一時間の、戦艦   作:白水つかさ

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最終話 いさましいちびの駆逐艦

■ユメノカケラ■

 

 

 日が落ちた。

 夜空に星がきらめき、波は月光を反射して輝く。

 美しい光景は、輸送船団にとってはそれ以上のものだった。

 

 いかな戦艦といえど、宵闇の中で散開した船団を捕らえることはできない。

 ジャーヴィス・ベイがかつて、そして清霜(きよしも)がいま。

 命を賭して掴み取りたかった機会が、結果となっていた。

 

 ――全輸送船ハ健在ナリ、貴艦ノ勇戦奮闘ニ感謝ス。

 

 輸送船団司令からの打電が、暗号化なしのチャンネルで展開された。

 タダシ艦影小サキ故、再集結ニハ些カノ不便ナシトセズ、と付け加えられたのは、照れ隠しであったのか、どうか。

 

 航空機による牽制に続き、戦艦・武蔵(むさし)を旗艦とする艦隊がレ級捕捉のために出撃した。

 むろん建前だ。レ級がすでに去ったことは確認されている。

 実際の目的はただひとつ、清霜の救助であり、工作艦・朝日(あさひ)が武蔵に曳航されるようにして全速力で航行している。

 

 小柄な姿が波間に消えるより前に、彼女は間に合った。

 うっすらと、清霜の目が開き、かすかな笑みが浮かぶ。

 かすかだが、はっきりと誇らしげな笑みが。

 

「朝日さん……朝日先輩、って、言えるかな?」

「……あんまり無理しちゃダメですからね」

 

 清霜の傷を手際よく応急手当して、朝日は柔らかく笑った。

 肩を貸す、というよりも、ほとんど背負うようにして、小柄な身体を運んでいく。

 

 その後ろを、武蔵がぴたりと寄り添うように進む。

 艤装は戦闘配置のまま。彼女の双眸は、艦隊決戦とはまた違う悲壮な緊張に満ちていた。

 

「帰ったら……帰ったらな、清霜。お前の好きなだけ、46センチ砲を撃たせてやる。晴れの日に、平和な演習場で、腹に響くような発射音でな……だから、沈むんじゃない」

 

 清霜は礼を言うように頭を下げ、しかし、首を横に振る。

 

「だいじょうぶ。もう、戦艦になったから」

 

 それは、ひどくかすかな、でもどこか誇らしげな、きっぱりとした声だった。

 

「ジャーヴィス・ベイさんより、短い時間だったけどね」

「ちょ、ちょっと待て。なんだそれ、もう心残りがないみたいな言い方するなっ……!」

 

 珍しく、狼狽えて迷子になったような声。

 武蔵――あの最強の戦艦が、今やその巨体を持て余しているように見える。

 清霜は、うっすらと笑った。

 血の気の薄い唇が、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「心残りはないけど、ひとつ、秘密があるの。だから沈まないよ」

「そ、そうか……なら、いい。約束は守ってくれよ……頼むから」

 

 所在無げな武蔵に、朝日が優しく視線を投げ、少しだけ落ち着かせる。

 そして子守唄を歌うように、言葉を紡ぐ。

 

「秘密は女性を美しくするとは言いますが、駆逐艦を戦艦にするでしょうか? “先輩”としては気になりますが、まずは“工作艦”として、必ずあなたを元気にして、それからゆっくり聞き出してあげます」

 

 朝日の手が清霜の頭を撫でる。

 月に照らされて、艤装の金属がほの白く輝く。

 清霜は、ゆっくりと目を閉じる。

 

 あのとき、意識を失う直前。

 嘲るように。

 讃えるように。

 戦艦レ級が()()()()敬礼をした姿が、清霜の(まぶた)の裏に焼き付いていた――。

 

 


 

 

 何と虚しきことぞ、留まりて終わるは、

 磨かれぬまま錆び朽ち、用されず輝かざるは!

 ただ息すれど、生きると言うるや。

 命に命を重ねても、なお足らず、

 我に残る一つも、もはや僅か。

 されど一刻ごと、永遠の沈黙より逃れ、

 新しき事どもをもたらす時となりぬ。

 わずかな時たりとも、吾身を惜しまざれ。

 この渇望する灰色の魂は、

 沈みゆく星の如き智を追いて、

 人の思考の及ぶ涯を越えんとす。

 

――アルフレッド・ロード・テニスン「ユリシーズ」

 

 


 

 

 隻腕、隻眼。頬にも消えない傷を残しながら、なおも凜とした立ち姿。

 駆逐艦清霜は、今日も青い海に立っている。

 占守と佐渡を僚艦に、ボーキサイトを満載した大規模な豪州輸送船団の前に立ち、一分の隙もない敬礼を決めた。

 

「戦艦レ級をおそれおののかせて先に敬礼させたいさましいちびの駆逐艦清霜、護衛任務の受け取りに参上しましたっ!」

 

「……長い!」

「げえっパース!」

 

 ……のは、一瞬だった。目の前に現れた金髪の艦娘を見て、名状しがたい表情を浮かべる。

 清霜の前に立つは、オーストラリア海軍軽巡洋艦、パース。

 傷跡の残る姿にいささかの悲壮さを覚えていたらしき輸送船団の空気も、ふっと緩んだ。

 

「何をわけのわかんないこと言ってるのよ、口上聞いてる間に日本に着くわ!」

「い、いや、いくらなんでもそんなに長くは……」

 

 腰の引けた――逃げないように占守と佐渡に後ろから押さえられている、というかふたりの盾にされている――清霜に、つかつかとパースが近づいてきて、びし、と指を突きつける。

 

「短くしなさい! ――戦艦清霜、ってね!」

「……!」

 

 星弾並みの明るさで、清霜の表情が輝く。

 感極まった様子で、指先をすり抜けてパースに抱きつき、すりすりと頬をこすりつける。清霜に尻尾があれば全力で振られていただろう。

 占守と佐渡はつんのめり、顔を見合わせて苦笑する。

 

「パース~あなたいい人ね~!」

 

 喜んだポメラニアンのように顔を舐めてきかねない勢いに、パースは逃げだそうとするが、片腕でしっかりと捕まえられていてそれも叶わない。

 照れ隠しのように、先ほどの清霜並みの長台詞を早口で一気に叫ぶ。

 

「やめてあつくるしい寄らないでチャイナのぱちもんコアラかあんたはしがみつくなああ!」

 

 が、占守と佐渡が今度はしれっとパースの退路をふさいでいる。

 嬉しそうに、ふたりが笑う。

 

「いやあ、仲良くなったようで何よりっしゅ」

「どう考えても今のはパースさんの誘い受けだったしなあ」

「ち、違――うわっ!?」

 

 動揺して転びかけたパースが、清霜に支えられる。

 

「さっ、一緒に日本まで行こう!」

「任務が違うから無理だって――ぎゃああ!」

 

 まっすぐな瞳に見つめられ、顔を近づけられて、ぼふっと、パースの機関から不完全燃焼の煙が上がる。

 発煙装置の誤作動か、はたまた本気で隠れたかったのか。

 

 ――ふと、ジャーヴィス・ベイの煙幕の香りが漂った気がした。

 

 清霜は髪をかき上げ、香りを追うように視線を上げる。

 空は青く、どこまでも高かった。




五隻の戦艦の物語におつきあいありがとうございます!
ひとまずの完結を迎えました。
レ級、なんだかやりそうだなと……。

なお、末尾の一節は偉大なる先達『女王陛下のユリシーズ号』の顰に倣って、テニスン『ユリシーズ』の先達とは異なる部分を白水拙訳でお届けしています。女王陛下の~は詩の最後の部分でしたが、こちらはevery hourともあるこの部分がぴったりかなと?
(原著は著作権保護期間満了しています。翻訳にも著作物性が生じること、かつは作品全体の一部として機能していることから、禁止事項である「原作の大幅なコピー」には当たらないと思料します。)

ところで冒頭とクライマックスのあの科白、もちろん清霜としては「あれ」を言いたかったのでしょうけど、さすがにそういうわけには、なのでした。
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