星の海が示すは天の音   作:レオ2

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プロローグ 後編 千歳天音の場合

 生きるのが怖い,そう思ったのはいつの頃だっただろう。

 空色の髪の少女は信号光る横断歩道で立ち止まり,ふと思った。

 都会の喧騒に差し込む夕陽,照らされた自分の影を見る。

 ちょっと動けば変わってしまう影,でもきっと同じ影に過去を重ねる。

 

 そう,あの日もちょうどこんな日だった

 

『美愛…美愛!起きてくれ美愛!』

 

 今はもう怖くてたまらなくて思い出せない父の顔。

 彼が抱きしめ,その視線の先には自分によく似た女性が血まみれで横たわっていた。

 きっと父も,この時はまだまともだったのだろう。

 必死に泣きながら母を抱きしめて尚,彼女が目覚める事は無かった。

 眠るように,安らかに眼を閉じる彼女を見て心の何かが決壊した。

 

『あ――』

 

 言葉にならない感情が,証明不可能な現実が,まだ10歳の彼女に襲い掛かったのだ。

 

 記憶は欠けている。

 ただ衝撃的だった母の姿だけが頭にこびりついて離さない。

 母との楽しかった思い出も,大好きだったはずの歌も…泡沫の夢のように消えてしまった。

 

 

 ——私が…コンクールになんて出なければ

 

 

 ありもしないIFを何度も描いては消す。

 そうすれば苦しくなるだけだなんて分かっているのに…自分が頑張ってる姿を見せたかっただけなのに,想い描くことを止められなかった。

 現実逃避だって,夢に希望を見るのなんてダメだって分かっているのに止められない。

 

 きっと私は,赦されない。

 母が死んでしまう原因を作った自分は…誰にも赦されない。

 そうだ,だからこそ父だって

 

『あいつに…あいつに似たその顔で俺を見るなぁあああ!!』

 

 あったのは狂気。

 経営していた会社はAIの台頭によって立ちゆくことが出来なくなり,倒産。

 母の死もあって,彼は壊れて堕落の道を歩んだ。

 

 毎日酒に溺れ,幼い彼女を殴り蹴り,暴言の嵐。

 好きだった母のピアノも売り飛ばされ,母が作ってくれた思い出の曲のテープも捨てられた。

 心のよりどころなんてなくて,ただ傷を付けられた日々。

 

「昔は…好きだったのに」

 

 心臓から逆流してくる黒い何かを必死に抑える。

 それは吐き出してはいけないものだと,直感的に思いながら歩道で蹲った。

 流れる記憶は拳,蹴り,言葉の刃。

 身体に出来た傷は,今では既にコンプレックス。

 

 いつの間にか,”お父さんには自分しかいないから”と,”昔は優しかったから”と誰にする言いわけでもなく我慢し続けた。

 いつか元に戻る事を信じた。

 そんなのは幻想だった。

 

 ——くる…しい

 

 記憶のフラッシュバックに耐え切れなくなった彼女は,回る世界を見ながら必死に眼を閉じる。

 歩道を渡る事が出来ると知らせるサイレンが,焦燥感を焚きつけ止まらなかった。

 ただ過ぎる過去の残響を,打ち消すことしか考えられなかった。

 

 ああでも…今日のはいつもよりも重い

 

 身体も,心も,何もかもが重くて自分のものじゃないみたいで…蹲っていた筈なのに,身体はあの世に向けて歩き出して――

 

 

「あまちゃん!!」

 

 

 鬼気迫った声で,あまちゃんと呼ばれた彼女は――千歳(ちとせ)天音(あまね)は,その声に引かれるように歩道へ力強く戻されていた。

 遠のいていく鼓動を聴きながら隣を見ると,顔を青くした初めての友達がいた。

 

 周囲に他の人はいなくて,天音が渡ろうとした横断歩道には命を奪う事が出来る鉄の塊が過ぎていった。

 それで自分がしようとした事に気がついて,友達に頭を下げた

 

「ご,ごめん…ともちゃん!わ…わたし」

「良かったぁ…ほんとうに」

 

 謝罪する天音を抱きとめる友達,天音は背中をポンポンとさすられながらも,未だ鉛色の鎖に繋がれ引きずられていた。

 

 

 




読んでくださり、ありがとうございます。
一応タグで残酷な描写を付けていますので、プロローグなのに重い展開にしました。

この話で何となく天音の事を分かってもらえたらなと思います。
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