防御の御に、精霊の霊で御霊。
人々が霊や神に恐れ慄き、その霊魂を尊敬したことによって作られた語だ。
この国には元々「八百万の神様」と言う言葉があるように、私達の生活と神々は密接に関わり合っていて、助け合いながら今日まで生きている。
その中で、御霊との関わりが特に深い職業を一つ紹介しよう。
巫覡と呼ばれる、神々と契約した女性たちだ。
彼女らの仕事は御霊の力を借り、災いを鎮める。現代まで続く、歴史ある役目だ。
そしてこの街も例に漏れず、ある一人の巫覡がこの地の災いを鎮めている。
端から見れば、他と変わらないただの少女の巫覡。
しかしその少女は、皆が思っているものとは少し毛色が違う。
「元男の巫覡って、神サマからはどう見えてるんだろうなぁ……」
◆◆◆
コンコン、とドアをノックする。
「いるかな……」
ダメもとで押しかけた、私にとっての最後の希望。どうしようかと悩んでいた時に、チラリと目にした今まで見向きもしていなかったある張り紙。
『ユーレイのお悩み、何でも受け付けます』
まさに渡りに船だった。この張り紙はまるで狙っているかのようにふらりと私の前に現れてくれて、一目見ただけで私の心を鷲掴みにした。ここならなんとかしてくれそう、ここがダメならもう無理だ、と。そんな根拠も理屈もない考えが私の中を一瞬で支配したのだ。
「こんにちは、どうかなされましたか?」
……と、不意に後ろから声をかけられる。
「ひゃあっ!?」
そんな突然声をかけられたものだから、私は情けない声を出してのけぞってしまった。
「あ──ごめんなさい、驚かせてしまいました。」
わざとでは無いんです、と彼女は弁解する。
……綺麗な女の人。いや、けど雰囲気は気品ある紳士って感じ。かわいい、と言うよりかはかっこいい寄りの優雅で礼儀正しそうな女の子だ。
多分年齢も私と大差ないんじゃないだろうか。
「い、いえ私が単に敏感過ぎただけで謝る必要なんか……」
歳もそう大差ない女の子に私が少し驚いただけで謝られると何だか私の方が申し訳なくなって来て、咄嗟にその場にあった言葉で取り繕う。
「いえいえ、貴方が気にする必要はないんです。────ここを訪ねたと言うことは何か普通の人では対処出来ない困りごとがあったということ。そんな神経質になっている時に驚かせる真似をした私が悪かった。どうか気にしないで下さい。」
そして彼女は私の前に立ちドアを開いて、
「まあここで立ち話もなんです、続きは中で話しませんか。余り振る舞えるものはないのですが……お茶くらいなら出せますよ。」
「う────」
まさかここまで完璧に言い負かされてしまうとは。しかも礼儀とか言葉遣いとかも私より断然しっかりしてるし。こんなことされると逆に取り繕った自分が恥ずかしくなって来る。
……いやいかんいかん。
しっかりするんだ、私。
平常心を保たなければまたあの子に心配されてしまうじゃないか。
ふう──とその場で軽い深呼吸を行なって、意を決し彼女の案内を受けながら建物の中へと入る。
「では私はお茶を淹れて来ますので、そこで寛ぎながら待っていて下さい。」
と言って私を近くのソファーに座らせ、彼女は奥の方へと行ってしまう。
すると一人になったお陰で気が少し緩んだのか、彼女がいなくなった途端強張った身体に入っていた力がふりゃりと抜け、力なくソファーへと寄りかかる。
ああ……死にたい。歳も大差ない女の子に初っ端からあんな無様な醜態晒して。しかも挙句の果てには悪かったって謝られちゃったし。
あまりの情けなさに笑いが出てくる。
「あーどうやったら私もあの子みたいに──」
「横を失礼します、お茶出来ましたよ。」
コト、と言う音と同時にティーポットが置かれる。
「えっ」
────その事実を飲み込むのに数秒かかった。
そして目の前の状況を把握すると、顔が沸騰しそうなほど赤く燃え上がっていく。も、もしかして聞かれちゃった……?
「え、えと、随分と早いんですね……」
恥ずかしさに顔を焼かれながらも、何とか体裁を保つ為にそう誤魔化す。
「ええ、少し裏技を使いましてね。」
そう言いながら彼女はティーセットを置き終えて、今度はカップに茶を入れていく。良かった、どうやら聞こえてなかったらしい。
「普通お茶を淹れるのは早くても十分程度は掛かってしまいます。湯を沸かし、茶葉を淹れ、適度に蒸らす。より美味しいものを淹れようとするならそれは尚更。今の私のように、たった数十秒くらいじゃそうそう茶などは出来ない。」
だとしたら、何故。その質問が私から出る前に彼女は察したのか
「だから、少し神サマに手伝って貰ったんです。」
そう、不思議なコトを口にした。
「いや、神様ってそんな非科学的な……」
そんな突飛な話をされたので、思わず私は反論する。
だが彼女はその反論すらもまるで知っていたかのように、
「世の中と言うのは全部が全部理論立ったものには置き換えられないのですよ。それに貴方もここへ来たと言う事は薄々気づいているのではないですか?理論では説明出来ない、超常的なモノが存在していると言う事実に。」
そして茶をこんなにも早く用意したのも貴方に改めてその存在を認識させる為ですよ、と付け加える。
「でも、それは────っ」
反論しようと口を開いたけど、言葉が出て来なかった。
それはきっとあの子が言ったことが核心を突いていたから。
「さあ、では本題に移りましょう。貴方はどのような用件で、ここを訪れたのですか?」
……どうやら、もうここに入った時点で逃げ場はなくなっていたらしい。
私は覚悟を決め、彼女にこう懇願する。
「友達をっ、友達を帰して欲しいんです。」
「というと?」
「友達が……飲み込まれてしまったんです。」
得体の知れない何かに。
あれは、今日から数えて、丁度二週間前のことだった。
肝試し感覚で廃れた廃病院へと私含め三人で行ったとき、
自分はこのままじゃ呑まれてしまうと、殺されてしまうと思って逃げようとしたけれど、身体は金縛りにあったかの様に動かなかった。脳は逃げろと全力で信号を出している筈なのに、肝心の身体の方は全く動いてくれそうになかった。
そして
「ほう、では貴方は私にその友を呑み込んだ得体の知れない何かを始末し、友人を助けて欲しいと?」
こくん、と頷く。すると彼女は、
「用件は分かりました。確かに、つい二週ほど前に行方不明として二人の捜索願が提出されている。そして張本人が願い出たとならば、私も本格的に手を出すことが出来ます。」
と言って席を立つ。
「では行きましょうか、事は早く済ませた方が良いです。」
そして私の横を通って、部屋の出口へと向かっていく。
「ちょっ、ちょっとどこに────」
「何処って、決まっているじゃないですか。事件があった所、病院ですよ。」
瞬間、私は反射的に彼女の腕を掴んでいた。
「だっ、ダメですっ……今女の子一人なんかで行ったらどうなってしまうか……」
行かせられない。あんな化物を一人で相手にするなんてどう考えても無謀だ。彼女がたとえその道に精通した猛者であったとしても、
「何故止めるのですか?私がやらなければ、誰があの霊を祓うと言うのです?」
しかし彼女は私の思いを裏切るかのように、どんと私を彼女から引き離す。
「それ、でも行かせ……ません。何か、何か他に祓う以外の方法を一回考えてみてから……」
……
………………
………………………………。
しかし、それに続く言葉が出てこなくて沈黙が続く。
「ぷっ」
それを打ち破ったのは、笑いだった。
「ちょっと!何で笑ってるんですか!」
「いや、ごめんなさい、そんな真剣に言ってくるもんだから笑えてきちゃって………」
そんな言葉を、少し口調を崩し笑いを堪えながらも彼女は言う。
「今日行くと言ってもそれはあくまで偵察です。敵を把握し、今日で準備を整え明日確実に祓う。……何も、考えなしに動いている訳じゃないんですから。」
そして、あるコトを、私に告げる。
「あ、それといい機会だから言っておきます。今私は体こそ女の子になっちゃってますが……本当は男だったんです。だから貴方が女の子だからなんたらって、そんなこと気にする必要はないんですよ。」
────え?
────────???
「はああああああああ!!?!?!?」
「じゃ、そういうことで今日する話はここまで。また明日会いに行くので、準備していて下さい。」
いやっ…………え?
頭が回らない。脳が考えることを放棄している。
ちょっと、この衝撃事実はそうホイホイと言って良いようなものじゃない気がする。
「あ!それと貴方が最初聞いていた事だけど、貴方もしっかりと礼儀正しいし、そう気にすることは無いと思いますよ。」
……ん?何のことだろう、私そんな質問とかしたっけ。
「ほら、貴方独り言で言ってたじゃないですか、どうやったらあの子みたいに──って」
「あ」
今この瞬間、恥ずかし過ぎて世界で一番死にたいってと思ってたと思う。
◆◆◆
昼休みが始まった。
私はいつも昼は一人で食べる派なのだが、今日ばかりはそういう訳にいかない。
────お。
ようやく見つけた。この学校に在籍していることまでは分かっていたものの、どのクラスにいるのかまでは把握していなかったので少々時間を取ってしまった。
「失礼、お隣宜しい?」
「ああ、別に────ってうわっ!?」
「貴方ここの教室だったのね。結構探しましたよ。」
驚く彼女を横目に、隣の席に座る。
「貴方、お昼はいつも一人で食べているの?」
初っ端から本題に入るのもどうかと思ったので、ちょっと親交を深めるがてら気になるところを聞いてみる。
「今は、一人、なんですけど、いつもは三人で……」
「ふーん」
まあ、一人でいてくれたのは助かったと言えば助かった。私だって仲良く友達と食べている中引き剝がすのはあんま良い気しないし。
「えと……私も、ちょっと聞きたいことがあって。大丈夫ですか?」
「ん、なに?」
と、不意に彼女から質問される。
聞きたいこと……何だろ。あの霊について知りたいとかかな?
「名前……名前はなんていうんですか?」
「む」
ああ、そういうことか。そう言えばまだ自己紹介をしていなかったな。
「……私は
「じゃ、じゃあユイちゃんで!あっそれと、私は──」
「
彼女が言うよりも前に、私が答える。
「えっ、何で知って……」
「私は巫覡としてこの街の管理をしているからね、管理者として皆の名前くらいは覚えとかないと示しがつかないでしょ。」
そう、私は巫覡なのだ。神霊の力を借りて、私が管理している土地を守る。そのためには守る人を知っておかなければ。間違ってでも霊災で死んでしまうことだけは防がなくてはいけないのだ。
「全員知ってるって、それは」
「言葉を通りの意味、私はこの街に住む全員の顔と名前は把握してる。」
「そ、そうなんだ、凄いね……」
「あ──ごめん、ちょっと今の気持ち悪かったね。」
はっと、そんな反応をされて我に返る。
ちょっと、今さっきの言い方はキモかった。こんなの捉え方によっちゃみんなの動きを監視してるストーカーに見られてもおかしくない。
何やってんだ、仲を深めようと話しかけた筈なのにこんな突き放すような発言して。これじゃ距離なんか全然縮まらないだろ。もっとデリカシーのある言葉を喋れ、私。
「とにかく、今日貴方に会いに来たのは少し提案があって。」
警戒しながらコクコクと頷く彼女に、私は思い切ってこう言う。
「今日の放課後、私とデートをしてくれない?」
そう聞いて、目を丸くした彼女を向こう一週間私は忘れないだろう。
この話は前後編完結型です。
良ければ後編も見てくれると嬉しいです。