ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
第十一話 未来は変わらない
少女は走る。
病院内である以上行儀はあまり良くないが、それを咎める者はいなかった。夕方なのもあり、人気が少ないのが一番の理由だろう。
病室の扉を急いで開ける。
しかし、そこには誰もいなかった。
青髪の少女は小さく声を漏らし、ゆっくりと戸を閉めた。顔が下を向く。
病室の前に、『上条・イチズ・恭介』というプレートが置かれていたのが目に入った。
声が聞こえる。
「あら、上条くんのお見舞い?」
「えっ……あ、ええ……」
「ごめんなさいね、診察の予定が繰り上がっちゃって。今ちょうどリハビリ室なの」
そういうと、少女は落胆を隠すように適当に返事をした。
一人病室と看護師から背を向け歩き出す少女の背に、あまり聞きたくない言葉が聞こえた。
「よく来てくれるわよね。助かるわ」「難しい患者さんだしね」「事故に遭う前は天才少年だったんでしょ。バイオリンの」「歩けるようになったとしても、指の方はね……楽器を弾くなんて無理でしょうね」
少女は、さやかは見詰める。
己の手、柔らかくて何にもなれない手を。
なんで、恭介なのよ。
あたしの指なんて、いくら動いてたって、何の役にも立たないのに。
なんであたしじゃなくて、恭介なの。
さやかは瞑目し、考える。
もしもあたしの願い事で恭介の腕が治ったとして、それを恭介はどう思うの?
ありがとうって、そう言われて、それだけ?それとも、それ以上の事を言ってほしいの?
考えがまとまらない。ただ、黒い感情だけがボコボコと湧き上がる。
口から出てくるそれを、止める力がなかった。
「……あたしって、嫌な子だ」
この時のあたしは、まだ何も分かっていなかった。
奇跡を望む意味も、その代償も。
タツヤの口元を、母が拭う。
何気ない日常の一ページである朝食だった。
まどかは、皿の上の目玉焼きをぼんやりと眺めている。
その脳裏には、マミの姿が次々とフラッシュバックする。それは、身体を抉られた時の姿もだった。
表情を見る事もできず、魔女が何かを貪っているところしか見れなかった。リボンで覆い隠されていた。肝心な死体すら見つけられず、まどかたちはマミの死を受け入れろと強要された。
出来る筈がなかった。
「まどかー?」
ハッとして、目を開ける。
「さっさと食べないと遅刻だぞ~」
母の言葉通り、フォークを手に取る。
一口食べた。
目玉焼きは、柔らかくてほんのりと塩気が効いている。
まどかはぎゅっと目を瞑り、目尻から涙をこぼした。弟のタツヤはまどかを見つめ、両親は心配そうに尋ねる。
「ねーちゃどったの?」
「ま、不味かったかな?」
「ううん、美味しいの……。生きてると、パパのご飯がこんなにも美味しい……」
まどかはただ、こぼれ落ちる涙を拭き続けるしかなかった。
「でもって、ゆうかったらさ!」
通学路をいつもの三人で歩く。
さやかが楽しげに喋っているのを、仁美が微笑ましそうに聞いていた。その様子を見ながら、まどかはただ黙っているしかなかった。キュゥべえも同じく何を言うでもなく、わたし達についてきていた。
さやかの調子は本当におかしいところ一つない。それが、少しだけ……ほんの少しだけ怖く感じた。
(さやかちゃん……昨日のこと……)
(ごめん、今はやめよ。また後で)
深刻そうにその言葉をテレパシーで送っているとは思えないくらい、明るい様子でさやかは談笑していた。
授業が始まる。
「────出産適齢期と言うのは、医学的根拠に基づくものですが。そこからの逆算で婚期を見積もることは、大きな間違いなんですね!」
まどかがさやかを見る。
さやかは目を閉じ、何も言わない。眠っているのかもしれないが、まどかはしょぼくれた。
「つまり、30歳を超えた女性にも恋愛結婚のチャンスがあるのは、当然のことですから、したがって!ここは過去完了形ではなく、現在進行形を使うのがせいか────」
同じクラスにいるほむらは、同じように彼女達をちらりと見ていた。
青い空のもと、二人は屋上に座っている。
キュゥべえが彼女達の目の前に居座る。誰も、何も言わなかった。
まどかは空を見て、さやかは目を伏せていた。
「なんか、違う国に来ちゃったみたいだね。学校も仁美ちゃんも昨日までと全然変わってない筈なのに、なんだかまるで、知らない人達の中にいるみたい」
「知らないんだよ、誰も」
ひ、ともふ、とも判断できない言葉でない声をまどかは漏らす。
「魔女のこと、マミさんのこと。あたしたちは知ってて、他の皆は何も知らない。それってもう、違う世界で違うものを見てるみたいなものじゃない」
「さやか、ちゃん……」
「とっくの昔に変わってたんだ。もっと早くに気付くべきだったんだよ、あたしたちは」
いつからかマミの声から薄くなっていた現実感が、さやかの声から感じられた。
まどかは、何も言えなくなった。
さやかが続ける。
「まどかはさ、今でもまだ、魔法少女になりたいと思ってる?」
「…………………………」
まどかは、何も言えなかった。
何か言おうとして、息だけが口から洩れた。
嫌だった。さやかがまた目を伏せる。その声は掠れていた。
「そうだよね……仕方ないよ」
「ずるいって分かってるの……今更虫が良すぎだよね……」
まどかは声を震わせる。涙声だった。
「でも……無理ぃ……。わたし、あんな……すがた……今思い出しただけで息ができなくなっちゃうの……怖いよ……嫌だよぉ……」
ぐす、ひぐ。と。
泣いているまどかを、さやかが優しく抱きしめた。
「マミさん、本当に優しい人だったんだ……戦うために、どういう覚悟がいるのか……あたし達に思い知らせるために、あの人は」
幾分か、ほむらに噛みつき落ち着いたものの……さやかも同じ気持ちだ。
不安で胸が潰されそうだった。
「ねぇキュゥべえ、この街どうなっちゃうのかな。マミさんの代わりに、これから誰がみんなを魔女から守ってくれるんだろう」
「長らくここはマミのテリトリーだったけど、空席になれば他の魔法少女が黙ってないよ。すぐにも他の子が魔女狩りのためにやって来る」
「でもそれって、グリーフシードだけが目当てのやつなんでしょ?……あの転校生みたいに」
「確かにマミみたいなタイプは珍しかった。普通はちゃんと損得を考えるよ、誰だって報酬は欲しいさ」
「じゃあ────」
「でも、それを非難できるとすれば。それは同じ魔法少女としての運命を背負った子だけじゃないかな」
キュゥべえはさやかを遮り、端的に述べた。
さやかもまどかも、考えていなかったところから魔法少女になるメリットというか、ならなければ手に入らない物もあると言われたじろいだ。
ふぅ、とため息をつき「気持ちは分かった。残念だけど、ボクだって無理強いは出来ない」とキュゥべえが言う。ボクとの契約を必要としている子を探しに行かないと、と声の調子は変わらないまま言う。愛くるしい声だ。
まどかは言葉を絞り出す。
「ごめんね、キュゥべえ……」
「こっちこそ、巻き込んで済まなかった。短い間だったけど、ありがとう。一緒にいて楽しかったよ。まどか」
もう一度、まどかはごめんねと呟く。
キュゥべえに向けているとも、マミに向けているとも知れなかった。
巴・スグシヌワ・マミと書かれた表札の扉、その前にまどかが立っている。
インターホンが虚しく響く。しばらくして、ドアノブをひねる。抵抗もなく、するりと開いた。中は電気もついておらず、夕焼けが入っている。何もなかった。いや、洗い物がある。テーブルの上には、飲みかけの紅茶が冷めたままで置かれていた。
まどかが座り、ノートをテーブルの上に置く。
洩れ出る嗚咽を抑え、まどかはしゃくりあげた。
「ごめんなさい……私、弱い子で……ごめんなさい……!」
マミの住んでいたビルを出て、帰り道に出た。
たとえ泣いた所で、誰も私を見てはいない。マミさんの事を思い出さない。
自分がどれだけちっぽけな存在か、理解させられた。
守られるだけの人間は、無力です。