甘いにおいがする。
昔、母が誕生日にケーキを作ってくれたことがあったっけ。
お菓子はあまり得意じゃなくて、不格好なケーキだったけど、とても甘くておいしくて、両親そろって3人で食べたのを覚えている。
いつからだろう、母が市販のホールケーキしか買わなくなったのは。
目を覚ました時、僕は見覚えのないベッドで寝ていた。
見渡すと木造の小屋のような家のなかみたいだ。
そばには椅子に腰かけて舟をこいでいる若い女の人がいた。
あまりわからないけど、お母さんよりはずっと若い。
多分、18歳前後だと思う。
姿勢よくスラっとしていて、ほぼ白に近いくすんだ灰色の髪がとても印象的だ。
見慣れない格好をしているのが気になった。
間違いなく日本じゃない。
欧米の伝統衣装に似ているような気がしなくもないけど、そこまで華美な装飾もない。
そう怪しんでいた時、僕の来ている服も全く違うものであったことに今更気づいた。
「そうだった!僕はあの化け物に食われて……」
思わず声を出してしまった。
女の人を起こしてしまった。
くっきりとした、青みがかかったきれいな瞳がこちらをのぞいてくる。
非人間的な美しさだけど、そのしぐさは若い女の人のそれだった。
『逶ョ縺瑚ヲ壹a縺溘?縺ュ、 豌怜?縺ッ縺ゥ縺?』
全く知らない言葉だった。
外国の言葉だと思うんだけど心当たりがない。
『縺ゥ縺?@縺溘?? 蜈キ蜷医〒繧よが縺???』
どうしよう、何か返さないと。
「僕は、秀斗です。ここは、どこですか?」
『遏・繧峨↑縺?ィ?闡峨?。 繧?▲縺ア繧雁、悶?蝗ス縺ョ蟄舌°縺励i。 縺翫↑縺九☆縺?※繧?縺ェ縺ォ縺九b縺」縺ヲ縺薙h縺?°?』
全く意思疎通が取れない。
何とかしないと。
僕が困り果てているのを見て女の人も困惑気味だった。
『シエスタ、險?闡峨′繧上°繧峨s縺ィ縺?>縺ェ縺後i隧ア縺励°縺醍カ壹¢縺ヲ繧よэ蜻ウ縺後↑縺?◇』
部屋の先から年老いたおじいさんがゆっくり歩いてきた。
トレーを持っている。
そんなことよりいま、シエスタって言ってた。
女の人もそれで振り向いてた。
もしかして、もしかして女の人の名前だろうか。
シエスタ(仮名)はおじいさんからトレーを受け取って乗ったものを見せてきた。
『縺斐?繧、 鬟溘∋繧?』
『鬟ッ縺ォ隕九∴繧九→縺?>縺ョ縺?縺後↑縺、 縺サ繧碁」溘∋縺ヲ隕九○縺ェ縺輔>縺ェ』
なんだか2人で会話したのちにシエスタ(仮)がトレーにのったものを口に入れて見せた。
食べろってことだろうか。
正直、記憶の限りでは3日間何も食べてなかったのでとてもおなかがすいているはずだ。
でも死ぬ直前の空腹感は残ってない。
首を縦に振ったところ、女の人はわざとらしく笑って見せ、スプーンですくったスープをこちらに向けてきた。
首肯でYESが通じたのがわかってほっとした。
味は、普通だ。
カレーとミネストローネを混ぜたような味で違和感がすごいけど、まずくはない。
残りは自分で食べようとしたのだが、シエスタが頑なに渡してくれなかったので最後まで食べさせられる目にあった。
久しぶりの食事なだけあって夢中でくらいついていたのもあったけど、全部平らげるまで、二人とも僕のそばでじっと見ていたのがなんだか恥ずかしかった。
「ごちそうさまでした」
僕がそういうと完食の意が伝わったのかトレーを下げようと立ち上がった。
この機を逃すまいと彼女の名を呼んだ。
「シエスタ」
シエスタはこちらを振り返って問い返す。
『縺ゥ縺?@縺溘?? 縺セ縺?雜ウ繧翫↑縺九▲縺?』
『驕輔≧縺?繧阪≧縲∬ウ「縺?ュ舌□縲ゅo縺九i縺ェ縺?↑繧翫↓蜷榊燕繧定◇縺榊叙縺」縺溘?縺?繧阪≧縺ェ縲ゅ☆縺セ縺ェ縺??√す繧ィ繧ケ繧ソ縺ッ遘√′蜍晄焔縺ォ縺昴≧蜻シ繧薙〒縺?k縺?縺代□縲』
わからない会話が続く。
「シエスタ」
『縺?縺九i菴輔h!』
『莉墓婿縺ェ縺??縺??ょ搖荳サ縲ゅ%縺?▽縺ョ蜷榊燕縺ッ、シュヴェスタ縺ィ縺?≧。 遘√?、デニス縺ィ縺?≧。』
おじいさんが順番に指さしながら何かを言っている。おそらく名前なんだろう。
女の人を指さして「シュベスタ」といい、おじいさんを指さすと、『デニス』とかえってきた。
「シュベスタ、デニス」
この世界の発音はちょっと難しい。
舌がついてこなかった。
『縺翫♀縲∬ウ「縺?ュ舌□縲ゅ♀縺ャ縺励?蜷榊燕縺ッ菴輔→縺?≧縺ョ縺??』
同じようにデニスが自分を指さしてきたので、
「しゅうと」と返した。
『シュート』『シユウト』
シュヴェスタとデニスが復唱した。
名前は伝えられたみたいだ。
シュヴェスタはトレーをもって別の部屋へ行ってしまった。
この世界はどこなのか。
僕はなぜ生きているのか。
2人は何者なのか。
まったく見当がつかないけど、会話だって難しいし、数日で解決できそうもない。
満腹感と安心感で迫りくる強烈な眠気の前に、それらの疑問をいったん棚上げして、僕は意識を手放した。
***
「ご飯を食べたら即就寝とか、なかなか肝が据わっている子じゃないかしら?」
洗いものをして秀斗のもとに戻ってきたシュヴェスタは、秀斗の寝るベッドのそばで目をつぶって座っていたデニスに話しかけた。
「そうだな。洞窟で何が起こったのかは知らんが、一度死に目に遭っているのだ。無理もない」
対してデニスの言葉には、「何があったか説明しろ」という意味も込められていた。
デニスからしてみれば、シュヴェスタに使いを出して彼は昼寝をしていたのに、早々に帰ってきて叩き起こされたばかりか、妙な少年まで拾ってきてしまったというのだから、秀斗以上に混乱していても無理はなかった。
尤も、それはシュヴェスタも同じ考えだったのだが、二人とも、秀斗の前ではそんな態度はおくびにも出さなかったのだから、分別があったともいえる。
「この子が起きてしまう前に何があったか、説明してもらわん限りは、この子をどうするのかすら決められんぞ」
「ええと、何から説明すればいいかしらね……」
シュヴェスタは洞窟での一件を順を追って説明した。
***
「そうか、この子は本当に死んでいたのか、てっきり極夜の森で遭難した子を拾ってきたのだとばかり。なぜそれを先に説明しなかった?」
「だって私にも何が何だかわからなかったんですもの!こんなのはじめてよ」
デニスはこめかみを押さえながら続けた。
「長い付き合いだがお前さんは謎が多いやつだ。お前さんの特殊性は理解していたつもりだが」
「隠してたつもりはないわよ。祈りをささげた子が”生き返る”なんていままで経験ないわ」
「”お前に限っては”例外なのだがな、不死のシュヴェスタさんよ」
「私だって詳しく知らないの、知っているでしょうに。猛勇のデニスさん?」
デニスが、シュヴェスタの二つ名を口にすると、彼女もまた彼の、”彼が若かった頃の”二つ名を返した。
2人は同時に小屋の壁に飾りかけてあった大剣と盾、また杖を眺めた。
デニスは咳ばらいをし、手元の、シュヴェスタが拾ってきたノートを見ながら言った。
「とにかく、坊主がよその国から来た可能性は否定できん、噂でしかないが、神隠しなんていう遭難事例も聞いている。村のギルドで話はまわしてみるが期待はできんぞ」
「お願いするわ。わかっていると思うけどーー」
「お前さんが生き返らせたなんて話はするつもりはないわい。心配性のお前さんのことだ、わしが何とかするから余計なことはせんようにな」
「こういう時は頼りになるわね。お願いするわ」
「一言余計なのもいつも通りじゃ。最後の質問だが」
デニスの声色が少しだけ低くなったようにシュヴェスタは感じて、居住まいをただした。
「何かしら?」
「野草をとってこれなかったのはこの際仕方ない。しかし、お前さん、籠はどうした?」
「あっ…」
デニスの雷が小屋全体に響き渡り、シュヴェスタは半泣きで走って洞窟まで戻っていった。
このやり取りの最中、秀斗は最後まで熟睡していた。
***
「あったあった。しかしあの爺さん。籠一つで大げさじゃないかしら。過度な倹約は寿命を縮めるのよっ」
再び極夜の森にてシュヴェスタは不満げにつぶやき、籠を背負いなおした。
籠の中には採集した野草も一緒に入っている。
「まぁ、私には寿命すらないのだけれどね」
彼女が自嘲げにつぶやいた瞬間、周囲に足音が響き渡った。
この音の響き方はここが森というより洞窟の中であることを思い出させる。
足音は一匹、人間のそれではないように彼女は感じ取った。
完全に狙われており、逃げることは叶いそうにない。
「さっきの魔物ね。少年の仇は取ってあげなくちゃね」
シュヴェスタは深くかぶっていたローブを脱ぎ、背負っていた籠と一緒に周囲の木に掛けたのち、周囲を警戒した。
獲物が微動だにしないと気づいたからか、魔物は彼女の真正面から姿を現した。
「これは強烈ね」
姿を現した獣は熊の形をしていた。
しかし、もはやそれに生気は感じ取れない。
肉体が腐り始めていたのだ。
腹の内臓と思わしき部分からは血と体液が滴り落ちて鮮やかな落ち葉の地面を黒く染めている。
「ストレイヴィルト(迷子の獣)の成れの果てね。せっかくなら狩って帰ろうと思ったけど、これじゃ難しそうね。さあいらっしゃい」
シュヴェスタは丸腰で両手を広げた。
噛みついてごらんという合図のつもりだ。
魔物は間合いにとらえるや否や彼女の肩から喉にかけてに嚙みついた。
胴体を嚙みちぎらんと激しく振り回す。
彼女は完全にされるがまま。
血が飛び散り、彼女の右手は魔物の牙によって噛み千切られ周囲に落ちた。
シュヴェスタの命を刈り取ったと判断した魔物は攻撃の手を緩め、胴を食らおうと口を離す。
彼女の死体は仰向けの形で放り出される。
そうして魔物が彼女の胴に噛みつこうとするより早く、
“シュヴェスタ”は魔物の頭を抱え込んだ。
「ごめんなさいね」
刹那、紫がかった光が周囲を包み、魔物に降り注いだ。
魔物は叫び声をあげる暇もなく肉体を完全に分解され、周囲は血の海になった。
そうしてもともと魔物がいた場所には、白い色の光のしずくが漂っていた。
自分の血と、獣の血に塗れたシュヴェスタはそれを丁寧に手で包み込み、飲み込んだ。
一瞬だけ、彼女のくすんだ灰色の髪は一層白さを増すように輝いた。
「何度やっても一人は慣れないわね。いい気分でもないし」
シュベスタが立ち上がる時には、噛みつかれた上半身の傷も元通りに、欠けた右腕は復活していた。
生えるように、ではなく、周囲の光が元あったシルエットをかたどるように、である。
「服はどうやっても破れてしまうのが難点ね。ローブは無事だし、今回はデニスお爺さんに怒られはしないでしょ♪」
噛みつかれて上着が破れてしまったせいで、はだけた胸元から零れそうな控えめな胸部をわざとらしく抱えながら掛けておいたローブのもとまで回収に向かう。
道中、転がっていた自分の右腕は袖のみを残して光と消えていた。
「あっっ!血がついてる!!!どうしましょう!?!?」
***
「不死のシュヴェスタ」
彼女の二つ名は、彼女の能力を一側面から見たものに過ぎない。
どんな攻撃を受けて死んでも光とともに復活する。
その姿は彼女の神秘性と狂気性を際立たせるのに十分な特質だ。
しかし非力な彼女に攻撃の手段は実質的には存在しないも同然だった。
ある者は畏怖を込めて、ある者は蔑みを込めて「不死」と呼んだ。
しかし、彼女の神秘の源は、彼女が手ずから葬った命に拠るものだと知る者はほとんど存在しない。
シュヴェスタ自身を含めて。
主人公視点からの異世界語の表現に悩みましたが、文字化け表現は読みずらいかもしれません。
一応再翻訳可能ですが、大事な内容は書いていないのと、後でまた触れる予定です。