ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
通学路、川沿いにて。
ウェーブがかった緑髪の少女、短めの青髪の少女が振り向く。
まどかが走ってそこにやってきた。
「おっはよー!」
「おはようございます」
「まどかおそーい!お、可愛いリボン」
「そうかな、派手すぎない?」
「とても素敵ですわ」
彼女達はいつもまどかと一緒にいる親友たちだった。
うふふあはは、と朗らかな笑い声と一緒に彼女達は三人で登校する。川のせせらぎ、木々の葉がさわさわと擦れる音は耳に優しく馴染んでいった。
三人が等間隔に並ぶ。
「でね、ラブレターでなく直に告白できるようでなきゃダメだって」
「相変わらずまどかのママはかっこいいなぁ。美人だし、バリキャリだし」
「そんな風にきっぱり割り切れたらいいんだけど……はぁ」
「羨ましい悩みだねぇ?」
まどかはほわほわと考える。
「いいな~、わたしも一通くらい貰ってみたいなぁ。ラブレター……!」
「ほーう……?まどかも仁美みたいなモテモテな美少女に変身したいと……そこでまずはリボンからイメチェンですかな~?」
「ちっ……違うよぉ!これはママが──」
「さてはママからモテる秘訣を教わったなぁ、けしからぁん!そんなハレンチな子は……こうだー!」
そう言って青髪の少女はまどかに抱き着こうとする。まどかも避けるのだが、本気ではないためすぐに捕まってしまう。わきわきわさわさと脇腹やらなんやらをさぐられ、くすぐったくて笑ってしまう。
それを観察しながら緑髪の少女、仁美は「姦しいですわね」なんて考える。
できることなら終わらなければいいのです。
きゃいきゃい言い続ける二人を見て、仁美は目を閉じた。
……ずっと騒がれるのも、それはそれで違いますね。
「まどかはあたしの嫁になるのだぁーふはは、あははは!」
「あはははは……!」
「ううん!」
仁美の空咳で、二人は我に返るのだった。
授業が始まるチャイムが鳴った。
「今日は皆さんに、大事なお話があります。心して聞くように!」
ダン、と足を一歩踏み出し、教壇に立つ彼女は宣言した。この学校に教壇はないのだが。
しかしそのむっとした表情に、生徒達はなんだなんだと注目する。
「目玉焼きとは、固焼きですか!?それとも半熟ですか!?はいナカザワ君!」
「え゛っ!えっと、ど、どっちでもいいんじゃないかと……」
「その通り!どっちでもよろしい!たかが卵の焼き加減なんかで、女の魅力が決まると思ったら大間違いです!」
理論を展開しながらどんどんヒートアップしていく。
生徒やホワイトボードを指す棒をばきっと割りながら、更にその弁舌は熱を増していく。
折れていることもお構いなしに棒を振っている。
「女子の皆さんはくれぐれも、半熟じゃなきゃ食べられな~いとかぬかす男とは、交際しないように!」
「ダメだったか~」
「ダメだったんだね~」
「そして、男子の皆さんは絶!対!に卵の焼き加減にケチをつけるような大人にならないこと!」
要はフラれたかフッたか、裏切られたか恨みがましいかの話。何にせよ他愛もないことだ。
言いたい事を言い終わったらしく、すっきりとした様子の早乙女先生。
「はい、あとそれから。今日は皆さんに転校性を紹介します」
そっちが後かよ、とまどかの友達がツッコむ。
その後ろには、一人の歩く少女の姿があった。
「じゃ、暁美Mさん、いらっしゃーい」
黒髪の少女は、びしっとした姿で教室の眼前まで歩いていく。
きりりとした顔で、一言で言えば美しかった。教室の中も若干ざわつくが、彼女は意に介さずだ。髪長ーいとか、すげー美人、とか言葉が飛び交う。
まどかは彼女から目を離せなかった。
ビシリ、と記憶に引っかかるものがあった。
「うそ、まさか……」
それは、黒髪の少女だ。あの夢で、見たはずの。
「それじゃ、自己紹介いってみよう!」
「暁美マ……ほむらです。よろしくお願いします」
名乗った。
がしかし、何の情報も得られない。
とりあえず先生がホワイトボードに字を書く。途中で止まった。
代わりにほむらが書き始めた。
やがてそれは書き出される。横書きで、こう書かれていた。
暁美・マドカスキー・ほむら、と。
「……えっと、暁美さん?」
控えめな拍手と、怪訝そうな先生の声でその時は終わりだった。
まどかの近くに友人二人が集まっている。
ほむらは季節外れの転校生と言うこともあり、質問攻めにあっていた。変化の薄い日常を過ごす生徒達にとって、冷たげなことを補って余りあるほど美しい彼女はどうしても注目される存在だった。
暁美さん、前はどこの学校だったの?とか。
部活は入ってたの、運動系、文科系?とか。
綺麗な髪だよね、シャンプーは何を使ってるの?とか。
特段嫌な顔はせず、淡々とほむらは答えた。
そんな姿をまどか達三人は眺めていた。仁美がぽつりとつぶやく。
「不思議な雰囲気の人ですよね、暁美さん」
「ねぇまどか、あの子知り合い?」
まどかの友人であるさやかは、少しだけ真剣な顔で尋ねた。
声のトーンも若干低くなっている。
「なんかさっき思いっきりガン飛ばされてなかった?」
「いや、えっと……」
夢の事を言おうか言うまいか、とまどかが悩んでいると。
4人ほどに囲まれたほむらが頭に手を当て、物憂げな顔をする。
「ごめんなさい、なんだか緊張しすぎたみたいで……ちょっと、気分が。保健室に行かせてもらえるかしら」
「え、あ。じゃああたしが案内してあげる!」
「わたしも、行く行く!」
「いえ、お構いなく。係の人にお願いしますから」
そしてほむらは立ち上がり、すたすたとまどかの方に向けて歩き出す。
それにまどかがびくっと反応した。
「鹿目……まどかさん。あなたがこのクラスの保健係よね」
「えっ、えっと……あの」
「連れてってもらえる。保健室」
その顔には、有無を言わせぬ凄みが滲んでいた。
まどかを連れ、ほむらは教室を出る。隠れファンがいると言われる小動物的な魅力を持つまどかと、立ち振る舞いも声も容姿も抜き身の刃と見紛うようなほむら。彼女達が連れ立って歩けば、ガラス張りの教室から両の手ではまるで足りない視線が注がれた。
それを一切気にしない様子のまま、ほむらはまどかの前を歩いた。
「あ、あの……その。わたしが保健係って、どうして……?」
その意味は明白だが。
まどかが尋ねる声の末尾は、不安そうに弱まる。
一瞬だが、居心地の悪い沈黙が流れた。まどかは意味もなく目を逸らした。
「……早乙女先生から聞いたの」
それを聞けば、まどかの顔色はいくらか明るくなった。
「あっそうなんだ!えっ……とさ!保健室は……」
曲がり角に差し掛かり、まどかは案内のために道順を言おうとする。
だが、ほむらはその言葉を聞く前に曲がった。保健室に行くほうの道だった。
「ぁあ、」
「こっちよね」
「えっ、うん……そうなんだけど。いやーだからその、もしかして……場所知ってるのかなーって」
無言。ほむらは特に、何か言うことはないらしい。
二人、歩くだけの足音が空しく響く。
ずっと沈黙するのは雰囲気が……という様子で、まどかは喋り出す。
「ぅ。あー……暁美さん?」
「……ほむらでいいわ」
優しい。良い人なのかも。
まどかはその言葉を受け取り、咀嚼するように呟く。
「ほむら、ちゃん……」
「なにかしら」
まどかは確認のつもりで呼んだが、尋ねられた。
焦る。しどろもどろになりつつ、用を聞かれたのだから何かあった方がいいかな、とか思ってしまった。
結局空気を換えられるような質問も思い浮かばず、恐る恐る思ったことを言ってみる。
「その……変わった名前だよね!」
ほむらは何も言わない。
「い、いやぁだから、あのね?変な意味じゃなくてね、その……か、かっこいいなぁ!なんて……」
ほむらは答えなかった。まどかを振り返る瞬間、少しだけ歯を食いしばっているのが映った。
それも、真っすぐ向き合った後には幻のように消えている。ここは連絡通路であり、保健室に続いている。人通りはほぼない。
立ち止まり、静かにほむらは語りだす。
「鹿目まどか。あなたは自分の人生が、尊いと思う?家族や友達を、大切にしてる?」
唐突な質問だった。
ただその内容はとても、日常では聞かれないようなことで。その珍しさを先に考えてしまった。
ほむらの表情は、どこかここでは無い何かを見つめているようだった。
咄嗟のことにまどかは短く口ごもる。ただそれも些末な時間だけだ。
「わ、私は……大切、だよ。家族も、友達の皆も」
言っている内に自信が湧いたのか、まどかの顔色は明るくなっていく。
「大好きで、とっても大事な人たちだよ!」
「……本当に?」
「本当だよ!嘘なわけ、ないよ」
なんでそんな質問をしたかは分からないけど、大切なことだとまどかは思う。心配……してくれたのかな?意図が読めず、まどかはただ困惑するしかなかった。
ほむらの表情は変わらない。感情の色など欠片も見えないままだ。
しかし、少しだけ気配が薄れたような気がした。
「そう……もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね」
「さもなければ。全てを失うことになる」
「えっ……?」
ほむらの表情は変わっていない。まどかは自分の感覚を信じられなかった。
一瞬にして気配は色濃くなり、鋭くこちらを射抜く視線の圧は強い。
そうなってしまうくらいにその言葉は重い……目に宿った意志も。「全てを失う」という言葉は、やけにまどかの頭にすっと入ってきた。でもそれは投げ入れられただけで、全くと言っていいほど理解できなかった。今の彼女には。
普通の中学二年生である人間にとって、喪失という言葉はとても馴染みが薄かった。
「あなたは、鹿目まどかのままでいればいい。今まで通り、これからも」
ほむらはそう言い残し、しゃんとした姿で保健室まで歩いて行く。
ほけっとした顔でまどかはそれを見ていた。
だがほむらが見えなくなる少しだけ前に、我に返ってまどかは叫ぶ。
「あ、あの!ほむらちゃん!」
「なにかしら」
「その、えーっと……わ、私の名前、ちょっと違うの。いや、ほぼ合ってるんだけど……」
「あのねっ!わたし、鹿目Kまどか。鹿目・コトワレーヌ・まどかっていうの。でも、呼びにくいし好きに呼んでくれて大丈夫。保健係ぐらいしかやってないし、手伝えることは多くないけど……出来る範囲でなら何でも言ってね!」
まどかは、一世一代の勇気を出してそう言った。
その言葉を聞いた瞬間のほむらは、悪夢を見たとでも言いたげな顔だった。
悲哀と諦観。彼女の顔は、雄弁にその気持ちを映していた。
「…………えぇ。あなたを────できるだけ頼らないように、するわ」