不死の魔法使い   作:九条コノヱ

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第四話:『秀斗の日記』

 

 翌朝から、2人の言語指導が始まった。

朝早く、まだ村の人たちが動き始めない時間に、シュヴェスタに連れられて、散歩に出かける。

 指さしたものに対して、なんというのか逐一教えてもらう。

 2,3歳児にやっているような方法だ。

 何度聞き返しても、シュヴェスタは丁寧に教えてくれた。

 夜ごはんが終わった後に、デニスは紙とペンを使って文字の書き方から教えてくれた。

 この世界の文字は、アルファベットに近い書き方で簡単だと思ったけど、デニスは達筆で、ちょっとだけ読みづらかった。

 

***

 

 デニスは村で仕事をやっているらしい。

 毎日というわけではないけど、夕方まで家を空けることが多い。

 「私はもう歳だから」っていつも言っていた。

 シュヴェスタととても親しい仲みたいだけど、シュヴェスタは若いから、娘か孫なんだと思う。

 

***

 

 デニスの家には小さい書庫があった。

 なんでも、おとぎ話や、英雄の伝説が書いてある本に、昔ハマっていたらしい。

 冒険者を昔やっていて、引退した後から買い始めたんだとか。

 家に飾ってあった剣や盾は彼のものらしい。

 いまいち戦っている姿は想像できない。

 「とっても強いんだよ」ってシュヴェスタは言っていた。

 何で知ってるんだろう?

 

***

 

 読んでいた本で、わからないところがあったので日中にシュヴェスタに聞いたら、一緒に読みながら教えてくれた。

 それをデニスに教えたら、全然間違っていた。

 シュヴェスタは気まずそうな顔をしていた。

 シュヴェスタも読み書きができないらしい。

 デニスに小一時間説教されていた。

 一緒に勉強しようと言ったら、しぶしぶ了承した。

 それにデニスがすごくびっくりしていて、その日の晩御飯はすごく豪華になった。

 なんでも、いままで頑なに勉強しようとしてこなかったみたい。

 「でかした」とすごく褒めてくれた。

 

***

 

 しばらく経ったある日、デニスが町の市場に連れて行ってくれた。

 ギルドの仕事で大きい街に行かないといけない用事があるからと、一緒に連れていってくれた。

 シュヴェスタは留守番だった。

 馬車に乗って丸一日。

 整備された道をひたすらまっすぐ進むだけの旅路だったけど、冒険している気分ですごく楽しかった。

 デニスは村では偉い人なんだと、馬車引きのおじさんが言っていた。

 

 大きい街に着いた。

 城壁に囲まれたいかにも西洋のお城って感じだった。

 ここにギルドの支部があるらしい。

 デニスは僕のことを孫だと紹介した。

 

 デニスが仕事をしている最中は宿で留守番だった。

 持ってきた本があったから退屈はしなかった。

 仕事が終わった後にデニスが買い物に連れて行ってくれた。

 今まではシュヴェスタの服を借りてたけど、サイズが微妙だったから、僕のサイズに合わせて服やブーツなどを買ってくれた。

 買いものをしている時間がとても楽しかった。

 ごはんがおいしいお店に連れて行ってくれて、大きいステーキを食べさせてくれた。

 向こうの世界でも食べたことのないような味だったけど、とっても柔らかくておいしかった。

 

 同じ道を辿って家に帰ってくると、シュヴェスタが出迎えてくれた。

 4日間暇だったからと、マフラーを編んでくれたみたい。

 「これから雨季だっていうのに」っていうデニスのツッコミは2人で聞こえないふりをした。

 デニスにお願いして買ってもらった髪飾りをシュヴェスタにお土産として渡したら、泣いて喜んでくれた。

 びっくりするくらい号泣してた。

 何回「似合う?」っていわれたか思い出せない。

 

 ちなみに、台所がすごく散らかっていて、デニスにめちゃくちゃ説教されていた。

 料理は苦手みたい。

 

***

 

 雨季が始まって家にいる時間が増えた。

 最近はシュヴェスタと一緒に勉強している。

 言葉を覚えている分、シュヴェスタは呑み込みが早くて、最近は教えてもらいっぱなしだ。

 僕のほうが先に始めたのに。

 

 なので計算を教えてあげた。

 この世界では計算ができる子は少ないみたい。

 「商人の子供なんだね!」と言われて、父のお仕事はサラリーマンだったけど、説明が難しかったから「そうだよ」って答えた。

 シュヴェスタは掛け算に苦労していた。

 

***

 

 乾季になった。

 だんだんと会話ができるようになってきた。

 発音が難しくて何度も噛んだり言いなおしたりすることはあったけど、会話に困ることがなくなった。

 このあいだ、「くだもの」と「おしっこ」を言い間違えて二人に笑われた。

 すごく恥ずかしかった。

 

***

 

 びっくり。

 シュヴェスタはデニスが冒険者だった時からの仲間だったらしい。

 実はシュヴェスタは歳を取らないんだって。

 「なんでかは知らない」っていってた。

 「じゃあ何歳なの?」って聞いたら、丸一日口をきいてくれなくなった。

 寝る前に「ごめんなさい」って言ったら、許してくれた。

 覚えてる範囲で、500から先は数えてないって言ってた。

 その夜はずっと離してくれなかった。

 なんだか寂しそうな顔をしていたからぎゅってしてあげた。

 

***

 

 雪が降り始めた季節になって、僕は病気になった。

 どう見ても風邪の症状なんだけど、この世界の人間じゃないからなのか、すごく熱が出た。

 

 途中からお医者さんまできていろんなお薬を飲まされた。

 「命が危ない」ってお医者さんが言ったときは僕よりシュヴェスタが困った顔をしていた。

 「大丈夫だよ、絶対治るよ」って、僕に言うよりも、自分に言い聞かせているみたいで、それがおかしくてつい笑ってしまった。

 

 いつか行った大きな町一番の医者でも「もうだめだ」って言ってた。

 

 翌朝、近所のおばあちゃんが持ってきたヤギのミルクを飲んだら、びっくりするくらい熱が引いた。

 

 それから風邪をひかなくなった。

 

 ヤギのミルクって、すごい。

 

***

 

 この世界に来た時に見せた絵を思い出したから、答え合わせをしようって言った。

 2人ははじめは遠い国の貴族とか画家の子供だと思ってて、シュヴェスタに計算を教えてからは商人の息子ってことになってたらしい。

 間違ってはないけど。

 

 こことは違う世界を説明するのは難しかった。

 自動車を説明するのが難しかったから、ひとりでに走る馬車って言ったら、そんなのに轢かれたのか!って大笑いしていた。

 「馬車の5倍は速いよ」って言ったら二人とも黙ってしまった。

 そうなるよね。

 それからシュヴェスタは散歩のとき絶対に手をつなぐようになった。

 心配性なひとだ。

 

 森に迷ったときに、僕は化け物に食べられて実際死んじゃってたらしい。

 なぜかわからないけどシュヴェスタが生き返らせてくれたんだって。

 そしてその化け物はシュヴェスタが退治してくれたらしい。

 「じゃあ、シエスタは命の恩人だね」って言ったら、大泣きし始めちゃった。

 「化け物だと思われるかも」って怖くて言い出せなかったらしい。

 そんなわけないのに。

 

 デニスは苦笑いしていた。

 正体を知ってシュヴェスタを嫌いになった人が過去に何人もいたらしい。

 デニスの元仲間も含めて。

 ちょっと悔しい気持ちになった。

 

***

 

 デニスが僕用のベッドを買ってくれた。

 なんでも、シュヴェスタと一緒に寝るのが自然になってたから忘れてたらしい。

 デニスの予想通り、シュヴェスタが一番嫌がった。

 

 大揉めしたけど、シュヴェスタの部屋を模様替えして、ベッドを並べることで決着した。

 

 最初は別々で寝てたけど、気づいたらシュヴェスタが僕のベッドで寝ていることが多くなった。

 「逆効果だった」とデニスも反省していた。

 

***

 

 僕がこの世界に来てそろそろ一年が経つらしい。

 今日の夜ご飯にケーキが出た。

 ドライフルーツのパウンドケーキはシュヴェスタの大好物らしい。

 一人2切れのはずだったけど、シュヴェスタが4切れ食べてた。

 僕が「いいよ」って言ったばっかりにデニスの分まで巻き添えを食らってた。

 今日だけはデニスも説教しなかった。

 多分これまでで一番の笑顔だったから。

 

 この世界の言葉にもずいぶんと慣れてきた。

 学校や家庭教師を雇わないでここまでできるのはすごいことだったらしい。

 シュヴェスタは毎日「天才!」って言ってくれてたから、感覚がマヒしていた。

 

 僕が今年で多分12歳になるって聞いて、デニスが特にびっくりしてた。

 小さかったからてっきり6,7歳だと思ってたらしい。

 確かにこの一年でも背はあんまり伸びなかった。

 「シエスタが妙に過保護なのはそのせいか!」って納得したような顔をしていた。

 

 当のシュヴェスタは年齢にルーズだからそこまで驚いてなかった。

 見た目で年齢を把握してたらしい。

 僕は永遠の5歳児だって。

 なぜか悔しい気持ちになった。

 

 この世界では一応15歳が子供と大人の区切りで、大体の子供は独り立ちして働くか、冒険者になるらしい。

 ずっとこの家にいたいって言ったら二人ともほっとした顔をしていた。

 これからはデニスの仕事を手伝わせてくれるって。

 シュヴェスタはむくれていたけど。

 

 元居た世界に帰りたい気持ちがないわけじゃないけど、まったく手がかりがないんじゃどうしようもない。

 デニスが「心当たりがある」って言ってたから、その知らせを待とうと思う。

 この世界に来たばかりの時は、心配事だらけだったけど、なんとかやっていけています。

 これからも、がんばるぞ。

 

***

 

「何書いてるの?」

「日記だよ」

「日記?なにそれ?」

「その日にあったことを、思い出として、残しておくんだよ」

「毎日書いてたの?」

「いいや、大切な日の後に、書き足してたんだよ」

「例えば?」

「うーん、僕とデニスが、隣町に買い物をしに行った日の、話とか」

「へぇ……私にも見せてよ」

「いやだよ恥ずかしい、シエスタが見ても、面白くないよ」

「どうしてよ!私にも見せてくれたっていいじゃない!」

 

 ドタドタという足音が聞こえてきた。

 

「うるさいのう!私も寝たいのだから静かにせんか!」

「だってシューが日記を見せてくれないんですもの!」

「それは明日にでも見せてもらえばいいじゃろう!まったく……」

 

 デニスはそう言い捨てて寝室に戻っていった

 

「僕が寝た後に、こっそり見ないでよ」

「シューが一緒に寝てくれたら考えてあげてもいいわよ。ちゃんと私を離さないようにしていなくちゃね」

 

 この人、わかってて言ってるな。

 

「わかったよ。そっち行っていい?」

「仕方ないなぁ、シューは甘えんぼさんなんだから♪」

「はいはい」

 

 私を離すな、と言いながらシュヴェスタの方から足も腕も絡めてくる。

 これじゃまともに寝返りもうてないや。

 

 

 

「おやすみ、シュー」

 

 

「おやすみ、シエスタ」

 

 

 

***

 

 

 

「どうして毎度毎度私だけ蚊帳の外なんじゃ……」

 

デニスが毎晩涙で枕を濡らしていることを、二人は知る由もない。

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