男らしさのない一般社会人男性がTS転移したら、学生時代に親友だった不良と再会した話 作:Sfon
怜がラグエルに来てから、初めての休日がやってきた。少し前からセレナにお願いして、休みを合わせてもらっていた、大切な日。この間お風呂でお願いした、『女の子の生活』を教えてもらう日だ。
何をするのかは当日のお楽しみだって言われていて、怜はずっとこの日を楽しみにしていた。小学生が遠足を楽しみにするくらい、寝る前には『どんなことするのかな』とあれこれ想像したくらいには。
目覚ましを少しだけ早くかけて、いつもより一時間早く起きた。軽くシャワーを浴びに行って、髪をキレイに整えながら乾かす。長く艶のある、ウェーブのかかった淡いアジサイ色の髪は、今の怜にとって大切なトレードマーク。
(よし、今日は上手くいった。せっかくのお出かけだからね。気合入れていかなきゃ)
思えば、男だったころはお出かけにこんな熱量を入れていなかった。適当に髪の毛を整えて、それなりな服を着て、獅音と合流して遊ぶ。その繰り返しだったから、服装なんてまともに考えたことがない。
(でも、今は違う。女の子として見られるからには、ちゃんと選ばなきゃって思う)
朝ごはんを食べて歯を磨いたら、今日着ていく服のオーディション。クローゼットの中から一着ずつ手に取って、あれでもない、これでもないと真剣に考えた。
(外をたくさん歩くんだから、それなりに動きやすいほうが良いよね。でも、パーカーとデニムのショートパンツだと、ちょっとスポーティーすぎ? うーん……)
いつの間にかベッドの上には服が散らばっていて、中々決まらない。せっかくのセレナとのお出かけだから手は抜きたくなくて、悩みに悩んでいると、部屋の扉がノックされた。
「レイ~? そろそろ準備できた~?」
「あっ、ご、ごめんなさいっ! 今、服選んでて、もうちょっとだけ!」
「はーい。大丈夫、ゆっくり選んでいいよ。まだまだ時間はあるからね」
それなりに早起きしたのに、服選びがこんなに時間を使うものだとは思っていなくて、全然余裕がなかった。待たせているセレナに急かされながら、えいやと選んだのは、ふわりと広がる白のワンピース。
ふくらはぎまである長い丈の裾、ふわりと膨らんだ短い袖、胸元には細かなギャザーが寄せられていて、襟ぐりは少し広めに開いている。歩くたびにひらひらと揺れ、肌があらわになっている鎖骨の辺りが、やけに目立って見えた。
(もともとこういう服なんだし、おかしくないよね?)
腰回りは服と同じ色のリボンがベルト代わりに一周巻かれていて、お腹の横で蝶結びされている。ほんのりと身体のラインが見えるが、ふんわりした服のおかげでいやらしさは無い。
最後に鏡で全身を確認してから、鞄を持って扉を開けた。廊下には、微笑ましいと表情で語っているセレナが立っていた。
「可愛い服、選べた?」
「はい、その、すみません。待たせちゃって」
「ううん、いいの。今日一日をその服で過ごすんだから、とっても大事なことだよ」
そう言ってから、セレナは怜のことを上から下まで見て、温かい声で言った。
「うん、レイ、とっても可愛いよ」
「あ、ぅ……ありがとう、ございます」
ほんのりと頬を染めながらも、怜はその言葉をしっかりと受け止めた。
「さ、せっかくだし、もっと可愛くなってからお出かけしようか。私の部屋に来てくれる?」
セレナに手を引かれて、怜はそのまま彼女の部屋へと案内された。
ドアが開くと、ふんわりと甘い花の香りが鼻をくすぐった。窓際には観葉植物と小さな紅茶缶が並び、棚にはお気に入りらしい本や香水瓶が丁寧に並べられている。布張りの椅子や、ふかふかのラグ。全体的に落ち着いていて、けれどどこか少女らしい可愛さが混じった空間だった。
「どうぞ。そこに座って?」
部屋の奥、白木のドレッサーの前に腰を下ろすと、鏡の上には小さな花飾りが吊るされていた。机の上には、見慣れない道具たちがきちんと並んでいる。ガラスの瓶、筆のような道具、小さな丸いコンパクト。
(これ、化粧道具だよね……)
セレナが鏡越しに微笑みながら近づいてきた。怜の髪をそっとヘアバンドでまとめ、襟元には淡いピンクの大きな布がふわりと掛けられる。
「汚れちゃったら大変だからね。……ふふっ、緊張してる?」
怜はこくりと頷く。これから自分に化粧が施されるのだと思うと、胸が高鳴った。今まで一度も経験したことのない、女の子らしさの象徴の一つ。
「だいじょうぶ。最初はみんなそう。でもきっと、可愛くなるよ」
そう言いながら、セレナは小さな瓶を手に取り、キャップをそっと外した。かすかにバニラと柑橘が混ざった香りが、怜の鼻先をくすぐる。
「じゃあ、初めてのお化粧……してみようか」
その優しい声に、怜の胸がふわりと浮き上がった気がした。
ほんのりとしたリップとチーク。耳元には、セレナがあまり使っていないという小さなパールのイヤリング。首筋には、ラベンダーと柑橘の香りの香水を一滴。
耳たぶを何かで挟まれると言うのは、なんとも言い難い感触だった。ほんの少しの痛みはすぐに消えたが、顔を動かすたびに揺れてくすぐったい。それでも、自分が女の子なのだと認めてもらったような、少しの誇らしさもあった。
「このイヤリング、買ったはいいけどちょっと可愛すぎてさ。レイにあげるね」
「え? いや、そんな、悪いですよ」
「良いの良いの、そんなに高いものじゃないから安心して。それにほら、見て。とっても似合ってると思わない?」
セレナに言われてドレッサーの鏡を覗いた。ヘアバンドと当て布が取り払われ、髪もブラシできれいに整えられた、おめかし姿の自分。顔に自然な色が差し、髪の隙間から白いパールがちらりと覗く。
「うわ……これ、僕……?」
「そうだよ。これが今日のレイ。とっても可愛いよ」
思わず、目を奪われてしまった。まるで、自分の知らない『自分』を見つけたみたいだった。
「でも、これはまだスタート地点だよ。今日一日をかけて、もーっと可愛くしてあげるから。さ、準備ができたら行こうか」
隣に立ち、手を差し伸べてくれるセレナ。レイにはそれが、自分を導いてくれる王子様のように見えた。
──◇──◇──◇──
「セレナさん、今日はどこに行くんですか?」
「まずは、いろんなお店に行ってみようか。服もそうだし、小物とか、化粧品とか。自分を着飾るものって、沢山あるんだよ」
まだ午前中も早い時間だが、街は賑わっていた。街灯の並ぶ石畳の道を、少しだけ履きなれない靴で歩く。いつもよりちょっとだけ高いヒールの付いた、光沢のあるちょっと大人っぽい靴。自然と歩幅が狭くなって、上品な歩き方になった。
(女の人は歩くの遅いって思ってたけど、これは、当然だなぁ。むしろ、高いヒールを履いてる人は良く歩けるよ)
恐る恐る歩く怜に、セレナは歩調を合わせる。転んだ時に直ぐ手を伸ばせるように意識を向けながら、『初めてヒールのある靴を履いたときはこんな感じだったかなぁ』と懐かしんでいた。
最初に向かったのは、通りに面している服屋さん。怜がラグエルに来た時に入った服屋さんよりもキレイ目な雰囲気で、ちょっとだけお高そう。でも、その分洗練されたデザインの服がたくさん並んでいた。
(きっと、びっくりするくらい高いんだろうな……)
怜は気になる服を見つけると、おっかなびっくり値段のタグを摘まみ、ちらりと確認した。すると、思ったよりも手が届きそうで、つい三度見する。もちろん安くはないけれど、宿も食事も安く済んでいるおかげで、お金に多少の余裕はある。
新しい服が欲しい、そう思いつつも、どこか遠慮していた怜。ところが急に現実味を帯びてきて、思わず浮足立った。店内をふらふらと歩き回りながら、これもいいあれもいいと悩んでいる怜に、セレナが耳元で囁く。
「ここだけで決めなくてもいいからね。いろんなお店があるから、ゆっくり見てまわってから、気に入ったのを買うと良いよ」
「わ、分かりました。でも、その……きっと、一番は決めきれないので……セレナさんも手伝ってくれますか?」
「うん、もちろん。レイに一番似合う服、バッチリ選ぼうね」
自分のお願いを快く受け入れてくれたセレナに、怜は思わず破顔した。人を頼れるってこんなに嬉しいことなんだと、胸が暖かくなる。思わず、セレナに抱き着きたくなるくらいだった。
女の子の服は、本当に種類が多い。ワンピースにスカート、ブラウス、カーディガン、チュニック、セットアップ。シルエットひとつ取っても、ふんわりしたものからタイトなものまで無数にあるし、色や素材、ちょっとしたレースのあしらいだけでも印象が全然変わってくる。
(同じ『服』なのに、どうしてこんなに選択肢があるんだろう……女の子って、たくさん服の種類があるから、選ぶのも悩んじゃうな)
嬉しくもあり、ちょっとだけ困ってもしまう。怜は心の中で呟きながら、鏡越しにいくつかの服を体にあててみた。自分に似合っているかはまだよくわからないけれど、今日だけはゆっくり時間をかけて、少しずつ自分の『好き』を探したかった。
──◇──◇──◇──
セレナには、色々な服屋さんに連れて行ってもらった。カジュアル中心のお店、少し背伸びした大人っぽいブランド、ナチュラル素材が多いリラックス系。店ごとに雰囲気も並ぶ服も違っていて、同じ『服を選ぶ』という行為でも、まるで違う世界に飛び込むような感覚だった。
「うーん……これはちょっと派手すぎるかも」
「じゃあ、こっちのは? 袖のレースが可愛いと思うんだけど」
セレナが差し出してくれる服はどれも素敵で、だからこそ決めきれない。けれど、それを一緒に悩んでくれる人がいるというだけで、怜は気持ちが楽になったし、勇気も湧いてきた。
(どの服も可愛いけど、もうちょっとだけ冒険してみたいな)
セレナが選ぶ服は、気を遣ってくれているのもあって少しおとなしい。それが今の怜には、かえってもどかしく感じた。自分で選ぶのは恥ずかしい。でも、セレナに選んでもらったら、試す口実ができる。
セレナは勧めた服がことごとく怜に却下されて、少し自信がなくなってきていた。しかし、必死に服と向き合うのを一旦やめて、怜が眺めている服がどんなジャンルか気づいた時、ようやく合点がいった。そして、確実に気に入ってくれるだろう一着を手にとる。
「……これとか、ちょっと挑戦してみる?」
セレナが差し出してくれたのは、クリーム色のオフショルダーブラウスと、ひざ上丈の黒いフレアスカートのセット。肩口は大きく開いていて、背中にはリボンのついた華奢なデザイン。怜は思わず言葉を詰まらせた。
「か、肩、全部出てます……ね?」
「うん。でも、可愛いよ? ――着てみたいって、思ったでしょ?」
図星を突かれて、怜は視線を逸らした。思った。確かに『着てみたい』と思った。けれど、それは『似合う』という確信があったわけじゃない。ただ、『そういう服を着てみたい自分』がいることに気づいてしまった。
「じゃあ、試着室、こっちね」
そっと背中を押されて、怜は試着室に入る。おずおずと服を脱ぎ、勧められた服にそっと袖を通す。鏡の中に映った自分は、想像以上に『女の子らしく』なっていた。初めて着る、肌がたくさん露出した服。自分が着る服だなんて、今までは思っていなかったデザイン。
(肩、出てる……すごく、出てる……でも……)
鏡の中でくるりと一回転してみる。軽く広がるスカートがふわりと揺れ、背中のリボンがちょこんと踊った。怜の胸は高鳴った。ちゃんと似合っている。女の子になった可愛い自分に、きちんとマッチしている気がした。
(ちゃんと、『女の子の服』だ。こんな服、僕が着るなんて、ね)
そっと、自分の肩に触れてみる。鏡の中の女の子も、自分の肩に触れる。剥き出しになった肩の、素肌に伝わる感触。鏡の中の女の子は、確かに自分だと何度も確認する。
今までは見る側だったけれど、今は見せる側。それがちょっと不思議で、ちょっと誇らしかった。
(……なんか、『誰かに見てほしい』って思っちゃうの、変かな)
頭の中に浮かんだのは、初めてラグエルに来た日のこと。お風呂上がり、獅音にワンピース姿を見てもらった時の表情。思わず見惚れてしまったと、怜にも伝わってきたあの顔。最近は仕事が忙しいのか、あんまり会えていないけれど、あの顔ははっきりと思い出せた。
(また、あんな顔してくれるかな)
お風呂上がりの乱れた髪で、目を見開いていた獅音。あの顔をまた見てみたい。心のどこかでは怖いと思っても、怜にとっての獅音は、まだ頼れる存在で、求めて欲しい人だった。
「レイ〜、着れた〜?」
試着室の外から、セレナの声がする。鏡の中にいる最高に可愛い自分を見られるなんて、流石にちょっと恥ずかしい。でも、それ以上に、見てもらいたいと思った。
怜は静かに試着室のカーテンを開けた。目の前に立っているセレナが、目を見開いたのがわかる。彼女の瞳の中には自分の姿。
「……お姫様みたい」
「大丈夫かな、似合ってる? 変じゃない?」
「全然、変じゃないよ。ここからもっとおめかししたら……どうなっちゃうんだろうね。王子様に攫われちゃうかも」
「じゃあ、セレナさんが王子様になってくださいね?」
「おっ、言うようになったね。今日はたくさんエスコートしちゃうから、覚悟してよ?」
セレナも怜も、お互い冗談混じりに言っていることは分かっている。それでも怜は、『このままどこかに連れ去られても良いかも』なんて、ちょっと感じ入ってしまった。それもこれも服のせい。特別な服を着て、特別な日のリスタート。
セレナといると、自分をどんどん好きになれる。今日みたいな日がずっと続けば良いのに。怜は思わず、そう願った。
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