今日はギルドの仕事が休みで、久しぶりに家でゆっくりする時間ができた。
デニスはいつもどおりギルドの仕事があるが、シュヴェスタはずっと家にいるらしい。
先日の話のせいか、シュヴェスタはなんだか気まずいような顔をしている。
デニスを見送ったのち、しばらくしてシュヴェスタから声をかけられた。
「シュー。散歩に出かけましょ」
「いいけど……人目は避けたいんじゃなかったの?」
「だから避けていくのよ」
彼女はそう言って僕を村とは正反対の方向へ連れ出した。
今日のシュヴェスタはなんか変だ。
僕にべったりすることなく、微妙に距離をとりながら歩いている。
相変わらず手はつないでいるのだけど。
そうして連れてこられた先は因縁深き極夜の森だった。
洞窟の中とは思えないほど植物が生い茂り、不気味なほど鮮やかな色が洞窟を照らしている。
昔僕が死んじゃった場所は、この森の中心で、長居すると絶対に出られない呪いにかかってしまうらしい。
シュヴェスタは迷いなく森を進んでいく、僕はそれについていった。
開けた空間に出たかと思えば、そこは森の中心だった。
白くバツ印がつけられた木が一番怪しく、不気味に輝いている。
「待ってシエスタ。その木のそばに寄ったら出られなくなっちゃうよ!」
「わかってるわ」
慌てて僕が制止するも、彼女はためらいなく木に手を触れた。
「ごめんなさい」
その瞬間、彼女の周囲に黒紫色の光の玉が出現し、印めがけて収束していった。
刹那、目の前の木は生気を失い、完全に枯れ木と化してしまった。
初めて見る、シュヴェスタの能力だ。
唖然とする僕を一瞥してシュヴェスタは滔々と語り始めた。
「私には生まれながら3つの力があるの。一つ、私は死なないこと。死ねない、といったほうが正しいかしら。二つ、触れたものの命を奪うこと。さっきのようにね。三つ、死者を生き返らせること。1年前に知ったわ。シューの時だけだから私の力だというには証拠が弱いかしら。この世界に生まれた時の記憶はなかったわ。気がついたら森の中にいて、旅人に拾われた。」
何も言わない僕を見てシュヴェスタは自嘲気に言う。
「怖がるのも無理はないわ。命を操る魔法なんて、大体の人はみんな恐怖の対象ですもの」
驚きはしたが、だからと言ってシュヴェスタを怖がるわけじゃなかった。
「前にも言ったでしょう?シエスタは僕の命の恩人だから」
それを聞いてシュヴェスタは頬を緩めた。
「それから長いこと旅をして、デニスと出会った。彼は若い旅人で、ちょっと事情があってギルドで嫌われ者だった私を仲間に入れてくれた。それからしばらくしてパーティーは解散になったけど、彼の仲間の一人、フレイスは、歴史家としてこの世界を研究する傍らに、私の謎を解くといってくれたわ。あくまでついでだって言ってたけれど」
だって50年ぶりに連絡があったんですもの、と彼女は笑った。
「シューは私にとって特別よ。だからこそ元居た世界に返してあげたい」
「そのために、そのフレイスさん?ってところまで旅に出るってこと?」
「そうよ」
「でも……」
「デニスのことは心配しなくていいわ。彼は強い。もともと私がいなくとも生きていける人だもの。私が長いこと寄生していただけ。薄情だとは思うけど。彼がそういうなら従ってあげたいじゃない」
なんで今になって自分の正体を僕に明かしてくれたのか、一年と少し彼女と過ごしたからわかった。
僕を「信用して」くれているからだ。
この先長くなるかもしれない旅路を最後までついてきてくれると、シュヴェスタは言ってくれているのだと。
元居た世界には帰りたい。
でもシュヴェスタとデニスと別れてしまうのが怖かった。
また一人になるんじゃないかと想像するのが怖かった。
でも彼女は最後まで一緒にいてくれるのなら僕が迷う必要はない。
「わかった。シュヴェスタの言うとおりにするよ」
しかしデニスと今すぐお別れというわけにはいかない。
デニスのことも大切な家族だ。
僕の思い付きを彼女に伝えると、彼女はきれいな瞳を輝かせていつもの笑顔を取り戻した。
***
1か月後、僕の作戦は実行に移された。
いつも通りの食事の時間、僕とシュヴェスタはデニスに、王都に向かうことに決めたと報告した。
多分シュヴェスタからも聞いてたのだろう。
そうか、と一言つぶやいた。
彼の目には少しだけ寂しさが浮かんでいるように見えた。
そこでサプライズと銘打って彼に目隠しをした。
彼の目の前に用意したプレゼントこそ、2人で用意したデニスへの感謝の印だ。
目隠しを解くと彼は驚いたような顔をした。
「開けてもいいかい?」
「どうぞ」「もちろん」
デニスは丁寧に木箱を開けると、中には木製の小さいペンダントが入っている。
ギルドの人に木工に詳しい人がおり、その人に作り方を聞きながら二人で作ったものだ。
僕もシュヴェスタもこういうのは初めてで、時間がかかってしまった。
「二人の感謝の印です。デニスに拾ってもらったこの御恩は、絶対に忘れません」
「そうか、二人で用意してくれたのか」
「そうよ、わたしも手伝ったのよ」
「50年と少し一緒にいて、初めてもらったよ」
その一言にシュヴェスタは苦い顔をした。
今まで何もしてこなかったらしい。
「冗談だ。彼女にはプレゼント以上のものを今までにたくさんもらってる。しかしうれしいよ。これがあれば一人じゃないように感じる。素敵な贈りものをありがとう」
その言葉を聞いて、準備した甲斐があったと思った。
その後、デニスから王都への段取りを聞いた。
なんでもそこまで護衛をつけてくれるらしい。
てっきり、二人で歩いていくようなものを想像していたけど、そんなことはないようだ。
子供と女、確かにそんなの攫ってくれというようなものだ。
出発は3日後となった。
僕はデニスとの最後の時間を余すことなく楽しもうと思った。
***
出発前夜、普段なら人々が寝静まる時間だが、村がやけに騒がしかった。
詳しく言えば、家畜や野生の動物たちの騒ぎようが異常だった。
トイレの帰りにそれを不審に思っていると、デニスとシュヴェスタも同じように思ったのか、寝室から出てきて外を眺めていた。
二人に倣って外に出て、僕は目を見張った。
真夜中のはずなのに、世界が赤色に染まっていた。
空が血を塗ったような赤黒い色に染まって、村を照らしていた。
空気が淀んでいるように見えた。
この感覚には覚えがある。
無意識に僕はつぶやいていた。
「極夜の森」
「そうね。魔力濃度が異常に高くなっているわ」
僕の意図を組んでシュヴェスタが答えてくれた。
彼女はいつもなら絶対見せない顔をしていた。
とても余裕のない、切羽詰まったような顔だった。
「覚えがあるのかシエスタ」
「すごく昔に、一度だけ。聞いたことがあるわ。世界が血の色に染まり、そこにあるすべての命を蹂躙する安息の代行者が現れると」
「安息の代行者?聞いたことがないな」
「今でいう、魔人ね」
その言葉を聞いてデニスはひどく動揺した。
「それは一大事だ。ここにいる人間など無事ではすまんぞ!」
魔神。
デニスの書庫にそう言った神話の書かれた本があったことは覚えている。
はるか西の大陸に、死の森という人が立ち入れない広大な大地が広がっているのだという。
そこは魔法全盛の時代に栄えた巨大な帝国の跡地で、はるか昔、何がきっかけが帝国が一晩で滅びた。
そこには異常に高まった魔力濃度で植物は変異し、動物は魔物として生まれるのだという。
加えて知性を持った存在も生まれ、その力の大きさの順に、魔獣、魔人、魔神と言われるらしい。
デニスの話によると、世界中で発生する魔物、魔獣が異常発生する裏には魔人の存在が背後にいるのだとか。
しかし、それはあくまで魔物たちが増える程度でこうした事象は聞いたことすらないらしい。
僕が何もわからないまま途方に暮れていると、デニスが僕の両肩に手を置いていった。
「シュート。よく聞きなさい。私はこれからギルドに向かって状況を確認する。住民の避難が必要になるだろうから、その場を離れることはできん。そのうちにシュヴェスタと二人でここを脱出しなさい」
「どうして!僕たちも一緒に残るよ!デニスを置いて逃げるなんてできない!」
「そういってくれて私は嬉しいよ、しかし私一人ではシュートを最後まで守り切れるかどうかもわからん。その点シュヴェスタが一緒なら私も安心だ。約束しよう。二人を置いて先に死んだりはしない」
「でも――」
デニスは手で制し、僕を抱き寄せて言う。
「お前さんと一緒にいられて、私は幸せ者だ。二人を安全に王都まで送れるよう、私も最後まで手伝いたい。今がその時だ」
デニスの視線の先にはシュヴェスタがいる。
「悪いが、この子を頼む。遠回りになってもいいから、王都に向かいなさい。あとは彼が手配してくれるはずだ」
「デニス……」
「これは私の役割だ。シュートを頼んだぞ」
そう言ってデニスは壁に掛けてあった剣を持ってギルドのある方向まで走っていった。
「まったく、年寄りが剣を担いで走っていったわよ」
シュヴェスタは茶化すように言った。
彼女の声にはどこか寂しげな感情がこもっているように聞こえた。
「シュート。今すぐ着替えてきなさい。その間に私も準備しておくから」
「でも――」
「早く!!」
初めて聞く彼女の怒声に驚きながら僕は自室に走った。
明日旅立つために準備していた装備をそのまま身にまとって外に出ると、一本の杖を持ったシュヴェスタは僕の手を引いて村とは反対方向へ小走りで向かっていく。
たどり着いたのは極夜の森だった。
先日シュヴェスタが中心の樹を枯らしてしまったので周辺の樹までそれが波及して茶色の落ち葉がはらはらと落ちていた。
魔法的な仕掛けを失った極夜の森は、ただの洞窟へと戻ってしまった。
外からの入口とは別に、新しく抜け道ができているのに気がついた。
シュヴェスタはそれを知っていたかのように迷わず足を進める。
洞窟はさらに深部まで続いていた。
持ってきた松明で進んでいくと、急に石造りの小部屋にたどり着いた。
その床には魔法陣らしきものが描かれ、青色に発光していた。
「これはポータルよ。魔法全盛の時代に作られた、離れた場所に移動する魔法が込められているわ。外の森はそのカモフラージュ」
彼女は淡々と説明する。
「行くわよ。絶対に手を離さないで」
僕の手をつかんだまま彼女は魔法陣を踏んだ。
視界が闇に包まれた。
***
ギルドではデニスを中心に現場指揮が行われていた。
「状況は?」
「現在、村周辺に数多くの魔物の報告あり。その数200体以上です」
「まるで災害だな。住民の避難は?」
「現在、手分けしてギルド本部へ集まるよう周知しております」
「集まり次第ギルド地下へ案内しろ。近衛兵、ギルド所属の冒険者は本部を死守せよ」
「了解」
ギルドの地下には住民が全員収容可能な大部屋がある。
ダンジョンの跡地の上に建築されたギルド本部は、それ自体が大きな防衛拠点であった。
「住民の収容が完了しました」
「よし。非戦闘員は地下室に退避しなさい」
その時、ギルド本部を大きな振動が襲った。
あまりの揺れにデニスは状況を確認しようとして表に出て、目を見張った。
ギルド前の大広間には、爆発でも起きたような穴が開いていた。
そこから人影が浮かんで出てきた。
デニスは無言で剣を抜き、構える。
「何者だ」
「魔人ライネル」
声の主は奇怪な見た目をしていた。
ぼろぼろのローブをまとった姿は人間そのものだが、そのローブの下は人間のそれとは違った。
赤黒い色の肌。
漆黒の単眼。
長い白髪。
「主様の命によって、ここに魂の碑を刻ませていただきに参上しました」
「目的はなんだ?」
「それをあなたにお教えする義務はありません。おとなしく死んでくださるのなら、楽に殺して差し上げます」
デニスは即答した。
「家族との約束があるんでね。ここで死ぬわけにはいかんのだ」
彼の胸には、二人が彼に送ったペンダントがさがっている。
それを握りしめたのち、デニスは剣を構えた。
その1か月後、王都にデニスの住む村が魔人によって壊滅させられたという知らせが届く。
生存者は報告されていない。
***
「あんたが不死のなんたらってやつか?むさくるしい男かと思ったら女じゃないか」
「開口一番に失礼なやつね。何の用?」
「あんた、一緒にパーティーを組まないか?性別は気にしないがタフなやつは大歓迎だ」
若い女は何も言わない。
何処からか腹の虫が鳴く音が響いた。
「ははっ、腹減ってるのか。メシおごってやるよ。その代わりこの依頼を手伝ってくれないか?」
若い男は一枚の紙を見せて言う。
そこにはギルドの依頼書が書かれていた。
若い女は赤面したまま言う。
「仕方ないわね。今回だけよ」
「あんた名前は?」
「シュヴェスタ」
「言いづらい名前だな、シエスタって呼んでもいいか?」
若い男には他人に勝手にあだ名をつける悪癖があった。
「なによそれ。好きにすればいいじゃない」
当のシュヴェスタは気にしなかった。
名前に思い入れがなかったからだ。
「俺はデニスだ。よろしくなシエスタ」
そう言ってデニスは手を差し出した。
シュヴェスタはどうにかしてスプラッタな絵面を見せないよう努めています。
そして犠牲になった無実の樹……