一時間の、戦艦   作:白水つかさ

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短編集
これがわたしのトマホーク!


 暗雲垂れこめる空、漆黒の海。だがその暗さが、今はありがたい。

 

「ようやく……届いた」

 

 鋭い菫色の瞳に美しい金髪、緑を基調とした制服姿の軽巡艦娘、豪州軍艦(HMAS)パースがつぶやく。

 彼女の視線の先には、静かな湾を掻き乱す、無数の輸送ワ級の艦影。揚陸準備を整えているのは明らかだった。

 

「そうね、焦らず行きましょう?」

 

 パースの肩に柔らかく手をかけるのは、米国軍艦(USS)ヒューストン。ウェーブのかかった金髪に薄いブラウンの瞳、大人の落ち着きを示す重巡艦娘だ。

 二人とも艤装は傷つき、一部の兵装は使用不能になっているが、戦意は衰えていない。

 

「焦ってるつもりはないわ。けど――」

 

 かすかな金属音を立て、パースは武装を構え直す。

 

「深海棲艦に、オーストラリアの大地は踏ませない!」

 

 海面を蹴るように、加速する。

 接近しつつ、主砲の砲門を開く。

 闇夜を発砲炎が切り裂き、ワ級が算を乱して散開していく。

 

「デ・ロイテルたちに感謝……ね」

 

 同じく発砲しながら、ヒューストンが目を細める。

 この海域に辿り着くまでの海戦で、仲間の巡洋艦たちは体を張って血路を開き、轟沈こそしていないものの退避を余儀なくされていた。

 だが――

 

「――っ!?」

 

 側面からの攻撃を受け、パースが慌てた表情を浮かべる。

 

「護衛の深海棲艦? まだいたの?」

 

 ヒューストンの間近に、水柱が立った。

 駆逐イ級、ロ級、さらに軽巡ホ級が複数。湾口と艦娘との間に入るように、深海棲艦の立てる白波が海面に伸びる。

 たとえ湾内へ突入できたとしても、退路を断たれ、撤退は望めない。

 いっぽう今なら、反転すればこちらも巡洋艦。おそらく護衛を優先して深追いしてこないだろう深海棲艦の勢力を、振り切ることはできるはずだった。

 

「オーストラリアのために死ぬのは、オーストラリアの艦だけで十分よ。ヒューストン、あなたは生きて帰って」

 

 朱唇を舐め、汗を拭って、パースが言う。その間も、タービンは全開で哮り、速力はかたときも緩まない。

 

「あら、あなたこそ、これは上級生の仕事だと思わない? ここまでついてきてくれただけでも、十分助かったわ。なんなら旗艦として撤退命令を出そうかしら」

 

 こちらも全力で疾駆しつつも、どこかおっとりとヒューストンが答えるが、パースは首を振った。

 

「――そんなの聞こえないわ。だいたい、ここで退いたらあの“戦艦”に会わせる顔がないのよ」

「オーストラリアに戦艦が来てたの? ヒラヌマやカデクルを生み出すのはわたしの国だけかと思ってたけれど」

「ははっ、ちょっと違うわね――知りたきゃついてきなさい! あいつらをぶちのめす片手間に話してあげるわ」

 

 かすめた弾片に頬を裂かれながらも、凄艶たる笑みを浮かべるパース。

 

「もう、どっちが旗艦なんだか……ま、彼女の国ですからね。最後までつきあってあげましょうか」

 

 と、ヒューストンは苦笑した。

 

(清霜、見てる? あんたは輸送船を守るため、あたしは輸送船を沈めるため――だけど、どっちも盾。守るべきものを守るために、沈む覚悟はできてる)

 

 心の中だけでつぶやき――パースは、未練を振り捨て、吠えた。

 

「さあ、行くわよ!」

 


 

 闇夜に砲炎の華が咲く。

 パースの6インチ砲、そしてヒューストンの8インチ砲。

 

 だが、敵はあまりにも多すぎた。

 ヒューストンのA砲塔が爆ぜて沈黙し、パースの脚を砲弾がかすめる。

 しかも彼女たちの砲火力は輸送ワ級に向けられており、深海棲艦の護衛部隊はほぼフリーハンドだ。

 

「パース、それじゃテキサスレンジャーズにはなれないわよ? さ、よく狙って」

 

 よろめきかけたパースを支え、テキサス最大の都市の名を持つヒューストンがなおも気丈に言う。パースも足を踏みしめ直し、強気に返す。

 

「当たりにくいのは、オーストラリアにあんなちびすけはいないからよ! あたしの郷里(くに)で犬にあげる肉だってあれより大きいわ」

「そんなゴジラドッグがいるなら深海棲艦を上陸させても余裕じゃないかしら――おっと失礼」

 

 苦笑しかけたヒューストンが、不意にパースを抱きとめる。パースが反応するよりも早く、ヒューストンの背を爆炎が覆う。

 

「ヒューストンっ!」

 

 悲鳴のような声。

 ホ級の主砲弾が、ヒューストンの機関と最後の主砲塔を深々と切り裂いていた。

 膝をつき、彼女は軽巡と駆逐艦のほうへと向き直る。あくまでも自然体で、ふわりと敬礼。

 

「ここで追っ手を始末してから追いつくわ。また会いましょう(オー・ルヴォワール)

またあとで(catch ya later)、メイト……!」

 

 歯を食いしばり、パースは前に進む。

 砲力のほとんどを喪失したヒューストンを鹵獲しようというのか、深海棲艦が彼女を包囲するのが、背後にちらりと見えた。

 決意がくじけかけた、そのとき――

 

『戦艦清霜(きよしも)とゆかいな仲間たち、41ノットで急行中!』

 

 黎明に冴える霜光のような声が、無線から響いた。

 パースが思わず天を仰ぐ。いつしか雲が薄れ、星がきらめきかけていた。

 

『き、きよきよの冗談だから、真に受けないで! 31ノットバークもびっくり!』

『えー、すぐ着くのも戦艦なのもホントだからいいでしょ』

『あーはいはい、わかったわかった――第二駆逐隊、秋霜(あきしも)、日豪輸送船団の護衛任務を終えて参戦っ! いっくよー!』

『戦力の逐次投入は愚か。……ですが、仲間のためなら、私は愚か者で構いません。早霜(はやしも)、魚雷発射します』

 

 そして通信が途切れる寸前、清霜の声が届く。声そのものが、約束された来援という内容にも増して、パースの胸に勇気を吹き込む。

 崩れかけた膝を気迫で立て直し、一足先に湾に突入する。

 

『――戦艦清霜、推して参ります! 酸素魚雷、撃ち方はじめっ!』

 

 いささか矛盾したような掛け声のしばし後に――水柱。

 ヒューストンを半包囲していた軽巡ホ級が、駆逐艦が、高速高威力の酸素魚雷で次々と轟沈する。

 深海棲艦が包囲網を敷こうとしていたことを計算に入れた射角は、輪の中心にいたヒューストンには被害を及ぼさない。

 

「こっちの側に立ってみると、ありがたいものね……」

 

 ヒューストンが、艦としての過去を思い返して苦笑する。魚雷に匹敵する速度で、三人の駆逐艦娘が驀進してくる。

 

「ありがとう、でもわたしよりパースのことを――っ!?」

 

 不意に、彼女の声がくぐもる。かろうじて轟沈を免れた軽巡ホ級の生き残りが、彼女を背後から捕らえていた。

 白い肌に、砲身が食い込む。

 

「こら、ちょっと――」

「彼女を離しなさい……!」

 

 砲を構えつつも、秋霜と早霜の動きは一瞬止まる。

 だが。

 隻腕隻眼の、小さな駆逐艦だけは、手持ちの主砲を迷わずぽいと捨て、そのまま散歩でもするような平然たる足取りでホ級とヒューストンに近づく。魚雷は先ほど発射したばかり、主砲は波間に消え、そして片手も片目も無い。

 無防備で無造作な接近に戸惑ったように砲塔をうごめかせるホ級に、右手を差し伸べ、

 

「て――っ!」

 

 そのまま胸倉を掴んでヘッドバット。清霜の額からも鮮血がしぶくが、ホ級もたまらずヒューストンから離れる。さらに二度、鈍い音が響いた。

 

「――いまっ!」

 

 さすがに秋霜と早霜も鋭い。構えていた砲を斉射し、ホ級をよろめかせる。

 

「おまけでこれも、あげる!」

 

 清霜が素早く抜き取った爆雷を押しつけ――轟音。

 これにはひとたまりもなく、軽巡ホ級は水底へ消えた。

 

あらまあ(Holy head)……」

「だいじょぶ? ――けどごめん、あとで!」

 

 かちりと絡み合う、ヒューストンと清霜の視線。

 一瞬で通じ合い――清霜が額の血を拭いもせず、波飛沫を立てる。秋霜と早霜もすぐに続いた。

 その間にも、次発装填装置が酸素魚雷をすみやかに再装填していく。

 湾にうごめく輸送ワ級を打ち払い、パースを救出するために十分な威力を備えた、帝国海軍の切り札。

 


 

『パース、聞こえる? パース!』

『聞こえてる……わよ。ただで……さえ……うるさいんだから』

 

 憎まれ口に、清霜の頬がほころびかける。

 だが通信機越しに、爆音が響く。

 輸送艦といえど丸腰ではなく、それぞれ自衛用に5インチや6インチ程度の砲は備えている。数が揃えば、これまでの戦いで傷つき、疲労したパースひとりには厳しすぎる勢力だ。

 しかも時間をかければ、輸送している陸戦隊を揚陸させられかねない。

 

『清霜……魚雷、ある?』

『ある、けど……』

 

 途切れがちのパースの声に、珍しくも躊躇するように答える清霜。

 

「再装填、完了。ですが……」

「この乱戦じゃ、パースさんにも」

 

 早霜が、秋霜が、小声でささやきを交わす。

 魚雷は、標的を選べるわけではない。そして航跡の見えない酸素魚雷は、夜の海では常にもまして回避は困難だ。

 全速力で湾に向かいながらも、清霜さえも迷いを見せた。

 

『――なら、あたしごと撃ちなさい!』

 

 まるで彼女たちの表情を見たかのように、パースが叫ぶ。

 

『オーストラリアの盾になれるなら本望よ! 珊瑚礁でダイビングっていうのも乙なもんだわ』

 

「現代の戦艦なら、誘導ミサイル(トマホーク)が撃てるのに……!」

 

 一瞬、無線では答えられず、清霜が歯ぎしりする。

 だが。

 

「――そうだ!」

 

 ぴこんと、アホ毛が立った。

 ふところから何かを取り出し、艤装の魚雷に片手で器用にくくりつけ始める。片目に篝火のような輝きが宿る。

 

「きよきよ?」

「何ですか、それは……?」

「サイリウム! 特殊部隊が隊列乱さないようにつけるやつ! これくくりつけて魚雷を光らせれば――見える!」

 

 奇妙な思いつき。だが、そこには確かな熱量があった。

 早霜が彼女に手を貸し、自分の魚雷にもケミカルライトを縛着する。

 秋霜は豪快に蓄光塗料をぶちまけ、探照灯の光を浴びせる。乾くのを待つ時間も惜しく、綺麗な指が汚れるのにも構わず合成ゴム製の薄いスキンを魚雷の先端にかぶせていく。

 

「……突撃一番」

 

 陸軍(てきせい)用語(げんご)を、ぼそっと早霜がつぶやく。海軍ではゴム兜だとか……幸いにして誰にも聞こえていない。とまれわずかな時間で、たちまち準備が整う。

 

「よっし、準備オッケー!」

「いつでも、行けます」

「秋霜、早霜、ありがと! 統制雷撃戦――発射!」

 

 三人の駆逐艦娘から、一斉に酸素魚雷が放たれた。秘めた破壊力に比べれば、あまりにもかすかな発射音。

 

「これがわたしのトマホーク!」

 

 いつもと違ってはっきり視認できる雷跡を見送り、清霜が言う。トマホークは夜空を裂く噴煙だが、こちらは夜海を裂く緑光。

 それから、清霜はパースへの通信回線を開く。

 

『パース……パース!』

『よかった……その声色なら、撃つ決断はできたのね。避ける努力はするけど、当たったとしても感謝するわ』

 

 パースの乾いた笑いが、耳を打つ。

 だがしかし。

 

『光るトマホークが行くからよけて! 戦艦だからミサイル撃てて当然!』

『……は?』

 

 ぽかんとした顔――が、目に浮かぶような声。

 

『サイリウムと……』

『蓄光を塗ってゴムかぶせたのが……』

 

 こもごも説明する早霜と秋霜。

 

『っ――はは、最高じゃない』

 

 パースが笑う。今度こそ、心底愉快そうに。

 

『これだけ工夫したんだから、当たったらあとで沈めるからね!』

『沈められるまでもなく水底よそのときは!』

 

 などと無線でじゃれあっているうちに、光る魚雷が湾に到達する。

 輸送ワ級は恐れおののいたようにうごめくが、鈍重な輸送艦では航跡が見えたところで回避できるものではない。

 さらに、直衛だったはずの駆逐イ級やPT小鬼が逃げ惑い、狭い湾内でワ級の巨体に衝突してかえって被害と混乱を拡大させる。

 

 そして魚雷命中の水柱が次々と上がり、戦いの趨勢は決した。

 第二駆逐隊は間を置かずに湾に突入し、パースと共同して深海棲艦を撃破していくが、それはもはや追撃戦、残敵掃討であった。

 


 

 豪州は守られた。

 むろん、それは清霜たち第二駆逐隊だけの力によるものではない。

 損傷しながらも果敢に突入したパースとヒューストンの砲撃、さらにその道を切り開いた多国籍艦隊の奮戦がなければ、清霜たちの戦場到達以前に揚陸作戦は完了してしまっていただろう。

 戦いを終えた五人が、明け染めるオーストラリア沿岸で顔を合わせる。

 

おでこ(Forehead)大丈夫なの?」

 

 パースが、まるで自分が流血しているかのように痛そうな顔をして、清霜の額をつつこうとする。

 客観的にはパース自身のほうが明らかに被害が大きいが、派手に出血した額の傷が痛々しいことも確かだ。

 まして清霜はかつての激戦で片手と片目を失い、頬にも傷跡が刻まれている。

 

「あー、これはね――」

 

 指先をひらりとかわしつつ、清霜が説明する。ヒューストンがときおり的確な補足を入れるが、パースはジト目。

 

「前は戦艦レ級に噛みついて、今度は人質を取ったつもりの軽巡ホ級に頭突き……あんたプロレスラーかなんか?」

駆逐艦(ザ・デストロイヤー)でも人間空母でもなくてバトルシップだもん!」

 

 何故かレスラーの異名を挙げて胸を張る清霜。

 

「戦艦は、どんな手段を使っても艦隊を守るものなんだよ」

「そういうのはジャーヴィス・ベイさんくらい立派になってから言いなさいよ。少なくとも身長とか」

「ジャーヴィス・ベイさんも客船だったときは豪州航路に就いてたんでしょ? 清霜も、日豪輸送船団の護衛をしてたら大きくなるかな」

 

 パースも清霜も、彼女の顔を懐かしく思い浮かべる。

 そして、輸送ワ級より大きな肉を食べるオーストラリアの犬、という自分の軽口を思い出して、パースは苦笑した。

 

「ばか。でも……ありがと」

「へへっ」

 

 お互い、少しだけ照れたように、視線を絡ませる。

 

「それにしても、ゴムは魚雷の先っちょにかぶせるためのものだったんだ……あとで大量に発注しよっと」

 

 清霜がさも妙案のようにつぶやいた。これまで、支給されている理由を理解していなかったらしい。もっとも今も、正しく理解したとは言えない。

 彼女が突撃一番(ゴム)を大量発注する絵面を想像し、書類を受理した鎮守府の驚愕と混乱を連想して、顔を見合わせる四人。

 

(ここは親友のパースが)

(い、いやこれはさっき上級生とか言ってたヒューストンの仕事でしょ)

(でもねえ、わたしは日本の事情に詳しくないから……そこの元気そうな子)

(ええっ!? うちは自信がないからはやはや、冷静にどうぞ)

(わ、私は……見てるだけ……)

 

 とここまで、アイコンタクトで一瞬。爆弾、もとい一同の視線はふたたびパースのもとに戻ってきた。

 

(どうぞどうぞ)

(……)

 

 もはや逃げ場はない。

 パースがためらいがちに清霜に近づき、ごにょごにょと「おしべとめしべが」からお約束の説明をする。

 

「……だから、大量に発注するのは世間体がよろしくないんじゃないかしら」

「ふあっ!?」

 

 ――朝焼けよりも鮮やかに、清霜の頬が朱に染まった。




パースの決意と光る魚雷がやりたかった短編なのですが、パースはワ級よりでかい肉を食うドッグを爆誕させるわヒューストンはヒラヌマ・カデクルを自虐ネタにするわ、清霜は人質を取られて迷わず武器をぽいして素手でもとい頭で解決するわ(パースが「あたま(head)大丈夫なの?」と聞かなくてよかった)、秋霜は魚雷にゴムかぶせるわ、みんな勝手に動いてくれて楽しいですね。
連載中の長編については7/20(日)をお待ちいただければ幸いです。
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