僕がこの世界に飛ばされて一年が経った。
だんだんとこの世界の言語にも慣れてきたので、デニスから仕事を与えてくれるようになった。
勤め先はデニスがいる冒険者ギルド。
まだまだ若いので雑用として、だが読み書きや算術ができる子供だと知るなりギルドの人たちは歓迎してくれた。
異世界のギルドってどんな感じなんだろうと思っていたけど、RPGに見たような酒場という方が僕的にはしっくりきた。
お仕事の紹介や、人員の派遣。
狩りなどで得た毛皮や、武器薬草などの買い取りが主な仕事のようだ。
当のデニスはというと、ここら辺一帯の兵士教育を担当しているらしい。
元冒険者と言っていたから、それは納得だった。
シュヴェスタによく説教しているのはお仕事柄、というわけだ。
教育を受けている兵士やギルドの人からは、鬼教官と言われているらしい。
そんなに厳しいのだろうか。
***
「シュート君、よそ見していないで、早くこの毛皮を奥の作業場まで運んでちょうだい」
「ごめっ、すみません!」
「シュート君、ここのところの計算をお願いしてもいい?」
「はい、このあとすぐにやります!」
ギルドの人たちは僕を腫れ物扱いするのではなく、逆にこき使ってくれる。
その方がデニスの覚えがいいと思っているらしい。
この世界の人たちの考え方はちょっとだけズレてるところがある。
この場合、ズレているのは僕の方か。
***
仕事がひと段落ついて、手持ち無沙汰になっていた時、受付嬢のお姉さんが話しかけてきた。
「デニス教官、お孫さんがいらっしゃったのね。この街に来られたのはもう20年も前の話だったはずだけど、お子さんがいたことすら初耳だわ」
「いいえ、血のつながった家族というわけではないのです。孤児だった僕をたまたま拾ってくれたのがデニスお爺様でした」
ギルドで働くにあたり、デニスからはそう説明しろと言われていた。
「あらそうでしたの。しかしデニス様に似て博識だわ。将来は安泰ね。デニス様もさぞ誇らしいことでしょうに」
「すべてはデニスお爺様の教育の賜物ですよ」
「あらお上手ですこと」
そんな会話をしている間に、ギルドの建物の中に見覚えのある人影が入ってきた。
「シュウ、迎えにきたぞ」
「あらデニス教官、本日もありがとうございました」
「お勤めご苦労。今日はここで引き取らせていただくよ」
「承知しました。中のものにも伝えておきます。シュウトくん、また明日ね」
「はい。お先に失礼します!」
日が傾いてきて、村が橙色に染まってきたころに、仕事を終えたデニスが迎えに来てくれる。
ギルド自体は夜までやっているけれど、日が暮れてからは酒場の商売を始めるので、子供の僕には教育によくないって、仕事を切り上げるように言われているって、さっきのお姉さんが言っていた。
杖をついて歩くデニスと一緒に市場で買い物をしてから家に帰る。
玄関で待ち構えていたシュヴェスタに抱きしめられるのにも、もう慣れてしまってすっかり日常になった。
いや、今日は少し違った。
シュヴェスタは僕の肩に顔をうずめながら言い放った。
「くんくん、女の匂いがするわ。年齢にして20前後、ギルドで働いている人かしら?」
「あぁ、受付のフランチェスカだな。迎えに行ったとき丁度話しておった」
「なんですって!?!?シュー!私がそばにいながらほかの女と浮気するの!」
なんだか面倒な方向に話が進み始めてしまった。
「浮気じゃない。ただ話してただけだよ」
「私知ってるのよ!そうやってただの世間話に装って、若い子にちょっかいかける女なんて山ほどいるんだから!」
「その言い方シエスタだって似たようなもんじゃないの?」
完全に言葉の綾だがシュヴェスタはわざとらしく動揺した。
「ひどい……シューは私のことそんな風に思ってたの?」
本気か演技か、泣き出してしまった。
僕も言い方が悪かったかもしれない。
「思ってないよ、シエスタは僕のおか……お姉ちゃんだと思って今まで過ごしてたよ」
「!?……家族だと思ってくれてるの?」
「もちろんだよ。デニスもシエスタも僕の家族だよ」
「シューうううぅぅぅぅぅ……大好きよ!一生守ってあげるんだから!」
シュヴェスタはギャン泣きで僕に抱き着いている。
シュヴェスタの将来がちょっとだけ心配だ。
デニスはいつの間にか夕食の支度を始めていた。
いつの間にか泣き止んでけろりとした顔でシュヴェスタは続ける。
「お湯張ってあるの。一緒に洗いましょ♪」
「いつか言ったけど僕はもう12歳だよ?あの時は仕方なかったけどもう僕一人でできるっていっつも言ってるでしょ?」
「だーめ!私の目が黒いうちは逃がしてあげません」
要は一生ってことだ。
そしてこのやり取りも毎度のことだ。
正直この歳で一緒に、っていうのも恥ずかしい。
でも僕に主導権はない。
しぶしぶ了承するとシュヴェスタは僕の手を引いて水浴び場へ向かう。
道中に振り返って一言。
「お母さんって言いかけたこと、今なら許してあげるけど?」
「ごめんなさいシエスタお姉ちゃん二度といいません」
***
「ご足労感謝する。デニス指導教官殿」
「仕事のついでだ。シュートの件であるな?」
「いかにも」
秀斗がデニスのところに住まうようになって、何度か領官から事情聴取をされていた。
一年前、秀斗がこの世界に来た時に落とした持ち物の一部が領官の手元に渡ったことで、身元が割れてしまった。
はじめは白を切るつもりだったのだが。デニスは早々に白状して、秀斗は「魔法的な力で記憶喪失になった少年」と説明した。
かなりいい加減な説明だがその点のいざこざはデニスが「平和裏」に解決したので大きな問題になってはいない。
今はこうして秀斗を元の世界に返すため、デニスは領官に協力の「お願い」していた。
「ならば王都へ護衛をつけることにいたそう。腕の立つ部下を数名派遣する。その先までは協力できかねる」
「それで十分だ」
「デニス殿、先日の話についでだが」
「わかっておる。お前さんの昇進の口添えと、部下が起こした問題の処理は済んでおる。断言はできないが、もうじき異動辞令が届くだろう」
「感謝する」
「お互い様だ。これからもよろしく頼むよ」
***
僕がギルドで働き始めてもう2か月が経った。
仕事にもだんだんと慣れてきて、力仕事が多かったからか、ちょっとだけ筋肉がついて、背も伸びた。
でも、まだまだシュヴェスタの背丈には届かない。
「まだまだ子供だねー」と、子ども扱いされるのは変わりない。
デニスは最近忙しそうにしている。
なんでも、周辺に魔物遭遇の通報が増えているらしいのだ。
ギルド支部があるとはいえ、ここは国の辺境。
十分な援軍は見込めないので、自分たちの身は自分たちで守らねばならない。
兵士育成が主な仕事だが、憲兵と連携して現場指揮も担っているらしい。
仕事の終わりも遅く、最近は一人で帰ることが多くなっている。
ある日、3人で食事をとっている最中にデニスが切り出した。
「大事な話がある。シュウのことだ」
僕とシュヴェスタは居住まいをただした。
「随分と前にお前さんの元居た世界に戻る方法に、心当たりのある人物がいる、といったな。私は1年前にそいつへ手紙を送っておった。俗世に疎い奴で手紙では返事は望めないかと期待半分だったのだが、ちょうど今日返信が届いた」
デニスが3枚綴りの手紙を見ながらいう。
「そいつによれば、この世界に循環する魂は、この世界でないどこかから供給されているのだという。奴はその魂の出口を果ての祭壇と呼んでおるらしい。シュウはここからこの世界に迷い込んでしまったのだと」
聞き覚えのある話に、僕は口をはさんだ。
「果ての祭壇って、書庫にあった神話の本の中に出てくる果ての大地?」
「詳しいことは私もわからん。その名前が実在するのか、やつの想像なのか、もな。大事なのは、お前さんがこの世界に入り込めたのなら、来た道を戻るということも可能だということだ」
「断言できる理由があるのかしら?」
「ある。と奴は言っておる。しかし詳細は奴に直接聞かなければならん」
「相変わらず勿体ぶりな人ね」
「まったくだ」
二人はあきれたようにため息をついた。
共通の知り合いなんだろうか?
「問題は、奴の元まで1ヶ月はかかる道のりなのだ。私はこのなり故旅に出るのはちと厳しい」
「私とシューの二人で行けって言いたいのね?」
「端的に言えばそういうことだ。」
二人は気遣うようにこちらを見ていった。
「シュウはどうしたい?」
「シューは向こうの世界に帰りたい?」
***
普段なら3人とも寝静まっている深夜。
ダイニングテーブルでろうそくの灯をともして向かい合っている2人がいた。
「帰りたい。けど離れたくない、か」
「誰かさんににて欲張りね」
「お前さんのことだろう」
シュヴェスタがまどろんだ目で微笑む。
「私だってあの子は好きよ。叶うことならずっと一緒にいてあげたいわ」
手元のグラスを弄びながらまるで叶わないとわかっているかのようにつぶやいた。
それを見たデニスが切り出した。
「シュウが怖がるといけないからこの話は伏せるつもりだったのだが、お前さんのその特質についての調査結果も出たようだ」
「ついに、ね。50年待ったわ。よくあきらめなかったのね」
「しかしやつめ、詳細は全く教える気はないようだ」
「何も言ってないの?」
「お前さんに関しては、な。シュウが帰るためにはお前さんが必要になる、可能性がある。とだけ書いておる」
「あの子に?私が?」
「そのようだ」
シュヴェスタは皆目見当がつかないといった表情で考え込んだ。
デニスの中ではすでに答えは決まっていた。
「近いうちに奴のもとに旅立つといい」
「どうして!あの子だって……」
思わず声を荒げてしまったシュヴェスタが口を押える。
「あなたと離れようなんてあの子が嫌がるにきまってるじゃない!」
「わかっておる。しかし私も歳だ。老体に長旅は堪える、わかるだろう?」
昔は名の知れた冒険者だったが、歳を取れば移動も厳しい。
第一、魔物に対して身だけならまだしも、秀斗を守れる保証がないのだ。
シュヴェスタの身の心配をしてはいなかったが。
「どちらにせよ私はここを離れられない」
まるで自分にも言い聞かせるように言う。
「私を置いて、王都に向かいなさい」