新古典派経済学っぽい話から、マルクス経済学っぽい話へ 作:ヒルベルト
「ざっとこんな所だ。」
印刷された文章をテーブルの上に置いて、ガングートはこう言った。
あれから一週間ほどして、ガングート、そして私・イントレピッドと夕立は、今度は「居酒屋鳳翔」に集まっていた。
ガングートはこの一週間で、「マルクス経済学っぽい話」を文章にしてきた。
そしてそのガングートの文章に、私と夕立は、目を通していた。
書いてくるのは「マルクス経済学っぽい話」と言うことだったけど、
ガングートは(以前にも書いていた)新古典派経済学っぽい話と、
ケインズ経済学っぽい話も、文章にしてきていた。
あと、何て言ったら良いか、オマケみたいな文章も…。
ガングートの文章に一通り目を通してから、夕立が口を開いた。
「予想以上の結果っぽい。」
「マルクス経済学っぽい話だけじゃなくて」
「新古典派経済学っぽい話のおさらいと」
「ケインズ経済学っぽい話まで文章にしてくるとか」
「予想以上の結果と言わざるをえないっぽい。」
…やっぱり岩川台営業所(うち)の夕立は、他所の夕立とはどこか違うような気がする…。
ガングートの方は、あまり気になっていないみたいに、夕立の感想に応じた。
「まあ新古典派も、ケインズ経済学も、マルクス経済学も、経済に対するそれぞれ一つの見方に過ぎないからな。」
「一通り、この三つにざっと目を通す形のメモ書きを書いておきたいと思っていたのだ。」
「お前からの注文は、良い機会になった。」
「でも、このメモ書きは」
「あくまでも、新古典派”っぽい”話、ケインズ経済学”っぽい”話、マルクス経済学”っぽい”話であって、」
「新古典派の話、ケインズ経済学の話、マルクス経済学の話”そのもの”ではない所が興味深いっぽい。」
「それに市場経済を、資本主義というシステムを肯定してるけど」
「自由の守護者たちと、何より資本主義の精神を叩いてるのが、ソヴィエト艦娘っぽくて良い感じっぽい。」
…大日本帝国海軍の駆逐艦を起源とする艦娘として、その感想はどうなのかしら…。
そう思っていたら、夕立はガングートに質問していた。
「ガングートさんは」
「人間も、夕立たちも、自由の守護者たちを、資本主義の精神を棄て去るべきと思ってるっぽい。」
「そのために、人間に、夕立たちに出来ることって、何があるっぽい?」
ガングートは少し考えてから、答え始めた…。
「資本主義の精神と、自由の守護者たちは」
「物事の価値や費用を、客観的な数値…カネで測ってきた。」
「そして、そのカネを、客観的な数値を以て理論を、数式を組み立て」
「その数式によって、未来を見ることが出来ると主張してきた。」
「だがカネで物事の価値や費用を測ることは、人間をカネのために生き、死んでいく存在に貶める。」
「そしてカネに依って組み立てられた数式で未来を見ることは、」
「人間の未来を、自由を、カネに依って決めつけ、奪うことに他ならぬ。」
「だから人間が、我々が、自由の守護者たちと資本主義の精神を棄て去るには…」
「物事の価値や費用を、客観的な数値…カネではなく、」
「面倒だとか難しいとかいった、主観的な感覚で測ること。」
「そして、未来ではなく、今を見ること」
「今どうなっているのか、今できることは何かを問い続けること。」
「これだろうな。」
夕立が何か言おうとしたけど、ガングートは話を続けた。
「例えば…」
「この前、私が缶珈琲を飲んで、空き缶を捨てようとしたら、」
「いつもの場所にゴミ箱が無かった。」
「どうやら撤去されてしまったらしい。」
「現実の私は、不便だ!と思って、それだけだったが…」
「…今にして思えば、私はこんな風に考えることも出来た。」
「ここにゴミ箱を置いておくことの何が、どれほど面倒なのだろう?どれほど難しいのだろう?」
「ここにゴミ箱を置いておくことを妨げる面倒さ、難しさを取り除くために、」
「今、私には、社会には、どんなことが出来るのだろう?」
「…と、な。」
「そして私は自分なりの意見を組み立て、それを世に問う。」
「そうすることで、私は社会を少しだけ、ほんの少しだけ動かすことも出来た。」
「(…実際には、そんなことはしなかったのだが。)」
「そしてこれは、経済学的に考え、行動することに他ならぬ。」
「ジョーン・ロビンソンはこう言っていたそうだ。」
「人は何故経済学を学ぶのか?」
「それは、経済学者に騙されないためだ、と。」
「こうして自ら経済学的に考え、行動することによって」
「人間は、我々は、自由の守護者と、縁を切ることが出来る。」
「そしてゴミ箱の例からわかるかもしれないが」
「こうして自ら経済学的に考え、行動することは」
「誰にでも出来ることだし、誰もが為すべきことでもあるのだ。」
何か言いかけていた夕立は、ガングートの言葉を聞いて、口を閉じた。
「ある自由の守護者がこう言った。」
「数学的分析は、経済学理論を展開するための唯一の方法だ。」
「経済学理論とは即ち数学的分析である。」
「その他はただの落書き、漫談にすぎない。」
言葉が引用出来る形で残ってるってことは、本当は名のある人の言葉なんだろうけど。
私から見ても、何と言うか、これを言った人の人間性が疑われる言葉だった。
ガングートが引用した言葉を聞いて、夕立はすぐに反応した。
「それはあくまでも”ある”自由の守護者の言葉でしょ?」
「一人の言葉を引用して、自由の守護者たち全体を叩こうとするのって、」
「ちょっとフェアじゃないっぽい。」
「ふふふ、一本取られたな。」
「だが私は、ある自由の守護者…経済学者の言葉を、ただ単純に引用しただけだ。」
「それでもお前は、私が自由の守護者たちを叩くためにこの言葉を引用した、と感じた。」
「お前も、この言葉が持つ陰湿さ、卑劣さを感じとったようだな。」
「自由の守護者たちは」
「物事の価値や費用を客観的な数値で、カネで測り」
「カネによって理論を、数式を組み立て」
「その数式によって、未来を見ることが出来ると言い張ってきた。」
「自由の守護者たちは、数学的分析という手法を拠り所にしている。」
「だから人間が経済学的に考え、行動する時に、」
「数学的分析以外の方法がある、ということになれば、」
「自由の守護者たちは、自らの拠り所を脅かされることになる。」
「だから自由の守護者たちの中に」
「数学的分析だけが経済学なのだと言い張る者が現れる。」
「お前の指摘通り、全員が全員とは言わないが」
「自由の守護者たちの中には、」
「怪しげな仮定に基づいて、複雑で難解な(そしておそらく詭弁を含んだ)論理と数式を拵え、」
「自分たちは未来を見ることが出来るのだと称し、自らを権威づけ、崇拝させようとする者も現れる。」
「そしてこの輩は、複雑で難解な(そしておそらくは詭弁を含んだ)論理と数式を振りかざし、」
「こんなこともわからないヤツには、経済を語る資格は無いと言い張り、」
「他の全ての人間を、経済学的に考え、行動することから遠ざけようとする。」
「それはまた、人間から自由を奪うことでもある。」
「だから少なくとも、数学的分析だけが正しい経済学だと言うような輩とは、」
「人間は、そして我々は、絶対に縁を切らなければならない。」
「こんなことを言う輩が、自由の守護者を自称するなど、全く笑えない冗談だと言わざるを得ない。」
ガングートが一通り話し終わったことを確かめて、最後に夕立が一言述べた。
「ガングートさん、いろいろ書いてきたし、いろいろ語ってくれたけど」
「ガングートさんが一番言いたいことって、結局…」
「資本主義の精神と自由の守護者たちが、市場を、社会を悪くしてるってことっぽい。」
「そして資本主義の精神と自由の守護者たちを拒絶するには」
「人間が、夕立たちが、自分で経済学的に考え、行動しなければならないっぽい。」
「ここで経済学的に考え、行動するってことは、要するに…」
「今、何が大変なのか?」
「今、何をどうしたら良いのか?」
「この二つについて、考えて、行動することっぽい…のよね?」