男らしさのない一般社会人男性がTS転移したら、学生時代に親友だった不良と再会した話 作:Sfon
かつて後ろを歩いていたはずの怜が、自分よりも先に進み始めたような気がして、獅音の胸に黒い影が差す。そして再会の瞬間。ワンピース姿の怜は、まるで別人のように美しく微笑んでいた。胸の奥で渦巻く、この感情の正体は、まだ獅音自身にもわからなかった。
公衆浴場でスッキリした怜たち四人は、セレナの先導で夕暮れの街を歩いていた。新人リンキシアの歓迎会は、街にあるカフェで行われるらしい。
両脇に街灯が並ぶ、石畳の道。先頭を並んで歩くのは、怜とセレナ。どちらもワンピースを着ており、そこに立っているだけで華があった。その後ろを歩いているのが、獅音とガイト。女性陣とは対照的に、どちらもラフな格好をしている。
「その、どんなお店なんですか?カフェでご飯って……?」
「昼間はカフェをやってて、夜はレストランになるんだ。店主さんが『カフェもレストランもどっちもやりたい!』って言って始めたお店でね。昼に行っても夜に行っても、安いのに美味しくて、隠れた名店なんだ」
怜は『人混みに行くのかな』と緊張した面持ち。一方のセレナは、まるで自分のための催しなのかと思うくらいに、やる気満々で歩みを進めている。
「セレナさんは、店主さんと仲がいいんですか?」
「うん。お互い友達って言えるくらいにはね。ここの街に来たばかりの時、まぁ、いろいろあって……疲れ切った体で入ったのがそのお店なんだ。すっかり意気消沈してるところを、美味しい料理で助けてもらったんだよ」
セレナの言う『いろいろ』には、随分含みがあった。たくさんのことが起こりすぎて言うのが面倒、というようには聞こえなかった。むしろ、とても人には言えない何かが起きて、それを言える範囲で纏めたらそうなった、そんなニュアンスがあった。
「セレナさんでも、そんな時があったんですね」
「体の見た目が大人から子供に変わった直後だったからね。しかも、元の自分とは全然違う見た目で、『私って誰?』って。あの頃は頭でっかちだったから、意味もないことをいろいろ考えてさ。今となっては、いい思い出にできてるけど」
少し恥ずかしそうにしながらも、青かったなぁ、と呟いて過去を振り返るセレナ。その表情に影はなく、すでに乗り越えた、過ぎ去った出来事なのだと推し量ることができた。
「あまり言いふらさないでね?私がこの街に来た時のことはあまり言わないようにしてるんだ」
「わかりました、けど、それならなんで僕に教えてくれたんですか?」
「レイが、昔の自分と重なって見えたから、かな」
セレナは、怜を眺めた。懐かしそうな視線だった。知らない世界に呼ばれ、身体が変わってしまった、その辛さを思い出しているのだろう。セレナは過去に向き合い、真正面から受け止めていた。
しかし、そこまで言うとセレナは口ごもり、あたりを気にするようにしてから、怜の耳元に口を近づけて続けた。
「それに……私も悩んだんだよって、教えてあげたかったから。レイだけじゃないよ、この世界に来て、深く悩んじゃう子は」
それは、自分の弱さを認めるセリフ。人前でいい格好を見せたい、そんなプライドを捨て去った本音を、セレナは怜に教えた。
怜は驚きのあまり、何も返事ができない。一方のセレナは、言うだけ言って満足したのか、また前を向いて歩き始めた。
(セレナさんをあんなに成長させるなんて、いったい何があったんだろう)
想像したのは、『巫女』の服を着ているセレナ。彼女も巫女としてこの世界に呼ばれ、すっかり打ちのめされるくらいの出来事があったのだとしたら、それは一体何なんだろう。
その疑問は、怜の心の片隅で、グルグルと巡り続けた。
──◇──◇──◇──
街の市場を抜けた先にある、小さな路地裏のカフェ。木造の看板には花の模様が描かれ、店先にはラベンダーの鉢植えが風に揺れていた。セレナは慣れた動きでドアノブを握り、扉を開いた。
「ここだよ。気楽に過ごせる場所だから」
カラン、と扉の鈴が鳴る。同時に、店の中からお客さんたちの楽しそうな声があふれ出てきた。それに覆いかぶさるようにして、奥から女性の声が響く。四十代くらいだろうか。落ち着きのある女性だ。
「いらっしゃ――あ、セレナちゃん。それに……あぁ、この子が新人ちゃんかしら?」
出迎えたのは、丸顔の女性店主。髪を後ろで束ねた優しげな女性で、エプロンの前には小麦粉がうっすらとついていた。
「そうだよ。レイ、シオンくん、挨拶してくれる?」
「あっ……は、はじめまして、怜……レイ=アサギリです」
「……アマツシオンです」
怜は小さく頭を下げた。名前の順番が違うだけで、名乗るのもなんだか恥ずかしく、慣れない。それでも口に出せば、この世界に少しずつ馴染める気がした。一方、獅音はぶっきらぼうに、元の世界の順番のまま名前を告げて、軽く会釈をした。それはどこか、この世界から一歩引いているようにも聞こえた。
「わぁ、可愛らしいこと。こんなに綺麗な子が新しいリンキシアなんて。大変だったでしょ」
「そんな、可愛いだなんて……いえ……セレナさんのおかげで、なんとかなってます」
「ご飯を出すくらいしかできないけど、ゆっくりしていってね」
「レイはとってもいい子なんだ。ただ、私と似てるところもあるから……」
「あら、そうなの。レイちゃん。いつでも遊びにいらっしゃい。居るだけで華があるから、私たちは大歓迎よ」
「は、はい、ありがとうございます」
怜は、自分を褒めてくれるその声に、目を伏せた。可愛いと言われて、嫌な気はしなかった。ただ、『女の子』として扱われた、他人からのまっすぐな好意を受け取ったのは初めてで、どう受け止めればいいか分からなかった。
(これは、僕が『女の子』だから向けてもらえてるんだよな……)
それに、視線が自分ばかりに向いているのも気になった。実際のところ、店主は獅音のことをあまり見ていなかった。怜と一緒に挨拶をしたのにもかかわらず。まるで、獅音は怜のオマケとしてついてきただけ、そんな存在として扱われているようだった。 それに気づいているセレナは、それとなく店主にシオンの話題も振るが――。
「シオンくんも、初日から仕事を頑張ったんだよね?ガイト」
「なかなか根性のある奴だ。これからの有望株だな」
「へぇ、そうなのね!シオンくんも、うちに来ていいからね!」
「……っす」
店主はどうしても獅音より怜のことを気にかけているのが目に見えてわかるし、獅音もそれを感じ取っていた。まるで、男なら大丈夫だろう。女の子は繊細。そう言われているようだった。
──◇──◇──◇──
四人が席につくと、近くの常連客もちらちらと怜の方を見ている。その視線を感じていた怜は、いつ何が起きるかと、戦々恐々としていた。
その考えはほどなくして当たった。ある年配の女性が、柔らかい表情で声をかけてきたのだ。
「あら、あなた、見ない顔ね。いつ来たの?」
何となく、怜はその常連と思われる客に、この店に相応しいかどうかを試されているような気がした。見た目は良いが中身はどうかと、怪しまれているように思えた。
「今日、来ました。レイ=アサギリです」
「そうなの。いい子ね。お仕事はもう決めたのかしら?」
「あー、いえ、まだです。今日はいろいろ準備に忙しくて」
まるで、面接のような問答。どうこたえるべきか考えながら会話を続けるのは、中々に神経を使う。怜は笑顔を絶やさないように気をつけつつ、年配の常連客が喜びそうな言葉を選んだ。何度リレーを続けても途切れず、徐々に頬が疲れてくる。
「大変でしょ。何かあったら集会所の人に言うのよ」
「そこは、はい。先生がついてくださってるので、ありがたいことに」
終わりが見えず、話が長引きそうで困っていると、店主が常連客との会話を引き継いだ。
「セレナちゃんがレイちゃんの先生なんだって」
「あら、そうなの。なら安心ね。セレナちゃんったら、ここに来た頃は……」
「やめてよおばさん。その話はいいでしょ?」
「あら、ごめんなさいね」
テーブルをはさみ、苦笑いしたセレナの声が飛んでくる。店主は怜にこっそりウインクを飛ばし、それからは常連客と楽しそうに会話を弾ませた。こういうところが、かつてのセレナを救ったのかもしれない。そう考えると、感慨深いものがあった。
カッコいい人だな、と怜が店主を眺めていると、隣に座っていたセレナが怜の肩をちょんちょんと突いた。
「ね、カッコいい人でしょ」
「は、はい。まさに、そう思ってました」
「ね。ふふっ、良かった。レイを助けてくれるのは、私だけじゃないからね」
自分のお気に入りを認めてくれた。その一点で、セレナは怜に微笑んだ。そして、怜の味方になってくれる人が増えて、心から安心した。
──◇──◇──◇──
出てきた食事は、どれもおいしかった。半日ずっと力仕事をしていた獅音はよほどお腹が空いていたようで、がっつくようにして料理を口に運んだ。
「足りなかったらどんどん追加で頼むから。遠慮しないで食べてね。男の子が一杯食べるところ見てるの、結構好きなんだ」
「あざっす!」
獅音はセレナに元気よく返事をすると、またすぐに食事に戻る。それが何だかおかしくて、怜はセレナと顔を見合わせて笑った。
一方の怜は、せっかく買った服を汚さないように気をつけながら、ゆっくりと食事を口に運んだ。顔を前に倒しすぎると髪が垂れてしまうから、姿勢を良くしたまま、少しずつ。
それでも、口が小さくなったおかげで、物足りなさはない。濃い目の味付けの料理と、優しい味の料理。交互に食べ進めると、そのコントラストが楽しかった。
その柔らかい表情を見て、ガイトが声を掛けた。
「アサギリ、いい顔をするじゃないか。ここに来たばかりのリンキシアは大抵、寝るまでずっと硬い表情をしているか、逆に余裕をこきまくって痛い目を見るかのどっちかなんだが。君はそのどちらでもないようだな」
「私が付いてるからね。教えられることは全部教えるよ。大変な思いをしているんだ、余計な苦労をする必要はないからね」
「おっと、セレナの教え方は心配していないぞ? だから、そんな不満げな顔はやめてくれ」
ガイトとセレナの小気味よい会話。怜はそれに軽く微笑んで会釈をし、食事を続けた。
リンキシアとしての初めての夜は、和やかに進んでいった。
──◇──◇──◇──
「すみません、ちょっと……」
食事の途中、怜が席を立った。本人は詳しく言わないが、店員さんにこそこそと声を掛け、店員はあっちだと指さしたところを見るに、用を足しに行ったのだろうことは明らかだった。
怜が居なくなったテーブルで獅音が食事を進めていると、不意に声を掛けられた。
「おい……お前、雨津獅音か?」
若い女の声だ。どこかで聞いたことがある気がしたが、はっきりとは思い出せない。
「ん? そうだけど。……は? お前、こんなところで何してんの?」
顔を上げて、声の主を確認した獅音は、思わず考えていることがそのまま口に出た。そこに立っていたのは、高校時代の同級生、片瀬真琴だった。
「それはこっちのセリフだ。いつ来た」
「今日だって。話、聞こえてなかったか?」
「私はさっき来たばかりでな。お前、早速女を侍らせて、良い身分だな。しかも、アイツと同じ名前の」
軽蔑するような真琴の視線。それを受けたままで、黙っていられるような性格ではない。
「なんか文句でもあんのかよ」
「別に。私はお前の高校時代しか知らないからな。その後何をしてようが、知りたくもない」
「なら、なんでそんなに突っかかってくんだよ」
真琴はそのセリフに目を細め、他人に聞こえないように獅音へ顔を近づけた。
「お前、また人を縛り付ける気か?」
「何しようと勝手だろ」
「お前だけの話じゃない。レイ――あの少女の自由を奪っているんだ。朝霧と離れ離れになって、もう新しい相手を毒牙に掛けるなど、放置できん」
まるで知ったような口を利く真琴に、獅音は増々苛立った。一泡吹かせたくて、短絡的に、真琴に告げた。
「新しい相手じゃねぇよ。あいつは怜だ」
「いやだから、私が言っているのは朝霧怜ではなく、あの少女のセイを――まて、いや、そんなことがあるのか?」
真琴は、怜が入っていったトイレの方を振り向き、唖然とした表情をしている。つい先ほど見た少女と、高校生の頃に見た怜の姿を重ねようと、必死に見えた。それは獅音の狙い通りだった。しかしそれは長く続かず、更に獅音を詰問するような口調で続ける。
「あの少女は、怜、なのか?」
「そう言ってるだろ。あいつは怜だ。こっち風に言うなら、レイ=アサギリだよ」
真琴はしばらく呆けた後、たたらを踏んで後ずさった。
「一緒に、来たのか?」
「ああ、アイツが俺をここに呼んだんだってさ」
「朝霧が、お前を……」
真琴は、途端に視線をあちこちに向けた。なにかを考えているような、受け入れがたい事実に直面したような、そんな雰囲気だった。驚くのは分かるが、そんなに驚くなんてと、獅音が戸惑うほどだった。
(まさか、怜が次の――)
真琴は、あまり想像したくない未来を、頭の中に描いてしまった。
「……問題は起こすなよ」
それだけ言い残して、真琴は元の席に戻った。獅音は『今のは知り合いだったのか?』と周囲から聞かれたが、適当にはぐらかした。
──◇──◇──◇──
食事が終わる頃には、外はすっかり夜の気配に包まれていた。
「じゃ、そろそろ帰ろっか。また来るね」
セレナが立ち上がり、周囲に軽く頭を下げる。常連客同士は知り合いのようなものなのだろう。ちらほらとセレナに挨拶をする声が飛んでくる。店主もまた、セレナに声を掛けた。そして、怜にも。
「また来てね、レイちゃん。いつでも歓迎するわよ」
「はい。ありがとうございました」
怜は少しだけ待ったが、店主から獅音への声は無かった。代わりに、ガイトが獅音の肩を軽く叩く。
「最初の晩にしちゃ、いい雰囲気だったじゃねぇか。すっかり街に馴染んだな」
「……うっす」
それぞれに挨拶を交わして、店を出た。帰り道も、怜とセレナが前に並んで、後ろに獅音とガイトが続く。
宿に向かう道すがら、セレナが怜にそっとささやいた。
「今日のレイ、ずっと笑ってたね。無理してないならいいけど――レイの笑顔はすっごく魅力的だから、やりすぎるとみんなから求められて大変じゃない?」
笑顔を心配されるなんて、思ってもみなかった。怜はセレナのその言葉に、ふっと目を伏せて返した。
「大丈夫です。せっかく連れてきてもらった、セレナさんの行きつけのお店なので。やっぱり、いい印象を持ってもらいたくて。無理はしてませんから」
「なら、良いんだけどね。気を遣ってくれてありがとう」
そう答えたものの、自分でも、本当のところは分かっていなかった。可愛いと言われて、嬉しいはず。みんなが喜んでくれるなら、それでいいはずなのに、セレナに言われた途端、少しだけ危ういものに思えた。
──◇──◇──◇──
「今日はお疲れ様。じゃあ、私たちはまだちょっと話していくから。また明日の朝、怜の部屋へ迎えに行くね」
宿に到着し、ガイトの横に寄り添うように立ったセレナが、怜と獅音に告げた。言外に、ここで別れようと言っていた。ラウンジで、二人で話したいのだろう。
「はい、ありがとうございました。……獅音くん、行こう」
怜は獅音に声を掛けてから、階段を上った。獅音はその後ろを追い、二階に到着したところで、怜に声を掛けた。
「なぁ……ちょっとだけ、話さね?」
獅音のどこか不安げな声が彼らしくなくて、怜は立ち止まって振り返った。獅音はポケットに手を突っ込んだまま、怜の顔を見ようとしない。
「別に、たいしたことじゃねぇんだけど。今日のお前、なんか……違って見えたから」
怜は迷った末、小さく頷いた。
「……うん。ちょっとだけなら」
──◇──◇──◇──
獅音の部屋は怜の部屋とほぼ同じ造りだったが、どこか居心地が違った。鏡台の前に置いてある椅子の背には、見覚えのあるパーカーがかけられている。獅音が前の世界から持ち込んだ服だ。
扉の開いているクローゼットに視線を向ければ、昼間どこかのタイミングで買ったのだろう、怜と昼間に別かれた頃には持ってなかったはずの、見慣れない服が何着かかかっていた。
「ベッド、座って良いから」
「うん。ありがとう」
怜はベッドの端に腰を下ろし、静かに深呼吸をした。
「……なんか、落ち着くね。ここ」
「そうか?」
「うん。獅音くんと一緒だからかな。セレナさんは僕に『女の子』としての生活を教え込む先生役だし、他の人はみんな、僕のことを『女の子』としてしか見ないから。昔の――男の頃の僕を見てくれるのは、獅音くんだけだよ」
獅音は、その怜の言葉にドキッとした。
(そんなこと、ない。俺だって、怜のことを――)
そこまで考えて、やめた。深く考えたら、この後に影響が出そうだった。そんなことを話すために、怜を部屋に呼んだんじゃない。
「だろ。お前が男だったって知ってんのは、この世界で俺だけなんだから」
「うん。……ありがとう、獅音くん」
猫が家でお腹を見せているような、無防備な笑顔。それに毒気を抜かれ、獅音は言葉に詰まった。このまま、優しい雰囲気のまま一日を終えたい。そんな誘惑が鎌首をもたげる。
(でも、聞くなら今だ)
獅音は一度深く息を吸い、弾みをつけてから、怜に問いかける。
「なぁ、怜。お前、この世界に来るとき――俺を呼んだか?」
「――っ! ……うん、呼んだよ」
怜はどこまで言うか迷った。それを、獅音はじっと待った。
「僕、前の世界で、たぶん死んだんだ。その直前に、獅音くんにもう一度会いたくて。助けてって、呼んだ」
「そうか。やっぱり、お前が俺を呼んだんだな。この世界に」
「分からないけど……そう、なのかな」
獅音は、怜の言葉を何度も心の中で繰り返した。この世界に放り込まれたのは、怜のせい。自分は悪くない。
(なら、いいよな?)
獅音は、自分の表情に黒いものが出ないように気を付けて、怜に笑いかけた。出来るだけ自分に良い印象を持ってもらえるように。出来るだけ頼りがいがあると思われるように。
「なら、オレに協力してくれよ。一緒にこの世界を生き抜こうぜ」
「そんなの、もちろん。そのつもりだよ。なにかもうして欲しいことあるの?なければ適当に仕事を探して、やってみようと思ってるけど」
「今日は仕事をして終わっちゃったからさ、まだ何も考えは無いんだわ。そのうち整理つけるから、そしたら頼んだぜ」
「うん、分かった」
怜は相変わらず素直だった。前の世界で優しくしてやった甲斐があった。いつか使えるタイミングがあるはず、そう考えた高校時代の自分を褒めたたえたい。
あの頃は、下心なんて無かったはずだった。ただ、一緒にバカやれる友達ができて、楽しく過ごしているだけのはずだった。そんなことは考えないようにした。
(俺は元々、善人なんかじゃない)
そう自分に言い聞かせることで、少しでも罪悪感を減らそうとした。それに獅音は気づいていないふりをした。
「頼りにしてるぞ。今のお前は……可愛いし、そういうのって、武器になるだろ?」
「……うん、ありがとう」
怜は苦笑しながら、そう返した。嬉しくないわけじゃない。けれど、どこか引っかかる言葉だった。それは褒め言葉なのか、ただの評価なのか。どちらにせよ、それが『今の自分』への言葉であることだけは、はっきりしていた。
(僕は、ちゃんと『僕自身』として、『ここに居る』ことが出来てるのかな……)
笑顔の奥に、小さな疑問が静かに沈んだまま、怜は視線を背けた。