新古典派経済学っぽい話から、マルクス経済学っぽい話へ 作:ヒルベルト
私は、借用証…カネを出して、間宮さんからグラコロバーガーを「借りる」。
私はこの「借り」をどのように「返す」のか?
「借りを返す」ということは、「借用証を取り戻す」ということである。
そこで、私が出したカネの行方を追ってみると…
間宮さんはカネを出して、農場からグラコロの原材料…小麦を「借りる」。
農場はカネを出して、私から小麦を作るための仕事を「借りる」。
(間宮さんは小麦から直接グラコロバーガーを作っているわけではないが…。)
…こうして私は仕事と引き換えに、カネを、「借用証」を取り戻した。
こうして私は、「借り」を「返す」ことができた。
私 (カネ)→ 間宮さん(カネ)→農場(カネ)→私
私←(グラコロ)間宮さん←(小麦)農場←(仕事)私
カネを使うことで、貸借…信用を通して、
人間は、我々は、互いに助け合うことが出来る。
カネを使うことで、信用を通して、
人間は、我々は、市場を、社会を創り上げ、維持し…
…その中で生きていくことが出来るのだ。
カネ・貸借…信用の流れと、
グラコロや小麦などの、仕事(の産物)の流れは、
表裏一体になっている。
ここで、カネ・信用と仕事(の産物)の間にある関係を見ておこう。
カネを手にしたら、
その後は、使うか使わないかのどちらかしかない。
カネが使われない確率を、貯蓄率sとする。
市場を流れるカネの総量をMとすると…
sM=S
このSは貯蓄額≡使われないカネの額ということになる。
sが貯蓄率、カネが使われない確率だとすれば…
1-s=a
このaを、カネが使われる確率…支出率aとする。
sM=S
↓1-s=aより
M=aM+S
ここでaMは、使われるカネの額と言うことになる。
グラコロバーガーの価格が700円。
原料である小麦の価格も700円。
小麦を作る私の賃金も700円。
(ありそうにない状況だが…)
この場合、仕事の「総額」は700*3=2100円ということになる。
仕事の「総額」は2100円だが…
私(700円)→間宮さん(700円)→農場(700円)→私
私←(グラコロ)間宮さん ←(小麦)農場 ←(仕事)私
…市場に必要なカネの量は、700円だけで良いことになる。
貸借の回数をvとすると、市場で必要なカネの量Mは…
M=PQ/v
だから
M=aM+S
↓M=PQ/v
M=a(PQ/v)+S
市場では、社会では、何が起こるか予測ができない。
急に何かが必要になることもある…急にカネが必要になることもある。
そのときは、緊急に貯蓄額Sからカネを引き出すことになる。
急にカネが必要になる≡利息率ρが大きくなる。
利息率が大きくなることで、貯蓄額Sが小さくなる様を
S→S(1-ρ)とすれば…
M=a(PQ/v)+S(1-ρ)
M≡カネの量
P≡価格・物価
Q≡仕事(の産物)の量・生産量
S≡貯蓄額
a≡支出率
ρ≡利息率
これが、市場を流れる信用・カネの式である。
私 (カネ)→ 間宮さん(カネ)→農場(カネ)→私
私←(グラコロ)間宮さん←(小麦)農場←(仕事)私
貸借…カネ・信用の流れと、仕事(の産物)の流れは、表裏一体となっていた。
しかし、実際に我々の生存を支えているのは、あくまでも仕事の流れである。
グラコロバーガーという仕事の産物は、今この時、私の生存を支えたが…
…原料の小麦が、農場での仕事が私の生存を支えるのは、未来の出来事になる。
仕事の流れの上に現れる仕事(の産物)は、
今この時のための仕事(の産物)と、
未来のための仕事(の産物)に分かれている。
今この時のために仕事…何かをすることを「消費」と呼び、
未来のために仕事…何かをすることを「投資」と呼ぶ。
今この時のためであると、未来のためであるとを問わず、
為される仕事の量をQとする。
未来のために仕事をすると言うことは、
仕事(の産物)を、未来に備えて「貯蓄」することである。
そこでsを「貯蓄率」とすると。
sQ=I
このIは投資量≡未来に備えて為される仕事の量ということになる。
sが貯蓄率なら支出率はaであったから、
1-s=aより…
sQ=I
↓1-s=aより
Q=aQ+I
aQは、今この時のための仕事≡消費ということになる。
市場では、社会では、何が起こるか予測ができない。
急に何かが必要になることもある…急に、今この時、何かが必要になることもある。
そのときは、緊急に投資量Iから仕事(の産物)を引き出すことになる。
急に仕事(の産物)が必要になる≡利息率ρが大きくなる。
利息率が大きくなることで、投資量Iが小さくなる様を
I→I(1-ρ)とすれば…
Q=aQ+I(1-ρ)
Q≡仕事(の産物)の量・生産量
a≡支出率
ρ≡利息率
これが、市場を流れる仕事の式である。
カネ・信用の流れと、仕事(の産物)の流れは、表裏一体になっている。
流れるカネを表す式と、流れる仕事を表す式は…
M=a(PQ/v)+S(1-ρ)
Q=aQ+I(1-ρ)
カネの流れと仕事の流れは、生産量Qと利息率ρで結びついている。
カネの流れと仕事の流れを結びつけるために、
この二つの式を連立方程式として、Qとρについてこれを解く。
M=aPQt+S(1-ρ)
sQ=I(1-ρ)
↓連立方程式を解く
*計算の都合上、1/v=t、
そしてQ=aQ+I(1-ρ)→sQ=I(1-ρ)とした。
ρ=[(aPIt+sS)-sM]/(aPIt+sS)
Q=IM/(aPIt+sS)
※注:t=1/v
ρ≡利息率
Q≡生産量(グラコロバーガー、原材料の小麦、農場に於ける私の仕事)
P≡物価
I≡投資量 未来に備えて為される仕事の量(私が農場でする仕事、生産される原材料…小麦)
S≡貯蓄額 使われないカネの額
M≡カネの量
a≡支出率 カネ・仕事(の産物)が「今」使われる確率
s≡貯蓄率 カネ・仕事(の産物)が「今」使われない確率
v≡貸借(売買)の回数
難しくはないが、雑然とした式である。
そこで、いくつかの変数を掛け合わせた項に解釈を与えてみる…。
sM ≡貯蓄される金額
sS ≡投資などに回らず、本当に貯蓄されただけの金額
aPIt≡投資額(農場が私に支払う賃金、生産された小麦の総額)
それでもこの式は雑然として見える…。
しかし少なくとも一つ、わかることがある。
Q=IM/(aPIt+sS)
この式に於いてsSが、貯蓄されただけの金額が大きくなると…
…生産量Qは、小さくなってしまう。
カネを使わずに貯め込むという行為は、市場を衰退させてしまうのだ。
…しかし「自由の守護者たち」は、そして「資本主義の精神」は、
カネを貯め込むことが、義しい人間が征くべき倫(みち)であると説く…。
カネは、使われなければならない。
しかしそれは、浪費せよと言うことではない。
カネは、使われなければならない。
今のために、先のために、意味のあることに使われなければならない。
今のために、先のために、意味のあることとは何か?
人間は、我々は、常にそれを問い続けなければならないのだ。
そして「自由の守護者たち」は、「資本主義の精神」は、
人間の、我々の目を、この問いから遠ざけてきた。
カネを貯め込むことを、征くべき倫(みち)としたことで、
人間は、今のために、先のために、本当に意味のあることが何であるかを考えなくなった。
このことは人間が、生きる意味を見失ってしまったことを意味する。
「自由の守護者たち」と「資本主義の精神」は、人間から生きる意味を失わせた。
だから人間は、生きる意味を取り戻すために、
「自由の守護者たち」そして「資本主義の精神」から訣別しなければならない。
「自由の守護者たち」そして「資本主義の精神」と絶縁しなければならない。
だから、もう一度ここで言わせてもらう。
Прежде чем беспокоиться о деньгах, подумайте, чего вы хотите добиться и как этого добиться.
そして
Как только вы решили, что делать, никогда не позволяйте себе беспокоиться о деньгах.
何を為すべきかが決まった時、
そしてそれが成し遂げられる時に、カネの心配をすることは、
人間から生きる意味を失わせてしまうのだ。