ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
まどかは目を覚ます。
まだ日も昇っていない明け方だ。まどかは階段を降りて、時計を見た。
三時半を指していた。
さしものお父さんも、こんな時まで起きていることはありません。
冷蔵庫から牛乳を出して、カップに注いだ。
レンジで温めようかと思ったが、その音で家族を起こすのは忍びなかった。
注いだものの、手をつける気にはならなかった。
声が聞こえる。
(魔法少女に、ならなきゃ)
直近だ。その声が明瞭に聞こえるようになったのは。
ずっと、頭の中で雑音が聞こえてはいた。しかしここ数日で、その音はどんどんとクリアになった。
わたしの声だった。
駄目だよ、って言ってみるけど返事はありません。
どこから聞こえているのかと思えば、わたし自身の中から聞こえる気がします。少し怖いし、これのせいで昨日迷っちゃったのかもと思ってわたしはむくれました。
自分のことなら、どれだけ怒ったところで他人に迷惑はかけません。
魔法少女になるのは……やっぱり、断りたいです。マミさんが帰ってきてくれたのはとても嬉しくて……泣いちゃって、困らせてしまいました。
でも、ほむらちゃんが駄目だって。
だから魔法少女になるとは、キュゥべえと契約はしません。そうなったら、良くないことが起きる気がします。
今はただ、さやかちゃんのことを考えていました。
昨日は、気を失ったさやかちゃんを運ぶため、わたしとほむらちゃんで一緒に病院へ行きました。
「美樹さやかを運ぶわ。私がやるから二人は後から合流して。場所は……」
「ほむらちゃん、わたしも!一緒に連れて行ってほしい……!」
病院の名前を告げて、ほむらちゃんはわたしを見つめた。
ほむらちゃんはさやかちゃんを抱き上げて、わたしの服の袖をつまみました。
盾が動いて、周囲が灰色になりました。
わたしが驚いていると、ほむらちゃんが言います。
「手を離さないで。私から離れると、あなたの時間も止まってしまう。病院に向かうわ」
「え、う、うん!急ごう、ほむらちゃん!」
まどかは離れないよう、ほむらの手をしっかりと掴んだ。
二人は走り、近くの病院までやってきた。
時間停止が終わり、衆目が少ない場所でほむらは制服に戻る。いつの間にか、さやかの変身も解けていた。
さやかは外傷はないものの意識不明ということで、検査するらしい。
ほむらとまどかは黙ったまま、やんわりと帰宅を促された。
二人が外に出ると、自動扉のそばで待っていたマミと杏子が近づいた。
「……大丈夫なのか、あいつは」
「保証はしかねる。けれど、できるだけのことはしたわ」
「ふん」
「その……ええと」
マミは憂いを帯びた顔で言う。
「…………あれって、私を戻すためにああなったのよね」
ほむらは眉間に皺を寄せる。
腕を組み、マミの顔を正面から見据えた。
「そうね。あなたの目を覚ますためには、美樹さやかの献身が必要だった」
「……そう。分かったわ」
マミはそれだけ聞いて、踵を返した。
杏子が慌てて呼び止める。
「おい。帰んのかよ」
「今はそうするしかないわ。このまま居ても、美樹さんの邪魔になってしまうもの」
「かもしんねーけどさ……いいのかよ」
マミは足を止めなかった。ほむらが問いかける。
「どうするの」
マミは足を止め、鋭い視線をほむらに向ける。
それはいつかと同じ敵愾心を宿した冷たい眼だった。ほむらは淡々と言い連ねる。
「……もしあなたがいなくなるのなら。美樹さやかは死ぬ」
「っ……。……そう。なら、面会できるようになったらすぐに行かなきゃいけないわね」
「そう。ならいいわ。あなたを蘇らせたことの意味をよく考えておきなさい」
ええ、と首肯し、今度こそマミは去っていく。
十分かしら、と呟いてほむらもまた歩き始めた。
まどかが尋ねた。
「ほ、ほむらちゃん!」
「……どうかした?」
「さやかちゃんは……大丈夫なの!?」
ほむらは無言で病室の締め切られた窓を見た。
次に、まどかの目を見つめた。まどかは、その圧に怯えて喉から小さな音をこぼした。
「生きてはいるわ。それ以外は、また明日本人に聞いた方がいい」
「そ、っか。ん……分かった。明日、学校が終わったらすぐ行くね」
「ええ。それがいいと思う」
疑問は消えない。
それでも、誰よりもベテランで色んなことを知るほむらに生存を約束された。わたしにできるのは、さやかちゃんの無事を祈ることだけ。
そうして、二人はそれぞれ自宅へと帰っていく。
杏子だけが、一人その場に残っていた。
巴マミは混乱していた。
昨日のことも、一昨日のこともすぐに思い出せる。しかし、昨日と一昨日には大きな隔たりがあった。
私は死んでいたらしい。一昨日の日付と昨日の日付はさっぱり乖離してしまっている。
失った記憶の中では、私に後輩ができたらしい。
佐倉さん以外で、一緒に戦ってくれる人がいる。その心強さに浮かれかけた。
部屋で座りながら、マミは考える。
持った紅茶のカップがカタカタと震えた。
しかし、彼女が倒れてそんな気持ちは吹き飛んだ。
えっと、確か……暁美さん。彼女には、言外に逃げるなと言われた。逃げずに向き合う、と堂々と言うつもりだった。生きていなければ喜ぶことも、憂うこともできなかった。美樹さんには感謝してもしきれない。
けれど、実際に出たのは上っ面をなでるだけの言葉だ。
自分を犠牲にしてまで、命をもらった。
「……そんなの、受け止めきれないわ……」
マミはカップを置いて、膝を抱える。
なんの準備もなく、大きすぎる重責を乗せられた。
マミは、自分が弱いことを知っている。杏子に思い知らされたのだ。一人ぼっちで戦うだけで、こんなにも心細い。寂しい。そのマイナスが、自己嫌悪と不安に転換されていく。
私の願いは、そんなに悪いものなの?
誰かを犠牲にしなきゃ、叶うことすらないの?
考えても、結論は出なかった。
マミは、急いでさやかのいる病院に向かった。
学校がどうでもいいわけではないが、今は少しでも一人でいたくなくて。
目的のために走る時間は、片手の指で数える時間さえ経った気がしなかった。
「ねぇ、美樹さん。教えて。
「おはようございます、マミさん。……心配させちゃいましたね。あはは……ごめんなさい。起きてからは痛いところとかは無いでっす!」
マミはさやかの病室の扉を開け、中に入った。
綺麗な病室では、カーテンが風に靡いている。部屋の隅には縦に積まれた椅子があり、その内の一つがベッドのそばに置き直されていた。
さやかは既に体を起こして、ぼーっと外を眺めていたようだった。
マミの問いかけに苦笑いしながら、握り拳を作ってマッスルポーズした。
その後、さやかは目元を指差す。
「隈できてますよ。怖かったんじゃないですか、一人だったの」
「えっ、うそ!?」
思わず目元を触ってから、鋭い指摘に言葉を詰まらせる。
隈があるなんて。朝見た時はなかったのに、やはり殆ど眠れなかったのが良くなかったのかしら。
これでは逆に私のせいで心配事が増えてしまう。今は自分のことで手一杯のはずなんだから、荷物になるのは嫌だった。
けろっとした顔でさやかは言う。
「あ、嘘です」
「嘘なのね!?」
「だってマミさん、そういう時全然教えてくんなかったですし。お疲れみたいだから眠れなかったかなー、と」
「もう、それはそうだけど……ひどいわ」
ぷぅと膨れると、さやかは眉をハの字にして笑った。
「あははっ、すいやせーん。でも、元気でたっしょ?」
「……ふふ、まあね。そういえば、スイーツを持ってきたの。一緒に食べる?」
「まじすか!?うわ、マミさんのケーキ……!うぅっ、これだけでやった甲斐ありますよ……ほんとに」
「そんな大層なものじゃないけどね……」
ケーキを皿に取り分け、さやかはフォークを刺す。
一口放れば、くっきりとしたチーズの風味と柔らかな甘さが舌の上を踊る。
若干涙ぐみながら、さやかは状態を話し始めた。
まず、倒れた理由は十中八九魔法少女絡み。というか、間違いなくマミの蘇生によるもの。
ただそれは確定したわけではなく、病院での検査ではなんと一切異常を見つけられなかったそうだ。
とりあえずそれを喜んでから、二人は他愛もない会話を始めた。
さやかは、まどかの優しさとそれに隠れた芯の強さを嬉しそうに語った。
「……だから、あの子はもっと自信さえついたらモテるんですよね。モテる…………モテさせるのは、辞めとくか。まどかはあたしの嫁ですしね。誰にもあげません」
「ふふふっ、独占したらだめよ。鹿目さんがやりたいようにさせてあげないと」
「えぇ〜?……ま、頑張るなら止めたりはしませんけど。変な虫は弾きます」
「それはやりましょう」
他にも、ほむらは冷たい人間に見えて結構熱いやつだとか。
マミは短いながらもそんな印象を抱いたことはなかったので、少し意外に思った。
「本心とかあんま見えないやつですけど、悪いやつじゃないんですよ、多分。けど、あたしとは相容れない部分もある……マミさんともです」
「……そうね」
根は優しい、という根拠のない結論は二人が共有するものだった。
そうそう、とさやかが言う。
「あとはまどか絡みだと爆弾になりますね。ボディガード、いや……炸裂装甲とかが正しいです」
「触れたらアウトって、よほど大事に思われているのね……」
「んー……ですね。会ってからまだ1週間とかそんくらいしか経ってないんですけど」
昔会ったのかもしれないって友達が言ってまして、とさやかは言いながらチーズケーキの最後の一口を食べ終えた。
すかさず紅茶を淹れて、マミはさやかに渡す。さやかはマミを見上げた。
遠慮はいらないわ、という言葉に甘えてさやかはマミの紅茶を飲む。
美味しい。
今度はマミの番だった。
杏子について、最初はぽつりぽつりと。しかし段々と過去を懐かしむように気持ちを溢れさせた。
スタンスの違いから決別したところから、遡っていく。出会った時の姿を思い出して、マミは微笑んだ。
「初めは初々しかったのよ?私のことをマミ先輩、って呼んでいたの……いつの間にか、追い抜かれてしまったわ」
「いやいや、マミさんが本気出しちゃえばあんなのイチコロですよ〜!……実際、冗談抜きに遠距離から撃ってくるマミさんを斬ったりするのは本当に難しいです。イメージしてみても、実戦でマミさんに勝てるビジョンが全く浮かびません。あ、でも不意打ちには気をつけてくださいね」
「そう、ね……佐倉さんは槍使いだもの。あの時も槍を投げてこられて負けちゃったし」
そうなんですけどそうじゃなくて……とさやかが微妙な顔をする。
槍以外も警戒してくださいね、というとマミはしゅんとした。
しかし、魔法少女同士での意見交換などしたことがなかった二人は、物騒な話題なのも気にしないまま議論するのだった。
紅茶が冷め、結構な時間が経った。
まだ昼間とまではいかないが、マミはそろそろお暇しようと提案する。
さやかもそれに乗った。
さやかの話だと、数日後には退院できるらしい。
二人は笑顔で別れる。
「それじゃ、また外で会いましょ!すぐ行きますから」
「そうね……ありがとう。私も、あなたに助けてもらって良かったわ」
ふと、さやかが泣きそうな顔をする。
しかし扉を開けようとするマミには見えない。さやかは目尻に浮かんだ涙を拭う。
そのまま、マミは扉を開けた。