新古典派経済学っぽい話から、マルクス経済学っぽい話へ   作:ヒルベルト

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新古典派経済学っぽい話 1

私は、グラコロバーガーを作ることが出来ない。

だから私は、「間宮」でグラコロバーガーを得る。

だから私は、市場でグラコロバーガーを得る。

 

世界は仕事で出来ている。

市場では、仕事が交換され、貸借されている。

私は市場でグラコロバーガーという「仕事(の産物)」を得た。

私は市場に「仕事」を返さなければならない。

 

私は、グラコロバーガーという「仕事」に対して、どれだけの「仕事」を返すべきか?

また市場では、どれだけのグラコロバーガーが生産されるのか?

 

 

グラコロバーガーに対して返すべき「仕事の量」を、価格Pとしよう。

そして、グラコロバーガーを得るために、「できる仕事の量」を、需要能Wとする。

ここで「できる仕事の量」というのは、「実際にできる」仕事の量という意味であり…

…「しても良いと思える」仕事の量という意味でもある。

需要能Wは、グラコロバーガーに対する需要の強さを示す変数である。

 

グラコロバーガーの数をqとすると、価格Pは…。

 

 P=W-Wq

 

q=1のとき、P=0となる。

つまり1個得られれば、もう仕事は返さない。

この式は、このことを表している。

 

グラコロバーガーを求めて「間宮」に、市場にやって来る者は、私一人ではない。

グラコロバーガーを求めて市場にやって来る人間の数を、需要規模Dとする。

 

 DP=DW-WDq

 

ここでDq=Qとして、このQを市場にあるグラコロバーガーの数…需要量Qとすれば

 

 DP=DW-WQ

 

この式を、需要関数と呼ぶことにしよう。

 

 

グラコロバーガーを与えた相手に求め得る「仕事の量」を、価格Pとしよう。

そして、1個のグラコロバーガーを作るために、実際にかかる手間…仕事を、費用Cとする。

 

グラコロバーガーの数をqとすると、価格Pは…。

 

 P=Cq

 

q=1のとき、P=Cとなる。

つまり1個与えれば、1個分の手間…「仕事」を求め得る。

1個より多く与えることができれば、1個分より多くの「仕事」を求め得る。

この式は、このことを表している。

 

市場に於いて、グラコロバーガーを作っているのは間宮さん一人ではない。

市場に於いて、グラコロバーガーを作っている者の人数を、供給規模Sとする。

 

 SP=CSq

 

ここでSq=Qとして、このQを市場にあるグラコロバーガーの数…供給量Qとすれば

 

 SP=CQ

 

この式を、供給関数と呼ぶことにしよう。

 

 

それで、私はグラコロバーガーという「仕事」に対して、どれだけの「仕事」を返すべきなのか?

私がグラコロバーガーに対して支払うべき価格Pは、如何ほどなのか?

 

求められるグラコロバーガーの数と、作られるグラコロバーガーの数が等しくなる時。

需要量Qと供給量Qが等しくなる時に、価格Pも定まると思われる。

 

そこで需要関数と供給関数から価格Pと、需要量=供給量Qを求める。

 

 DP=DW-WQ

 SP=CQ

 

 ↓PとQについて、連立方程式を解く

 

 P=C・DW/(CD+SW)

 Q=S・DW/(CD+SW)

 

 P≡価格  :グラコロバーガー一個に「支払われる」仕事量

 Q≡生産量 :市場で作られ、食されるグラコロバーガーの数

 D≡需要規模:顧客の数

 S≡供給規模:生産者の数・生産力

 W≡需要能 :グラコロバーガー一個に対する「需要の強さ」

 C≡費用  :グラコロバーガーを一個作るのに要する仕事量

 

価格と需要能、費用は、本来仕事量なのだが…

…残念ながら、これらは往々にして貨幣によって、金額によって表されている。

 

 

ここで私は、価格Pと生産量Qを数式で表した。

ところで、我々は数式によって、価格Pと生産量Qを「予測」できるだろうか?

 

価格Pと生産量Qは市場によって、市場の動きによって定まる。

そして市場は人間の、我々の行動・行為によって動いている。

 

もし価格Pと生産量Qが、数式によって「予測」できるとすれば…

…人間の、我々の行動・行為は、数式…法則によって支配されていることになる。

価格Pと生産量Qが、本当に「予測」できるとすれば…

…人間は、我々は、数式・法則に支配された、不自由な存在だということになる。

 

価格Pと生産量Qは、数式によって、科学的に予測することができる。

…そう主張する人間たちがいる。

この人間たちは、自分たちを自由の守護者と称している。

だが、価格Pと生産量Qが予測出来ると言うことは、人間が全く自由でないことを意味している。

この人間たちは、自らを自由の守護者と称しながら、実は人間が自由であることを認めていない…。

 

 

人間は自由である。

ここでは、そう信じておこう。

人間が自由であれば、数式によって価格P、生産量Qを予測することは出来ない。

 

ならば、数式にはどんな意味・意義があるのか?

 

数式で、未来を予測することは出来ない。

しかし数式を通して、現在の出来事を描くことは出来る。

しかし数式を通して、採り得る行動を知ることは出来る。

 

グラコロバーガーが足りない?

何故だ?

客の人数Dが多すぎるのか?

客の需要Wが強すぎるのか?

グラコロ一個あたりの手間Cが大きすぎるのか?

そもそも生産力が、人手Sが足りないのか?

 

グラコロバーガーが足りない?

ではどうすれば良いのか?

客の人数Dを減らすのか?でもどうやって?

客の需要Wを弱めるのか?でもどうやって?

グラコロ一個あたりの手間Cを小さくするのか?でもどうやって?

やはり生産力を、人手Sを増やすべきなのか?でもどうやって?

 

人間は、そして我々は、このように、数式を通して現在を見て、採るべき行動を見出して行く。

数式を通して見えた現在が、正確であるとは限らない。

数式を通して採った行動が、良い結果を出せるとは限らない。

しかし、人間は、そして我々は、数式を通して現在を見て、採るべき行動を見出して行く。

 

 

私は、数式の中で用いられる変数について、さほど精確な定義を与えなかった。

需要能Wとは?需要の強さと言うが、具体的には?それはどうやって測るのか?

費用Cとは?グラコロ一個あたりの手間と言うが、具体的には?それはどうやって測るのか?

 

何を需要能Wとし、費用Cとするか?

需要能Wを、費用Cを如何にして計測するか?

それは、この数式を見た読者に任せよう。

 

一つだけ言っておくと、

価格を…何かの価値を決め、測るものは、

疲れるとか、難しいとか、面倒くさいとかいう、個々人の感覚なのだ。

そしてその感覚は、個々人によって違いがある。

 

変数の捉え方、計測の仕方次第で、「様々な物の見方」が生じる。

そして市場に、社会に必要なものは、まさにこの「様々な物の見方」なのである。

 

だから、先ずは…

Засунь формулу в карман души и отправляйся на рынок.

 

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