ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
第三十三話 当たり前を受け入れられない
あの日から幾日かが経った。
泣きたくなるような、苦しくなるような平穏だった。
元々風見野の魔法少女である杏子だったが、さやかが後方支援を練習したいと申し出たのに付き合うためよく遊びに来た。
ほむらは、都合が合えば誰ともタッグを組んだ。
杏子、さやかはさっきの通り二人行動が多かった。故に、巴マミとのタッグが必然的に多くなった。やはり、彼女は見滝原一の魔法少女であり……その強さは、ほとんど悩みの種がなくなったこともあり常勝不敗の修羅とでも呼ぶべき強さだった。
ほとんどの魔女は三人、四人も必要な強さをしておらず、二人いれば苦戦しても負けることはなかった。
ただし、強い代わりにずっと絡んでくるのが面倒でならなかった。
しかしそれは他の二人も変わらない。
マミは怪我などしたら一日の間に何度も大丈夫か聞いてくる。治療して貰ったりもする以上邪魔だとは言えないものの、ちょっとうっとおしい。
美樹さやかはウザい。私がまどかを気にしすぎだとか、まどか離れしなきゃな〜とか言ってちょっかいをかけてくる。非常にうっとおしい。
佐倉杏子はそれに乗っかってじゃれついてくる。
前述の二人に比べればそんなに面倒ではない。やはりあの件で苦手意識を持たれているのか。と言っても、私よりも彼女の方が強いのだから……彼女にとって心配はいらないだろう。
ある休日に、魔女が出ないからという理由で杏子に模擬戦を提案された。
相手にならないのではないかと一応言ってみたが、もう決めたことらしい。私自身、あの決着には少々の不満と疑問があった。受けない理由は無かった。
どうせやる気であれば煽りも事前準備として使っていく。勝てる見込みは1割を切っている。
当然だ。模擬戦にワルプルギスの夜用の武装は使えない。
結果はまぁ、言うまでもない。
そのあとは杏子もフランクに接してきた。
油断はしないが、多少は警戒を解いてもいいかと思った。
結局距離感はほとんど変わらなかったけれど、彼女は根っからの悪人ではないように感じた。それがわかって、生きているだけで私から求めることは何もない。
ただ、誰も死なないで欲しかった。そうすればもう巻き戻さなくて済むから。
グリーフシードの回収は、無駄なく行っている。
共有する余裕さえある。ただ、普段使いする用の武器の減りが早かった。
思い切って、もう一度大量に武器を確保した。
これで、心配はいらない。
そんな訳がない。
魔女は倒した。ワルプルギスの夜を倒すための準備は終わった。
まどかも、誰も死んでない。前回と、前々回と同じはず。過程は違っても、結果が同じだ。
であれば、私のいる意味は何だ。私さえいなくなれば、全て上手くいって……魔法少女は、救われるのか。
じゃあ、まどかは。鹿目まどかの普通は?
「──────成立しない」
ふざけるな。
そんなことは許さない。
救われるんじゃダメ。救わなければ。
何かあるでしょう。まどかを救う手立てが、どこかにあるはずなの。ほむらは、手に入れた平穏を捨てて正解を模索した。魔女を倒せば、時間だけはたくさん手に入る。
考えて、考えて、擦り切れるまでに考えた。
何かが、起こる。じゃなきゃ、キュゥべえが諦めるなんてあり得ない。嘘をついているとは言わないが、何らかの策は残っているはずだ。
”ワルプルギスの夜を倒したら”あれは手を引くんだから。
「アタシは風見野に戻るよ」
ほら、やっぱり。
私には、幸運などありはしない。でなければ、ずっと前に私は死ぬか絶望か。あるいは成功していた。
杏子が言ったのは、風見野に魔女が増えているからということだった。彼女の言葉は正論であり、納得するのは難しくなかった。
マミとさやかが止める中、私はただ彼女を見続けた。
ワルプルギスの夜にぶつける戦力が減る。不味いものの致命的ではない。
何らかの策を持って逃げる可能性。危険であるが、止める術を持たない。
選べ。一択だ。やるしかない。
「…………見滝原での決戦は、どうするのかしら」
ほむらは問うた。
杏子は、「あんたは止めないのかい?」と言って笑った。彼女が信用に足るか。キュゥべえ・クロマークに繋がっていないか。……まだ、泳がせる。
杏子は続けた。
「それまでには戻るさ。グリーフシードが足りなきゃ、あんたらも来ていいけど?」
その言葉は、彼女からの信頼の証だった。
ほむらは謝意を述べ、断った。さやかはほむらに続いた。マミさんは、たまに行くと約束していた。
次の日、ほむらは魔女を倒しに出かけた。
ほとんど収穫がなく終わってしまい、さっさと結界を出た。
銃を取り落とした。
足音が近づいてくる。
光の柱が、見えた。
「ほむらっ!まどかが……!」
「ぁ……嘘よ……そんな筈、ない……」
何を見落とした。
おかしい。どうして。
ほむらのソウルジェムがどす黒く穢れていく。ほむらは震える手で、顔を覆った。
さやかが駆け寄り、ほむらにフエル・グリーフシードをかざす。あっという間に黒くなったそれを、さやかは懐にしまった。
その左手には、ソウルジェムが光を洩らしている。
車椅子が倒れていた。
さやかはほむらに問いかける。
「ねぇ、あれは……まどかがやったの?」
「…………」
「あれは何?杏子は……風見野で何が起きてるの!?」
そんなこと、分からない。
光の柱は、見滝原を出て風見野にあった。
光の柱が立ち消えていく。暁美ほむらは、奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締めて盾を作動させた。肩に触れていたさやかの手を掴んだ。
ほむらの瞳が紫暗色に煌く。
表情の消えた顔で、ひとことぽつりと呟いた。
「────裏切り者は、消さなければならない」
さやかの手を離し、ほむらは時間を飛び越えた。
盾に魔力を流し続け、時間が動き始めた瞬間にまた止める。走って、ただ細くなっていく光に向かって地面を蹴り続けた。
そこは、デパートの屋上だった。
何もないコンクリートの上、まどかと杏子が手を繋いでいる。
まどかの顔が、驚愕に染まったまま止まっている。
彼女たちの前で、ほむらは盾を戻した。
突然目の前に現れたほむらの姿を見て、まどかは目を見張る。杏子はチッ、と邪魔されたと言わんばかりに舌打ちした。ほむらは肩で息をしているが、それを悟られるわけにはいかない。
佐倉杏子はここで殺す。
「おい、待て。こいつは──」
「……どうでもいいわ」
杏子をほむらが突き飛ばし、まどかから隔離する。
突き飛ばされた杏子は、屋上から勢いよく飛び出した。ほむらは後を追って飛び降りる。まどかがふっと座り込んだのを見ても、ほむらは足を止めなかった。
ほむらはぼんやりと思う。
私を裏切ること……美樹さやかと争うこと……マミの蘇生を邪魔すること……それらは須く無視する。どうだっていい。
だが、まどかを魔法少女にするのならば。全力を以てあなたを排除する。
思考はなだらかに、踏み込みは激烈に。
ほむらは落ちる杏子に追いすがり、薄い背の中心へと照準を定める。
人間の背中を貫通したところで、銃の威力は減衰しない。魔法少女だとしても、器は人体だ。死ぬのに何の支障もない。
引き金が引かれた。それと同時に、杏子はこっちを振り返る。
その顔は恐怖でもなく、怒りでもなく、溢れんばかりの大笑いだった。
アハハハッ!!と笑う声が、鉄の弾かれる音で遮られる。どうしてか、彼女の声はよく届いた。
「そっちがどうかは知らないけどさ、アタシはあんなので満足いかなかったんだ。エクストララウンドってとこかね!えぇ!?」
「疾く、まどかの前から去りなさい」
「悪かったね、てめぇにはさ!」
両手に槍を持ち、右手にとったそれを落ちてくるほむらに投げる。
ほむらが避ければ、それは柱に刺さり……そして、するりと抜けてほむらたちを追随した。
それを横目に確認しつつ、ほむらは銃器を湯水の如く使い捨てる。それらのほとんどが顔から胸にかけてを狙っている。しかし杏子は、ほむらから発する殺気の刺さる位置に槍を置いて防いでいた。
二人に追いすがり、あわや先に地面と触れそうだった浮遊する槍が勢いよく反転し、ほむらに向かう。射線上にいた杏子は首を傾げて避けるが、ほむらは直撃コース。体を貫かれる前に盾で弾いた。
銃は強い。それを、使い手として、相棒の得物としてよく知った二人。
錐揉み落下しながらも、攻撃の手を緩める瞬間などない。
お互いに一歩も譲らない。
ほむらが盾を駆動させる。
杏子は目を見開いた。その口から、反則を指摘する悪態が────
「させるかよッ!」
出ない。
あるのは、ギリギリの戦いに歓喜し吊り上がる口角だけ。
ほむらの盾を浮遊する槍が貫き、一瞬だけ二人が硬直する。しかし間隙、杏子よりも早く動き、ほむらは銃で槍を撃ち飛ばした。無理やり時間停止を発動する。
足に、何かが引っかかった。
そこを見れば、今まで見えなかった鎖が実体化していた。
「っ」
「さやかが言ってたよ。あんたの魔法は触っていりゃあかからないってね」
「……友人を利用する。やはりあなたは、排除しなければいけない」
「戦うってんなら、全部利用してこそだろ!アッハハ!!」
時間を止めても、二人は墜ちる。落ちる。堕ち続ける。
地面が近づくより先に、彼女たちは服の裾が触れる距離で殺し合う。
槍の間合いではなくとも、ほむらは背を狙ってくるもう一つの槍を警戒しなければならない。
時間停止を超えても、杏子は突き出される実銃の引き金が引かれる前に避けなければならない。
額がぶつかる距離で、杏子は不自然に大きく振りかぶる。
ほむらはその隙をつくでもなく、盾に手を入れた。
地上はすぐそこだ。
このまま地面に落ちてしまえば、二つ分の赤い花が咲く。その前に、目の前の相手を排しなければならない。それだけを頭に入れて、二人は躊躇しなかった。
ほむらはピンを引き抜いて、グレネードを体の合間に置く。
盾が回転した。
手榴弾が破裂し、槍が薙いだ。
ほむらはその攻撃を避ける気はなかった。
ソウルジェムを狙っていない攻撃はどれも無視していい。無視すべきだ。
故に、彼女の左腕は飛んだ。
衝撃で壁にぶつかり、それによって落下のエネルギーが拡散する。
杏子は、避けるよりも攻撃を優先した。
ソウルジェムがどうだとか、魔女になるとかどうでもいい。こいつが鼻につく。アタシを見る目が気に入らない。
だから、手榴弾の爆発を受けた。地面にぶつかる。
ふとさやかを、マミを思い出した。走馬灯か。
二人の顔は悲しげで、杏子の心を締め付けた。なんだよ。アタシは、あいつらに何をしてもらいたいんだよ。
どちらも足を止め、地に伏せる。
ただ、闘志が失われることはない。
目的を飛び越えて、頭の中から迷いを消して、ボロ雑巾になりながら二人は立ち上がった。
デパートの裏、小さな路地。
銃と槍の鋒が交差し、また二人が跳ぶ。近付いて、攻撃が当たるまで止まらない。
紫暗色と赤色の魔力がぶつかる。
ふわり、と紅茶の香りが鼻腔をくすぐった。
「そこまでよ」