「――明石さん」
少年の去った工廠で、
「立ち聞きはよい趣味とは言えませんよ?」
「いやぁ……すみません。ただ、工廠は私の仕事場でもあるので、その」
いささか気まずそうに頭を掻きながら、工作艦娘・
実際、彼女が居合わせてしまったのは悪意のない偶然であり、しかも仕事柄ゆえの必然でもあるので、朝日も苦笑して受け入れる。
「仕方ないことではありますし、明石さんが言いふらすとは思いませんが」
ただし後半はむしろ、ぴしり、と釘を刺すような調子で告げる。
明石はもちろん、そのとおりですとうなずくしかない。
艦隊じゅうに広めたがるタイプでなかったのは、幸いと言うべきだろう――明石自身にとって。
ともあれ、朝日は意図的に気安げな口調で明石に問いかける。
「あなたなら、どう解きますか? この三体問題を」
「ふむぅ……」
形の良いおとがいに指を当て、
朝日は静かに、彼女を見つめていた。
「まずは構成部品それぞれをきちんと分析するところから、でしょうか。このケースにあてはめれば、みなさんの本音を把握したうえでしっかり考える、となりますね。
彼の本音は分かったのでしょうが、清霜さんの本心は意外なところにあるかもしれません」
「なるほど、正しい一歩だとは思いますが――どうやって?」
その問いには、直前とはうってかわって、一瞬で答える明石。
「それはもう解決済みの課題です! お任せください!」
彼女はそのまま工具一式をひっつかみ、工廠の外へ駆けだしていった。
資材倉庫からどかんばきんどったんばったんとすさまじい物音が響き、わずか数分後。
「お待たせしましたあぁ!」
工廠の扉が勢いよく開く。
明石がロープで曳航してきたのは、あからさまに異様な物体だった。
X字型の台座と先端の拘束具、あちこちから伸びる奇妙な自在アーム。
それぞれの先端部には、羽根のようなものや手のようなものがついている。
明石がぱちんとスイッチを入れると、モーター音と謎の電子音が響き、アームたちは妙にいやらしくうごめきはじめた。
「……これは?」
いささかこわばった表情で、朝日が問う。
まなざしにひそむのが戦慄なのか
「これは名付けて、ク号本音観測機! 誰でも笑顔になり、そして本音をぺらぺら喋っちゃうとっても素敵なくすぐりマシーンです!
せっかくなので朝日さん、清霜さんに使う前に実験台になってください!」
「――明石さん?」
「ねえねえ、今どんな気持ち? 後輩の工作艦に笑わされちゃって――」
どこかのクマのように、とんとんと朝日の肩を叩きながらうざいステップで周囲を動き回る明石。
朝日はもう一度、静かに言った。
「明石さん」
「はい、なんでしょう! お褒めの言葉ですか!」
「――私は工作艦です」
「知ってます! そしてこのとおり、工作艦としては私の方が上です!」
明石が得意げに豊かな胸を張る。
が、次の瞬間、工廠に冷たい風が吹いた。
朝日の声が、奇妙なほどはっきりと響く。
「自分に、言い聞かせたのです」
「はい?」
「さもなければ――戦艦だったころの私が、目を覚ましてしまいますから」
そのとき、明石は確かに見た。
朝日の背後にそびえる、ふたつの30.5センチ連装砲塔を。
ロシアのバルチック艦隊を水底に送った、そしていままた工作艦一隻を葬り去りそうな、黒々とした四つの砲口を。
「ひ、ひいぃっ!?」
明石はその場でへたり込み、ふるえながらク号の陰に隠れた。かつん、と、朝日の靴音が響く。
明石は悲鳴を上げかけるが、朝日はあくまでも穏やか。
「冗談ですよ。私は工作艦としても、戦艦としても、いまや二線級の老兵にすぎません」
にこやかに微笑むその顔には、だがしかし、かつての戦艦としての鋭さと、どこか恐ろしくなるほどの気品が滲んでいた。
靴音は明石の真横で止まり、とんとんと彼女の肩が叩かれ、宣告がなされる。
「ですが、それを清霜さんに使ったら、あなたがそのあとどんな気持ちになるか、分かっていますね?」
――と。
明石は、こくりこくりと何度も必死にうなずきながら、くすぐりマシーンのスイッチを切った。
カ号観測機の次はク号……? 明石さんなにやってるんですか