不死の魔法使い   作:九条コノヱ

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第一話:少年、死す

 

「また戻ってきちゃった」

 

 少年はガクッとうなだれた。

 彼の周囲は背の低く、不気味なほどに赤みが強く出た木々で生い茂っている。

 足元は異常なほど鮮やかな色の枯れ葉が積もっており、あまりの違和感に彼の視覚はマヒしかけていた。

 少年は視線を下げつつ白く大きくバツ印がつけられた木の下に座り込んでカバンを漁る。

 しかし水筒とその他細々としたものしか残っていない。

 この森に遭難してすぐにテキストやノートの類は捨ててしまった。

 彼のカバンに入っていた水筒の水は先ほど飲み切った。

 食料など何もない。

 あるのはポケットに入っていた飴玉だけだが、最悪の場合に備えてまだ残すつもりでいた。

 

 少年の頭の中では今が最悪の時ではないのかという疑念が渦巻いている。

 この森に迷い込んで今日で3日目になる。

 あくまで手元の腕時計が差す時間で見れば、の話である。

 この森に日は差していない。

 そもそも空が見えないのだ。

 見渡す限りの木々に遮られて、光源はどこにもないはずなのに周囲が鮮やかすぎてまるで明るいように錯覚しているのだと少年は推察している。

 

 気がついた時にはこの森で倒れていて、歩き続けてもいつかはこの木のもとに帰ってきてしまう。

 これを幾度となく繰り返し、歩き回った疲れで足の感覚もはっきりしていない。

 

 なぜこんな場所にいるのか、空腹に腹を捩りながらこれまでのことを思い出そうとした。

 

***

 

 深夜10時、学習塾の帰り道でのことだった。

 電車に揺られながら今日の授業でやった範囲を復習していた。

 こうやって空いた時間を活用しないと周りと差をつけられないと母は言っていたからだ。

 

 小さいころから勉強に関してはすべて母から教わっていた。

 物心ついた時には紙と鉛筆を手に持っていた。

 父は仕事が忙しいと言って僕が起きている時間に家に帰ってくるのはめったになかった。

 

 宿題を終わらせたら遊びに行っていい。そういわれて僕は言われるがままに勉強した。

 5時の時報がなったら帰ってきて、母が買ってきた問題集をやっていた。

 僕はちょっとだけ勉強が得意だったから母はよく褒めてくれた。

 次の日には新しい問題集が机の上に置かれていた。

 この繰り返しだった。

 

 小学校高学年になってからは塾に通うようになった。

 電車で数駅先の大きなビルにある学習塾。

 僕よりも頭の良くて面白い子たちがたくさんいた。

 塾は嫌いじゃなかった。

 でも友達と遊ぶことはなくなった。

 

 だんだんと勉強が難しくなってきて、周りの子からも余裕が消えていった。先生の話しかたも厳しくなっていった。

 塾に来なくなる子がひとり、またひとりと増えていって、気がついたらほかのクラスの子が僕たちのクラスにいた。

 

 母は僕の成績表に興味津々だった。

 この間連れていかれた中学校を受験するのだという。

 受験のためにこれまで勉強させてきたんだと、そのときわかった。

 いつか役に立つって言葉は嘘じゃなかった。

 それで母が喜ぶなら、それでもいいと思った。

 

 勉強さえできれば、母は喜んでくれたから。

 

 

 

 気がついたら電車は止まっていた。

 数駅か寝過ごしてしまったみたいだ。

 こんな時は折り返して帰ればいい。

 

 でも、なぜか、今日は寄り道したい気分だった。

 閉まりそうになってたドアをすり抜け、改札をでて、駅沿いの大通りを進む。

 

 小道を歩くのは危ないって母が言ってたのでなるべく明るい道路を歩いた。

 住宅街で明かりの少ない僕の町と違って、この町はとてもキラキラした光に包まれていた。

 大人が楽しそうに話しながら歩いていた。

 そんな光景がとても新鮮だった。

 

 気のすむまで歩いたあと、元来た道をたどって駅に戻ろうとした。

 

 小さな交差点に差し掛かった時にポケットの携帯が鳴りだした。

 きっと母だ。

 寄り道してたから遅くなって心配だから電話したんだ。

 

 ポケットから電話を取り出して応答ボタンを押す。

 

「ごめんなさい。電車を乗り過ごしちゃって、もうすぐ帰るからーーーー」

 

 

 

 

 僕の体は宙に浮いていた。

 

 

 

 

 遅れて急ブレーキの音が耳に届いてきた。

 車に撥ねられるのってこんな感じなんだ、っていうのが先に思いついた。

 そのまま僕の体は塀に激突した。

 

 鈍い感覚と意識の中で一緒に転がっていった携帯からの音声がこだまする。

 

 

 

「なに……今の音………秀斗!返事なさい!!しゅうと!!!!!」

 

 

 

***

 

 秀斗は木にもたれていた。

 朦朧とした意識がはっきりする間に、どうやら気絶していたらしいと気づいた。

 

 てっきり事故で死んだと思っていたが、ここは死後の世界か何かなんだろう、というのが秀斗の予想だった。

 でないとあまりに現実離れしすぎている。

 

 そんなとき、足音のような落ち葉がかすれるような音が響いた。

 人間か、それとも獣か。

 

 間違いなく後者だと秀斗は悟った。

 

 意識も朦朧としているままだが、木に手をつきながら立ち上がり、音のした方向とは反対の方向へと駆け出した。

 

 足音は一定の距離を保ちながらついてくる。

 後ろを振り返る余裕がなかった秀斗は、常に足音が自分の真後ろに来るよう耳を澄ませながら走り続けた。

 途中背の低い木の枝に引っかかって傷がついてしまったが構わず走り続けた。

 

 数分と経たず秀斗は力尽きて、躓いて転んでしまった。

 良く見渡せば、秀斗は元の木の場所に戻ってきていて、足音は全方向から聞こえるようになってきた。

 彼の頭の中は絶望一色に染まっている。

 

(死にたくない!家に帰りたい)

 

 足音の正体は黒い毛皮の獣だった。

 体からは死臭が漂っていた。

 じわじわと距離を詰めてくる。

 威嚇するような気力もない秀斗は弱弱しく言った

 

「誰か、助け……」

 

 その言葉とその後に続く断末魔は誰にも聞かれることはなかった。

 

***

 

 極夜の森にひとり立ち入る者がいた。

 灰色のローブを身にまとい、フードで顔を隠しているが、その体格、姿勢はまごうことなき女のそれであった。

 

 世話になっている老人の小間使いで森まで野草をとりに来たのだが、言われた場所がまさかの極夜の森だったのだ。

 

 極夜の森は洞窟の内部に異常発生した森であり、木々や草は魔力によって成長する。

 ゆえに太陽光を必要とせず、魔力を含む鉱石、通称「魔鉱石」が豊富な洞窟の内部なら繁殖は容易である。

 加えて、木々が異常なまでに鮮やかな色を示すので、ここが洞窟の中だということを忘れたまま迷い込む事例が少なくない。

 

 しかし、そこには魔力で育つことで特有の効能を示す希少な野草が生えていることもある。

 今回の採集の目的はそれだった。

 

 問題は洞窟内の魔力濃度が高くなるがゆえに、森全体が魔法的な仕掛けを持つこと

ーーこの森の場合は、入口が一つしかなく、一番大きな、森の中心となる木のそばに長居してはいけないことだーー

と、外から魔物の類が迷い込んでくることだ。

 

 今回のように。

 

「魔物の気配……まさかね」

 

 女は自分以外の動物の存在を感知した。

 魔物自体に害はない。

 魔力にあてられて変異してしまっているだけで普通の野生動物と大差ない。

 出くわす前に用を済ませて帰ろうと思っていたところで想定外のものを発見した。

 

 なにやら紙を束ねたようなものと、棒状の何かが入ったポーチだった。

 

「まさか書物なの?字……は読めないな、何語かしら?」

 

 製本技術が発達途上のこの国でこんな精巧な書物は存在しえない。

 外の国から来た人間が迷い込んでいる可能性を考慮し、一応それらを懐にしまい込んだ。

 

 周囲を警戒しながら目当ての木を探す。

 昔の冒険者が森に迷った挙句、ある木の下で力尽きたという。

 その時につけられたバツ印が、森の中心だと言われている。

 死者の遺物には不幸が寄るので、周辺の人々はこの森には近づかないようにと教えられる。

 

「なのにあの爺さんめ、私がちょーっと丈夫だからってここに行けとはひどいじゃない」

 

 ほどなくして印は発見された。

 その木の足元には人間の死体があった。

 身体は無残に食い破られ、血が散乱している。

 衣服は周辺に破り捨てられているが、どれもここでは見ない繊維ばかりだ。

 やはり外の国から来た旅人かその子供が森に迷い込んだ挙句、魔物に食われてしまったのだと、女はそう推察した。

 

「それにしては若いわね。気の毒に。3日間永遠にさまよい続けたのでしょう」

 

 ここで長居しては彼女もこの森から抜け出せなくなってしまう。

 彼女は”いつものように”、そばに跪いて祈りをささげる。

 

「この子の魂が、安らかに安息の地へ導かれますように」

 

 その瞬間、死体の周辺に淡い光が差した。

 当然ここは洞窟のなか、太陽が差しているわけではない。

 彼女のうちに秘める奇跡の力によるものだ。

 

「え、嘘でしょう……?」

 

 尤も彼女も知りえない力であった。

 

 人間の死体は時を戻すかのように人の形を取り戻し、光の粒が胸に落ちた瞬間に少年の胸の拍動が再開した。

 

 仰向けになった少年の呼吸に合わせて胸が上下する。

 

「まさか、生き返るなんて……ええと、どうしましょう。まずは服を、って、何も残ってないじゃない!」

 

 彼女、「不死のシュヴェスタ」は眼前の出来事に困惑しながらも少年を担いで急いで森を後にした。

 

 

 

 

 そこには彼女が焦って置いていった、野草を入れるための籠だけが残った。




初投稿です。
お話のストックが溜まり次第順次公開していく所存です。
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