嫁さんが弟をぶっ殺せって言うんだ   作:キューブケーキ

1 / 2
第1話

 元暦二年三月二十四日。

 赤間関の沖を覆い尽くすごとき水軍の咆哮が、春霞の海を震わせていた。

 波間に火の粉が舞い、源氏の白旗が風に翻る。義経は屋島での勝利をさらに上回る奇襲と奇策を用い、ついに平家一門を西海に追い詰めた。

 だが彼の双眸に映るのは勝利の歓喜ではない。

 ――この勝ちが兄上の忌みと成る。

 船上より遠眼を覗く義経の姿は、武神の如き威容を誇るも、胸中に去来するはかの人の怒気であった。

 源頼朝。鎌倉の棟梁にして関東武士団の総領。兄は義経が帝より官位を受けたと知ったその日より弟を逆臣と断じ、もはや義の絆は切れた。

「――われ、鎌倉に戻る許し得られぬ」

 副将である伊勢義盛がその言葉を聞いた時、一瞬の沈黙が流れた。

 誰もが主君が冗談を言ったとは思わなかった。戦場において冗談は死を呼ぶ。

 壇ノ浦の潮流は変わりつつあった。

 平家の船は沈み、安徳天皇は三種の神器とともに海底に消えた。

 平氏滅亡。だがこれは新たなる内乱の始まりであった。

 義経は戦勝の報告とともに、朝廷より任じられた官位を携えて京に凱旋する。

 だがそこにあったのは冷ややかな視線と、数多の使者だった。

 それらはすべて鎌倉よりの通達。

 曰く、「朝廷の沙汰を受けしこと、無断にして不忠。義経、関東に帰るべからず」と。

 関東武士は武門の棟梁たる頼朝を中心に動く。

 義経は武の華ではあるが、幹ではない。

 義に生きた男の前に、権謀と制度が立ち塞がる。

 夜。義経は鞍馬の夢を見る。

 ――もしあの時、遮那王として静かに修行を続けていれば。

 だが京は燃えていた。政治の炎、信義の火、憎しみの焰。

 壇ノ浦に勝ち、兄に背かれ義経は一つの道を見出す。

「ならば我が征く先は星の大海。征東将軍なりや」

 それは反逆であると同時に、鎌倉に取り残された義の奪還であった。

 京の闇の中、義経は静かに筆を執り、一通の文をしたためる。

 ――後白河法皇殿へ。

 それはすべての始まりだった。

 夜はまだ浅いというのに、院の御所には燭が灯り、薄墨のような緊張が満ちていた。

 後白河法皇の面前にひざまずくは、白き直垂に黒糸縅の鎧直垂をまとった義経。

 その容貌は戦場における猛将のそれとは違い、どこか浮世離れした清廉をたたえていた。

「して、頼朝に刃向かうと申すか」

 それは命を握る者の声ではなかった。

 まるで神の代行者としてこの国を操る傀儡師の興味の声であった。

 義経は伏して答える。

「関東の棟梁、われを賊と呼ぶ。ならば我が行いは義にして忠。帝のため乱を正さん」

 御簾の奥から細く老いた笑い声が漏れる。

「それがしの手にあるは、朝廷の威であって力ではない。そちにその力があるのか?」

 沈黙。

 それが肯定だった。

 義経は既に山城、近江、紀伊の旧平家残党と接触を持ち、また摂津、播磨の地侍を糾合していた。

 頼朝の幕府が関東八カ国にしか及ばぬ中、義経の行動範囲は、すでに畿内征服の気配を帯びていた。

 法皇はゆるりと掌を動かし、ひとつの巻紙を与えた。

 ――頼朝追討の院宣。

 すなわち帝権による征夷大将軍の否定である。

 その瞬間、義経の運命は定まった。

 英雄ではなく叛臣として歴史に記される可能性を飲み込んでなお、義経は筆を執る。

 一通は熊野別当行範へ。一通は比叡山衆徒へ。一通は畠山重忠の妻方を通じて、密かに東国へ。

「まず鎌倉の外を包囲すべし。兵を上げるは、京にてなく関東にてなり」

 その言葉に弁慶が応じた。

「されば源氏の名において、まずは源氏を討つことになりましょうぞ」

 義経は静かに頷いた。

 白河の夜は更け、内裏に風が走る。

 それはかつて保元・平治を知る都の風。血を孕み、義を試す風。

 ――頼朝は何を以て兄たりえるのか。

 その問いが義経の中で火となる。

 やがてその火は都を焼き、関東を灼く炎へと変じていく。

 

 

 

 

 文治元年六月。

 鎌倉の大軍、ついに畿内へと侵攻す。

 総大将は源範頼。義経と同じく源氏の血を引くが、頼朝の命に忠実に従い決して己の名を前に出すことはない。

 正攻法の軍略を重んじ、武士団の結束力で制圧していくその進軍は、関東においては無敵を誇った。

 だがここは畿内。

 神社仏閣が軍事を動かす洛中の戦。

 義経は、あえて宇治川にてこれを迎え撃つ。

 六月十五日未明、宇治川に濃霧が立ち込める。

 義経は伏兵三千を山科へ夜陰に紛れて忍ばせていた。

 一方、弁慶が率いる三百の選抜部隊は、宇治川に架かる橋にて正面を押さえ守備は完成した。

 義経は言った。

「範頼殿は兄上とは違う。だが、あの方の名において我を討たんとするならば、いかに義の士といえど容赦はできぬ」

 それは血を流す覚悟の告白であった。

 その時、橋の向こうに軍鼓が轟く。

 鎌倉の騎馬軍団が一気に宇治川を越えんとするが、弁慶が先陣にて槍を構える。

「武士の世を作らんとする者が、義を捨ててはならぬぞ!」

 咆哮とともに馬の腹を貫いた槍が火花を散らす。

 戦力の格差が増大するに従い、橋は血と炎で染まりゆく。

 だが宇治は囮であった。

 義経の主力は、京の裏手より山道を進み、宇治川を渡った鎌倉軍の背後を衝く構えにあった。

 山科口より現れたのは、義経自ら率いる直参部隊。

 霧を切り裂き、乾いた鬨の声が響く。

「源九郎、ここに在り!」

 後背を衝かれた鎌倉軍は混乱する。

 範頼は軍をまとめるべく退却命令を出すが、既に義経の兵は退路を遮断していた。

 戦場の主導権は完全に義経が握っていた。

 午後、範頼は捕虜となる。

 義経は自ら尋問に立ち会い、こう問う。

「我がしてきたこと、叛か。されど貴殿もまた兄の命に忠を尽くした。ならば我らはただ、兄弟の道に殉じたか」

 範頼は答えなかった。

 ただ静かに頭を垂れた。それが範頼なりの答えだった。

 この戦をもって関東では動揺が走る。

 畠山重忠は密かに母方の縁者を通じて義経と連絡を取る。

 また甲斐源氏の一部や信濃の地侍らも、義経の武威に呼応し始めていた。

 義経は言う。

「関東は武士の地なれど、武士に義無くば、土と同じよ」

 そしてその夜、弁慶が義経に囁いた。

「戦は勝ちましたな。されど道はますます険しくなり申した」

 義経は一瞬、黙し――やがて言った。

「……それでも、進む他はない」

 

 

 

 

 源頼朝は床に背を預けたまま目を閉じていた。

 遠く潮騒が聞こえる。

 それは伊豆に流されたあの頃と同じ音だった。

 ――義経。

 あの名を思い浮かべるだけで、胃の腑が焼けた。

 あまりに華やかで、奔放で、民に愛され、帝に信任され、武士の掟よりも義を尊んだ男。

 同じ父を持ちながら、なぜこうも異なるのか。

「……おれは、おまえが好きだったのだ」

 その言葉を声にすることはなかった。

 だが、かつて鶴岡八幡宮の影でともに歩いた日々。

 討幕の檄を交わしたあの夜。

 弟の瞳に宿る希望の焰は、頼朝の心を何度も救った。

 ――だからこそ、赦せなかった。

 朝廷より任官の沙汰があったとき、頼朝は筆を取り淡々と命を書いた。

「義経、追討せよ」

 兄としてではない。

 鎌倉殿としての命令だった。

 だがその裏に、密かに書き記された一条がある。

「もし生きて捕らえたる時は、これを討ち果たしたとせよ」

 公には「死んだ」とされ、その首は差し出されたことになる。

 だが実際には生かして、どこか遠くに流してやる。

 頼朝は薄く笑った。

「それがせめてもの、兄の務めよ」

 その言葉を聞いた者は誰もいない。

 だが鎌倉の夜風だけはその心を知っていた。

 

 

 

 京の夜は静かだった。

 義経は戦支度の整った具足のまま、内裏の東廊を歩いていた。

 宇治川の戦に勝ち、範頼を捕らえ、畿内は制した。

 だが胸の裡は未だ霧深く晴れぬ。

「兄上……なぜそこまで、我を斬らんとする」

 勿論、誤解である。

 つぶやきは誰に届くこともなく、柱の陰へと吸い込まれていく。

 ――自らの名を使わずに官位を得たことが、不忠ならば詫びよう。

 だが義経には分からなかった。

 なぜ兄は、一度として自らの言葉で問うてこなかったのか。

 京から鎌倉に送った使いは皆帰らなかった。書状も音沙汰もない。

 義経はただ闇の中で斬られる実感だけを持たされ続けていた。

 それは兄ではなく、主の態度だった。

「兄上にとって、われは駒にすら値せぬか……」

 義経の掌は震えていた。それは怒りではない。

 かすかに残っていた兄への情、縋る想い――それが断たれた瞬間の震えだった。

 彼は知らなかった。

 頼朝が、密かに「捕らえられたなら死んだことにせよ」と命じていたことを。

 その裏に最後の情があったことを。

 それは決して知らされぬまま、義経の心から兄は死んだ。

 この夜、義経は決意する。

 兄にではなく、鎌倉そのものに刃を向けることを。

 情は断たれた。残るは義の道。

 

 

 

 文治元年 七月初旬。

 京の南に風が立つ。

 源義経、東征の軍を発す。その数、一万二千。

 主力は熊野水軍、比叡山衆徒、雑賀衆、西国の落人と浪人、加えて畠山重忠が密かに差し出した三百騎の名義無き兵。

 まさに寄せ集めの軍――されど、総大将は義経であった。

「われらは官軍なり」

 義経はそう宣言した。

 後白河法皇より賜った頼朝追討の院宣は、軍の正統性を示す錦の御旗である。

 だが兵にとって重要なのは紙切れではない。

 目の前に立ち、血を浴び、泥にまみれる将が、いかなる者であるかであった。

 義経はそこにいた。

 同じ地を歩き、同じ食を取り、同じ寒さに震えた。

 それだけで十分だった。

 一方、鎌倉。

 範頼敗走の報が届いたとき、頼朝は表情ひとつ変えずこう言った。

「ならば、我が征かぬ限り関東は持たぬか」

 北条時政は進言する。

「義経は東国武士の理非を知らぬ者。武威で押し通せば、いずれ瓦解いたしまする」

 だが、それは一縷の希望でしかなかった。

 なぜなら関東の若き武士たちは、義経に憧れていた。

 ――一の谷を駆け下り、壇ノ浦で平家の兵を沈めた武人。

 ――貴種流離の英雄にして鎌倉に虐げられた悲劇の将。

 その名に、特撮ヒーローのような幼き頃の夢を重ねる者は多かった。

 義経軍は、美濃から信濃を経て関東へと入る。

 これは中山道を避けた、敢えての険路。

 理由はただ一つ――迎撃を避け、兵を疲弊させぬため。

 また彼は、進軍中に戦わずして靡かせる策を取り続けた。

 甲斐源氏へは、かつて父義朝に与したことを讃える書状を送る。

 常陸では、源家に討たれた平家残党に恩赦を与える。

 武蔵では、地元の豪族の娘を病から救い、家ごと懐柔する。これは抱いてと惚れるのも無理はない。

 義経は戦わずして人を取り、兵を奪った。

 それは、頼朝の制度と律による支配とは真逆。

 恩と義による結束であった。

 だが弁慶だけは憂えていた。

「殿。あまりに人を信じすぎてはおられませぬか」

 義経は笑った。

「信じられぬなら戦などできぬ」

 それは天才の無邪気な断言ではない。

 疑えば兄に等しくなるという、哀しい信念だった。

 東征軍はついに武蔵国の国境へ到達する。

 次の戦は宿命の地――鎌倉の扉口を開く、武蔵・入間川。

 関東は今、揺れている。

 秩序か義か。兄か弟か。

 

 

 

 

 文治元年 七月二十一日。

 入間川の水は、夏の日差しを受けて鈍く濁っていた。しかし夏の気温は30℃前後と比較的涼しい。

 かつて秩父平氏が栄えたこの地に、今また武士たちの血が流れようとしている。

 川の北には義経軍一万二千。

 南岸には鎌倉方・北条時政率いる本隊八千、三浦義澄、安達盛長、上総広常らの支隊を加えた総勢一万強。

 東国武士団の誇りと権威を賭けた、宿命の対峙だった。

 義経は陣幕を開け、遠眼を川向こうに向けた。

 風が吹く。

 それは、かつて宇治に立ったときと同じ、戦の直前にだけ訪れる異様な静けさ。

「北条の戦は、固い」

 副将佐藤継信の言に弁慶がうなずく。

「兄の采配を真似ておる。堅牢にして用兵規矩なれば、真正面からぶつかれば損を致しまする」

 義経は軽く首を振った。

「損はよい。だが損だけでは済まぬ策を以て敵の心を斬る」

 彼の策は、退かぬことであった。

 前夜より、川を渡りたがらぬ鎌倉方を逆用し、義経はあえて一部の兵を渡河中に見せかけて斬らせる。

 即ち――損を囮に変える、冷酷な捨て身の兵法。

 七月二十二日未明。霧が川を包む。

 義経の命により、雑賀衆の弓隊が霧の中に紛れ鎌倉方の前衛を一斉射撃。

 そこへ熊野水軍の一団が筏で渡河し、突如として北条本陣の側面に出現する。

 ――これが川の上を歩く男、源義経の真骨頂であった。

 騒然とする鎌倉軍の陣。

 弓も槍も役をなさぬ霧中で、最も冷静に動いたのは、畠山重忠であった。

 重忠は北条に問う。

「なぜ、あの御方を賊と呼ぶのだ」

 時政は呻くように答えた。

「将軍家の体面が崩れる。義経殿を赦せば、関東武士の統制が乱れる」

 重忠は甲冑の紐を切る。

「ならば統制とは何だ。義を斬り、兄弟の情を切って保つものか」

 その言葉を最後に彼は義経側に寝返る。わずか三百の兵が鎌倉の後背を衝く。

「重忠。お前の子や妻達をどうするんだ……愚か者め」

 入間川の霧が晴れた時、戦はすでに終わっていた。

 北条時政は、辛くも退却。

 三浦・上総は相次いで陣を解き、鎌倉への帰還を選んだ。

 関東武士団にとって初めての敗北であった。

 義経は戦後ただ一言、こう述べた。

「我らは秩序を壊しに来たのではい。義を取り戻しに来たのだ」

 この勝利により関東の諸将は一斉に動揺する。

 相模の中村党、上野の新田氏、常陸の八田氏らが、密かに義経への忠誠を打診する。

 そして義経軍の進軍先にひとつの名が浮かぶ。

 鎌倉――武士の都にして、兄の牙城。

 

 

 

 

 鎌倉・大倉の館。

 夏の陽が庭を焼くように照り、白砂がきらきらと光っていた。

 北条政子は、静かに扇をたたんだ。

「……強い者に従うのは、女の性よ」

 誰に語ったわけでもない。

 けれどその言葉は、この館を支える石垣のごとく、確かな覚悟だった。

 政子は見ていた。

 頼朝が義経の名を口にするたび、かすかに視線を逸らすのを。

 憎しみよりも先に痛みがあることを。

「政を為す男が、情に溺れたらおしまいよ。あの人は……まだ兄であろうとし続けている」

 扇の先で、庭に咲いた白百合を打つ。

 それは、己の未練を払う仕草にも似ていた。

 一方、頼朝は書院に独りいた。

 眼前の机上には、何度も読み返した一通の文。

 かつて義経が送ってきた許しを乞う手紙である。

「兄上に背いた覚えはない。ただ帝の信を受けしことが罪となるのであれば、われに罪ありと知る」

 頼朝は手紙を火にくべなかった。

 いく度、焼こうとし指が止まった。

「……おまえを生かしておけばよかったのか……?」

 声が、煙のように消えていく。

 義経はすでに関東を震わせ、武蔵を制した。

 あの弟がやってくる。

 誰よりも速く、誰よりも高く。炎のように、風のように。

 頼朝の眼がかすかに揺れた。

 それは源氏の総領として許されぬ揺らぎだった。

 その夜、政子は頼朝の枕元に言った。

「情に溺れて死ぬならそれでいいわ。でも――この鎌倉をあの弟にくれてやるなら、私は、あなたを鎌倉殿とは呼ばない」

 頼朝は黙して答えなかった。

 が、胸の奥では烈火が立ち上っていた。

 情と義と権と女。

 すべてが絡み、煮え立ち冷めぬまま、翌朝を迎える。

 

 

 

 文治元年 八月初旬。

 源義経、ついに鎌倉へと至る。

 かつて兄と語らい、鶴岡八幡宮をともに仰ぎ見た地――

 今や、それは炎の渦中にある。

 義経は総勢一万五千をもって、鎌倉三方より包囲を成す。

 西の極楽寺坂。北の亀ヶ谷坂。そして東の名越坂。

 だが鎌倉は沈黙していなかった。

 頼朝はすでに守るための鎌倉を築き上げていた。

 三浦義澄、上総広常、土肥実平ら、古参の将が命を賭して布陣。

 義経軍は三方より波状攻撃を仕掛けるも、鎌倉は石のごとく動かぬ。

 第一波――極楽寺坂の斜面で熊野兵が崩れた。

 第二波――名越坂の谷間にて雑賀衆が火攻めにあった。

 第三波――亀ヶ谷の関にて、佐藤兄弟が討死。

 義経、焦る。

 ここに至り、初めて攻めあぐねる感覚を覚える。

 鎌倉はただの城ではない。それは頼朝そのものだった。

 そして頼朝自身が現れる。白地に黒糸縅の甲冑。

 源氏の大将として、久しく前線に出ることのなかったその姿に兵が沸く。

「……この戦、北条の指図ではない。誰が為すか、俺が為す。俺が弟を斬る」

 その声は低く、だが確かだった。

 政子も、北条もいなかった。

 そこにいたのはただ、源頼朝という男。

 義経は軍議にて言う。

 

 

 

 

「……鎌倉殿は、今なお兄ではあらぬ。我が前に立つは、武士の頭よ」

 弁慶は、敗北の気配を悟っていた。

「殿、ここにて退けば命拾いはできます。院の庇護も得ておられましょう」

 だが、義経は首を振った。

「この刃を兄に向けたとき、もう引く道はなかった」

 その言葉は断崖から飛び降りる覚悟であった。

 八月十五日、最後の攻撃。

 義経は、総力を挙げて極楽寺坂を突破せんとし、自ら先頭に立つ。

 しかし、その道の先に待っていたのは、頼朝自身の槍部隊。

 源氏の兄弟がついに槍を交える瞬間だった。

 その戦、烈火の如く。

 兵の声が消え、ただ刃と刃の火花が、義と秩序を巡る衝突を描き出す。

 やがて義経は傷を負い撤退を余儀なくされる。

 彼はまだ生きていたが鎌倉は落ちぬ。

 頼朝は政子のもとに戻った夜、ただ一言だけ告げた。

「……俺はおまえの傀儡ではない。義を斬ったのは、俺だ」

 政子は無言で頭を下げた。

 それは勝者と敗者の会話ではなかった。

 国家を築く者と、それを支える者の会話であった。

 この夜、義経は相模の山中に消えた。

 彼の姿を見た者は、もういない。

 だが、のちにある者は言う。

 義経は討たれたのではない。生きたまま、歴史から捨てられたのだと。

 

 

 

 八月二十日、鎌倉陥落ならず。

 義経軍は壊滅的な損耗を被り、極楽寺坂を退く。

 その夜――

 山中の仮陣にて、義経は静かに膝を折った。

 敗北ではあったが命はあった。

 不思議なことに追撃はなかった。

 一方、鎌倉。

 頼朝のもとに、斬り伏せられた義経の影武者の首が届く。

 誰もその偽首を疑わなかった。

 否――疑っていても、誰も言わなかった。

 頼朝は、首を見ずに言う。

「……弟は、死んだのだろう」

 北条政子は、その言葉に頷く。

 だがその声音に、どこか決して触れてはならぬ情の残滓を聴き取った。

 義経は生きていた。

 播磨・備後を経て、長門へ。

 かつて平家が最後の砦とした西国にて、彼は再び旗を掲げる。

 壇ノ浦の潮を見下ろしながら、弁慶が呟く。

「この地を再び兵の血で濡らすおつもりですか、殿」

 義経は沈黙のまま、遠くを見つめた。

 やがて口を開く。

「兄上は、わしを殺さなかった……。ならばこの命は、まだ使えということ」

 そこにいたのは、もはや流浪の悲劇の将ではなかった。

 義を掲げし者として、再び立ち上がる男の姿だった。

 西国にはまだ燻る者たちがいた。

 かつて平家に仕え、今は追われる身の者。朝廷に冷遇された者。

 鎌倉に生き場を持たぬ武士たち。

 義経は彼らに向かってただ一言だけを放った。

「我に与せよ。義の名の下に」

 その声は、かつて壇ノ浦を揺るがした鬨と同じ響きを持っていた。

 そして源頼朝は、再び書院の灯の下で筆を執った。

 義経に追手を差し向ける書状を書いて、破り捨てる。

 また書いて、また破る。

 ――情を捨てた男は、もういなかった。

 頼朝は己が勝者であることを知っていた。

 だがその勝利が何を失わせたかも、また知っていた。

 その後、義経は西国にて静かに力を蓄える。

 一方、頼朝は幕府を完成させ武士の時代を築く。

 だが、ふたりの魂はどこかで、決して交わらぬまま互いを見ていた。

 秩序は義を呑み込んだ。だが義は決して滅びていなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。