歴戦プレインズウォーカーと愉快なオムナス達の為の千年戦争アイギス 作:Lifecircle
トレーディングカードゲーム、「マジック・ザ・ギャザリング」。
海外で生まれたそのカードゲームは、色とりどりの魔法溢れる世界を沢山描いてきた。多くの人はそれらが架空の世界、よくあるフィクションだと思い込んでいる。多元宇宙に存在する次元世界は虚構であると結論付けている。だが、自分はあの日、プレインズウォーカーの灯が宿った時に思い知ったのだ。
「マジック・ザ・ギャザリング」が描いた世界は全て実在し、多くの人々の営みが、現実がそこにはあるのだと。多元宇宙は霊気に満ちており、魔法というものは存在するのだと。そして、数多の世界を脅かしたニコル・ボーラスの企みや、エルドラージや新ファイレクシアの侵攻は決して虚構ではないのだと、自分は思い知った。
固有名詞が多い? そこはググるか、「MTG Wiki」で調べて欲しいな。
自分の使える「カードの魔法」も全部、そこに書かれているから。
―――日本生まれのプレインズウォーカー、六車 縁
ある日墓所の中、自分は5人の集団に出会った。
(兄弟! オムナスも忘れないでよ!!)
「(はいはい、わすれてないわすれてない)」
訂正、自分とオムナスは5人の集団に出会った。
まあこの5人は現在、オムナスをただの大きな石像だと思っているだろうけど。
この部屋を明るくするために手っ取り早く「カードの魔法」である《猛火の斉射/Blazing Volley》を放ったのだが、その魔法の一部が集団目がけて突っ込んできた。最初はこの5人との戦闘になるかとも思ったが、こちらの意図を汲んでくれたのか分からないが穏便に話し合いになりそうで良かった。多少の罪悪感を感じつつも、お互いに自己紹介をする事になった。
(っていうのが前回のあらすじだね、兄弟)
「(え、なに? お前って第四の壁が認識できているの?)」
(いや、言ってみたかっただけだよ)
「(あぁ、そう……)」
緑色のエレメンタルの巨人であるオムナスは相変わらず、うるさい。
こんなに特徴的な喋り方をしているのに、自分以外の誰一人として、オムナスの声が聞こえていないようだ。
「では最初に、私から自己紹介させていただきますね。王子、よろしいでしょうか?」
銀髪の女性が手を上げて、そう発言した。
その言葉に、隣に居た青年が首をこくんと頷いた。自分の見た感じ、この5人の中で唯一戦闘能力や魔法の才があるようには見えない人間だという印象を受けた。しかし、その顔は魔術師とは違う知性や落ち着きを感じさせる、少し不思議な女性であった。
「アンナと申します。ここから南にある王国で政務官をさせていただいております」
「……政務官?」
(ふぅん、冒険者とかじゃないんだ)
政務官。
遺跡などを調査する学者かと思っていたが、自分の予想とは違う言葉が出てきて少し首を傾げた。日本では国務大臣を補佐する国家公務員を指す言葉だが、「王国で」という言葉が前に付いたので、おそらく国王を補佐する役職みたいなものなのだろう。
「その王国に勤めている政務官が、何故こんな墓所に来たのか分からないな。こういう場所に来るのは学者か、冒険者か、はたまたならず者のどれかだろうに」
(最もな指摘だね、兄弟。)
「そ、それはその……」
「いや、すまん、身分を疑っている訳じゃあないんだ。自己紹介の途中に水を差して悪かった」
「いえ、大丈夫です。そちらの疑念は最もですから。では次は……」
「私がしましょう、モーティマ殿もよろしければ」
「あ? まあいいけどよ」
アンナが少し下がると、赤いローブのおじさんと山賊風なおじいさんが少し前に出た。
温和な顔立ちのローブおじさんは誰がどう見ても魔術師で、白髪白髭の老人ではあるが筋肉のあるおじいさんはどう見ても山賊の服装をしている。
「私はロイと申します。王国専属の魔術師で、一応魔法兵をまとめるリーダーもやっております」
「へっ、モーティマだ。山賊頭だが、今は訳あって仲間と一緒に王国に雇われている」
こちらは見た目通りだった。
次に、金色の少女と前髪で目を隠した青年が前に出る。少女は人見知りなのかオドオドしているが、青年が隣に寄ってきて少し宥めると、少し落ち着いたようであった。
「し、シンディと申しましゅ! お、王国所属の治癒術士です! よ、よろひくお願いします!」
(めっちゃ噛んでるよこの子)
「王国の王子だ。一応、かつての千年戦争で活躍した英雄王の末裔ということになっている」
「千年戦争?」
千年戦争という、またよく分からない単語が出てきた。
だが、今は自己紹介の時であり、それを問いただすのは後回しにする事にした。
それよりも、前髪で目が隠れた青年が「王子」という役職のみを名乗って、名前を言わなかったのは何か理由があるのだろうか。おそらく、「自らの名前を明かしてはいけない」みたいな王家の仕来りみたいなものがあるのかもしれない。
あの神河の『放浪皇』のように。
「アンナ、ロイ、モーティマ、シンディ、そして王子か。なるほどな」
「さて、こちらは全員紹介したんだが、あなたの事を教えてもらっても良いだろうか?」
「そんな畏まらなくても良いが、分かった。次は俺の番だな。あーでも……」
王子が自分を指し示してそう言った。
だが、自分は少し困ってしまった。
「? どうかしたのか? 記憶を失って思い出せないのか?」
(ん? そうなの兄弟?)
「いや、そういう訳ではないんだ。ただ、何といったらいいのか」
自分はプレインズウォーカー、数多の次元世界を行き来できる存在だ。
今までに行ってきた世界は数知れず、人の身にはあまりにも長すぎる時間を過ごし、多くの人や物との出会いや別れを繰り返してきた。そういう生き方をしてきたのが原因か、色んな名前や身分を名乗ってきた経歴を持っている。その為、何と名乗れば良いのか決めかねてしまったのだ。自分は、この5人に対してどう名乗るべきなのか。
(兄弟、片手で数えられる程度の名前しか持ってないでしょ。変に新しいニックネームとか考えると面倒くさいんだから、そんな考えなくてもいいでしょ)
うるさい。
自分だって好きで偽名を名乗ってきたわけじゃあない、記憶喪失になったり変な薬飲まされたら知らない間に「エーリッヒ」だの「エルモ」だの「衛湯」だの名乗っていた自分が生まれただけだ。しかし、オムナスの意見も最もではある。少し悩んで、意を決して自分はこう答える事にした。
「縁(エニシ)、それが俺の名前だ」
自分はそう名乗った。
最初はエルドレインやニューカペナで名乗っていた偽名にしようかとも逡巡したが、別にそこまで執着する事でも無いと思い、自分の本当の名前である『地球』での名前を言う事にした。
(ん? 兄弟、どうして名前だけ名乗ったの? たしか兄弟って、「六車」って名字があったよね?)
「自分は此処から―――(!? なんでお前がそんな事を知っている?)」
(そりゃあ、オムナスは兄弟の事はなんでも知っているからね。ピュリアスって所で何年も過ごしてきた事も、ロアホールド大学で教授になった事も、ニューカペナの土建組の宝物庫から財宝をちょろまかした事も、兄弟の事はほとんど知っているよ)
突然、オムナスがストーカーみたいな発言をして慄いた。
今言った事は全部、心当たりしかない事ばかりであった。
ちなみに今、5人に対して自分はどこからやって来たのか、何の目的があってここに来たのかを5人に説明している最中だ。自分は此処より遥か遠くの国からやってきて、世界各地の名所を見る為の旅をしている最中なのだと、オムナスとテレパシーで会話をしつつ5人に自分の来歴を適度にぼかしながら説明するという、自分が2人いなければできないであろう事を自分はやっていて、普通なら頭がどうにかなりそうな状況であった。
「世界各地を旅するのが夢で―――(自分はゼンディカーでお前とは会話はおろか、直に会った事は無いはずだ。自分の事を知れる筈がない)」
(んーまあそこは後で教えてあげる。そんな怖い顔で怖い声出していると、目の前の5人に怪しまれるよ?)
「そんなこんなで緩く楽しく旅をしようとテレポートで―――(……後で覚えてろよ、お前)」
(落ち着いてよ兄弟。ただ、今は一つだけ、これだけは伝えておくね)
「(言うなら早くしてくれ、こうやって話すのも疲れるんだ)」
(ああ、ごめんよ。じゃあ手っ取り早く言うよ)
正直な話、今のオムナスは自分を陥れようとしているデーモンのように見えた。
こんな状況になっているのも、このエレメンタルの巨人が原因なのではないかとも思い始めている。
(何があってもオムナスは、兄弟の味方だよ。それだけは覚えておいて)
オムナスはそう言った。
その言葉には、どういう訳か重みのようなものがあった。
誓いを貫くパラディンのような、もしくは国のために戦う騎士のような、絶対にその言葉を違えない覚悟のような物を、オムナスの声から感じ取れた。最も、オムナスがデーモンである可能性も捨てきれないので、完全に信じるつもりは無いが。だが、もしオムナスが人を悪の道に陥れる存在だとしたら、やっている事が些か回りくどいような気がするし、デーモンの肉体の大半を構成する「黒のマナ」を感じ取れない。こいつがデーモンである決定的な証拠が見つからない現状では、一定の距離をとって警戒を続けるのが精一杯だろう。
いざとなったら、滅ぼすしかない。巨人も、デーモンも、ドラゴンも、そして神の化身でさえも殺した自分なら、十分可能なのだから。
「ちょっと魔法が失敗して気絶していたみたいで―――(分かった、覚えておくよ)」
(……うん。言葉だけでも、そう言ってくれてありがとう、兄弟。ところで、さっきの質問に答えてもらってないよ?)
「そこへアンタ達が―――(5人とも名字を名乗っていないから、自分もそれに倣っただけだよ)」
(もう一つ疑問なんだけど、本名を教えてよかったの?)
「さっきの魔法はここを明るくするために―――(んー、まぁ、たぶん大丈夫だろう。きっと、たぶん、メイビー)」
(……オムナスが言うのもアレだけど、兄弟はもう少しよく考えて動いた方が良いと思うよ。さっきのカードの魔法だって、向こうのロイって人が防いでくれたから良かったけど、一歩間違ってたら大惨事だったよ?)
「傷つけるつもりは―――(なんでエレメンタルのお前がそんな……あー、うん、気を付けるよ)」
妙に人間臭いエレメンタルに窘められるという、誰も経験した事ないような出来事を味わうとは思わなかった。やはり、自分の頭に直接届いているオムナスの声は、これだけ喧しく会話していたにも関わらず、目の前の5人には聞こえていないようであった。
「とまぁ、これが俺が此処に居た理由だ」
一通りの説明を終えて、自分は溜息をついた。とても疲れた、今はそんな思いだ。
嘘は言っていない。だが、敢えて言っていない部分があるだけであって、真実を述べている訳ではないというのが後ろめたい気分にさせる。自分がプレインズウォーカーで外の世界からやってきたという事は説明が面倒なので伏せておいたが、その辺の事情は追々、話す事にしよう。
そんな機会が訪れない事を祈るけれど。
――――――――――
視点変更。
所々に散乱している溶岩はまだ赤熱しており、その溶岩によって着火した燭台達が部屋全体を赤い光で満たしている。何も無い寂しい墓所、より正確に言うと、石の棺と奇妙な四本腕の巨人の石像が、簡素な石の玉座に座している以外は何も無い場所である事を、ここにいる全員が理解した。
「次はアンタ達の番だ。どうしてこんな何も無い場所にやってきたんだ? 王城の生活に飽きてお忍びで冒険をしに来た割には、人選が少し妙な印象を受けるぞ」
エニシは一通り話し終わり、5人に対してそう問いかけた。
四本腕の巨人が鎮座している姿を背景に質問しているその様は、形容しがたい重圧を与えているようであった。そんな重圧がこの場を支配している中、ロイは王子にさりげなく近づいてきた。
(王子、テレパシーにて失礼いたします)
(ロイ? 急にどうしたんだ?)
(少し気になる事がございまして、少しだけよろしいですかな?)
(手短に頼む。あまり時間をかけすぎると怪しまれそうだ)
(ありがとうございます。では二つほど……)
ロイは意を決して、王子に念話で進言した。
(一つ目なのですが、この建物がつい最近、それも『全て魔法で造られた』可能性が有ります)
(つい最近? それは数日前とかそういう話か? これだけ広々とした墓所を、魔法で全てか?)
(数時間前、と断言して良いでしょう。王子も、女神アイギス様の神殿のすぐ近くにこのような墓所があるという話は聞いた事が無い筈。どういう原理かは分かりませんが、この墓所自体が魔法でつい最近現れた気配と痕跡を感じます。にわかには信じがたいですが……)
(ロイはこの墓所を造ったのがエニシだと疑っているのか?)
(いえ。魔法の力は万能で侮れないものですが、決して神の如き力を無制限にふるえる全能な物ではないのです。いくらエニシ殿が魔法を使えるからといって、ここまで大きな建造物を一瞬で造れるとは思ってはおりません。ですが、エニシ殿は何か大きな事を私達に隠している。それだけは確実に今、言えることでしょう)
エニシは王子たちに対して隠し事をしている、この部分は正解である。彼は遠い国から来た旅人などではなく、「地球」という別世界からやってきたプレインズウォーカーである事を。
(なるほど、では二つ目は?)
(二つ目ですが、これは私が『エニシ殿が何か大きな物を隠している』と確信した理由になるのですが、落ち着いて聞いていただけますかな?)
(? ああ、分かった)
(エニシ殿の後ろの、頭の無い四本腕の巨人の像が座っているのが見えますね?)
(ああ、今までエニシも俺達も触れていなかったが、それがどうしたんだ?)
(……あの石像。今は石像としてふるまっていますが、あれは生きています)
ロイのその念話に、王子は思わず目を見開いた。
あの四本腕の巨人の石像が生きている? 見た目はただの大きな石像にしか見えないというのに、王国を襲ってきたどの魔物とも比べ物にならない大きさの巨人が今、エニシの後ろにいるという事実。王子は驚きを隠すことができなかった。顔色が悪くなった王子を心配してか、アンナが顔を覗き込んでいる。
「王子、どこか具合が悪いのですか? シンディさんに看てもらいましょうか」
「あ、ああ、いや、何でもない。心配無用だ」
王子は衝撃の事実に、冷や汗を流していた。
だが、すぐに平静を取り戻すとロイに問いかけた。
(魔物なのか? あんな巨大なのが襲ってきたらひとたまりもないぞ!?)
(魔物かどうかはまだ分かりませんが、あの石像は間違いなく生きております。しかもどういう訳か、その石像とエニシ殿には、『魔法的な繋がり』のような物を感じます)
(魔法的な繋がり? どういう事だ?)
(この繋がりみたいなものは、召喚士が魔物や精霊と契約する際にできるソレか、私達魔術師や魔女が使い魔を使役する際にできるソレと似ている、ような気がします)
(あの巨人はエニシの味方、という事か?)
(そう見てよろしいでしょう。ひょっとしたら、エニシ殿は魔物達と繋がっている可能性も捨てきれません。一瞬で造られた墓所、未知の溶岩魔法、あちこちにある沢山の魔法の装備品、そして生きている巨人との魔法的な繋がり。目の前の男、エニシ殿はあまりにも得体が知れません。王子、幸いにも向こうは友好的なようですので、ここは慎重に接した方がよろしいでしょう)
(ああ。忠告感謝するよ、ロイ)
(勿体ないお言葉。さて、そろそろ念話を切りますぞ)
ロイがそう言うと、テレパシーによる繋がりが切れた。
そして少し考えこみ、エニシの質問に対して口を開いた。
「その発言から察するに、外の事情は分かっていないようだな」
「……? ああ、そうだな。扉からまだ太陽の光が差し込んでいるから、まだ日中だという事しか分からないな」
エニシは呑気そうにそう言ったが、5人は暗い面持ちである。
その事にエニシは少し首を傾げた、なにしろこの世界に来てから一度も外の様子を見たことが無いのだから。
「では今現在、外が魔物で溢れており、国や村々を襲っているという事は知らないんですね?」
「魔物? また新しい言葉が出てきたな、何だそれは?」
「ゴブリン、オーガ、バフォメットなどの異形の存在の事です、エニシ殿」
「というか、旅をしてきたんならそういうのはおとぎ話なりなんなりで知っているもんじゃねぇのか?」
「生憎とそういうのには疎くてな。だが、そうか……この世界はそういう事なんだな。ラヴニカとは大違いだな」
エニシはかつて訪れた、世界の全てが都市となった世界を思いながら小さく、そう呟いた。王国の王子や政務官や王国魔術師がいて、全員が暗い顔をしている。そしてさきほどの発言、これらの点を繋ぎ合わせると、エニシの頭の中に一つの答えが浮かんだ。
「なるほど。では、お前達は魔物に国を襲撃されてここまで落ち延びてきた、という事か?」
エニシのその発言に、王子ははっと驚いた。
「ああ、察しが良いな。その通りだ」
「ふむ。では、ひょっとしてこの墓所の外に沢山の避難民が居るのか? 此処を避難所にする為に? まあ此処はだだっ広いし、避難するにはうってつけだろう」
「いいえ、王国から避難してきた人達は皆、この近くにある女神アイギス様の神殿に居ますので、此処に来たのは私達だけです」
「女神アイギス?」
アンナの口から「女神アイギス」という言葉を聞いて、エニシは今までに聞いた言葉を振り返った。
(……へぇ、じゃあやっぱり、『あの女神』の言った通り、ゼンディカーとは違う世界なんだ。此処は)
これは、背後に鎮座しているオムナスが言った言葉。
「モーティマさん、私からもお願いいたします。おそらくこの人こそ、女神アイギス様のおっしゃられていた方で間違いないと思いますので」
これは、目の前にいる銀髪の女性、アンナが言った言葉。
その二つも今までただの点であったが、ここに来て線でつながった感覚をエニシは覚えた。
「エニシ、単刀直入に言おう。俺達と一緒にアイギス神殿にきてはもらえないだろうか?」
「……それはどういう意味だ? お前達の国を奪還する為に俺を雇いたいって意味なのか、それとも女神アイギスが俺に何か用があるからついてきてくれって意味なのか、どっちなんだ?」
「後者の方だ。アイギス様がお前に会って確かめたい事があるそうだ。王国の奪還を手伝ってほしいというのも、偽りない願いではあるが、な」
「正直だな、お前は。ただの旅人である俺に、女神が会いたい、か……」
大きな溜息をエニシは吐いた。
あらゆる状況が分からない上に、女神に目を付けられており、外はだいぶキナ臭く不安な今、この王子の提案に乗れば様々な事が理解できるだろう。5人の近くまで歩き出し、握手を求める為の手を差し出した。
「分かった、良いだろう。その神殿とやらまでついていこうじゃないか」
差し出された手を、王子は握った。
――――――――――
視点変更。
自分は王子一行と共に、女神アイギスが祀られている神殿に向かう事になった。
後ろを振り返ると、太陽は真上に昇っており、『トーモッドの墓所』が森の木々に対抗するかのように、太陽に向かって聳え立っているかのようであった。
そう、自分が今まで眠っていた場所は、ドミナリアで観た『トーモッドの墓所』に間違いなかった事が判明してしまったのだ。ただ、何も無い荒地ではなく森に囲まれている事。『墓荒らしお断り!』とか『盗むなよ、絶対盗むなよ!?』とか『盗むなっつってんだろ野郎オブクラッシャァァァ!!!』という、ロイが真顔で言っていた通りの文が書かれた木の立て札がある、さらに自分の見た墓所とは些か装飾が簡略化されている、などの自分の記憶の相違点があった。
これではまるで、この墓所の模造品がそっくりそのままこの世界に召喚されてきたかのようではないか、自分はそんな印象を直感的に受けた。もっと言うならば、「自分が召喚した」のではなかろうか、とも思ってしまった。
だけど、それはありえない。こんな大きな建造物を召喚した記憶は全く無いからだ。たしかに自分はプレインズウォーカーとして様々な魔法や技術を貪欲に学んでいき、多元宇宙に存在する沢山の次元世界を渡り歩き、とにかく色々な事ができるようになってはいる。森の中でこんな何も無いだだっぴろいだけが取り柄の、魔法的な仕掛けが無い墓所の模造品を一瞬で造るなど造作も無い事だ。
だが、自分の記憶の中には、《トーモッドの墓所/Tormod's Crypt》を召喚するカードを使用した記憶も無いし、ダイスの中に記録されている履歴にも、使用した形跡が残ってはいなかった。本当はあの墓所で色々と調査をしたかったのだが、今は王子達と共に女神アイギスの神殿へ行くのが先決だ。
(いやーそれにしても外の空気は良いねえ。森の木々も生命に溢れているし、最高だよ。兄弟もそう思うでしょ?)
「(そうだね。お前がついていかなければ最高だったかもね)」
(兄弟ちょっと辛辣過ぎない!? )
頭の中では、まだオムナスの声が聞こえる。
今現在、オムナスは自分と一緒に居るから当然ではある。しかしこの言い方だと、自分と王子達の近くにあの緑のエレメンタルの巨人がのっしのっしとついてきているかのように誤解されてしまいそうなので、もっと正確に言おう。
オムナスは今、「瞬間を物質化された宝石であり、壮大なビジョンを現実のものにする力がある」と言われている《モックス・アンバー/Mox Amber》の中に入っている。今はこの琥珀をペンダントとして装備しており、オムナスの存在をとても近くに感じている。この宝石は自分が持っていた数多ある魔法の品々の一つであり、自分もつい最近まで鞄の奥底にあった事を思い出した代物である。本当はドミナリアでいっぱい盗掘、もとい採掘してきたパワーストーンや魔法の容器に入れようとしたのだが、相手が相手なだけに、オムナスを収める事ができる代物を持っておらず、困っていたところを偶然自分が見つけだしたのだ。
(兄弟、オムナスが見つけたんだよ? なんか鞄の奥の奥にオムナスを呼んでいるような感覚がしたから、それを指摘したから見つけられたんじゃないか。つまりオムナスの手柄であって、兄弟の手柄じゃあないでしょ? 道徳心の無い黒マナに支配されているわけじゃあないんだし、兄弟は誇り高き騎士だったんだからそういう嘘つくのは良くないと思いまーす)
ちなみに、オムナスをこの琥珀に封入する所を王子達には見られていない。
自分が鞄の中でこの琥珀を手にした瞬間、いつの間にかオムナスの存在が墓所に鎮座している石像からではなく、この琥珀の中に収まったのだから。今あの墓所にあるのは、オムナスの入っていない抜け殻の石像だ。
「(はいはい、オムナスのおかげでみつけられましたありがとうございます、これでいい? じゃあちょっとだまってて)」
(兄弟、そんな冷たくされるといくらオムナスでも泣きそうになるよ。青マナで体が満たされちゃうよ……)
「(お前が自分の正体を明かすなら、ちょっとは機嫌を直してもいいよ)」
(ぐすん、分かったよ。神殿に到着して色々と落ち着いたら教えるよ、必ずね)
自分のすぐ近くに、ゼンディカーそのものである混沌のエレメンタルがいるという事実、さらにソレが自分を馴れ馴れしく兄弟と呼んで「兄弟の事は何でも知っている」とか、「何があっても兄弟の味方だ」などと不可解な事を言い、自分が高圧的に接するだけで小心者のように縮こまってしまうなど、あまりにも当惑させる難題が多すぎる存在を身近に感じるというのは、とても奇妙な気分であった。
そんな事を考えて森の中を歩いていると、視界の奥の方に何かが見えてきた。
「見えてきたな、アレが女神アイギスの神殿だ」
「あれが、か?」
森の開けた所に出ると、その見えてきた物の全容が露わとなった。
所々に苔むした箇所がある、寂れた神殿だ。自分の第一印象はそんなものだった。
(おおー、良い具合に苔があって良いね。あとちょっと放置すれば蔓やら何やらが柱に絡まってきてもっと良くなりそうだよ)
「(王国で信仰されている割には、管理が行き届いていない感じがするな。まあ、神の存在が身近に感じられるテーロスとか神河の信仰の篤さと比較しない方が良いか)」
神殿の周辺には、王国や王国周辺の村々から避難してきたであろう人間達が結構居た。いや、こうやって周囲を観察してみると、頭に獣の特徴を持つ耳や尻尾を生やした獣人や尖った耳長のエルフらしき存在も何人か見受けられた。
そういった人達が特に怪我を負ってたりとか、邪険に扱われている感じは無く、異種族だからと迫害している様子は無かった事から、この王国、もしくはこの世界では深い差別問題みたいなものは無いのだろうか、などと思った。
次に所々に積み上げられている物資の方に注目してみる。
テントの下や周辺に水や食料などが入っているであろう樽や木箱が置かれており、その隣に王国を示すであろう軍旗か国旗を見つける事ができた。翡翠色の下地を背景に火を吹く白竜、赤と金の盾、交差させた剣と杖で構成された旗だ。自分が今まで見てきた紋章にこのような物は見たことが無い事から、ここは自分が行った事の無い世界なのだと確信した。
「おお、王子。お帰りなさいませ!」
「おい皆、王子達が帰って来たぞ!」
「うぉぉ、お頭ぁ! よくご無事で!」
そうやって自分が人々を観察していると、1人の避難民が王子を見て声を上げた。
その声を聞くと、周囲の視線が自分達に注がれていき、多くの人々や兵士達が王子に近づき、出迎えていた。
一部の賊らしき男達はモーティマに向かって駆けてきたが。
「みんな、ただいま」
王子は人々の出迎えを快く受け入れ、笑顔を浮かべた。
王子は一人一人に丁寧に労いの言葉をかけており、自分はそれを邪魔しないように少し距離を取ってその様子を見ていた。
(ふぅん、慕われているんだねぇ王子って)
「(そうだね。皆が王子の姿を見た時に、暗い空気がいくらか消えたのが分かったよ)」
(カリスマってやつだっけ。うん、群れの主として優秀なんだね、この人間は。まあでも、強さで言ったらオムナスと兄弟の足元にも及ばないだろうけどね!)
「(張り合わなくていいよ)」
「すまない、皆。もう少しこうやって喋っていたいが、神殿に用があってな。道を開けてはもらえないか?」
「おお、これは申し訳ありません王子。では私達はこれにて失礼いたします」
王子がそう言うと、人々が散開していった。
神殿への道が開け、自分の中の時計の針がゆっくりと進んでいくのが感じられた。
「随分と慕われているんだな」
「ああ、俺には勿体ないくらいだ。じゃあエニシ、そろそろ神殿の中に行こう」
「ああ」
「いえ、その必要はありません。王子」
墓所の5人の声でも、さっきまで周囲にいた避難民や兵士達の声でもない、全く知らない女性の声が神殿の奥から聞こえた。
そして、その強く重い言葉は自分を戦慄させるには十分すぎた。
「ご苦労だった、アイギス様の加護を受けし英雄王の末裔よ。そなたの目を通して視る事で、その男をある程度見極める事ができました。巨人の方は理解できませんでしたが、感謝いたします」
「え、エニシさん!? いきなり構えだして一体どうしたんですか?」
アンナやロイ達の口から驚きの声が聞こえたにもかかわらず、自分の身体は無意識に背中に背負っていた《エンバレスの宝剣/■■■■》を抜き放ち、構えていた。神殿の奥から、声の主が姿を見せた。存在を誇示するかのように背中の白翼を広げ、神々しく光る特徴的な槍を持っている女であった。
自分はその女を、その天使をよく知っている。
「……ありえない!」
自分はその女に対して叫んでいた。
宝剣を握る手に力が大きく入り、呼応するかのように刀身が赤熱してゆく。
「ほう、どうしましたか異邦の者よ。私の顔を、いや私の声を聞いてうろたえだすとは。ゾンビか、狼男か、デーモンか、それともエルドラージでも現れると思っていたのですか? ふふふ」
女は笑っている。
「そこにいるはずのない女」が自分を見て笑みを浮かべている。
自分は無意識に言葉が出ていた。
自分は無意識に戦闘態勢を取っていた。
目の前の女を見た瞬間、自分の心が荒れ狂った。
これはこの女の過去の所業に対する義憤なのだろうか。
(きょ、兄弟! まって、落ち着いて!)
どんな感情があるにせよ、私の中の意志がマナと共に燃え上がるのを感じている。
私の魂が赤い炎で満たされ、それが大風となって自分の身体から吹き荒れていく。
周りの人間達のどよめく声が聞こえる。
それがいったいなんだというのか?
周りの兵士達が自分を制止しようと武器を構えている。
だからどうしたというのだろうか?
こいつらは目の前の女を、目の前の天使を知らないのか。
なんというおろかさだろうか。
「どうしてお前がここにいる! ここはイニストラードなのか!? いや、イニストラードだとしてもお前が今、ここに存在しているのはありえない! だってお前は灰になって滅ぼされたのだから!!」
「今、私は此処にいる。それが答えです」
目の前の女が槍の穂先を掲げる。
魂を焼くかのような白光する槍を、だ。
「ここでも繰り返すつもりか、あの殺戮を! 人間達の浄化を!!」
―――
次元世界イニストラード。
その世界は、人間達にとってあまりにも過酷な世界であった。
イニストラードで陽が翳り月が昇るとき、人間は例外なく獲物となる。
夜になれば人狼達が月に惹かれて満ち潮のように現れ、吸血鬼の一族が人間の血を目当てに牙を突き立て、グール達が生者を求めて墓所や荒野を闊歩し、死者の霊が町を結ぶ暗い交差路で旅人を脅かし、強大な悪魔達が人間達の没落を企み暗躍する。
そんな地獄という言葉すら生温い恐ろしい世界で生まれた眩しい希望。
それは一体の強大な天使であった。
死人のように白い髪に白い肌、薄明を思わせる薄い金の瞳、創造主と同じ黒衣、そして純白の大きな翼と白く輝く特徴的な形の槍を携えた、イニストラードで最も強き天使。
「イニストラードの君主」によって創造され、人々の守護者となって悪魔や吸血鬼と戦い続け、そしてエムラクールによって魂を狂わされ無辜の信奉者を殺戮し、最後には創造主自らの手によって滅び、灰となって消えた浄化の天使。
―――
「―――答えろ、アヴァシン!!!」
自分はアヴァシンに対して叫んでいた。
人の子よ、後書き担当のアヴァシンです。
まずは最後まで見てくれてありがとうございます。本来、この後書きはあの巨人だけが担当する予定だったのですが、今回は私が代理で行わせていただきます。人の子よ、未だ多元宇宙を旅するプレインズウォーカー達よ。何故、私がこの世界にいるのか、アイギス様とはどういう関係なのか、色々と言いたい事や聞きたい事はあるのでしょう。ですが、作者はそれを次のお話で明らかにする予定だそうなので、もうしばらくお待ちください。面白かったらお気に入り登録とかしてくれると嬉しいそうです。それでは長くなりましたが、また会う日まで。