ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
杏子とほむらがお互いについて思考していた頃より、一時間ほどが経過した。
さやかが一人、ベッドの上で考え事をしている。そばには淡い水色で輝くソウルジェムとどす黒いフエル・グリーフシードが置かれている。
窓がコッコッと音を立てた。虫かなんかかな、と思って外を見たら、柵の上にキュゥべえが乗っていたのだった。
うわ、と思いつつ咄嗟に声をかける。つい態度もそれに引っ張られた。
「家には来てほしくないって言ったじゃん。……まぁ、外にいたら寒いよ。一旦中で話そう」
「いや、ボクは寒暖を感じないよ。気遣いは嬉しいけど」
「い、い、か、ら!早く入る!」
キュゥべえの首根っこを掴み、クレーンのようにして床に落とす。
引っ掴まれる時にきゅい、と鳴いていて、さやかは少しばかり心が痛んだ。
「何しに来たのよ……」
「暁美Mほむらについての警告さ。あとは、杏子のこと、さやか自身のことだ」
「杏子?」
あー、あの赤い髪の……とさやかは今日のいざこざを思い返した。
それに……あたしのこと?何かあるのだろうか。キュゥべえの言葉を聞いて、さやかは少しだけ安堵した。続いて、キュゥべえが現れたことに安心を覚えた自分に驚いた。
本当に寂しがりじゃん、あたし……そんだけ不安だった、ってことか。
まどかやほむらならともかく、キュゥべえ相手にそれを気取られたくはない。はー、恥ずかし恥ずかし。
そんな内心を知るはずもなく、キュゥべえ・クロマークはあまり信用ならない説明を始めた。
「まず、暁美ほむら。彼女はボクにとって、最大かつ限りなく最悪に近いイレギュラーだ。それと君たちが仲良く話を進めている現状は、不味い」
「ふん……それをあたしに言ってどうするの?今更そんな風に言われて、あんたを信じろって?」
「難しいかな。だったら大丈夫だ。ボクは今後、君を利用して何かをするつもりはない。これは偽りのない事実だ。だけど、暁美Mほむらを信用しすぎない方がいい」
「少なくとも、あんたよりは信頼できるっての。根拠もないし」
「根拠なら提示できる。暁美ほむらは駒を欲している。願いを叶えるための駒を集め、君たちを大義のもと結集させようとしているのさ」
「そうなんだ」
本当に、よく口が回る。
邪険に扱うつもりはないが、おかげでただのマスコットという認識がどれだけ甘いか理解できた。可愛らしい外見と声に騙されかけていた。
ほむらがあたしを利用してる。
仮にほむらがそれだけ邪悪なやつで、終わった後にあたしは後悔してるかもしれない。死んでいるかもしれない。どうしようもない未来が待ってるかもしれない。でも、少なくとも今のあたしはこの選択に後悔してない。
だって、ほむらは苦しんでいた。ぼろぼろで、強がって、それでも前を向いて歩いている。
そんな人間を助けられないで、何が正義か。
もう腹を決めたんだ。
例え騙されていても、あたしがただの駒だとしても……助けたいと思ったから。
「裏切らせたかったんなら、残念だったね。もう少し早ければ違ったかな」
そう言って、さやかは寝返りを打った。
キュゥべえは無機質な瞳でさやかを見つめた。その目から意図を読み取るのは難しい。
「このグリーフシードはどうする?このままだと孵化すると思うけど」
「え゛、そうなの?じゃあ処理の仕方、教えてよ」
キュゥべえの質問にさやかが起き上がりながら答える。
グリーフシードの方を見れば、キュゥべえが打ち上げて器用に頭に乗せているところだった。そして、背中の紋様が開いた場所に落ちていく。紋様が元に戻り、光る。
「グリーフシード、黒くなると孵化するんだ……まぁ確かに、なんのリスクもなく穢れを取ってくれたりはしないか」
「それに、魔力の回復にも使えるよ。佐倉M杏子が暁美Mほむらからの猛攻を防げた理由の一つは、間違いなくそれだ。余分なグリーフシードがあれば、出し惜しみせず無駄遣いもできる。それが杏子の強みだ」
「余分に……?そんなにたくさん取れるものじゃないよね?」
「いや、そうでもないよ。彼女が縄張りを持っているのもあるし、ベテランの魔法少女ならそこそこ持っていてもおかしくない」
「じゃあ」
「ん?」
「ほむらは?」
質問の意図を汲めず、キュゥべえは首を傾げる。
だから、とちょっと頬を膨らませながらさやかは質問した。
「ほむらもグリーフシードをたくさん持ってるの?」
「グリーフシードを幾つ持っているかは、ボクの知るところではないよ。むしろボクが聞きたいくらいさ」
「ハァ~ッ、開き直ったよ!そっちの怠慢でしょ~!?」
もう、と言ってさやかは話を終わろうとする。
布団を被り、手だけ出してしっしっとキュゥべえを追い払う仕草をした。
「いいのかい?まだ肝心の話が済んでいないけど」
「……もー、さっさと話してよ!」
「君の立場、そして才能だ。このミタキハラ・アブナイ市の今後を握っているのは……他の誰でもない。美樹・O・さやか。君だよ」
さやかは、ゆっくりと身を起こす。
急に言われた言葉は、意味がわからないばかりか不気味な印象が先行した。
「ど、どういうことよ。あ…………分かった!あたしの才能が凄すぎて、みんな狙ってるわけね!困ったなぁ、これじゃあ人気者だねー!……あんまり嬉しくないなぁ」
「いや、君の才能はここにいる魔法少女の中では一番低いよ」
「低いんかい!!」
「けど、大事なのはその系統だ」
いいかい、とキュゥべえは忠言でもするように言って含める。
悪いことを考えてるくせに、図々しい獣だ。
「君は癒しを願った。上条・イチズ・恭介、彼の腕を治すという願い。その願いそのものが、君自身の力と直結してるんだ」
「……それで」
「暁美ほむらが君に接触したのは、その力を使うため。しかし彼女は強すぎる。現にこうして、佐倉杏子との仲違いが発生したせいで……巻き込まれる人間が出てくる」
さやかの脳裏に、大事な友達の顔が浮かんだ。
桃髪の少女。鹿目・コトワレーヌ・まどか。彼女は魔法少女でもなんでもない一般人で、巻き込まれればただでは済まない。
「まどか……」
「彼女を魔法少女にする、という手がある。けど、暁美Mほむらは絶対にそれを許そうとはしない。なんらかの理由でね」
「……あたしも、反対。あんだけまどかを魔法少女にさせないよう動いてるんだから、それなりの理由があるはず」
「そうかな」
ぼんやりとした相槌が、少し鼻についた。普段ならもっと美辞麗句でも並べるのに。
さやかは突っかかるようにキュゥべえを睨んだ。
「何、計画が上手くいかないからって傷心中?はっきり言いなよ」
「……ボク個人の意見だけど。暁美ほむらが契約を阻止しようとするわけはありきたりなものだと思うよ。だって、鹿目Kまどかの才能はそれだけ凄まじいからね」
「え?どのくらい?」
「佐倉M杏子、暁美Mほむら、それと……君と、巴Sマミ。全員で戦おうとしても太刀打ちできないだろうね」
「何よそれ!無茶苦茶じゃん……!」
「無茶苦茶なのさ。だからこそ、ボクは彼女に魔法少女になってもらいたい。暁美ほむらや、色々な不確定要素を抑えられるからね」
その言葉は、どうしようもなくさやかを揺らがせた。
ほむら。杏子。キュゥべえ。……誰もかれも、掛け値なしの本音を言えるほど信頼はできなかった。ほむらもそれは例外じゃない。
マミさんなら、どうしたんだろうか。
渦中に、あたし一人。そこにまどかがいてくれれば。
どれだけ安心できるか。
……でも、駄目。魔法少女にさせる気はない。
そう思うため、さやかは口に出す。
「ううん、駄目っ!力を持ってるからって、嫌がってる人に命を賭けさせるなんて有り得ない。これは、あたしの戦いなんだ……!」
あの子を巻き込むわけには行かない。
そう決意し直し、さやかは己のソウルジェムを見つめた。
それに、必ずしも一人きりとは限らないのだ。
マミさんを、生き返らせることが出来れば。
「うん、できる……やろう。あたしなら、できる」
学校があっという間に終わり、ほむらは怠い身体を起こす。
授業中はそこそこに、休み時間は全て寝て過ごすだけの学校生活。退屈と考えることもなく、体調が悪いという嘘ではないだけの言い訳を抱えて今日も帰路につこうとした。
しかし、呼び止められればその限りではない。
「ほむら、ちゃん。昨日の、ことなんだけど……いいかな?」
ましてや鹿目まどかからの働きかけとあれば、断る理由はない。
「ええ、何かしら。ここでは都合が悪いわね」
「あ、そっか。そうだよね、えっと……じゃあ、もう一回あそこに行くのはどう、かな。も、もちろんほむらちゃんが大丈夫だったらでいいから!」
「…………」
こんなことを経験した覚えはない。本来の道筋から、どれだけ離れたのだろうか。
脳内に浮かぶ黒いシミは落ちるどころか、じわりじわりと広がりを見せてしまっている。…………。
今はいいか。考えなくとも、悪いことにはならない。
そんなぐらついた楽観的思考で、有り得ない道を暁美・マドカスキー・ほむらは選んだ。
「構わないわ。あそこなら……人通りも少ないだろうから」
何かがあれば、私が対処する。
路地まで行けば、そこには惨状が広がっていた。
槍が横切り、切り裂かれたパイプの下にはコンクリートに傷が入っている。それも抉るように中身がなくなっており、人の身体に当たればただでは済まないことは確かだった。
それ以外にも、口径と角度が違う銃痕が残っている。偶然人気がなく公にはなっていないものの、長居すべきではないとほむらの勘が告げていた。
「昨日は、佐倉杏子に何をされていたのかしら」
「あっ……えっとね!その……信じてもらえないかもしれないけど、何かされてた訳じゃないの……」
「……まぁ、まどかが嘘をつくとは思えないけれど。彼女を庇っているように、私には見えるわ」
「そんなっ!ことは……無いよ」
ほむらは静かに追及する。
まどかはその仏頂面に気圧されながら、慌てふためきながら言葉をつなげていった。
「ただ、わたしがどんくさくて、あの子を怒らせちゃっただけで。杏子ちゃんは、さやかちゃんについていこうとしてたわたしを止めてくれたの……」
「……槍先を喉元にあてながら、ね」
ほむらは髪の毛を払い、目を閉じる。
まどかは胸の前で両手を握り締めた。壊れ続けていた何かが、一段と深く壊れていくような恐怖に襲われた。
「今までは、佐倉杏子をある程度信用してきたけど……あんな真似をする相手を、心の底から信じることができる?」
「わ、わたしは……そうしたいよ」
「あなたになら、できてしまうかもしれないわね」
ほむらは閉じた目を、更にきつく瞑る。
「まどか。私は、あなたを害されるなんて耐えられない。例え目の前で誰かが殺されようとも、まどかさえ生きていればいい。だから、どうしてもまどかに危害を加える人間には手を貸せない。話し合いの余地はないの」
「ほ、ほむらちゃん……!?」
「佐倉杏子は危険よ。私は……どうしようもなくなったら、彼女を殺さなければならない」
ほむらは目を開け、まどかを見つめた。
吐露された心情を受けて、まどかは混乱する。ほむらからの親愛を越えた何かを、初めてちゃんと言葉として知った。それは嬉しいことなのに、まどかはどうすればいいか分からなかった。その感情が、誰かを傷つけようとしているからだった。
止める?どうやって止めればいい。まどかはどうしても聞かなければならないと思った。
冷静ではない。自意識過剰なだけだったら、それで終わりだ。
「ねぇ、ほむらちゃん……あなたが魔法少女になって、叶えた願いは……わたしに、関係してるの?」
「っ、ぃや」
終わっては、くれなかった。
その態度は、肯定しているのと何ら変わりなかった。聞くべきではないと分かっていても、一度口に出してしまった言葉は覆らない。
堰を切ったように、喉を震わせた。
瞳に涙を浮かべながら、まどかは一歩踏み出す。
そうしなければ、ほむらが遠くに行ってしまう気がした。
「大丈夫だよ、ほむらちゃん。わたしは、何も出来ないけど……こうして、えい!」
「ぁ、う……っ」
狼狽えるほむらの隙を突いて、まどかがほむらを抱きすくめる。
身体を強張らせていた力が、ゆっくりと抜けていく。ほむらが崩れ落ちないよう、まどかはしっかりとその細い体を抱き留めた。
だらんと脱力した身体を支えながら、まどかはほむらの背をさする。
「まどかぁ……」
「大丈夫、大丈夫だって。杏子ちゃんも、さやかちゃんも……悪い人じゃないよ。ほむらちゃんだって、悪いことなんて何もしてない……」
「いや、ちがうの、ひ……わたしは……ダメ。いかないで……まどか、ひぐっ……」
「うん、うん……どこにも行かないよ。ここにいる」
ほむらは、ぼとぼとと涙をこぼしている。
それは地面にぶつかり、小さな染みを作った。まどかがゆっくりと背をさすり続けると、ほむらの両手が遠慮がちにまどかの身体に触れた。
泣き笑いを漏らしながら、ほむらが問う。
「まどか……鹿目・コトワレーヌ・まどか、よね……?」
「んぇ?そうだよ、ほむらちゃん」
「お願い……あなただけは、魔法少女にならないで……普通の女の子として、生きて……」
「──────うん、分かった」
その瞬間、ほむらは強く強くまどかを抱きしめた。
まどかは苦しさを感じたが、それをおくびにも出さず同じだけ抱き返した。
小さな嗚咽だけを漏らしながら、滂沱の涙を流し続ける。ほむらは目を閉じ、体内の水分が全てなくなるくらいに泣き続けた。
その涙が落ち着くのには、途方もない時間が掛かった。
我に返ってまずほむらが気付いたのは、べたべたになったまどかの制服だった。
ばっと飛びのいて、ほむらは深々と腰を折る。
「ごめんなさい……まどかの服を汚してしまうなんて。あってはならない失態だわ」
「あははっ、いいよ気にしなくて!ほむらちゃん……落ち着いた?」
「……お陰様で、胸のつかえが取れた気分。本当に、ありがとう」
ほむらは腰を折ったまま言う、どころか段々と土下座しようとしだす。
まどかは慌てた。
「ちょ、ちょっと駄目だよ!人が来たら勘違いされちゃうって!」
「私の気持ちは、これでも足りないくらいだけど……止めておくべきかしら」
「う、うん。できれば……」
「分かったわ」
そう言うとほむらはスッと立ち上がる。
表情も落ち着いており、またあの仏頂面に戻っている……と思ったが。よく見ると、少しだけ目元に赤みが残っていた。
ほむらちゃん……と、まどかはもう一度抱きしめたい気持ちに襲われた。
されど、月が空高くで輝いている。もう帰宅すべきだ。
名残惜しく思いつつも、ほむらとまどかはそこで解散した。