ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
上条・イチズ・恭介の病室。
山ほどの本が並べられ、いくつも椅子があるうちの一つにさやかが座っていた。
CDプレイヤーが回っている。
恭介の声色が、ぐじゅと濁っていた。
「さやかは僕をいじめているのかい?」
「なんで今でも、音楽を聴かせるんだ。弾けもしない音楽を」
「ぇっ、だって恭介、音楽好きだったから……!」
「聞きたくないんだよっ!自分で演奏できない音楽なんて、僕はっ!!」
恭介は左腕を振り上げ、CDプレイヤーに向けて振り下ろす。
赤い血が飛び散った。顔色を青くして、さやかが恭介の腕に縋りついた。
丸い座面の椅子が倒れる。突然動いた、さやかの荒い息遣いだけが病室に溶けていく。高めのすすり泣きが列に加わった。
「動かないんだ……もう、痛みさえない、こんな、手なんて!」
「大丈夫だよ、きっと、なんとかなるよ!」
気休めだと分かっていても、さやかは言うしかなかった。
一瞬で壊されることになったとしても。
「諦めなければ、いつかは……」
「諦めろって言われたのさ」
さやかは息を止める。
「……もう演奏は諦めろってさ。先生から直々に言われたよ、いまの医学じゃ無理だって……」
「僕の手はもう二度と治らない。奇跡か、魔法でも無い限り治らない……っ」
「あるよ」
さやかは、力強く断言した。
縋るように、恭介はさやかを見た。窓の外に、白いものがいるのが見えた。
無機質なものがいた。
「ほむらちゃん、ちゃんと話せばお友達になれそうなのに……どうしてマミさんとは喧嘩になっちゃったのかな」
夜の街道をとぼとぼと歩きながら、まどかは一人呟いた。
ふと反対側の道を見た。そこにはまどかのよく知る級友の姿があった。
仁美ちゃーん、と何度か呼び掛けてみるも反応はない。声は届いてるみたいなのに……そう思った瞬間。
仁美ちゃんの首に、変なマークがあるのを見つけた。あれはそう。マミさんと最初に見つけた魔女がしてた……えっと、なんだっけ!?
仁美に駆け寄り、肩をゆすった。
「仁美ちゃん!ねぇ、仁美ちゃんてば!」
「……あら~、鹿目さん。ごきげんよう~」
「ど、どうしちゃったの!?ねえ、どこ行こうとしてたの!?」
「どこって、それは……」
仁美の微笑みはおかしなところがない。
喋っている内容と逆の、穏やかで日常と同じ笑みだ。
「ここよりもずっと良い場所、ですわ」
「仁美ちゃん……」
「ああ、そうだ。鹿目さんも是非ご一緒に。ええそうですわ、それが素晴らしいですわ」
どうしよう。
まどかが考えている間にも、仁美はどこかに向けて確固たる足取りで歩いていく。
ついていくしかなかった。
どんどんと街を照らす光が少なくなっていき、まどかは焦る。
周りには同じように魔女に操られた人々が数を増やしている。工場地帯に入っていた。
ほむらちゃんに連絡出来たら……あぁあダメだ、携帯の番号わっかんない!
まどかは頭を抱えた。
中にはじっとりとした空気が充満していた。
「そうなんだよ……おれぁ駄目なんだ……こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった。今みたいな時代にさぁ、俺の居場所なんて、あるわけないんだよなぁ……」
男の目は虚ろだ。
似たような目をした女が、口を半開きにしたまま何かをバケツにそそぐ。
別の男がポリタンクを持って近づいた。
その瞬間、まどかの記憶が瞬く。
塩素系漂白剤と酸性洗剤を持って、ママが真剣な声色で言う。
こういうのは扱いを間違えたらとんでもないことになるのがある。間違えりゃ、あたしら全員あの世行きだ。絶対に間違えるなよ。
自然と口からは制止の言葉が漏れた。
まどかが駆け寄ろうとすれば、仁美に身体を掴まれた。
「邪魔をしてはいけません、あれは神聖な儀式ですのよ」
「だ、だってあれ危ないんだよ!ここにいるひとたち、皆死んじゃうよ!」
「そう、私たちはこれからみんなで、素晴らしい世界へ旅に出ますの。それがどんなに素敵な事か分かりませんか?生きてる身体なんて邪魔なだけですわ」
大仰な仕草をしたあと、仁美はまどかを見る。
「鹿目さん、あなたもすぐにわかりますから……」
まばらな拍手が起こった。
まどかは震えながらも、手に力を入れ仁美を振り払う。
「放して!」
そのままバケツに駆け寄り、持ち上げて窓まで走る。
恐怖と意志のこもった声を上げながら、まどかはバケツを外に放り投げた。窓ガラスが割れ、バケツが無造作にごろりと転がった。中身がばちゃりと飛び散ったが、外での害はこの工場で事故が起きる時より大きくならないだろう。
問題は別だった。
まどかが後ろを振り向けば、虚ろな目をした人達がゾンビのようにこちらに向かってくる。
怯えながら、窓を開けようとする。開かない。壁づたいに動くと、ドアノブに手が当たった。
急いで部屋に駆け込み、必死で鍵を閉める。何人もの力がかかっているらしく、無理矢理鍵を閉めるのは難しかった。
それでも、火事場の馬鹿力だろうか。すんでのところでまどかは鍵を閉めた。
喘鳴が収まらない。扉は閉じたが、向こうには変わらずおかしくなった人たちがいる。ドアを叩く音が、無遠慮にまどかの耳に刺さった。
落ち着くため、周りを見回す。
倉庫のような場所らしく、外に出られる出入り口は目の前の鍵付き扉以外には見当たらない。
彼女の背に、水色のもやが蠢く。まどかはそれを見つけ、ひっと声を上げた。
もやもやは支離滅裂な言葉を発している。恐らく、これが……魔女。
後じさり、ブラウン管の山に背をくっつける。
ブラウン管から一斉に光が生まれ、細部が人形のような天使がまどかに群がった。
それは魔女ではないが、魔女ではないものにさえまどかは抵抗できない。
結界に取り込まれ、まどかの身体はばらばらに引き裂かれた。
目を開くとそこは水の中。
いくつかのメリーゴーランドの中心にまどかは浮かんでいた。
メリーゴーランドが回ると、水流が生まれる。流れに逆らうことも出来ず、まどかは水中に沈む葉のように揉まれる。
両翼に天使を連れたブラウン管が、ぐるぐると回った。ブラウン管には翼が生えていた。
水流が加速する。
まどかの視界には、ブラウン管のテレビに映った惨劇が延々とループしていた。マミとの思い出が、殺された時の衝撃と嫌悪に塗り替えられていく。
罰なのかな、これって。きっと私が、弱虫で、嘘つきだったから……ばちが。
当たっちゃったんだ……。
まどかの四肢を天使が掴む。
それがぐにぐにと伸びていき、まどかがいびつになっていく。曖昧になる。
それが裂けようとした。
青い光が流れ落ちる。
四体の天使を散らし、まどかの身体は自由になった。
光はまどかの眼前を通り、翼のついたブラウン管に攻撃した。
ブラウン管が落ちる。攻撃から復帰したまどかは、新手の姿を見た。
「さやかちゃん……!?」
青髪の少女は、こちらをちらりと確認して笑った。
ブラウン管の魔女が飛び、画面から大量の天使を湧出させる。
だが、それも魔法少女の敵ではない。
一撃二撃ですべて蹴散らし、さやかは飛翔する。
青い光を曳きながら、さやかはブラウン管を思い切り蹴り抜いた。
「これで、とどめだぁーーーーっ!!」
叫びながら、さやかは剣をブラウン管に投げる。
それは魔女に深く刺さりきって、勢いのままに地面まで魔女ごと墜ちた。
中身がぶしゃっと飛び出て、ハコの魔女は絶命した。死んで間もないために、最下部では汚色の血が溢れる。
メリーゴーランドが崩れ、結界と外を繋ぐ道が開けたのだった。
操られた人々が、例外なく工場の床で倒れ伏せている。
苦しげに動く者もいるが、まともな意識を持っている人間は一人もいないようだった。
「いやあ、ごめんごめん!危機一髪ってとこだったね」
「さやかちゃん……その、格好」
「んぅ?ああ、あっはは!まあなに、心境の変化って言うのかな……」
さやかの格好は明らかに変質している。
マントの下には、マミやほむらと同じように水色のドレスのような服があった。
その右腕には、サーベルが握られている。
不安そうなまどかの顔を見て、さやかは言葉を重ねた。
「ん、大丈夫だって!初めてにしちゃ上手くやったでしょ?あたし!」
「でも……」
た、と足音が聞こえた。
二人が振り向く。
黒髪の少女が、変わらずの仏頂面でそこに立っていた。
「あなたは……」
「ふん……遅かったじゃない、転校生!」
さやかはほむらを見据え、嘲るように問いかけた。
彼女達から離れた病院。
上条I恭介が目を開けた。包帯を巻いた左腕を持ち上げる。
ゆっくりと手を開閉させた。
見滝原を少し外れ、送電塔の上。
赤髪の少女がクレープを口にしている。隣には無感情な獣の姿があった。
その赤い瞳が少女を見つめている。驚いたような、辟易するようなため息を吐いてキュゥべえは言った。
「まさか君が来るとはね」
「マミのやつがくたばった、って聞いたからさぁ。わざわざ出向いてやったってのに……!」
少女は朱い瞳に不満を溜め、キュゥべえを詰った。
「なんなのよ!ちょっと話が違うんじゃない?」
「悪いけど、この土地にはもう新しい魔法少女がいるんだ……ついさっき契約したばかりだけどね」
「なにそれ、ちょーむかつく!」
「でもさぁ……こんな絶好の縄張り、みすみすぽっと出のルーキーにくれてやるってのも癪だよねえ……」
「どうするつもりだい?杏子」
「決まってんじゃん」
杏子は目を細め、獲物を見定めるように笑った。
白い犬歯が獰猛に覗いた。
「よーするに……ぶっ潰しちゃえばいいんでしょ?その子」