ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ   作:カイテン・マテナカータ

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第二十九話 覆水になるもの

「仁美ちゃん、行っちゃった……どうしよう」

 

 まどかは、仁美にさやかのことを聞かれてつい昨日の話をしてしまった。

 いつもニコニコしている仁美ちゃんには珍しく、深刻そうな顔で。嘘をついてもバレてしまいそうだった。

 魔法少女関連を丸ごと省いて、倒れて病院に行ってることを話した。

 そうしたら、制止も振り切って仁美ちゃんは行ってしまった。昼休みが終わって、さやかちゃんも仁美ちゃんもいない教室で時間が過ぎるのを待った。

 授業も終わりかけの頃、教室の扉が開かれた。

 

「お、暁美。体調は大丈夫か?」

「はい。遅れてしまって申し訳ありません」

 

 謝んなくていい、と言いながら教師は板書に戻った。

 ほむらはスタスタと自分の席に座り、ノートを準備……はせず、バッグの中を整理していた。

 まどかは少しだけ躊躇して、手を握りしめた。

 驚かせないよう、小さめの声量を意識して話しかける。

 

(あ、あの……ほむらちゃん)

(どうかした?)

(さやかちゃんのところに行ってきたんだよね。さやかちゃんは……どう?)

(生きている。目を覚ましていたわ)

 

 その言葉を聞けて、まどかは心からホッとした。

 感謝を告げて、一旦授業に集中し直した。

 テレパシーは繋いだままだったが、どちらも何かを言うことはなく静かに時間が経っていった。

 

 放課後になり、まどかは急いで帰る準備をした。

 ほむらに一言断ってから、逸る気持ちを抑え駆け出す。

 

「それじゃ、さやかちゃんのとこに行ってくる!」

「えぇ、行ってらっしゃい」

 

 まどかが病院に着くと、エントランスから仁美が出てくるところだった。

 思わずまどかは呼び止めた。

 

「あ、仁美ちゃん……」

 

 仁美は目に涙を湛え、不安げな顔でまどかを見た。

 まどかは少し気後れした。それでも、聞かない選択肢はない。

 

「その、さやかちゃんと話したん……だよね?」

「ぐすっ……そうですわね。鹿目さんに居場所を聞いた、と言ったら怒られてしまって……申し訳ありません」

「そんな、大丈夫だよ!……あ、でもわたしも怒られちゃうかもな……えへへ」

「うふふっ、かもしれませんね……はぁ」

 

 まだ感情の波が荒ぶっていた様子だったが、最後に一つ大きくため息をついて、仁美は決意を固めた。

 

「決めましたわ。私、志筑・ナカタ・ガウ・仁美はさやかさんを元通りに……また三人で一緒に歩けるよう支援いたします!」

「えっ、あ……い、良いね!わたしも、さやかちゃんがこれ以上怪我しないよう、付いていきたい……」

「……ふふっ、なんだか立場が逆転してしまいましたわ」

 

 いつもさやかさんに助けられていた私たちが、助ける側に。

 その仁美の言葉に、苦い微笑を浮かべまどかは深く同意した。

 できるだけの精一杯をやろう、と思った。

 

(魔法少女に、ならなきゃ)

 

 仁美を見送って、また頭の中に声が響く。

 歩き始めると、また雑音が増えた。

 

 だから、駄目なんだってば。ほむらちゃんからも止められているし、わたし自身が魔法少女になりたくないんです。

 けれど、ふと思い当たりました。自分の声でそう聞こえるのなら、心のどこか片隅で……魔法少女になりたいと、そう思っているのかな。

 そんなことないと頭を振って、まどかは病室の扉を開けた。

 

 さやかは、まどかの顔を見るとぱっと顔色を明るくした。

 ベッドのそばに腰掛けて、ぶんぶんと手を振った。

 

「まどかぁ〜!!来てくれて嬉しいよぉー!」

「さやかちゃん……さっきね、そこで仁美ちゃんと会ったの。ここにいるの言っちゃってごめんね」

「良いって良いって。仁美もさ、心配しすぎだっての!……うーん、気にすんなって言ってもむずいね。じゃあ、出た後でアイスでも買ってよ。その後まで引きずってたりしたら、流石のさやかちゃんも怒っちゃいま〜す」

 

 置かれていた丸椅子にまどかは座った。

 さっきまで仁美が座っていたのだろう。微かに暖かさを感じた。

 

「さやかちゃん、どこか悪いところは?」

「ないない、ばっちり万端全回復!……って言ったらだめ?」

「だめだよ。さっき仁美ちゃんが言ってたもん……元通りになるために、って」

「とほほ、まどかの目は誤魔化せませんなぁ。……足が動かないんだよ。医者の人には、症状は脊髄損傷とかが一番それっぽくて、可能性が高いって言ってた。でも、体に異常はないからすごい不思議がってたよ」

 

 代わりにさ、とさやかはソウルジェムを取り出した。

 ソウルジェムを見て、まどかは目を見開いた。さやかの手の上には、中身の三分の一ほどが空になったソウルジェムがあった。

 あまり見たくも見せたくもないのか、さやかはすぐに指輪に戻した。

 

 腕で足を持ち上げると、無抵抗に持ち上がる。

 そして離せば、ぺたっと床についた。

 乾いた笑いが聞こえた。

 

「そうは言ったけど、マミさんを連れ戻せたんでね。プラマイプラスでしょっ!このくらいなら車椅子さえあればどこでも行けるし、魔力を通せば立つも歩くも余裕だし!見栄えは悪いけど、名誉の負傷とか最高じゃん?」

「さやかちゃん……」

 

 だからっ、とさやかはベッドを押してよろよろと立ちあがった。

 手を広げ、まどかに向かって歩こうとした。がしかし、膝がかくんと傾いて前に転びかけた。

 

 まどかが立ちあがって、それを受け止める。

 まどかの手がさやかを支えた。

 

「だ、大丈夫!?」

「ととと……ありがと。ね、まどか。心配しないで」

「でも、さやかちゃん……。足が動かないのだって、たぶん、大変だよ」

「まどかなら助けてくれるでしょ」

「それは、そうだけど……」

 

 なおも何かが引っ掛かる様子のまどか。

 水色の瞳が揺れる。少しだけ険しくなった顔を伏せ、ごめんとさやかはか細く言った。

 震え声でさやかが言う。

 

「隠し事なんてできないか……失くしたのって、足だけじゃなかった」

 

 前髪に隠れた顔から、光が薄れた眼が覗く。

 

「仁美が来てね。あたしが病院に来たのは、仁美が原因じゃないかって言ってきてさ」

「え……?」

「もちろん違うよ。でも、仁美はあんまり聞いてくれなくて……恭介を仁美に取られて、辛くなったんじゃないかって言われてさ。実際あたしはゾンビになって、恭介に好きだなんて言えなくなっちゃったし。結構キツかったよ。マミさんのことで頭をいっぱいにできなかったら泣いてたかも。今はもう、大丈夫。さっきは互いに強めの剣幕で話しちゃったから、また話す時はちょっと気まずいかな」

 

「え、さやかちゃん……上条くんと仁美ちゃんのこと、嫌いになっちゃったの……?」

 

 今の彼女は、腕を離せば地面に崩れ落ちる。

 そろりと彼女の手がまどかの背に触れた。頬を涙が伝う。

 

「違うの。あたし、もうどうでも良くなっちゃった。願い事は覚えてる。叶えたかった理由も分かる。でも、恭介を助けて何がしたいか、もう分からない。あいつに何の気持ちも湧かないの……っ!」

 

 嗚咽もなく、ただ涙が流れ続ける。

 まどかが戸惑っている中、さやかは腕に込める力を強めた。

 

「仁美に怒りたい気持ちとか、恭介になんでって聞きたかった。私を選んで欲しかった。でも、今はその気持ちがあたしのものじゃないみたいに感じる!マミさんが帰ってきて嬉しいはずなのに、気づいたらなんにもない!それが悲しいって気持ちすら、ほとんどない……ぅ」

「そんな……。それが、報い……?」

 

「正義の味方に、なりたかった」。

 

 それなのに、今の自分は、なんだ。

 さやかはまどかに体を預けて、拳を握りしめた。巻き込まれたまどかの制服が渦を巻いた。

 ヒーローにもなれず、絶望しきって魔女に堕ちることさえできない。

 こんな中途半端なやつが、どうしてまだ魔法少女と言える?

 

 まどかはかける言葉を必死に考える。

 けれど結局出たのは、具体性も何もないただの慰めだった。

 

「大丈夫、だよ!さやかちゃんは、優しいもん!それを治す力だって、きっと────」

「…………違う」

 

 さやかはまどかから手を離す。

 体を持ち上げられないと思ってまどかは近づいたが、淡いソウルジェムの光で立ち止まった。

 一際強く輝き、さやかは変身する。

 

「本当に優しいのは、あんたみたいなのを言うんだよ。あたしじゃ、あんたには届かない」

 

 その目には、苦しみと怒りが浮かんでいた。

 マントを翻し、さやかは窓から飛び出していく。

 まどかは窓に取りついて、大声で呼びかけた。

 

「さやかちゃ────」

「おい、ここ病院だぞ。叫ぶのはやめときな」

 

 ドッと体に衝撃が走り、まどかは気を失った。

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