ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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05:瓦解前、延長線上

「校長って何かさぁ、×××っぽくない?」

 夏色まつりはウンザリしながらとんでもないことをぼそっと呟いた。なお×××とは放送禁止用語である。

「ハハハ、わかる! もう校長トシだし絶対立たないよね」

「つかさー、毎度いい加減話なげーよ校長。周りとか何も言わないの?」

「言うワケないって、校長相手だよ? どーせゴマすりで忙しいんでしょ」

 周りのあまり素行が良くなさそうな女子生徒たちもそれに同調する。ギャハハと笑いながら教師をこき下ろし続けるその集団は、スナック菓子でもかじるように周りの気に入らないことを“消費”していく。

 見上げれば見事な積乱雲がそそり立つ一学期の最終日、終業式も流れるように終わった放課後の教室にて。降り注ぐ真夏の陽光が容赦無く教室の空気を炙るものの、開け放たれた窓から吹き込む海風のおかげで教室の気温自体はそれほど高くない。

 ただし、体感気温が低ければそれで良いかというとそういうワケではなく、強烈な直射日光でヒリつく肌を撫でていく潮風の感触やら匂いがまつりには不快だった。

「ごめん、ちょっとお花摘んでくるー」

 まつりは断りを入れて席を立って。

「アハハ、今さらわざわざ言い換えなくてもいいって! トイレっしょ?」

「いっといれー」

 若干あけすけなことを言いつつ、女子生徒たちは彼女を見送る。

 

 

「はぁ……」

 廊下の先のトイレについたまつりはため息とともにヒンヤリとしたタイル張りの壁にもたれかかった。もちろん反応する者は誰もいない。その静寂が今のまつりには心地よかった。

「……つっかれた」

 我慢できずに吐き捨てる。ストレスの限界値が見えてくるのはいつだって唐突だ。

 正直にいうと、まつりは今さっきまで話していた友人たちが苦手だった。正確には『苦手になっていた』という方が事実に近い。みな中学からの友人たちだが、高校に入ったあたりから揃いも揃って急速に素行が悪くなったのだ。

 高校進学に伴って当然友人らも散り散りに進学していくわけで、そんな中で進学先が被った同級生たちは良くない方向で先鋭化してしまったらしい。勉強嫌いの自分でも入れる高校へと安易に進学したことがストレスの原因なのだろうか、いや、確かに口は悪くなったけどあの子たちだって根はいい子なのだ、悪くない……まつりはずっとそんな悩みで満たされたバスタブにでも浸かっている気分だった。

 実際、この学校でこそ浮き気味ではあるものの今でも彼女らはみんな友達思いの“根はいい子”だ。ただ、今の口の悪さだけはどう転んでも擁護できないし、実際それに合わせた発言を繰り返すことがこれほどストレスを感じてしまっている時点で言い訳のしようもない。ほんの一週間前までは今ほど辛くもなかったのに。

 ストレスを感じるようになった原因はハッキリしている。ハアトだ。

 決して彼女が直接悪いというわけではなく、むしろ真逆の理由である。今までずっと他校の親友であり実は良家出身のスバルと素行の悪くなった同級生たちとでうまくバランスをとっていたのに、更にハアトのように純真な友達が急に増えたことでこちらの人付き合いが急に面倒に思えてきたのだ。そして次は『友達のことを“面倒”だなどと』という自身の本音に対する失望が込み上げてくる。ハッキリ言って悪循環だった。

「はぁ、戻らなきゃ」

 ……しばらく物思いにふけった後、まつりはフラフラと廊下に足を踏み出して教室を目指す。

 

 

 

「うーん……うーむ……」

「ピュイーチチチチ」

 アカイハアトはさえずりが聞こえる中で一人悩んでいた。

 一体何をどうすれば、部屋の隅でこちらをうかがう五羽の同居人たちは自分と口をきいてくれるのだろう? いや、スバルちゃんみたいに口はきいてくれなくてもせめて仲良くはしたい。ハアトはその一心でアレコレ考え続けていた。

「ギキキキキ」

「クァックァッ」

「カァーッ」

「もー、だからはあちゃまにもわかる言葉でお話ししてよー」

 彼らの訴えにハアトはウンザリしながらこぼす。

 出会ってから一週間、スバルの家に転がり込むことになって数日。その数日間はなるべくまつりやスバルがなるべくスバルの家に集まってみんなで食べたりしていたが、今日は家主は学校へ行っていて初めてハアトと同居人たちだけという状態である。

 ちなみに鳥たちが本当に自分へと話しかけているのかは定かでない。なんとなくそんな気がするだけだ。

 スバルと鳥たちが会話しているようにしか見えなかった数日前の光景を目にして以来、鳥たちは本当はヒトの言葉を理解していて分からないフリをし続けているだけなのでは? という仮説がハアトの脳裏に焼き付いて離れなかった。なのでここ数日、スバルになんと言われようとも彼らに何度となく話しかけ続けていたし、話しかけるたびにスバルからは「だからはあちゃまが話しかけてもみんなには通じないってー」と苦笑混じりの訂正を受けている。

 それでもハアトは諦めていなかった。『鳥は喋らない』という“常識”はハアトにとって知りもしないしどうだっていい話だったのだ。

 話しかけ続ける理由にはもちろん“悔しさ”もあった。自分には出来ないことをアッサリやってしまうスバルに何も思わなかったわけではない。しかしそれはハアトにとってはごくごく小さな問題で、ハアトはただ純粋にこの五羽と仲良くしたいという理由で懸命に話しかけ続けている。ハアト自身、なぜこんなにも自分はこの同居人たちに関心があるのか分からなかったが、そんな疑問もまた彼女にとっては小さな問題だった。

 

 

 さてどうしよう、ハアトは考える。

 どんなに話しかけても鳥たちはあまり懐いてくれてはいない。いつも部屋の隅に五羽集まって、たまに今みたいな鳴き声をあげつつ、じっとこっちを見つめてくるだけ。気をひくために近づいてみたり、病院の職員が口ずさんでいた鼻唄を歌ってみたり、踊りなんて何も知らないけど無理矢理にバタバタと踊ってみたりしたけど結果は言わずもがなだった。特に踊ったときは足先を床でくじいて盛大に転ぶという悲惨な結末を迎えてしまっている。ここがアパートの一階でなければ、階下に派手な音が響いて他の住人たちとのトラブルに発展していたかもしれないが、ハアトにとっては未知との遭遇の方が気がかりだった。

 ハアトにとって“仲良くなるための方法"などというのは全くの正体不明のものでしかなくて、こんなときどうすればいいか何も分からなかったのだ。

 仲良くなるためにしなきゃいけないことってなんだろう、えーと、えーと……。家主のスバルちゃんとまつりちゃんとは今では仲良くなれたように思う。なんで仲良くなれたんだっけ? そして考え込むハアトははたと思いついた。そうか、やってもらって嬉しかったことを自分もすれば良いんだ。じゃあこの数日間で二人にしてもらって特に嬉しかったことってなんだろう。えーと、えーと……。

 ハアトの苦悩はなおも続く。

 

 

 

「一! 二! 三! 四!」

 大空スバルは竹刀の素振りをしていた。何名もの部活仲間と動きを合わせて無心で動く。

「五! 六! 七! 八!」

「あと十本!!」

 顧問の体育教師もありったけの声で叫ぶ。いつもの剣道場での剣道部の練習風景である。

 幼馴染であるまつりのいる学校とは別の学校にて、スバルは剣道部員とマネージャーを兼任している。スバルは剣道が好きだった。実は部活を選ぶ段階でこそ新設のe-スポーツ部などとも悩んだのだが、今となってはある条件から選んだ剣道部の活動に見事なまでにのめり込んでいた。

 その条件とは『周りの音が聞こえないこと』だ。

 スバルの“鳥の声を聞くことができる”という才能は当然ながら、周囲から理解されることはまず無い『異能』である。物心ついたときから彼女に着いて回り、本人としてもわだかまりがあった才能だが、剣道に出会ったことでそれらから一気に解放されたのだ。

 剣道部の活動場所は剣道場という室内空間、というだけではない。練習ともなれば部員全員が大声を出す。そうでなくても竹刀が防具を打つ鋭い音が響き渡り、さらには面という頭部全体を覆う防具をかぶる。そしてそんな状態でこそ特に大声を出す。つまりは周囲の雑音から解放される条件がこれでもかと揃っているのである。

 その感覚が嬉しくて、集中を乱されることなく没頭できるのが楽しくて。気づけば自分よりもっと昔から剣道をしていた同級生たちなんかよりもずっと熱心に部活に取り組むようになっていた。

 

 

「おつかれー」

 素振りを終えての休憩中、水分補給をするスバルに先輩にあたる上級生の女子生徒が声を掛ける。

「あぁ、先輩じゃないスか、っちわーす!」

「ほんとスバルちゃんって元気いいよねー」

 二人は特別仲がいい、というワケではない。単によく話す先輩と後輩という程度の関係である。そんな先輩が声をかけてきて何事かと思わず身構える。どういうわけか、いつもと違って何か改まった雰囲気を感じたのだ。

「……で、どしたんスか?」

「んな身構えないでよー、口調と違って意外と清楚なスバルちゃん」

「うぇ、いきなり何スかそれー」

「いやいや誤解しないでね⁉︎ アタシはスバルちゃんのそういうとこ魅力だと思ってるんよ。いかにも運動部の後輩っぽいキャラに見えて実は中身がおしとやかで女の子らしいのとか、そういうのに男は弱いんだから」

「い、イヤイヤイヤイヤ冗談キツいスよー。大体アタシのどこが清楚なんスか?」

 出し抜けな褒め言葉に、スバルは笑いながらも思わず否定する。しかも全く予期していない方向の褒められ方に思わずたじろいでしまった。自分が『清楚』って誰のどういう評価だろうか?

「その反応がまず清楚だと思うんだけどねぇ……。で、ここからが本題なんだけど」

「今までのは何だったんスか⁉︎」

「アハハ、さっきのは本題にも関係あるから安心して。ストレートに聞くけど、スバルちゃんって他校に幼馴染の子いるでしょ?」

「……まつりちゃんのことスか?」

 またもや予想だにしない方向からの話題だ。他校の生徒であるまつりの話題になること自体が奇妙だし、これが本題……? “さっきの話題とも関係がある”というのも気になる。

 おずおずと先輩の女子生徒は切り出す。

「出来れば気を悪くしないで欲しいんだけど。……夏色まつりさんとスバルちゃんって何で仲良いの?」

「へ?」

「色々ウワサ聞くんだけどさ、まつりさんって正直いいウワサ聞かないよ?」

「は⁉︎ どんなヤツすか?」

 思わず聞き返した。意識せずとも語気が荒くなる。

「非行グループと繋がりがあるとか、……その、“売り”をやってるとか……」

「なワケないでしょ! いくら先輩でも怒るっスよ‼︎」

 噂話のあまりの内容にスバルは憤慨(ふんがい)した。どういうことだ。一度でも話してみればわかる、本当はまつりちゃんこそが清楚を地で行くような性格で……。

「わ、わかってる! しょせん噂話だし尾ひれがついてるんだと思ってるって! でもそんな子と清楚なスバルちゃんが仲良いって何でだろうって……」

「結局『そんな子』ってウワサ通りに信じてるじゃないスか! はぁ、あったま来た! ひどいっスよ先輩……‼︎」

 スバルは話を打ち切ると踵を返して憤然と歩き出す。しかし反面わかってもいた。

 噂話はそれこそ噂話だ。先輩は周りに飛び交う無責任なそれを拾って心配してくれただけにすぎない。つまるところ、噂話の内容に自分がパニックになって怒鳴っただけなのだ。後で先輩に謝らなきゃ、でも何と言って謝ろう?

 友達のために怒り、あまつさえそう思えること自体が“清楚”なのだとは気付かずに、スバルは考え込んだ。

 

 

 

「…………ぬん?」

 ときのそらは大学図書館での読書の最中、自分を見つめる視線を感じ取って顔を上げた。

「わっ、わっ! ゴメンナサイ‼︎ 初めまして! よく図書館に来て本を読まれてますよね?」

「ええ、そうですが……?」

 この大学に足を踏み入れてからというもの、毎日ここに足を運ぶのが最早そらの日課となっていた。

 ここは蔵書量が豊富であり学術書から新聞、小説や漫画まで置いてある充実した図書館だ。そして学校の図書館であることの最大の特徴として利用者があまり多くない。ゆっくり趣味の読書にいそしみつつ、時に社会を知るにはまさにうってつけの環境だった。顔見知りなら数人はいるものの当然会話の機会は少なく、そんな中、先述で感じとっていたような視線を送られること自体がある意味でなかなか事件だったと言える。

 視線の主である小柄な少女は、こちらの様子に慌てたようすで矢継ぎ早に質問を繰り出す。突然の出来事にそらも頭の中では混乱しながらも、なるべくそれを相手に悟られぬよう丁寧に応対した。つられて慌ててはいけない、冷静に、冷静に。

 相手の子はオーバーオールや襟ぐりの大きなシャツ、さらには薄い色の髪にまでペンキがついているなかなか個性的なファッションだ。ここの学生だろうか? あまり自分に声をかけてくるようなタイプの学生だとは思えないが……。

「突然すみません、実は以前から何度も姿をお見かけしていたんです! 必要な本だとか本の趣味とかが似通ってるみたいで。それで以前からお話ししてみたかった、って言われたらビックリしますよね、ゴメンナサイ」

「い、いえいえ! そんなに読む本が一緒なら私も興味あるなぁ」

 そらはそれとなく相手をフォローしつつも、言葉の通り、この子に対して興味が湧いてくる感触がした。

 自分からこう言うということは相当似ている自信があるということだろうか?

「あ、その前に自己紹介しなきゃ! こんにちは、インドネシアからこの大学に1年生として留学しているアイラニ・イオフィフティーンといいます! 言うのは二回目になっちゃうけど、初めまして‼︎」

「えっと、留学生だから……アイラニさん……?」

「インドネシアの名前ってけっこう独特なんです、私のことは『イオフィ』って呼んでください!」

 なるほど、確かに日本人でこの押しの強さを発揮してこれる人物はなかなかいない。少し人見知りの気があるそらとしては有難い限りだった。驚くほど流暢な日本語からは彼女本人の努力家な一面も伺える。

 とはいえ、そんな子が自分に何の用だろうか。疑問に感じつつもこちらも自己紹介で返した。

「私は、ときのそら。私の呼び名も『そら』でいいよ。四年生だけど、この大学には春に編入で入ったの。だからお互いにこの大学では一年目ってことになるかな」

「なるほど、一緒ですね! 四年生で編入、ってことは院に行くのかー、おもしろいですね。……ふっふっふ、でもそれなら話は早い! そら先輩、私とお友達になってくれませんか⁉︎」

「な、なるほど⁉︎」

 全くの藪から棒というわけではなかったが、このような話の進み方をされるのはさすがに驚く。やはり頭が相当いいのだろう、イオフィは話せば話すほどに利発そうな子という印象がそらの中で強くなっていた。頭のいい人は頭も話も切り替えが早いイメージがあったから。

 友達といえば、ほんの何日か前に友達になってくれたまつり・スバル・ハアトと名乗った三人の少女のときとは頼み込んでいる立場が逆になっていることに気づいて、そらは思わず微笑みながら返す。

「ちょうど私もやっと周りに慣れてきて、お友達が欲しかったところだったんだぁ。だから是非、喜んでお友達にならせて下さい! 嬉しいな」

「決まりですね‼︎ やったぁ!」

 

 

 

 そうやってそらの友達が新たに増えた頃、二人のスマートフォンがけたたましく鳴りはじめた。着信などではなく緊急時のブザーやサイレンにも似た耳に突き刺さるような耳障りな音だ。地震の速報だろうか、二人は思わずスマホを取り出す。何故かスマホがいつもより妙に重たい気がした。

『ザザッ、ジー……市民に告ぐ』

 画面は何も映さず暗いまま、大量のノイズが混じった音声がただ流れ始める。明らかに地震速報などではない。

『これより、お前ジジっは』

 嫌にゆっくりと神経を逆撫でするように人工音声が読み上げられていく。なんとなく、この人を小馬鹿にしたような短いメッセージが毒のように体の、日々の内側へと染み渡っていくような心地がした。紛れもない何者かの犯行予告だった。

『人質だ』

 二人は相変わらず真っ黒なままの画面を食い入るように見つめることしか出来ない。“人質”?

『ジビっ……ろ時間だ、なおこのメッセ……終了後ザッ、使用ちジジジ、の電化製品は自ど……に機能停止する』

 少し長めのメッセージの後、今までとはケタ外れの大音量で二人のスマホの着信音が鳴りだす。そらは思わず顔を背けた。窓の向こうの外にいる別の学生も同じようなリアクションだ。スマホのあまりの絶叫に、耐えきれずに壁に向かってスマホを投げつけている者さえいる。

 そうこうするうちにスマホや図書館内の明かりが一斉に停止した。触ってみても電源を押しても全く動かない。

 そらには、たった今なった着信音が誰かの断末魔に聞こえてならなかった。

 

 

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