ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ   作:カイテン・マテナカータ

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第十三話 三+一人目

 上条・イチズ・恭介の病室。

 山ほどの本が並べられ、いくつも椅子があるうちの一つにさやかが座っていた。

 CDプレイヤーが回っている。

 

 恭介の声色が、ぐじゅと濁っていた。

 

「さやかは僕をいじめているのかい?」

 

「なんで今でも、音楽を聴かせるんだ。弾けもしない音楽を」

「ぇっ、だって恭介、音楽好きだったから……!」

「聞きたくないんだよっ!自分で演奏できない音楽なんて、僕はっ!!」

 

 恭介は左腕を振り上げ、CDプレイヤーに向けて振り下ろす。

 赤い血が飛び散った。顔色を青くして、さやかが恭介の腕に縋りついた。

 丸い座面の椅子が倒れる。突然動いた、さやかの荒い息遣いだけが病室に溶けていく。高めのすすり泣きが列に加わった。

 

「動かないんだ……もう、痛みさえない、こんな、手なんて!」

「大丈夫だよ、きっと、なんとかなるよ!」

 

 気休めだと分かっていても、さやかは言うしかなかった。

 一瞬で壊されることになったとしても。

 

「諦めなければ、いつかは……」

「諦めろって言われたのさ」

 

 さやかは息を止める。

 

「……もう演奏は諦めろってさ。先生から直々に言われたよ、いまの医学じゃ無理だって……」

「僕の手はもう二度と治らない。奇跡か、魔法でも無い限り治らない……っ」

 

「あるよ」

 

 さやかは、力強く断言した。

 縋るように、恭介はさやかを見た。窓の外に、白いものがいるのが見えた。

 無機質なものがいた。

 

「ほむらちゃん、ちゃんと話せばお友達になれそうなのに……どうしてマミさんとは喧嘩になっちゃったのかな」

 

 夜の街道をとぼとぼと歩きながら、まどかは一人呟いた。

 ふと反対側の道を見た。そこにはまどかのよく知る級友の姿があった。

 仁美ちゃーん、と何度か呼び掛けてみるも反応はない。声は届いてるみたいなのに……そう思った瞬間。

 仁美ちゃんの首に、変なマークがあるのを見つけた。あれはそう。マミさんと最初に見つけた魔女がしてた……えっと、なんだっけ!?

 

 仁美に駆け寄り、肩をゆすった。

 

「仁美ちゃん!ねぇ、仁美ちゃんてば!」

「……あら~、鹿目さん。ごきげんよう~」

「ど、どうしちゃったの!?ねえ、どこ行こうとしてたの!?」

「どこって、それは……」

 

 仁美の微笑みはおかしなところがない。

 喋っている内容と逆の、穏やかで日常と同じ笑みだ。

 

「ここよりもずっと良い場所、ですわ」

「仁美ちゃん……」

「ああ、そうだ。鹿目さんも是非ご一緒に。ええそうですわ、それが素晴らしいですわ」

 

 どうしよう。

 まどかが考えている間にも、仁美はどこかに向けて確固たる足取りで歩いていく。

 ついていくしかなかった。

 

 どんどんと街を照らす光が少なくなっていき、まどかは焦る。

 周りには同じように魔女に操られた人々が数を増やしている。工場地帯に入っていた。

 ほむらちゃんに連絡出来たら……あぁあダメだ、携帯の番号わっかんない!

 まどかは頭を抱えた。

 

 中にはじっとりとした空気が充満していた。

 

「そうなんだよ……おれぁ駄目なんだ……こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった。今みたいな時代にさぁ、俺の居場所なんて、あるわけないんだよなぁ……」

 

 男の目は虚ろだ。

 似たような目をした女が、口を半開きにしたまま何かをバケツにそそぐ。

 別の男がポリタンクを持って近づいた。

 その瞬間、まどかの記憶が瞬く。

 

 塩素系漂白剤と酸性洗剤を持って、ママが真剣な声色で言う。

 こういうのは扱いを間違えたらとんでもないことになるのがある。間違えりゃ、あたしら全員あの世行きだ。絶対に間違えるなよ。

 自然と口からは制止の言葉が漏れた。

 まどかが駆け寄ろうとすれば、仁美に身体を掴まれた。

 

「邪魔をしてはいけません、あれは神聖な儀式ですのよ」

「だ、だってあれ危ないんだよ!ここにいるひとたち、皆死んじゃうよ!」

 

「そう、私たちはこれからみんなで、素晴らしい世界へ旅に出ますの。それがどんなに素敵な事か分かりませんか?生きてる身体なんて邪魔なだけですわ」

 

 大仰な仕草をしたあと、仁美はまどかを見る。

 

「鹿目さん、あなたもすぐにわかりますから……」

 

 まばらな拍手が起こった。

 まどかは震えながらも、手に力を入れ仁美を振り払う。

 

「放して!」

 

 そのままバケツに駆け寄り、持ち上げて窓まで走る。

 恐怖と意志のこもった声を上げながら、まどかはバケツを外に放り投げた。窓ガラスが割れ、バケツが無造作にごろりと転がった。中身がばちゃりと飛び散ったが、外での害はこの工場で事故が起きる時より大きくならないだろう。

 

 問題は別だった。

 まどかが後ろを振り向けば、虚ろな目をした人達がゾンビのようにこちらに向かってくる。

 怯えながら、窓を開けようとする。開かない。壁づたいに動くと、ドアノブに手が当たった。

 急いで部屋に駆け込み、必死で鍵を閉める。何人もの力がかかっているらしく、無理矢理鍵を閉めるのは難しかった。

 それでも、火事場の馬鹿力だろうか。すんでのところでまどかは鍵を閉めた。

 喘鳴が収まらない。扉は閉じたが、向こうには変わらずおかしくなった人たちがいる。ドアを叩く音が、無遠慮にまどかの耳に刺さった。

 

 落ち着くため、周りを見回す。

 倉庫のような場所らしく、外に出られる出入り口は目の前の鍵付き扉以外には見当たらない。

 彼女の背に、水色のもやが蠢く。まどかはそれを見つけ、ひっと声を上げた。

 もやもやは支離滅裂な言葉を発している。恐らく、これが……魔女。

 後じさり、ブラウン管の山に背をくっつける。

 ブラウン管から一斉に光が生まれ、細部が人形のような天使がまどかに群がった。

 

 それは魔女ではないが、魔女ではないものにさえまどかは抵抗できない。

 結界に取り込まれ、まどかの身体はばらばらに引き裂かれた。

 

 目を開くとそこは水の中。

 いくつかのメリーゴーランドの中心にまどかは浮かんでいた。

 メリーゴーランドが回ると、水流が生まれる。流れに逆らうことも出来ず、まどかは水中に沈む葉のように揉まれる。

 両翼に天使を連れたブラウン管が、ぐるぐると回った。ブラウン管には翼が生えていた。

 水流が加速する。

 

 まどかの視界には、ブラウン管のテレビに映った惨劇が延々とループしていた。マミとの思い出が、殺された時の衝撃と嫌悪に塗り替えられていく。

 

 罰なのかな、これって。きっと私が、弱虫で、嘘つきだったから……ばちが。

 当たっちゃったんだ……。

 

 まどかの四肢を天使が掴む。

 それがぐにぐにと伸びていき、まどかがいびつになっていく。曖昧になる。

 それが裂けようとした。

 青い光が流れ落ちる。

 

 四体の天使を散らし、まどかの身体は自由になった。

 光はまどかの眼前を通り、翼のついたブラウン管に攻撃した。

 ブラウン管が落ちる。攻撃から復帰したまどかは、新手の姿を見た。

 

「さやかちゃん……!?」

 

 青髪の少女は、こちらをちらりと確認して笑った。

 ブラウン管の魔女が飛び、画面から大量の天使を湧出させる。

 だが、それも魔法少女の敵ではない。

 一撃二撃ですべて蹴散らし、さやかは飛翔する。

 

 青い光を曳きながら、さやかはブラウン管を思い切り蹴り抜いた。

 

「これで、とどめだぁーーーーっ!!」

 

 叫びながら、さやかは剣をブラウン管に投げる。

 それは魔女に深く刺さりきって、勢いのままに地面まで魔女ごと墜ちた。

 中身がぶしゃっと飛び出て、ハコの魔女は絶命した。死んで間もないために、最下部では汚色の血が溢れる。

 メリーゴーランドが崩れ、結界と外を繋ぐ道が開けたのだった。

 

 操られた人々が、例外なく工場の床で倒れ伏せている。

 苦しげに動く者もいるが、まともな意識を持っている人間は一人もいないようだった。

 

「いやあ、ごめんごめん!危機一髪ってとこだったね」

「さやかちゃん……その、格好」

「んぅ?ああ、あっはは!まあなに、心境の変化って言うのかな……」

 

 さやかの格好は明らかに変質している。

 マントの下には、マミやほむらと同じように水色のドレスのような服があった。

 その右腕には、サーベルが握られている。

 不安そうなまどかの顔を見て、さやかは言葉を重ねた。

 

「ん、大丈夫だって!初めてにしちゃ上手くやったでしょ?あたし!」

「でも……」

 

 た、と足音が聞こえた。

 二人が振り向く。

 黒髪の少女が、変わらずの仏頂面でそこに立っていた。

 

「あなたは……」

 

「ふん……遅かったじゃない、転校生!」

 

 さやかはほむらを見据え、嘲るように問いかけた。

 

 

 彼女達から離れた病院。

 上条I恭介が目を開けた。包帯を巻いた左腕を持ち上げる。

 ゆっくりと手を開閉させた。

 

 見滝原を少し外れ、送電塔の上。

 赤髪の少女がクレープを口にしている。隣には無感情な獣の姿があった。

 その赤い瞳が少女を見つめている。驚いたような、辟易するようなため息を吐いてキュゥべえは言った。

 

「まさか君が来るとはね」

「マミのやつがくたばった、って聞いたからさぁ。わざわざ出向いてやったってのに……!」

 

 少女は朱い瞳に不満を溜め、キュゥべえを詰った。

 

「なんなのよ!ちょっと話が違うんじゃない?」

「悪いけど、この土地にはもう新しい魔法少女がいるんだ……ついさっき契約したばかりだけどね」

「なにそれ、ちょーむかつく!」

 

「でもさぁ……こんな絶好の縄張り、みすみすぽっと出のルーキーにくれてやるってのも癪だよねえ……」

「どうするつもりだい?杏子」

「決まってんじゃん」

 

 杏子は目を細め、獲物を見定めるように笑った。

 白い犬歯が獰猛に覗いた。

 

「よーするに……ぶっ潰しちゃえばいいんでしょ?その子」

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