男らしさのない一般社会人男性がTS転移したら、学生時代に親友だった不良と再会した話   作:Sfon

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 服を選び、身につけること。それは怜にとって「自分を選ぶ」という初めての行為だった。セレナの導きに支えられながら、怜は新しい服と向き合い、自分で決めることの意味を知っていく。
 宿のラウンジでは、ガイトとセレナの親しげな様子に胸がざわつき、獅音の視線に戸惑いながらも、怜は初めて「女の子として見られる自分」を意識する。そして迎えるのは、逃れられない『自分の身体』との対面。女の子の身体で初めての、お風呂の時間だった。


自分をどう見せたいか

 集会場の裏にある公衆浴場は、石造りの古風な建物だった。

 

 木の扉を押して中に入ると、温かな蒸気の気配が迎えた。セレナは怜を連れて窓口に向かい、二人が各々自分の住民証を提示し、受付を済ませて施設の奥へ。赤い暖簾は、この世界でも女湯を表していた。

 

 足裏に伝わる木の床の感触。温かみのあるそれとは違って、怜の首筋は冷えていた。何となく、悪いことをしているような気分だった。着替えの詰まったトートバッグを、胸の前でギュッと抱きしめた。

 

(自分は女の子になったって、分かってるつもりなんだけどな)

 

 脱衣所は壁沿いに木製のロッカーが並び、真ん中にはベンチが置かれている。その奥には鏡の張られた洗面台が三つあった。ドライヤーも置いてあって、設備は前の世界の銭湯と大して変わらないらしい。

 

 セレナは鍵に書かれた番号を呟きながら、ロッカーに書かれた数字を眺めて歩く。目当てのロッカーを見つけると立ち止まり、怜の方を振り返った。

 

「ここだね。使い方は大丈夫?」

「はい、似たようなところ、前にも使ったことあるので」

 

 答えたものの、意識はここに無い。周りにはセレナ以外の女性客も立っていて、それが気になってしょうがない。年配の方もいるし、怜よりも小さな子供もいる。女という社会の中に放り込まれたようだった。誰もかれもが無関心を装い、お互いに視線を交わしていない。それが逆に怖かった。

 

「そっか。なら良かった」

 

 怜が手に持った鍵を眺めている横で、セレナはもう上着を脱ぎ始めていた。迷いのない仕草で、順に衣服を脱いではロッカーの中にしまっていく。怜はチラッと横目で様子をうかがい、もう下着姿になっているのを見て、急いでパーカーに手をかけた。

 

 開いたロッカーの扉に体を隠すようにしながら、一気に服を脱いだ。トートバッグの中に入っていた袋を出して、脱いだ服を全部入れる。それをロッカーの奥に押し込んで、フェイスタオルを手に取った。自分の身体は、まだ直視できていない。

 

 全部脱ぎ終わると、ふと我に返る。胸を支えてくれるものが失われ、股間を隠すものもない。それが女としての実感に直ぐつながるわけでもなく、むしろ、どこか他人の身体を借りているような居心地の悪さがあった。

 

 周りにはセレナ以外にもたくさんの人がいる。まるで、自分の裸を世間に見せつけているようで、落ち着かない。

 

(変に見られてないかな。この身体、おかしくないよね……?)

 

 自分がどんな表情をしているのかすら、不安になった。おかしな人がいると思われないように、何とか平静を保つので必死だった。そして、人前で立つのにそんな努力を必要としている自分が、社会の中で歪な存在に思えた。

 

 だれも気にしないはず。他人の身体なんて、そうマジマジと見ていないはず。そう言い聞かせ続けた。

 

 その時、さっき受付で見た、セレナの住民証の色がふと脳裏に浮かんだ。

 

(セレナさんの住民証。僕と同じ、金色だった)

 

 本来なら、誇らしいはずの色。しかし今の怜にとっては、隠してしまいたいほどに居心地が悪かった。

 

 住民証を受け取った時、獅音から向けられた冷たい視線が忘れられない。あれを持っていると知られたら、周りからどんな目で見られるのだろうか。『あの子、金色なんだって。偉そうに』と妬まれるかもしれない。『生きるのが楽そうでいいね』と羨まれるかもしれない。

 

 セレナがこの世界でどんな立場なのか、まだはっきりとは分かっていない。しかし、どこか一般人とは、普通のリンキシアとは隔絶した存在であることだけは、明確だった。そのセレナと社会的に同じ立ち位置に居る、そんな視線で周りから見られているのだと思うと、余計に周囲の視線が怖くなった。

 

「さ、中に入ろう。恥ずかしかったら、タオルで隠してもいいからね」

 

 服を脱ぎ終わった怜の様子を見て、セレナは怜を浴場へと呼んだ。怜が顔を上げると、フェイスタオル一枚と小さな籠を持ったセレナの後ろ姿が見えた。

 

 透き通った肌の背中、形のいいお尻、すらりと伸びた脚。誰に見せても恥ずかしくない体つきだ。怜はその姿を見て気恥ずかしさを感じたが、異性の裸体を見た感覚とはまた異なった。

 

(体は女の人の裸を見るのに、もう慣れちゃってるのかな)

 

 喜ぶべきことのはずなのに、素直に受け入れられなかった。怜は体の前面をフェイスタオルで隠し、セレナについて行く。けれどその時、セレナがふと立ち止まり、後ろを振り返った。

 

「……前、ちょっと見えすぎてるね。タオル、もう少し上まで上げると良いよ」

「えっ、あ、すみません……」

 

 慌ててタオルを胸元まで引き上げる。視線は誰とも合っていなかったはずなのに、自分だけが浮いていたような気がして、怜は顔を伏せた。

 

「気にしすぎかもしれないけど、ね。こっちの人、案外そういうとこ、見てるから」

 

 セレナはただ、この社会での振る舞いを教えてくれただけ。そのはずなのに、自分と社会との距離を見せつけられた気分だった。

 

 ──◇──◇──◇──

 

 仕事帰りのタイミングと被っているのだろう、洗い場はなかなか盛況していた。あちこちからシャワーの音が聞こえ、知り合い同士らしき軽快な会話も響いている。

 

 濡れたタイルの床を、ペタペタと足音を立てながら進む。充満している湯気が肌に張り付き、湿った髪が顔にまとわりついた。セレナは二人並んで座れる場所を見つけると、怜を呼んで椅子に腰かける。

 

「ここ、座って。まずは髪の毛からだけど……洗い方、知ってる?」

 

 セレナは、自分の部屋から持ってきた小さな籠を怜に差し出した。その中にはボトルが二つと、なぜかブラシが入っている。お風呂の中に持って入ったということは全部使うのだろうが、怜には用途が分からず、首をひねった。

 

「洗い方って、髪を濡らして、シャンプーでこう、ガシガシッと」

「……だよね、そうだと思った。今日は私が洗ってあげるから、ちゃんと覚えてね?」

 

 その口調は、『男の子だったんだから、知ってるわけないか』と言われているようだった。怜の視界の端で、苦笑したセレナが立つ。

 

 反射的に目で追ったが、セレナの裸体が視界に入って、すぐに顔を逸らした。セレナは怜のそんな仕草にあえて触れず、椅子と一緒に怜の背後に回って、ブラシを片手に声を掛ける。

 

「まずは、ブラッシングからね。髪のもつれとかほこりを、ブラシで落とすんだ」

「は、はい」

 

 思わず、声が上ずった。裸のセレナを見たことを責められるかと思った。結果的にそんなことは無かったが、かえって気になった。

 

(セレナさんは、自分の裸を見られて、どうとも思ってないのかな)

 

 同性なのだから、気にする方がおかしいのかもしれない。自分が恥ずかしがっているのが、この空間では異端に思えた。それでも羞恥を感じるのは止まらず、自分の周りに大きな溝があるように感じた。

 

 自分の身体でセレナの身体が隠れたのは良いが、顔を上げても、視線を落としても、自分の裸体が視界に入る。髪を優しく支え、ブラシをそっと通すセレナの手。怜は目を閉じてセレナを受け入れたが、それを鏡越しに見たセレナが、優しい声を掛けた。

 

「レイ。自分の身体が恥ずかしいなら、タオルで隠してもいいよ。でも、髪の洗い方はちゃんと見ておいて。明日からは自分でするんだから」

「わ、分かりました……」

 

 言われた通りに、胸元から下をタオルで隠す。最初はそれできちんと隠せていたが、やがてシャワーで髪を濡らされると、身体を伝った水がタオルを濡らし、身体に張り付いてラインが出る。それが恥ずかしくて、タオルを握っている手に力が入った。でもセレナに言われたから視線はそらせなくて、恥ずかしくて涙が滲む。

 

(肌を水が伝うの、くすぐったいな)

 

 夢なんかじゃない、リアルな感触。毛の一本も生えていない肌の上を、水滴が走っているのが分かる。地肌までシャワーのお湯が染み込み、自分の意志とは関係なく工程が進んでいく。

 

 人に髪を洗ってもらうなんて、一体いつぶりだろうか。小さなころから一人で風呂に入れと言われて育った怜は、記憶をずっと昔までさかのぼっても、洗ってもらった記憶が思い当たらなかった。ただ、暖かいお湯の心地よさは、今も昔も変わらないのだと思う。怜は目を細め、セレナの優しい手が髪を撫でる感触を受け止めた。

 

「気持ちいい?」

「はい。なんか、前よりずっと」

「そっか。よかった。じゃあ、洗っていくよ」

 

 セレナの手で泡立てられたシャンプーが、怜の頭に馴染んでいく。頭皮をマッサージするようにして、セレナの指先が頭全体を這う。しばらくして泡が洗い流されると、続けてコンディショナーも。

 

 されるがままに髪を洗ってもらい終わると、水にぬれた髪が予想以上に重いし、肌に張り付くし、邪魔でしょうがなかった。

 

「はい、これで終わり。ちょっとそのまま、静かにしててね」

 

 言われた通り、石像のようにじっとしていると、セレナがフェイスタオルで髪の水気をざっと拭い、長い髪を器用に纏め、タオルで包んでいく。まるでターバンのようにすべての髪が頭の上に纏まると、一仕事終えたような声色のセレナが、怜の肩をポンと叩いた。

 

「これでよし。どう、流れは覚えた?」

「は、はい。その、最後のだけはよくわかんなかったですけど」

「大丈夫。後で練習しようね。私もレイも、髪が長いから。こうやって纏めないと、湯船に浸かっちゃうし」

 

 鏡の中の自分は、今までとはまた違った雰囲気だった。髪を全部まとめ、耳や首筋があらわになっている。男の頃は別に何でもなかった体の部位なのに、普段髪に隠れていると、それだけでちょっとドキッとさせられた。首から肩にかけてのラインがキレイで、色っぽい。お湯で温まったおかげでほんのり色づいており、それがまた後押ししていた。

 

(なんか……本当に、自分の身体じゃ無いみたいだ)

 

 怜の髪を洗い終えたセレナは、怜の横に戻ってくると自分の髪にブラシをかけ始めた。怜はサッと、セレナの身体から顔を逸らした。

 

「私も髪を洗いたいから、先に身体、洗っててくれるかな?」

 

 その言葉に、怜の身体は固まったまま、口だけが動く。

 

「その、どうやって洗えば……?」

「そこに置いてあるボディーソープを手で泡立てて、素手で洗えばそれでいいよ。ちゃんと隅々まで洗うこと。恥ずかしがって洗い残しがあったら、自分が痒い思いをするよ?」

「わ、分かりました」

 

 言われた通り、手のひらで石鹸を泡立て、体を撫でるように洗い始めたが、すぐに手が止まった。腕から順に塗り広げていったところ、胸に触れた瞬間、まるで他人の体に触っているような錯覚に陥る。洗うというよりも、触れてしまっているという感覚の方が強い。妙な気まずさに、思わず手を引っ込めてしまった。

 

 泡が指の隙間から落ちていくのを見ながら、怜はまた、別の世界にいるような気がしていた。仕方なくお腹や足を洗うものの、最後まで手を伸ばすのが怖い場所が残る。その場所に恐る恐る泡を伸ばすたび、理屈では分かっているつもりでも、自分が『女の子』である現実を改めて突き付けられた。ただ、自分の身体を洗っているだけのはずなのに、どこからともなく視線を向けられている気がする。胸の奥がキュッと締まる。

 

 『女』として扱われていることは分かっているのに、自分にとってこの身体は、まだ『仮住まい』のように感じられた。誰かに借りた服のように、しっくりこない。だからこそ、余計に人の視線が怖かった。

 

 視界の端では、慣れた手つきで髪を洗うセレナがいた。お湯で濡れた彼女の髪は、宝石のようにキラキラと輝いている。シャンプーの泡は、空に浮かぶ雲のよう。体を洗っているその仕草一つ一つが、映画のワンシーンのようだった。

 

(セレナさんは凄いな。自分の身体に自信があるみたいで)

 

 その堂々とした振る舞いを見るほどに、自分の悩みがどんどん幼稚に見えてくる。恥ずかしさに耐えかねて、適当に洗って済ませようとしたとき、隣からセレナの声が飛んだ。

 

「レイ、背中が全然洗えてないよ。もう……流してあげようか?」

「す、すみません……。大丈夫です、できます」

「別に謝らなくていいよ。慣れてないだけでしょ。私だって、最初はそうだったから」

 

 セレナは怒っているわけでも、呆れているわけでもなかった。ただ、当たり前のこととして『女としての身体の洗い方』を教えてくれている。その優しさが、胸に沁みた。

 

 ──◇──◇──◇──

 

 二人とも体をキレイに洗い終えると、大きな湯船に並んで浸かった。足先からそろりとお湯の中に沈め、熱すぎないことを確認して、やがて肩までつかる。乳白色のお湯が体を隠してくれて、怜はホッと一息ついた。

 

「レイ。今日一日、どうだった?」

 

 温かいお湯でリラックスしているのだろう。隣で目を細めているセレナが、のんびりと聞いた。ちらりと横目で眺めると、セレナの濡れた銀色の髪が、頬に張り付いている。すこし色っぽかった。

 

「目を覚ました時はどうなるかと思いましたけど……とりあえず、何とかなってよかったです。セレナさんには何から何まで教えてもらって……。本当に、ありがとうございました」

「ううん。これが私の役割だから。女の子の身体には慣れた?」

 

 それは、今の怜にとって、鋭い刃のような質問だった。もちろん、セレナがその繊細さを知らないわけもない。そのうえで、一歩踏み込んできたのだ。

 

 怜は温かいお湯の中でドクリと胸を跳ねさせて、一度大きく深呼吸をした。お湯から漂ってくる淡い花の匂いが、男のプライドという繭を少しずつ解いていくようだった。

 

「……女の子の服とか、下着とかなら、ちょっとは慣れましたけど。その、人から『女の子』として見られているんだと思うと、自分の感覚とズレがあって。自分が、どんな風に見られてるのか、分からなくなるんです」

 

 セレナは、下手に答えを急ぐことはしなかった。真正面から怜の言葉を受け止め、そのうえで真正面から向き合って返した。

 

「それはね、レイだけの悩みじゃないよ。自分が求めている、他人からの見え方。それと、他人が自分をこう見てるんじゃないかって見え方。それがぴったり同じな人なんて、そうそういないよ。ただ、レイは人よりもその差が、ちょっぴり大きいだけ」

 

 セレナはそこまでで一区切りつけ、怜が言葉を飲み込み終わるのを待ってから、続けた。

 

「レイは、自分のこと、どんな風に見せたい?」

 

 その質問は、怜の頭の中で反響した。不意を突かれた問いだった。怜は思わず顔を向けたが、セレナはただ静かに湯面を見つめている。

 

「見せたい? ……見られたい、じゃなくて?」

「そうだよ。自分を、どう見せたいか」

「どう、見せたい……。そんなの、わかんないです。考えたこと、なくて」

 

 求められている答えが言えなかった、その恥ずかしさに、怜は肩を丸めた。その肩に、セレナの手がそっと乗せられた。柔らかく、けれどしっかりと包まれる。

 

「大丈夫。焦らなくていいよ。これからゆっくり見つければいいんだ。ただ、自分の体が女の子の身体だからというだけで、『女の子として過ごしたい』とか、『巫女として振舞いたい』とか、流されてほしくない。誰かに決められた女の子じゃなくて、自分で決めた『レイ』でいて欲しいんだ。その姿こそが、本当の意味で『見せたい自分』になるはずだから」

 

 セレナの声が、怜の心にしみわたった。自分のために自分を決める──そのフレーズが、胸の奥に刻み込まれた。お湯と体の境界がぼやける。そのなかで、怜は自分の輪郭を探し始めていた。




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