ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき - 作:テラ・ぺた・エクサ
ガチャリ、とドアを開けてまつりたちを出迎えたスバルはなぜか息が上がっていた。
カンカン照りの夏空の下では、部屋に吹き込む風程度では涼みようもない上、さらにこれがアパートの一室ともなれば否応なしに窓からの日光にあぶられて室温は上がる。そしてまつり自身、人払いされていたエリアを抜ければ予想通り来たときのままだった病院の人ごみを抜け出してからというもの、ここまで無我夢中でずっと走っていたのでこれ以上ないくらいに息が上がっていた。
結果、両者ともに隙間風のような呼吸音を立てながらほぼ無言でスバルの住む部屋へとなだれ込む。
「ゼー……なんで出迎えるスバルも息上がってんの……ヒュー」
「いや待って…………ヒィー、テスト終わりったらフツー部活再開してるからね……?」
どうもスバルはまつりからの突然の連絡に応じて、無理に部活を切り上げてまで家に帰ってきてくれていたらしい。クーラーの効きが感じられないこの生ぬるい室温ということは本当に直前に急いで帰ってきたということなのだろう。
緊急だったとはいえ悪いことをした。電話口で何があったかは伝えているものの、あんなことをいきなり言われてここまで動いてくれる人は滅多にいない。感謝しなければ。
「二人とも大丈夫……? 息吸うたびにすごい音出てるよ?」
まつりにずっとついてきていたハアトはといえば、息が上がるどころかキョトンとした顔でこちらをみているだけだ。金髪を隠すために道中買った薄手のパーカーでいくらか厚着になっているはずなのに、顔を見れば汗ばんでいる程度しか変わりはなかった。さすがは超人はあちゃま、病室で急いで着替えさせた白ブラウスと青いスカートという格好はあまり運動に向いているとは思えないが、この炎天下を駆けてきたにも関わらずどこ吹く風といった
とはいえ、運動部のスバルはもちろんまつり自身も女子高生なワケで。
「はー……やっと息が落ち着いてきた」
「まつりちゃん、とりあえずお茶とかいる?」
「飲むー」
こうしてすぐに息を整えられるくらいの体力は持ち合わせていた。どことなくおっかなびっくりなハアトを連れて二人は廊下を進む。ハアトも見よう見まねで二人にならって靴を脱ぐと、必要以上に丁寧に靴を並べていた。ああそうか、ハアトは記憶がないからこういう部屋に上がるのも初めてなのか。とはいえ土足でズカズカ上がり込まずにまず二人をよく観察して行動するあたり、見た目通りの気品めいたものを感じる。
「ナイスはあちゃま、それであってるよ」
取り敢えず、小声で褒めておいた。
スバルの住む一室は女子高生の一人暮らしというには思いのほか片づけられていた。よくある廊下付きのワンルームの玄関には物があまり置かれておらず、いつでも使いやすいようにきっちりと整理されている。
とはいえ、これはあくまで“思いのほか”片付いているだけで、時と場合によってはもっと悲惨に散らかるタイミングがあることをまつりは知っていた。例えば、キッチンのさらに奥のリビングスペースからガサゴソと聞こえる“物音の主たち”の活動時間とか。
「“みんな”は元気してる?」
「うん、イカロスなんかは相変わらずカバンに潜ってくるよ。おかげで先生たちから隠すのも大変でさぁ」
まつりの問いにスバルは苦笑しながら答える。一方で会話に入れないハアトは少しまごついていた。
「……いかろす?」
「そだね、はあちゃまにはちゃんと紹介しとかないと。みんなー、今日は何してるの? 出ておいでー」
まつりの一声で、キッチンの流しのヘリに何か小さな影がおどり出た。影はまっすぐにまつりに向かって弾丸のように飛んでくると、彼女の頭の周りをせわしなく飛び回った後で突き出されたまつりの人差し指にとまる。……それは1羽の褐色の小鳥だった。
小鳥に続いて、奥からキッチンのヘリにとまったのは一羽のカラスだ。パタパタと羽ばたきが聞こえて、次にずんぐりとしたグレーのハトもその隣にちょこんと止まる。奥からは白と黒で細身の鳥がおずおずと顔を覗かせ、一番最後に体の小さなアヒルがひょこひょこと歩み出てスバルの足元でピタリと止まった。
ハアトは突然目の前に現れた五羽の
「紹介するね、うちの仲間! スバルはこの五に……五羽と一緒に生活してるんだぁ。……あ、でもペットっていうと怒るヤツもいるから気ィつけてね?」
スバルはそういうと足元のアヒルを手に乗せてひょいとハアトの前に掲げる。
「まずコイツ! さっきの話に出てた『イカロス』だよ。飛べないけどカッコいい名前にしたくて。コールダック、っていう小さめのアヒルなんだぁ。趣味は……スバルのカバンに勝手に忍び込んで学校までついてくること、かな」
イカロスと呼ばれたアヒルはスバルの手のひらの上でパタパタと羽を広げて頭を下げて見せた。……タイミング的にも、今のはお辞儀のつもりらしい。思わずハアトもお辞儀を返す。
「あはは、ビックリしないでちゃんとお辞儀返したのってはあちゃまが初めてだよ。よかったじゃんイカロス!」
呼びかけられたイカロスの表情は羽毛で隠れて見えない(というより鳥類なので恐らく表情自体変わっていない)が、スバルの顔を見つめ返したその眼差しはなんとなく誇らしげに見えた。
「つぎは白黒のコイツ、名前は『スパイス』! 羽のマダラ模様がクレイジーソルトっていうスパイスと似てたからスパイスね。種類はハクセキレイっていうんだ。けっこう用心深くて、まつりちゃんでも最近まで近づけなかったからゆっくり仲良くしてやって」
先ほどなんだかおずおずしていた小鳥は警戒するようにスバルの足元に向かってぴょんと跳ねると、ハアトに向かって一声鳴いた。いかにも信用されていない、といった反応。
「うん、こういうワケだから……き、気を取り直して! ほら、二人ともこっちおいで」
スバルが腕を掲げると、キッチン台のヘリに止まっていたカラスとハトの二羽が派手に翼を広げて飛んでくる。そして二羽とも彼女の腕に止まると、鳴き声も上げずに行儀良く収まった。見ると二羽とも鉤爪でスバルを引っ掻かないように腕を握り込まないで器用に乗っかる形だ。
「まずこっちのハトが『グラデ』。ほら、胸のところのグラデーションが綺麗でしょ? だからグラデ! 性格はけっこうのんびり屋だよ」
グラデは紹介されたのに合わせてク、ルルルと喉を鳴らしてみせる。
「そんでこっちのハシブトガラスが『せーめー』、ややこしいけどれっきとした女の子! ただ、せーめーって陰陽師の方じゃなくて……その、カラスなのになぜか腐女子で攻め好きだからこの名前……」
「毎回思うけど、恥ずかしがるなら別の名前にすればいいじゃん?」
まつりは茶々を入れてみる。
「しようとしたって! でもなんかこの名前が気に入っちゃったらしくて……」
「ふじょ……おんみょーじ……? 名前を、気に入る……?」
一方のハアトは思わず疑問を呟いた。聞きなれない単語はもちろんだが、鳥が“名前を気に入る”とはどういうことだろう。『せーめー』で名前を覚えてしまったということだろうか?
「で、最後がまつりちゃんの指に止まってるモズの『スモック』。変わった名前でしょー? 名前の由来はコイツと出会ったときの話なんだけど……まぁ、これはおいおい言うね。いきなりあれこれ言われても困るだろうし」
最後に待ってましたとばかりにスモックがキキキッと短く鳴いて、スバルは手早く五羽の名前と簡単な紹介を終えた。しかし、内容こそかなり簡易的にかいつままれてこそいるものの、それが五羽分ともなれば覚える量はそれなりになるワケで。
「一気に覚えらんないよー……」
ハアトは早速ショートしかける自らの頭に嘆息した。
「アハハ、ごめん。ゆっくり覚えてくれればいいよ」
「分かんないことは他にもあるよ。この子たちのこと『五羽』っていう前に『五人』って言いかけたり、腕に止まってる二羽のことは完全に『二人』って言ってたよね? 他にも『名前を気に入る』とか、まるでこの子たちを鳥じゃなくって人間扱いしてるみたい」
「そうだね」
「この子たちもタイミングよく返事までして、話しかけてるっていうより会話してるみたいで……」
「……うん、会話できるよ。たとえ話じゃなくてホントに」
「そうなの、はあちゃま。スバルは鳥と会話できる、って言ったら信じる? スバルが鳥の声を聞くと言葉を喋ってるように聞こえて、逆に喋ればスバルの声だけ鳥にも伝わるみたいなんだよね。まぁ、その理由はよくわかんないけどさ」
タイミングよくまつりが助け舟を出すことで、“スバルが嘘をついているワケじゃない”という雰囲気を演出する。
……といっても、そもそもの内容が内容なので当然二人は慎重になっていた。そりゃ、いま複数人で同じことを言ったからといっても結局は二人だけなのだから、そんなものを演出しきれないのは分かりきっているし、むしろ余計に怪しい感じに見えている恐れも否定できない。が。
「へえ、そうなんだ! いいなぁ、楽しそう」
ハアトはあっさり信じた。まつりはちょっとズッコケそうになりながらも話を合わせて、ハアトは楽しそうと言いつつ自身も楽しそうに続ける。
「アタシがいた“真っ白いところ”でも楽しかったと思うなー、ちょうどペンギンっていうでっかい鳥がいっぱいいるとこがあってー……」
「はあちゃまペンギン知ってるんだ、可愛いよねー」
まつりは笑顔で相槌を打つが、その一方でスバルが何かに気づいたように身を固くした。
「ま、待ってはあちゃま。もしかして、もしかしてなんだけどさ……、"真っ白いところ”に住んでる“でっかいペンギン”って南極のコウテイペンギン?」
「あー、おじさん達もそんなこと言ってた! 忘れてた、ごめんごめん」
スバルの言葉とハアトの肯定でまつりもやっと理解した。ハアトがいた場所、つまり彼女が“生まれた”場所は南極だ。今までの情報を全て鵜呑みにするなら、という話ではあるが。となれば、彼女は外気温マイナス何十度という環境から、しかも記憶が正しければ、そこの地面の中からやってきたと言っていたことになる。にわかに信じがたいが、ハアトの特異体質のことを考えればそれもあり得なくはないのかも知れない。謎は深まるばかりだった。
「……にしてもまつりちゃん、何か変なもの食べた?」
「な、何かって何? いきなりヒドくない⁉︎」
「いやゴメンって! でも最近のまつりちゃん、いつも以上に考えが冴えてるというか……まつりちゃんって勉強嫌いなだけで何気に頭すごい良いよね」
スバルは言葉を選びつつも、思ったことをストレートに口にする。
「何気に、って何だよー? でも実際、ここ数日くらい何か頭がめちゃめちゃ冴える感じすんだよね。期末のときにこうなってくれてたら良かったのに」
「数日前にあったこと……っていうと」
二人は数秒ほど顔を見合わせると、話に入れずにパーカーの紐をいじっているハアトの顔へと同時に目を向ける。ハアトは先ほどと同じくキョトン顔だ。とはいえ突然な流れでさすがにギョッとしているようだった。
「な、……なぁに?」
「ねぇ、はあちゃま。はあちゃまの近くにいる人が急に変なことし始めることって良くある?」
「変なこと……って何を?」
「例えば病院にいたときみたいに、急に変なこと言い出したりいきなり態度がおかしくなったり……」
ハアトは少し考え込んだ後、どこともつかない場所を見つめながら首をかしげて言う。
「普段のその人を知らないしなぁ……?」
それもそうか、とまつりはこれについて考えるのはやめておくことにした。そりゃ、初対面の人間に相手がそもそも“普通”な人なのか分かるワケがない。尋ねても無駄なことは明白だった。
「それで、何でスバルちゃんちに逃げてきたの?」
気を取り直して、とでも言いたげにハアトは呑気に尋ねる。答えを返したのはまつりだ。
「病院にあんな奴らが来た以上、一旦は避難して隠れるしかないと思って。でもウチはウチで実家だから家族いるし、お母さんおしゃべりだしさぁ」
「それでウチぃ⁉︎ だったらそれこそ警察行った方がいいよぉ……」
なし崩し的に自分の家が選ばれたという事実にスバルがうろたえたところで、まつりはすかさず口を挟んだ。
「……だめ、入院先の大学病院まではあちゃまを見つけて追いかけてきたってことはスパイがいると思う。それがドコのダレかまでは分からないけど、たぶん警察なんか頼ったら一気にバレるんじゃないかな」
「えええ、だからって……」
「もちろん此処にはずっといさせない、数日以内で次に移ってもらうよ。ここが突き止められるまでどれくらいかかるかまでは流石に分かんないし、はあちゃまもまつりも顔割れてちゃってるから」
「待て待て待て‼︎ それだとウチまで速攻バレるわ! 確かにほっとくワケいかないけどさぁ……」
「いや、絶対手こずる。確かに顔は割れてるしターゲットのはあちゃまのことも知ってたけど、逆にいえばそれとまつりの顔以外には全く知られてないし相手に手がかりは無い。SNSでも顔出ししてないし。そんで襲われた部屋は外部から遮断されてた……あいつら自身がそういったからね、『ジャミングは発動済』って。ってことは監視カメラも切られてたって考えるのが自然でしょ? だったら映像も画像もないワケだから、あいつらは似顔絵とか切り貼りした変な……えーと、マ、モ、モンタージュ……? みたいなヤツ持って聞き込みで探すしかない。おまけに逃げる途中からはあちゃまにパーカー着てもらってるから『金髪の女の子』ってキーワードでも探しづらいしね、だからいくらか時間稼ぎできるハズ!」
と、ここでカラスのせーめーがカァカァと鳴いて二人に割って入る。何か言いたげだ。
「ちょっと待ってて、みんなに通訳するから」
スバルはそう断りを入れると同居人たちにまつりとの会話内容を説明した。鳥たちにも意外な内容だったようで、グァグァキーキーバサバサと部屋はにわかに騒がしくなる。
「みんな騒がないで、大家さんにみんなのことバレたら追い出される! でもコレ見たでしょ、やっぱダメだって‼︎」
「スバルのとこの部屋はうってつけなの‼︎ ホントに数日で別のところに移ってもらうから、お願い‼︎」
まつりが頼み込んだ瞬間、急に部屋が水を打ったように静かになった。
「……な、何でまつりちゃんのときにはちゃんと黙んだよ!」
「クァックァッ」
「タイミングの問題ってさぁ、いや確かにまつりちゃんの直前に叫んだけどさ」
「グクー、クルックー」
「え、反対してないの?」
「キキキキキケ、キッキキキ」
「スモック! そっちも何でまつりちゃん寄りなんだよ⁉︎」
「キキキキッギェ」
「オイ何だそれ⁉︎ おめー濁してるけどまつりちゃんに下心あんの知ってんだからな‼︎‼︎」
凄まじい剣幕でスバルはギャアギャアと騒がしくなった鳥たちにまくし立てる。騒がないで、と最初に言っていたハズのスバルの方が今や騒がしいことこの上ない。いつもの口調もどこへやら、声が大きくハキハキ喋っているぶん大声の迫力やら音圧やらが凄まじいことになっていた。とはいえ最初は無茶かとも思ったものの、思ったよりも鳥たちはハアトに好意的なようだ。
「ホントだぁー、会話してる……」
当のハアトは目の前の宴会芸的な光景にひとしきり感心しているが。
「スバル落ち着こ、ここで騒いじゃうとスバルも困るし一旦出かけない?」
まつりは場所変更を提案してみた。
出向いた場所は最初にハアトを見つけたあの海岸だ。
数日経ち、病院はもちろんあの後に来たらしい警察や消防までもがとっくに砂浜から引き上げた後で、あのときより陽が若干傾いてこそいるものの海岸線の景色は今や元通りと言っていい状態に戻っていた。
「やっぱ今日は暑いねぇ」
まつりは波打ち際に足を浸して涼をとりつつケラケラと笑う。
「さっきはありがと、また大家さんに怒られるところだった」
アヒルのイカロスをかかえ、他の四羽を腕に止まらせて歩くスバルも応じるように苦笑した。
ハアトはそんな二人を見てつられたのか、特に喋ることもなく微笑む。
「それで、だけどさ」
まつりはそう切り出した。
「はあちゃまはスバルんちにいていいの?」
「まぁ、多数決的にいうなら賛成っぽい」
スバルは歯切れ悪くそう言う。さっきの反応といい、やはり抵抗感は相当強いようだ。
「わかった」
しかし、まつりはあえてそれを無視することにした。心苦しいのはもちろんだが、とはいえ他になにか良い方法を突然思いつくワケでもない。埋め合わせは何にしよう、今のうちから考えておかなけれぼ。
「じゃあスバルんちの次に行く場所の相談なんだけど……」
ここでまつりが潜伏場所の相談から入った理由はたった一つ、まつり自身にも全くと言っていいほどアテが思いつかなかったからである。だが確かに、相談するなら早ければ早い方がいいものの。
「んー……相談されてもスバルは思い付かないや、ゴメン」
「フツーの女子高生にそんなアテあるワケないよね……まつりにも見当つかない」
「アハハ、それで言ったら、はあちゃまにはもっとどうしようもないからね!」
「なんで堂々と言うんだよ」
そう、結局のところどん詰まりだった。それこそ未成年の学生という身分でできることは当然限られている。それこそ自宅にこっそり匿うくらいのことでもできる人できない人で分かれるくらいに。
「でもずっとスバルんちにいさせるワケにはいかない。やっぱタイミング見て家族に相談するしかないか……でもなぁ」
「待って、大人の協力者は必要だと思うけど……まつりちゃんのお父さんって確か」
「そう、警察官なんだよ。だから最悪そのルートからバレるかも知れなくって」
夏色家の家族構成はまつり自身に警察官の父と専業主婦の母、そして弟の四人だ。この時点で人をこっそり匿うのにはとことん向いていない。どこかのフィクションみたく、家族が警察関係者であることを逆に利用して情報源としてまんまと使うというのも考えられるが、どこまで行ってもそれはフィクションの話でしかなくて、現実にそんなことを実行すれば当然ながら自分達も犯罪者になりかねない。というより最悪の場合、犯罪者に『される』かも知れない。だいたい相手勢力の全貌も何も知らないのに闇雲に動くワケにもいかない。まさに頭を抱えたくなるような大きすぎる問題だった。
と。
「あの、今ちょっといいですか? その……たくさん鳥を連れてますね」
自分たちのことを考えるのに集中しすぎていたのだろうか、まつりはその人物が声を発するまで、自分たちの近くに誰かが立っているという事実に気づかなかった。こんなだだっ広くて見通しのいい砂浜にいたのに、である。それはスバルもハアトも同じだったようで、特にスバルはイカロスを手に持ったままわかりやすすぎるくらいに飛び上がってうろたえている。飛ぶことができる肩や腕の四羽は咄嗟に飛び上がって難を逃れたものの、胴体からしっかりスバルの両手にホールドされていたイカロスはもろに揺すられて「クァアアァ」と悲鳴をあげていた。
「あっ、ご、ごめんなさい! 脅かすつもりはなくて……アヒルちゃん大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です! こっちこそ慌ててごめんなさいっ」
声をかけてきた人物は深い色をした茶髪の少女だ。歳は自分たちより少し上くらいだろうか? 薄ピンクのカーディガンにロングスカートという、華やかながらも落ち着いた印象の服装と利発そうな物腰が見事に清純そうな雰囲気に花を添えていた。
その少女が申し訳なさそうに頭を下げると、そして心配されたスバルもこれまた慌てて頭を下げる。
「ま、まぁまぁお互い顔を上げて! この子ってばリアクションが元々大きいから、飼われてるこのアヒルも慣れてて色々大丈夫なんですよー」
まつりはフォローになっているのか分からなくなりながらもそんなことを言ってみる。一方の少女はそれを聞いてクスクスと笑った。立ち振る舞いの何もかもが『清楚』だ、とまつりは思わず素直に感心する。
「私たちこのあたりが地元なんですけど、お姉さんもこの辺りの人なんですか?」
「実は越してきたばかりなの、だからお友達欲しくって」
「なるほどー!」
まつりはカラカラ笑いながらも、突如始まった事態とは無関係なこの少女との会話に内心歯噛み……しかけたところでふと思い当たった。いや待てよ、場合によってはこのお姉さんに協力してもらえたら上手くいくかも知れない。
「お友達かぁ、いいですよ! この町のことは誰より詳しいんで仲良くして下さい‼︎ みんなも良いよね? 私たち三人とも十七歳の高校生なんですけど、お姉さんは?」
「そ、そうね……私は、二二歳の大学生、かな」
よしよし、二十歳以上! 成人済みならば社会的にも可能なことはグッと広がるし、何にしても協力者が増えることは良いことだ。と、親切心とはかけ離れた下心を出しつつまつりはその歳上の少女に対して異様なまでにフレンドリーに声を掛ける。展開の速さに少女は若干戸惑っていたようだが。
「あ、名前言ってなかった、ごめんなさい‼︎ 私は夏色まつりっていいます。でもって鳥の子が大空スバルで、金髪の子はアカイハアト!」
「えっと……私はそら。ときのそらっていうの、そらでいいよ。敬語も無くしてくれると嬉しいな。よろしくお願いね?」
そらと名乗った少女は肩をすくめつつ微笑んだ。