ホロ=モダンエイジス - 真夏日、陽炎は揺らめき -   作:テラ・ぺた・エクサ

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08:将来的、枯れる街

 三日後の二二時四二分、つまりほぼ真夜中の空の下。

 

 公園の中央で燃えさかるヘリ(おそらく軍用)の火柱と、その残骸の隣にパラシュートで誰か二人が颯爽と降り立つのがまつりの脳裏に焼きついた光景だった。映画のワンシーンみたいだったし、不覚にもカッコよく見えてしまったから。問題は、これは映画のシーンでも撮影ですらない目の前で起きている現実の光景だったという点である。

「あら、あなたたち早速お出迎えね! 言ってた通り会いにきたわよー」

 いや、降り立った人物の片方は“誰か”ではないらしい。ごくごく最近聞いた覚えのある声の主はまつり・スバル・ハアトを野次馬の群れの中からめざとく見つけ出したようで、場の雰囲気とは若干不釣り合いな明るい声で気さくに呼びかける。間違いない、アメリアの言っていた『また今度』は思いのほか早かった。

 

 

 

 

 五〜六時間ほど前のことである。

 一八時を目前にして、本来なら街の賑わいは活発になる時間帯だった。都会ほどではないとはいえ、一介の地方都市レベルの街であればどこもそれなりに混み合う。なのに今は行く先々もどこも閑散としている。

 手にトートバッグをさげたまつり・リュックサックを背負わずに大事そうに抱えたスバル・可愛らしいハンドバッグを肩口にかけたそら・そして手ぶらのハアトの四人はいつもよりだだっ広く感じるそんな通りを歩いていた。目的はハアトの社会勉強も兼ねた日用品や夕食の材料の買い出しだ。

「うっわ、この時間になってもどこも混まないね」

 まつりは感心とも驚愕ともつかない心持ちでそんなことを呟く。

 街がこうなっているのは、三日前の同時多発スマホ暴走事件が引き金になった出来事が原因だ。大量のスマホが同時に突然動かなくなったことだけでも充分な事件ではあるが、その余波の方がそれよりもずっと深刻だった。

 スマホだけでなく、この街中の電子制御のハイテク機器全てが機能を停止したのである。しかもあの日以降、そういった製品を街の中に持ち込めば無条件で全て動かなくなるようになった。ただ奇妙だったのは、比較的単純な作りの家電製品などは無事だったということだ。つまり『一部のインフラは麻痺しているとはいえ、それ以外は辛うじていつも通り』という状況だった。無事な物とそうでない物の線引きはとにかく高度な演算能力を持っているか否か、らしい。

「そりゃ“こうなる”とねぇ……もうみんな出かけるどころか生き抜くのに必死だよね」

 スバルはどこか寂しそうに返す。“生き抜く”というのは何も大袈裟な話ではなかった。

 ハイテク技術に頼りきりの現代、それらが停止したとなれば街は当然大混乱に陥る。特に車をはじめとする交通機関などはもれなくハイテクの恩恵を受けているため、日本でこの市の全域のみが徒歩・自転車以外一切が通行不可になるという異常事態に見舞われていた。当然ながらPCも使用不可のため、市の中心部に広がるオフィス街は総じて麻痺状態にある。この奇怪な現象の原因は依然として不明だが、スマホが機能停止する直前に流れたあの声の主が今回の首謀者と見る動きが大勢(たいせい)だ。

 

 

 スバルの声に返すように、彼女の抱えたリュックから「クァッ」という小さな鳴き声が聞こえた。

「そういえば、イカロスくんとせーめーちゃんは今日なんでついてきたの?」

 その鳴き声を知ってか知らずかそらが尋ねる。実はリュックの中に収まる形でアヒルのイカロスとカラスのせーめーが付いてきているのだ。二羽(ふたり)は内部の狭いスペースの中に大人しく収まっている。スバルが荷物を背負わず大事そうに抱えているのも当然だった。とはいえ、いつもの人混みがなくてスペース的に余裕ができたからこそこうして街中までコッソリ連れてくることができたわけで、今のスバルはやや気にしすぎとも言える。

 そらは以前大空家を訪ねてきたときに、五羽(ごにん)の同居人たちのことは教えられている。スバルが鳥と会話できるということも知っていた。ハアトとは違い、さすがになかなか信じきれなかったようだが、ハアトにもしてみせたような“日常会話”を何度か目撃するうちに信じざるを得なくなった形だ。

 

 さて、話を戻して今である。そらの疑問はもっともだった。人間の夕食の材料買い出しに大空家の二羽(ふたり)はあまり関係がない。穀物のアワやヒエといった鳥用のペットフードはどれもまだ備蓄があったはずだし、そもそもアヒルもカラスも雑食なので野菜でもあげておけば事足りるハズなのだが……。

「なんかねー、せーめーちゃんに欲しいものがあって自分で選びたいんだっけかな?」

 ふとハアトが口を挟む。驚いたことに、ハアトはあれから少しずつではあるが鳥たちとの意思疎通が出来るようになってきていた。曰く、『言葉が“()かる”わけではないが、言いたいことが何となく“理解(わか)る”ようになってきた』という。これが本当ならばもはやテレパシーとしか説明できないが、それは熱を操る能力の他にも複数の異能を身につけているということになるのか、だとすれば『熱の操作』と『テレパシー』というあまりに突拍子がない組み合わせなのはどういうことなのか。いずれせよ、相手は超人はあちゃまことアカイハアト。未だ彼女のもつ力の全貌は誰も掴みきれていなかった。

 

「買いたいもの? ……せーめーちゃんが?」

 そらはハアトの言ったことが引っかかって質問を重ねた。『カラスが欲しがる人間のもの』というのは事情を知らない人間からすれば確かにまるで意味がわからない代物だ。なお、この事情というのはハアトへの最初の紹介でスバルが触れていたせーめーの趣味関係(BL)の本だったりする。

「ちょっとさぁ、本屋に行くんだよね……」

 スバルはやや恥ずかしそうに言った。買うのがスバル自身である手前、さすがにR指定のものは買えないものの、そうでなくても相当ギリギリな描写のある本はごまんとある。そしてそれらをカウンターに持っていくのはやはり彼女の他にいないのだ。一人五羽(ごにん)で一緒に住んでこそいるものの、せーめーのこの趣味にだけスバルはいまいち馴染めないでいた。といっても、それは自分の年齢が十八歳未満だから踏み込まずに済んでいるだけで、いざ自分が十八歳を超えてしまえば“そちら側”に踏み込んでしまうかもしれないという恐れみたいなものでもあった。

「なんか含みある言い方だね……せーめーちゃんが本屋さんに……?」

 そんなスバルの後ろ暗さを察してか、そらはかなり(いぶか)しげに尋ねる。この反応からもわかるとおり、そらはそこまでの事情は知らない側だ。

「あー、そういえばそらちゃんってそういう耐性あったっけ、ないなら深入りしない方がいいかもね……」

「え、まつりちゃん?」

 事情を当然把握しているまつりが思わずフォローともつかないフォローを挟む。ちなみに『フォローも何も、いきなりこんなこと言われれば不安しか湧かないだろう』ということにまつり自身が気づくのはこれから数分後の未来のことだ。

「はあちゃまも気になる! さすがに探してるものが何かまではわからなくって」

 不用意に話を広げてしまった代償だろうか、もっと別の事情で把握できていないハアトも会話に割り込んでくる。まつりはよくわからない危機感みたいなものを感じた。

「……はあちゃまは分かんない方が良さそう」

「え、ちょっ、何でー⁉︎」

 とりあえず、適当にごまかしてお茶を濁しておく。

 

 

 

 たどり着いた本屋の店先の時点で、スバルの顔がやや赤くなっているのをハアトは見逃さなかった。

「スバルちゃん、顔ちょっと赤いよ? 大丈夫?」

 しかし、そもそもの事情がよく分かっていないハアトはこれを『体調不良かも知れない』と解釈したのちスバルを心配するという結果に行き着いたのだった。持ち前の純粋さがなせる行為だったが、単に恥ずかしさでこうなってしまっているスバルからすればなかなか羞恥心を煽られる心配のされ方だ。

「あ、いや大丈夫……大丈夫だから……」

 結果、スバルはやや赤かった顔を余計に赤くしながらやっとそう絞り出した。

「……本屋さんで見たいものって分かれると思うし、一旦別行動しよっか?」

 一方のそらはというと、本屋とスバルの反応でなんとなく察するに至っていた。さすがにそれがカラスであるせーめーとどう関係するのかはわからないものの、どうやらあまり大っぴらにしたくないものを買う必要があるようだ。うんうん、とそれはそれで誤解がありそうな解釈に納得しながらそらは助け舟を出す。

「うん、そ、それでいくね」

「ぶふ、スバル一旦落ち着こ?」

「そこで吹き出すなぁ‼︎ じ、じゃあ行ってくるから!」

 スバルはそう言い残すとそそくさと立ち去っていった。その背中を見送ってさらに吹き出しそうになるのを堪えつつ、まつりはそらとハアトの動きを確認してみる。残りのメンバーも解散するのか否かは一応見ておかないといけない。と言ってもハアトは初めての本屋だし、そらの方もハアトの社会勉強のためについて来させられたようなものだから、ここで個々に分かれて動く理由はないようだ。

 

「じゃ、まつりたちも行こっか」

 そんなこんなで三人は少し遅れて本屋へと足を踏み入れる。

 お目当ての本屋は雑居ビルの一階と二階のフロアに店舗を構えていた。本棚と本棚の間に開けられた通路はやっと人がすれ違える程度の広さしかなく、“ところせまし”という表現では足りないくらいの冊数の本が本屋という空間にギチギチに詰め込まれている。入口の案内板曰く、一階が小説・一般書で二階が漫画・その他という大雑把な括りで分けられているらしい。まつりはさっそく二階に上がりたいのをぐっと堪えて、ひとまずはハアトたちに一階の案内をして様子を見ることにした。

「そういえばハアトちゃんって文字はどれくらい読むの?」

 店内に踏み入れて圧倒的物量の本に迎え入れられつつも、そらはそれらを全て無視してあっけらかんとハアトに尋ねる。浮世離れしていると思ってはいたが、どうもそらのマイペースさはそれどころではないくらいの筋金入りらしい。

「……フツーくらい? 漢字だと読めないのも結構あるなー」

 対するハアトも負けじとあっけらかんと答える。この二人、やっぱり相性がいいのかもしれない、まつりはそんなことを思った。

 そらから一番最初に声をかけられたとき、彼女は「たくさん鳥を連れてますね」と言っていたのが妙にまつりの頭に残っている。目の付け所が特徴的というか、独特というか。全体的にこの二人は似ても似つかないかも知れないが、もしかしたら性格があまりに正反対“だからこそ"多くの点で結構似ているところがあるのかもしれない。取り敢えず性格の相性は良さそうだった。

 

「それで……ちょっと、疑問だったんだけどね」

 少し言いにくそうにそらは続ける。

「ハアトちゃん、どこで言葉を勉強したのか……って覚えてる?」

「言葉?」

「だってさ? ハアトちゃんって昔のことを覚えてない状態でいきなり“真っ白なところ”で目を覚まして、その場所はもしかしたら南極のことなんじゃないかってことなんだよね? ……だったら、なんで日本語喋れるの?」

「え? えっと、初めて外に出たときに出会ったおじさんたちが日本人で……」

「でも確か、そのとき自己紹介したんだよね? この時から日本語話せないといけなくなるよ」

 

 ……そういえば確かにそうだ。まつりたちが出会った当初から普通に喋っていた覚えがあるものの、南極から来たという話が本当なら日本語を、そもそも言葉をなぜこんな流暢に話せるのか、そもそもアカイハアトという名前は誰につけられたのか、親は一体誰なのか……といった疑問が一気に噴き出してくる。

「待ってそらちゃん。詳しくないけど、記憶喪失の人でも言葉って喋れるんでしょ? はあちゃまの日本語もそういうものなんじゃ……」

「いや、それでも日本語はそもそもどこで勉強したのかって話になるよ」

 冷静に、そして淡々と話を進めていく。さすが大学生……ということなのかどうかはイマイチ分からないが、そらはまつりたちが気づきもしなかったことを一つ洗い出してみせた。洗い出すというか、どちらかというと『結局アカイハアトは謎に包まれた存在である』という大前提を、つまり気づきもしなかったというよりは目を背けてきたことを思い出させただけなのかも知れない。

「んー、えっと……わかんない、ってか考えたこともなかったや!」

 ハアトは少し考えると諦めたように苦笑しながら言った。

「なら、まぁいっか。ごめんね? 変なこと聞いて」

「いーのいーの」

 まつりはこの一連のやりとりをちょっとハラハラしながら見ていた。話題が話題だけに、このことは聞くのも聞かれるのも相当気を遣うだろうに。なんというか、やっぱり相性が良さそうだ。

 

 相性といえば、どうもハアトはセクハライベントとの相性は良くないのかな。またまつりの思考が脇道にそれる。何か大きな存在の見えざる意志を感じるくらいに手を出す機会が無いのである。このままでは健全な関係のまま停滞してしまう、というより停滞してしまっている。それはマズい。

 まつりが初対面のハアト相手に『いつか胸を揉む』という目標をこっそり掲げてから今に至るまで、彼女はそういうチャンスに驚くほど恵まれていなかった。同居先が自分の家だったならチャンスもあっただろうが、なし崩し的に決まったのは隠れ清楚女子枠のスバルの部屋である。これでは確信犯的事故(ラッキースケベ)どころか最終手段である女子的じゃれあい(オープンセクハラ)ですらはばかられる状況だ。なお、ここまで追い込まれてもまつりの頭の中に『諦める』という動詞は浮かんでこない。

 まつりがそんなことを考えながら歩いていると、

「ねぇ、まつりちゃん? 今度はまつりちゃんが難しい顔してるけど大丈夫? さっきから喋ってもないし……」

 ハアトに見つかって心配されてしまった。む、勘が鋭いな、はあちゃま。

 なんとなく、ますます目標が遠ざかっていくような気がする。

「あ、大丈夫大丈夫。何ともなーい」

 そう言ってまた適当にごまかし、お茶を濁しておいた。

 

 

 と、ここで聞き覚えのある声が戻ってくる。

「みんなお待たせー」

 見ればスバルが二階に上がる階段からこちらに駆け寄ってくるところだった。

「え、早すぎない?」

「前から欲しいの決まってたんだってよ? もー、どこで情報仕入れてくるんだか……」

 若干困惑するまつりにスバルもやや呆れ顔で報告する。確かに、一体どういう情報ルートを持っていればこんな芸当がカラスでも可能になるのか疑問ではある。が、唯一それを追求できるスバルが恥ずかしがって聞き出そうとしない以上は周りからもイマイチ追求もできないのだった。

 

 というよりも、今はもっと大きな問題が目の前に横たわっている。

 

「でも運が良かっただけみたい。三日前から入荷とかもほぼ出来てないらしくて、ちょうど騒ぎが起きる前に仕入れてた在庫がギリギリ残ってるだけだったって店員さんが言ってた」

 そうスバルは先ほど言われた内容と自分の所感を三人に報告する。

「それって、車が動かせないから……ってことなのかな」

「みたいだよ。テレビも動かなくなったから情報正しいかわかんないけど、なんか色々手に入らなくなってるっぽい。たぶん本だけじゃなくて食料品とかも入荷できなくなってる」

 どうにも、現代人は文明が使えなくなるとどこまでも無力な生き物なようだ。最初の二、三日ほどは在庫などで保てていた日常も補充がなくてはあっという間に『消費』される。街は、いわゆる“陸の孤島”と呼ばれる状態に追い込まれつつあった。

「不思議、荷物くらい自分で運べばいいのに止まるんだ?」

「はあちゃまでも運べないくらいの量の物だもん、そりゃ無理でしょ……」

 ハアトのこの世の不思議をでも見つけたような顔に、スバルではなくまつりが思わずツッコむ。さすがにただでさえ通る声のスバルに静かな本屋の真ん中でいつもみたいな豪快なツッコミをさせるワケにはいかない。

 とはいえ、ハアトの無邪気な一言は笑い話にできるだけでも今はありがたい存在だった。結局ハイテク機器が止まった原因が分からない以上は対処なんてできるはずもない。どうなるか分からない不安が着実に辺りに漂い始めているのをまつりたちは肌で何となく感じ始めている。これは大昔から人類が抱える病みたいなものだ。すなわち、『欲を抑制できない』『生活水準を下げられない』という(さが)

 人類にとっての致命的な毒が、街全体をジワジワと侵し始めた頃合いらしかった。

 

 

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