怪獣娘トロピカルアイランド開拓記   作:照喜名 是空

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サバイバル編
生まれ落ちた罪


夜の海に、歌が響く。

私は気が付いたら海の中で存在していた。

いつ生まれたのか、誰から生まれたのか、自分が何者なのか。

何もわからずにただぷかぷかと泳いでいた。

 

『歌いましょう、ゴミみたいなくずみたいなドブネズミの歌』

 

いつしか、海を伝って誰かの歌が聞こえてきた。

それが私の自我の始まり。

当時は歌の概念もわからず、ただ心地いい音に誘われて近づいて行った。

 

『泥の中にだけ輝く星がある

どん底でしか見れない花がある』

 

海面からそっと顔を出すと、人間の女性が歌っている。

茶色い髪を三つ編みにして星の下、波打ち際でギターを弾いていた。

がなるような、情熱的な歌。感情的なアコースティックの音色。

 

『私はそれを優しさと呼びたい』

 

言葉の意味はまったくわからなかった。

でも私は何か惹きつけられて、ずっと聞いていた。

 

『諦められないで踏みとどまったそこがスタートラインだから。

這ってでも行くよ。希望を捨てても、明日を捨てる理由にはならないから。

いつか最高のエンディングにたどり着くために』

 

その人はしばらく思い切り歌うと、海辺に建てられた家に戻っていった。

私は追いたかったけど、海から出るのも怖くてその後姿を見ていた。

ただ、頭の中でずっと歌を思い返していた。

 

それが何かわからない。それでも、歌は私の魂に火をつけたんだ。

 

『全ての誕生に光あれ。

いいことばかりじゃないけど。

それでも歩く意味のある道だと信じたいから』

 

気がつくとまた夜になってその人は歌った。

私は気が付くと、その声に合わせて歌っていた。

その人は一瞬驚いたように手を止めると、意を決したようにさらに強く歌を続けた。

 

『その道の中で気が付けば輝きを放つ出会いがあった。

くだらないことでも、今日を戦う理由になった。

だから、生きる理由なんてそれでいいんだ』

 

気が付けば海から上がって、その人の近くでずっと歌っていた。

その人は私の姿を見て、また何か『決意』みたいなものを増した。

後から聞けば、その時の私はずっと笑顔で歌ってたらしい。

だから私から逃げずに彼女は歌ってくれたんだって。

 

『それが君の笑顔になって、いつか希望になるから。

だから友よ、あきらめるな』

 

その人は静かに演奏を止めて、私の目を見た。

 

「きみ……人じゃないよね?言葉とかわかる?」

「キミ、ヒトジャナイヨネ?コトバトカワカル?」

 

私は笑顔のまま同じことを繰り返すだけだった。

実際、あの頃の私は完全に赤ん坊で、知性の程度はインコくらいだった。

 

「あー……そういう感じか~。わかんないかあ……歌は好き?」

 

私はまた繰り返して、彼女に歌を催促するためにギターを指さした。

何を言えばいいかなんてわからなかったけど、何とか伝えたくてぴょんぴょん跳んだ。

 

「ア!ア!ア~♪」

「歌ってほしいの?」

「ア!ア!」

 

彼女は少し考えるとまた歌った。何曲も何曲も。

私は一度聞けばその歌を覚えていっしょに歌った。

そして、彼女は歌い終えると、栄養飲料のふたを開けて、コップに注いで一口飲んで見せてから私に差し出した。

 

「ごはんとか食べれたりするのかな?飲んでみ?」

「アー?ン……?ア!ア!」

 

私はこれも真似すればいいのだと気づいて少し飲んでみた。

とてもとても甘かった。おいしかった。

それがブドウ味なのだと知るのはずっと後のことだ。

 

「ア!ア!」

「おいしい?」

「ア~!」

 

ブドウね……ずっと後で読んだ聖書にはこうあった。

『取りて飲め。これはわが契約の血、多くの人の罪のゆるしのために流すものなり』ってね……

結果的にはそうなったよ。これは契約の血だったんだ。

 

「そういう感じか~……!そうか、人型かぁ……わかった、わかったよ……うん、これが私にできる最後の仕事だね」

「ア~?」

「ねえ君、私のおうちにおいで。おいしいもの、もっとたくさんあるよ。歌も歌ってあげるよ。歌。これね」

 

そう言って家を指さし、ギターを軽く鳴らした。

 

「ア!」

「じゃあおいで、いっしょにいこう」

「ア!ア!」

 

それから、彼女と私の奇妙な生活が始まった。

彼女は全部をおしえてくれた。

物には名前があることから始まって、言葉も、料理も、歌も、ギターも。

おしゃれだっておしえてくれた。

 

言い忘れたが、私はどうも美少女らしい。

髪がまっ白、肌がコンクリ色で、サメみたいな尻尾とギザ歯があるけど。

おまけに目も金色だ。

髪は彼女がいい感じにボブカットにしてくれたし、服はおさがりのワンピースをくれた。

 

私は一週間もせずに人間らしくなった。

……そうして、教えてくれた。私が人間じゃないことも。

 

「ママ!ごはん!おいしい!」

「お~そっか。人からご飯貰ったときはおいしいってちゃんと言えてえらいね。終わったら?」

「ごちそうさま言う!」

 

私は食卓についてスプーンで焼き魚や焼いた肉、栄養食を食べていた。

どれもおいしかった。1週間で私はここまで学習していた。

……あきらかに、異常な生物だ。

 

「そうだぞ~。礼儀は大事だからね」

 

ママは真剣な顔だった。

それは今思えば私が人間世界で生きていくための教育だったんだろう。

その教育が残酷な事だとも、ママはちゃんと理解していただろう。

最初に出会ったときに見えた『決意』。

それは命がけで私を人間らしく教育することだった。

私が人間社会で苦しむだろうという罪も背負う、悲痛な決意だ。

 

「……わたし、人じゃないから?」

「……うん。礼儀をきちっとしてれば、人はちゃんと扱ってくれる。人を人として扱う事の第一歩が礼儀だから」

「ふーん?」

 

ママは何でも教えてくれたよ。

この世界がアビスっていうバケモノに襲われてて、社会が壊滅したって。

私はそのアビスが進化して人型になった存在だっていうことも。

収斂進化の概念でさえ。

そこまで教わるのに1か月かからなかった。

 

「私、化物なんだよね?どうしたらいいの……?」

「君がとれる道はいくつもなくって、頑張って人間に味方して仲間だって認めてもらうか、誰にも見つからないところに逃げるか……人と戦うかだね」

「やだよ!戦いなんてわかんないよ!」

「だから君がどんな道に行ってもいいように、私の知る限りを教えるよ」

「そう……」

 

ママはママの知るすべてを教えてくれたと思う。

サバイバルのやり方も、狩りも、小屋の建て方だって。

ぐずる私に丁寧に、根気よく。今思ったら感謝しかない。

何より、ママは私を愛してくれた。

たとえ、人類に味方してほしいという打算がある物だとしても。

愛がなければできないことだった。ここまでで半年。

 

『くだらないことでも、今日を戦う理由になった。

だから、生きる理由なんてそれでいいんだ』

「いいね、もうちょい上がり調子かな?」

「こう?」

 

そして、よく歌も教えてくれた。

この頃から『書き込みができないネット端末』を貸してくれた。

私の歌の才能はこの頃爆発的に成長して、二千曲くらいなら完璧にコピーできたし、自分で歌を作るようにもなった。

 

「うん、歌じゃもう私より上手いね。教えることはもうあんまりないけど、でもセッションすることで得るものはあるよきっと」

「それって、ママの魂って言うかスピリット的な?」

「そう、感情とか情熱とか。それは真似するものじゃなくって、感じるものだからね」

「わかった」

 

これで1年くらい。そして、このころからママは弱っていった。

ママは人類軍の兵士で、自分の部隊が壊滅してそのままこの海岸に住んだ。

脱走兵というヤツらしい。

今の兵士たちはアビスの肉体を材料にした武器を使ったり、アビスの細胞を移植したりしてアビスに対抗していた。

そのアビス細胞がママの肉体を蝕んでいるのだ。

 

「ママ、絶対わたし、ママの身体を治す薬を作るよ」

「……そっか。でも私はそんなに死ぬことはこわくないよ。誰だっていつかは死ぬんだからさ」

「やだよ、もっといろんなこと教えてよママ」

「……もう、教えることあんまりないよ……ははは。大丈夫、エレナは強い子。生きていけるよ」

 

私はエレナという名をもらっていた。

ママ曰く伝説のミュージシャンの名、らしい。アニメの中の。

でも実際、劇中歌はすごくよかったし、私も気に入ってる名前だ。

 

「タイプD4免疫抑制剤……タイプC3癌細胞ターゲッティング療法……ちがう、これじゃない……だいぶ近いところまできてるのに!」

 

アビスには毒腺がある。

私の場合は歯と爪にあった。体内である程度自由に物質生成ができる。

だから、アビス細胞だけを殺し、ママの本来の細胞だけを癒す薬ができる……そのはずだ。

ネットから薬学を勉強して、何度も何度も試作した。

時間との勝負だった。

ママの体力が薬に耐える分さえなくなればもう薬を投与しても無駄だとわかっていた。

 

「ママ!できたよ!たぶん、たぶんこれで……!」

「エレナ、いる……?もう、いいよ……」

 

私が出来上がった薬を注射器に入れて寝室のドアを開けると、もう完全に手遅れだった。

ダメだ、たぶんこの体力じゃ持たない、と直感的に分かった。

ママも自分でわかってたと思う。

 

「ママ!」

「おいで……だいじょうぶ、だいじょぶだから……抱きしめさせて」

「……うん」

 

カラン、と注射器が転がった。

こういう時は、とにかく一緒にいて看取ってほしい。

ママとはそういう約束になってた。

 

「エレナ……ごめんね……つらかったね……」

「ママ!大丈夫だから!私大丈夫だから!」

 

細くなったママの身体を抱きしめる。今は、自分の体を作っているアビス細胞が憎かった。

きっとどこかにいる私の祖先たちが憎かった。

 

「ごめんね……わたし、えれなに、ひどい、ことを……」

「私ママの子でよかったよ!だから……だから……うええ……!」

 

ママの身体が力を失っていくのがわかる。もう時間がない。

どうしたらいい、どうしたらいい!?

できるだけ、ママに安らかになってもらうには。

でも、ママは強かった。焦点を失いつつある目で、最後に私を見た。

 

「エレナ、愛してる」

 

それは愛という最も強い『呪い』。

 

「愛してるよママ……育ててくれて、ありがとう」

 

ママはかすかに笑うと、そのままぐったりと力を失い、死んだ。

笑顔は死人の無表情になり、目は開いたまま動かない。

ああ、これが死ぬということか。物体になるということか。

そう、嫌でもわかった。

 

「ママ……」

 

ママの身体を埋めて、お墓を作った。

ママが仕立てて治してくれたお古の皮ジャンを着て、ギターを担いで。

ママが残してくれたバイクにまたがる。

レブル1100。

ママが廃墟になったホンダドリームから引っ張り出してきたものらしい。

ガソリンはまだまだある。どこにいこうか……

 

どこまで書こう?

  • このまま一気に行こうぜ!
  • もうちっとだけ続くんじゃ
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