ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
大きな家屋の自動ドアが開く。
そこからさやかが、夜の藍に沈む闇へと足を踏み出す。
人の気配がして、さやかは右を見た。
「……っ、転校生!?」
「美樹さやか。これからパトロールかしら?」
「いや、なんであんたがここに……」
後ろ髪を撫でつけ、ほむらは言う。
「鹿目まどかに教えてもらったの。それで、協力の件についてなんだけど……」
「ちょっ、ちょい待ち。歩きながらお願いしていい?」
さやかが言うと、ほむらは静かになる。
相変わらず、ほむらのことはよく分からない。分からないが、話に付き合ってもらう分にはありがたかった。ずっと一人でどうしようかと考え込んでいたものの、このくらいのことで動揺してしまっている辺り、本当に心細かったんだと自分のことながらやっと確認した。
さやかが歩き始めると、ほむらはそれに続いた。
「それで……どんなことに協力して欲しいわけ?」
魔女退治の手伝いとかだろうか。
さやかはほむらの目を見つめ、何が正しいのかを見定める。
「巴マミを蘇生するわ」
「っ!?」
さやかは思わず振り返った。
そこには、仏頂面のほむらが佇んでいた。あり得ないとか、言葉はいくらでも出そうだったけど……なぜか、何も言葉にはできなかった。
その目が、何よりも真剣に見えたから。
「本当に、できるの?」
「あなたであれば可能よ。けれど、その場に私はいられないわ。生半可な準備では不可能。その瞬間、あなたは必ず一人にならなきゃいけない。それでもやると言うのなら──」
「やるよ。絶対に」
さやかの言葉に、ほむらは顔を伏せる。
強い意志のこもった視線を受けて、ほむらはぽつりとこぼした。
「……私は、巴マミを殺したわ。だから信用に値しないことはわかる。信用しなくてもいいから、これだけは手伝ってほしい」
「ん、だからやるってば。マミさんが死んだのは……嫌だったよ。助けられるって言うんなら、やらないわけない」
「あなたを利用しているわ。代償もある。成功すれば、あなた自身に良くないことが起こる。それに……蘇生すると言ったけど、完全に同じ巴マミが帰ってくるとは限らない」
それを聞いて、さやかは怯んだ。わざとぼやかしたような言い方だが、どうなるかは言っている。
でも、ようやく分かった。ほむらは悪いやつじゃない。良くないことが起こるなら、普通は隠しておくべきなのだ。
マミさんが別の人になるのも嫌だ。だけど……死んだまま何もできないのは、もっと嫌だ。
さやかは怯えを隠し、静かに問うた。
「あたし、死ぬ?」
「……いいえ、死にはしないわ」
ふう、とさやかはため息をついた。
体の中に渦巻いている、恐怖とか逃げたい気持ちを捨てた。あとに残るのは、燃え盛る熱だけだ。
高らかに宣言する。
「じゃあやるよ。死にたくはないけど、助けられる人を助けないまま生きるのはもっとやだ。それで苦しむことになったって構わない。それが、バカなあたしにできる最善」
その言葉を聞いて、ほむらは何も言わない。
ただ俯いて、服の裾をぎゅっと握りしめていた。なーんだ。案外人間らしいやつだったのね。
さやかはほむらの背に回り込み、猫背を思い切りはたく。
ほむらはびっくりした様子で、こちらを睨みつけた。
さやかはべーっと舌を出す。
「うじうじしてるなんて、らしくないわね!皮肉の一つも返してみなさいよ!」
「……ふん。私は、あなたのこと嫌いだわ」
「そうね、あたしもあんたのことは嫌い。でも、マミさんを戻すまでは……友達でしょ!」
そう言って、さやかは朗らかに笑った。
ほむらは拗ねたように顔を背けたが、その頬には赤みが差していた。
歩きながら言い合いながら、彼女たちは歩いていた。途中までさやかが先導していたものの、ほむらが心当たりがあると言い出してからさっさと歩き始めた。
その足取りは確かなものだ。
路地に入ると、確かに魔女のようなものがいた。
「これは使い魔ね」
「そうなんだ……ま、まだあたしは初心者だしそっちの方が助かるよ」
「油断していないかしら」
「してないよ、先輩がいると言っても怖いしね」
「それは使い魔が?それとも私が?」
「どっちもだよ」
ふん、とほむらが鼻を鳴らした。
さやかは同じような気持ちを込めてあっかんべーした。
ほむらは何も言わず変身し、さやかを待たずに使い魔を仕留めにかかる。
あ、と慌ててさやかがソウルジェムをかざして変身する頃には、拳銃の音が響いて使い魔はぶちっと潰されていた。
ぽかんとさやかは呆気に取られている。
「早くない……?」
「今日はゆっくりしていられないの。話が終わったら、すぐに────」
使い魔の結界が溶けて無くなっていく。
それに合わせて、きゃああああ!と女の子の悲鳴が二人の耳に届いた。
それも、聞いたことのある声だ。
「まど」
「ま、まどかっ!!」
ほむらは盾を動かした。その瞬間、ほむらの姿が掻き消える。
さやかはまた驚いたものの、その動揺を抑えて声の方へと跳躍した。
ほむらが全力で駆け、まどかの元に辿り着く。
まどかの首元に、槍が伸びている。そこには佐倉杏子がいた。
燃えるような赤髪は変わらずそこにある。こちらの姿を認め、杏子は獰猛に微笑んだ。
「ほ、ほむらちゃん!わたし……」
「見つけたよ。あんたが噂の、あけ──」
「離せ」
ばばば、と銃弾が飛ぶ。仰け反った杏子の胸元スレスレを飛んでいった。
アサルトライフルを構え、鋭く冷え切った目でほむらは杏子を睨んだ。
「まどかを離せ。離しなさい。でないと」
「おい、ちょっと話を────」
「離せって言っているのが、分からないの!!」
ひ、とまどかの喉から引き攣った音がする。
杏子がそこを退こうとした瞬間、ほむらの姿が消えた。かと思えば、肌と肌が触れ合うほど間近に出現し、拳銃を押し付けようとしてくる。
チッと舌打ちし、杏子は槍をまどかに向ける素振りを見せる。ほむらは動かない。
仕方ない。そう思いながら、杏子はまどかを魔法で拘束した。
「ほむら、ちゃん……」
「まどかっ!……ちょっと、ほむら!」
ほむらが大量の火器を撃っては投げ捨て、それを杏子が回避する。
まどかを拘束した瞬間だけ、ほむらの意識が大きくこちらから離れた。これ幸いと杏子はその場を離れようとしたが、目をぎらつかせたほむらに阻まれていた。
そんな折、さやかが合流しほむらに呼びかける。まどかに駆け寄って、必死にほむらへと呼びかけた。
ほむらはぎりり、と歯を食いしばり、一本の大火器を取り出した。
RPGだ。
背を向けた杏子へ、即座に引き金を引く。
空中で杏子を捉え、弾頭が爆発した。爆風で水道管が割れ、水が噴き出す。爆煙と水のカーテンは、杏子の逃走を助けた。
くるりと踵を返してこちらにやってくるほむらが、さやかには鬼神に見えた。
手でほむらを小さく制しながら、さやかは尋ねる。
「……あんた」
「──────見苦しいところを見せたわね。それで、何かしら」
ほむらが微笑む。
一番嫌いな笑みだった。他の何よりもずっと悍ましい、何か。
さやかはそう思いながらも、おどけた。
「……いーや?あたしじゃこれを壊せなさそうだからさ、あんたならなんとかできるかなーって!」
「さ、さやかちゃん!?」
「難しいわね。私には近接攻撃の手段がないもの」
まどかはさっきの光景が、未だに瞼にこびりついている。
爆発なんて食らえば、とてもじゃないが助かる気がしない。そんな気持ちを込めて抗議したが、ほむらも自分の武器の危険性は理解しているようだった。さやかも同じくで、そっか、へへへ……なんて笑っている。
生きた心地がしないけど、ほむらはまどかを守ろうとして動いてることは分かった。
だから、まどかは困ったように笑った。
「ほむら・A・マドカスキー。話も聞かずに杏子を追い払ってしまうなんて、少しひどいんじゃないかな?」
「……チッ」
杏子が敷いていたまどかの拘束陣が、しゅわっと溶けて消える。
路地裏から、キュゥべえKが現れた。
明らかにタイミングのいいそれに、ほむらだけでなくさやかも意地の悪さのような、何かを感じた。
空気が悪い。ほむら、さやか……そして、まどかでさえキュゥべえに向ける視線は厳しかった。
「……ねえ、キュゥべえ」
「どうしたんだい、まどか?」
「ごめんね」
「構わないよ。でも、今後同じことをするのはやめてほしいかな。ボクも暇じゃないからね」
「あんた、随分とまどかとほむらにご執心じゃん。あたしなんて眼中に無し、か。ここまで露骨だと分かりやすいわ!」
さやかが言えば、キュゥべえは黙り込んだ。
耳を垂らし、しおらしい態度をとってみている。しかしそれを相手にする者もいなかった。
やがてキュゥべえはしおらしい態度をやめ、無機質な瞳で三人を見つめた。
「おかしいなあ。全然計画通りにいかないや。ボクはただ、魔法少女を増やしたいだけなんだけど……」
「それが駄目だと言っているの。キュゥべえ・クロマーク。魔女を生み出す黒幕」
「勘違いしないで欲しいんだけど、ボクは黒幕じゃない。魔女もボクが作り出すなんて真似はしてない」
「利用しているわ。あなたがいなければ、そもそも魔女は生まれない」
「君たちは不合理だよ」
舌戦が繰り広げられる。
しかし、それも長くは続かない。キュゥべえが首を振り、大路へと歩いていく。
耳心地のいい言葉を並べるのは、捨て台詞まで変わらなかった。
「気をつけてね」
計画通りに行っていない。
それは、暁美ほむらが初めて手に入れた希望の言葉だった。