そりゃそうだ。まつりは再び嘆息した。

 こうなってくるとまつりにとって問題となってくるのは彼女の野望だ。

 ……すなわち、“アカイハアトの胸を揉む”という、本人からしてみれば大いなる野望である。因みに、この野望のおかげでここ数日のまつりの夢見は絶好調だった。……なぜこれが問題かというと、アカイハアトの現状が解決されなければそれだけ彼女の入院(というか拘束)期間は伸びることになるワケで、そのぶんセクハラのチャンスが減るという凄まじいまでの利己的な理由でしかなかったりする。

「これに関しては、もう本当に手の打ちようがありません……毛色は違いますが、認知症の身元不明者ですと十年以上保護していたケースもあります。このままではハアトさんも“そう”なりかねませんよ」

 主治医が恐ろしいことを言い出した。

「十年以上⁉︎ お、女の子をそんな……」

「ええ、もちろん普通に考えれば人道的にも問題があるでしょう。……ですが特殊能力のことが発覚したことで、結果的には『未知なる分野を研究する』という“エサ”と“言い訳”を学者たちに与えてしまいかねません。まだあくまで“大学病院の一室の出来事”に収まっていますが、もしこのことが外部に知られでも——

 

 

バタン

 

 

「……両手を上に挙げて頭に付け、床に伏せろ」

 突然のことである。アニメ・ゲームで何度となくみたような防弾装備の特殊部隊員が数人、まつりたちのいる一室に雪崩れ込むと各々がアサルトライフルを構えた。

 頑丈そうなヘルメットが隊員それぞれの顔を覆い隠し、またそれぞれの得物からはジャキッという装填音が響きわたる。銃刀法が厳重に守られ続ける日本に暮らすまつりにとって、自らに突きつけられたライフル……もとい銃火器そのものを生で見るのは初めてだ。

 重々しい色をした実物のアサルトライフルは頭で思い描いていた以上に大きく見えた。

「ひっ……」

「な、何ですかアンタら!! 警察でもこんなこと——

「抵抗するな、撃つぞ」

 半狂乱で叫ぶ主治医へと先頭に立つ男が低く、抑揚のない流暢な日本語で言い放つ。

 交渉どころか、このようなことになっている理由を尋ねる余地もないようだ。装備それ自体の放つ説得力に加えて、男の抑揚のない声は目の前にいるものを有無も言わせず従わせるような非情さを感じさせた。

 まるで銃の射線上にある見えない針でピン留めでもされるように、まつりと主治医は冷たい床に伏せた。

「この部屋のジャミングは?」

「発動済みです」

「検査技師の状況は?」

「すでに眠らせてあります、起きているのはそこの二人のみ」

「……こう言うことだ、抵抗はするな」

 部隊は侵入する算段を順調に整えていたらしい。つまり、救援はたぶん期待できない。

「隊長、目標A(アルファ)、発見しました」

「早急に確保しろ」

「全身麻酔で眠らされているようですが」

「問題ない、ストレッチャーなり何なり使って屋上のヘリに収容しろ。探せばそれくらいあるだろう」

了解(ラジャー)

 これまたどこかで聞いたことあるような応酬が頭上を飛び交う。どうやら彼らの目的はまつりたちとは別にいるらしい、……ということは。

「ち……ちょっ! ……はっ、はあちゃまに何する気!?」

 事態を悟ったまつりは震える声で叫んだが、隊員たちは無言で銃口をまつりに集中させただけだった。

「発言は許可していないが」

「……っ」

 先ほどと同じ先頭に立つ隊員が冷徹に告げる。立場的にコイツが部隊長で間違いないようだ。

Z3(ズールースリー)、そこの小娘にお眠りいただけ」

 部隊長が部下に指示を飛ばす。本物のコードネーム呼びというものを初めて聞いたまつりにもそれだけはわかる。と同時に、後に続いたよくわからないセリフにより自分が気絶させられるか殺されるということもなんとなく理解していた。

 が、なぜか事態がそう転がることはなかった。

 

「……隊長、以前から思っていたんですがそういう言い回し、そろそろやめてくれませんか?」

Z3(ズールースリー)、作戦と今の言葉は明らかに無関係だ。私語扱いで処罰対象となる、帰投後は覚悟しておけ」

「実は前々からカンに触ってたんですよね、要所要所で出てくる隊長のセリフ回し。どこの俳優気取りだよ? 洋画の吹き替えじゃないんですからもっとフツーに喋ってくださいよ」

「ヨウガ? ……あぁ、日本での欧米の映画の呼び名だったな。しかしZ3(ズールースリー)、お前が日本出身なことも俺の日本語も作戦とは関係ない」

「まただよ、日本語云々じゃなくて、間の取り方とか言い回しが冗長で気取ってる感じなのが微妙にイライラすんですよね。アメリカンジョークってそんな感じなんですか?」

Z3(ズールースリー)‼︎」

 まつりだけでなく、その場にいる二人以外の全員の目が点になっていた。何だ何だ、この土壇場で急に口喧嘩始めたぞコイツ?

「隊長だから偉そうなのは別にいいんですけど、毎回変な言い回しで会話もスムーズにいかないし無駄に時間かかってるんですよ。俺以外の隊員も、裏で隊長のソレなんて言ってるか知ってます?」

 急に話を振られた他の隊員たちも流石にギョッとしているようだった。顔はヘルメットで隠されてはいるが細かな動きでよくわかる。そうこうしているうちにもZ3こと隊員はヒートアップする一方だった。相も変わらず、なぜこんなことを唐突に捲し立て出したのかは本人以外誰にもわからない。

「『隊長ロードショー』ですよ、みんな裏ではウンザリしてるんです」

「バッ、おま……」

 部隊長は視界不良気味のヘルメットを被った首を素早く左右に振って辺りを見回して部下たちの反応をうかがうと、少し目線を下げて小さくため息をついた。

「はぁ……さては、お前らグルだな? いいだろう、ウチの部隊全体の問題として処理させてもらう」

「じ、自分は無関係です!」

「そうです、仮に関係があったとしてもこんなとこで今言わなくても良いでしょう⁉︎ 我々全員がそんなこともわからないバカだとおっしゃるんですか?」

「よく言うわ、隊長ロードショーのモノマネとかお前の一発芸ネタだろーがよ」

「お前は黙ってろ! 頼むから‼︎」

 あまりにアホらしい言い合いは枯れ野に放たれた野火のように広がっていく。何でこんなことになっているのか謎だが、何でこんなにも全員が全員喧嘩っ早いのかもまつりには正直謎だった。

 特殊部隊ともあろう人々がこんな簡単に大声張り上げて大丈夫なんだろうか、まつりの“特殊部隊のメンバーはみんな寡黙”という偏見に基づいた勝手なイメージとのギャップの話だが。

 

 先ほどまでの緊張感とカオスな展開で頭がおかしくなりそうな中、ガラス壁の向こうのMRIから内部の異常を伝えるけたたましいアラームが鳴り響いた。また騒々しい警告音を掻い潜るように、ミシミシと何かが軋む微かな音も不思議とよく聞こえる。一同はハッとしたように一方向に視線を注いだ。

 壁の向こうに立っているのはたった一人、検査着を着たハアト。こちらに手を差し出してガラス壁に手をつき、壁の奥のまつりたちを一心に見つめている。ついた手のひらから放射状に、蜘蛛の巣のようなヒビが広がっていくのが見えた。

「麻酔が切れたか」

「違う、まだ小一時間は起きないはず……」

 部隊長は冷静に判断しようとして主治医の一言がそれを否定し、そうこうするうちにもヒビは順調に広がっていく。

 さすがに病院にあるようなガラスが少女一人の腕力でヒビが入れられるほどヤワだとは思いたくはないが、その相手が超人はぁちゃまともなると事情が違ってくる。変わらずアラームが鳴り響く中、フィルムが熱で溶け落ちるように、部屋を隔てるガラス壁は脆くも崩れ落ちた。

 

「おじさんたち、まつりちゃんに何してるの?」

 数日前の出会いとは打って変わって、ハアトは静かに尋ねた。

 

 

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