ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ   作:カイテン・マテナカータ

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第三十七話 死んでも

 潰れた目も、破けた鼓膜も無視して、ほむらは爆撃を当てることにだけ集中した。

 引き金を引かれ、マミは両手にマスケット銃をクロスする。

 しかしそれも爆撃弾頭の前では、些細な抵抗だ。

 

 極限まで引き延ばされる思考の中で、マミはほむらを見つめた。

 ほむらの口がにぃ、と釣り上がる。い。

 次に、大きく開けられた。あ。

 窄められる。う。

 最後に、また笑う。え。

 いあうえ(二発目)だ。

 

 反動で、ほむらは大きく吹き飛ばされる。

 自分のやりたいように動けるというのは、こんなにも楽しいか。

 迷惑をかけてしまっていることに、軋む心もある。けれど、もういい。最期くらい、いいじゃないか。まどかもそうすべきだって、言ってくれた。

 これで終わりだ。

 いらないものを処分できれば、ワルプルギスの夜は倒せるから。

 

「あっ、あっあー」

 

 声を出してみるものの、口から骨を通って伝わる音以外何も聞こえない。

 耳鳴りが激しい。視界は光に埋め尽くされ、痛覚を減衰されてなお残る痛みが視聴覚の異常を訴える。ぐらぐらと体幹がぶれている感覚はあるが、倒れるわけにはいかない。

 あれでマミが避けていれば、私はすぐ拘束されていたことだろう。

 つまり当たっている。

 

 ただ、彼女にも言われたようにグリーフシードは使えない。

 佐倉杏子を潰すためでもない、ただの我儘だ。強がって、苦しまなきゃいけない。

 そして最後には、惨めになって死んでいく。

 

 最高だ。完璧なんてものではない。一周回って、どうしようもないくらいの屑。

 私が望んだ、唯一の救い(おわり)

 どうせ動けないのなら、彼女が崩れている姿でも見物しよう。

 目が治るまでゆっくり待つ──────。

 

「悪いんだけどさ……死なせるわけにはいかないんだよね」

 

 肩に何かが触れ、じわりと魔力が浸透する。

 次の瞬間に、ほむらの耳はその声を拾った。目を、開いた。

 そこは光が荒れ狂う海ではなく、凪いだリボンの水面だった。

 

 マミとほむらの足元には、巨大な五線譜が回っている。

 それはすぐさま消えるが、ほむらの耳には彼女の指揮する旋律が色濃く残っていた。

 マミは立っている。左腕を、誰かが握っている。

 

「ごめんけど、あたしはマミさんを……っておーい、聞いてる?何ぼけっとしてんの」

 

 まどかだ。

 まどかがマミと手を重ねていた。彼女は微笑む。

 息を忘れて、ほむらは目を閉じ瞼を擦った。

 

 そしてもう一度そこを見れば、まどかはいない。

 美樹さやかが、マミの手を取って怪訝な顔をしていた。

 

 少し、ほんの少しだけ安堵のため息がこぼれた。

 彼女たちが手を取っている姿は、泣きたくなるくらい綺麗だった。だからこそ、それが自分に向いていることを理解した瞬間に、すぐにソウルジェムが潰れることになっただろう。

 良かった。ほむらは内心で、安堵した。

 

 私の怪我はそのままだ。

 その思考に合わせたように、さやかは言う。

 

「目と耳は治しといた。マミさんにノしてもらって、頭冷やしてよね。次はないよ」

「ええ、次なんて来ないわ」

 

 マミが中型の銃を構える。

 普段のマスケット銃よりは大きく、しかしティロ・フィナーレを撃つような大砲でもない。

 ほむらは、手に持っていた銃を下げる。左腕に持った黒鉄は、横に向けられた。

 すなわち、倒れていた杏子へと。

 マミの顔が青ざめる。

 

「暁美さんっ!!!」

「これで、三発目。最後の一発よ」

 

 よーく狙って、とほむらが引き金に力を入れる。

 さやかが口を開きかけ、マミが言葉にならない叫びをあげて引き金を引いた。

 ほむらは銃を捨て、左腕を上げた。

 胸元に腕を当てた。目を閉じる。長い道は、ここで終わりだ。

 

 ソウルジェムに、弾が当たる。

 

「ダメぇーーーーーー!!!!」

 

 死ぬはずだった。

 衝撃がほむらの横腹を貫く。踏ん張る力もなく、ほむらはその腕に押し飛ばされた。

 腕は、がっちりとほむらの腰を掴んで離さない。

 桃色の瞳が、怒りと悲しみと色んなものが撹拌された目がこちらをみている。ダメだ。止まらなきゃいけないのに、できない。

 ほむらは地面についた背を、動かせない。

 目覚めた心が、走り出した。

 

 

「戻ろう、さやかちゃん」

「はぁ!?」

 

 まどかは決心した顔で言う。

 さやかは当然反対するが、まるで聞いていない。爆弾の音が響く。

 さやかは思う。”こう”なったまどかを止めることは、例え時間を止めたって出来ないだろう。ましてやあたしじゃ実力不足だ。はぁとため息をついて、途中までは流れ弾に当たらないよう茂みの近くを進むよう提案した。

 まどかは快諾したが、何も言わなきゃ正面から突っ込んでいた気がする。

 開けた場所で銃撃戦が行われているのに、真正面から行くなってーの。

 

「向こう見ずすぎるでしょ。そうゆーのはあたしがやるんだよ……で、なんで行くの」

「ほむらちゃんは私をずっと守っててくれた。なのに、急に辞めるなんておかしい。わたしが、行かなくちゃ。……へぇっ!いや違くて!いやなんと言うかその、合ってるんだけど違うというか……!」

「……別に合ってるでしょ。何顔赤くしてんの。まどかのことだから、まだ気づいてないかと思ったけどね。流石にああもまっすぐ告白されちゃあ、鈍感っぷりも形無しだね〜」

「も、もー!と、とにかく!……さやかちゃんが言ってたみたいに……何か理由があるはず。ほむらちゃんは目的のために自分を顧みない。杏子ちゃんを倒そうとしてた時も、爆弾が自分に当たったって全然気にしてなかった」

 

 さやかはまた杏子とぶつかって、腕を咥えながら戦っていたほむらを思い出す。

 少なくとも、まどかの言葉に間違いがないことは確かだった。

 そして、自分で言ってデリケートな話題だったなと後悔した。私が同じ立場なら、御免被る。ただ、女……ゾンビが女かは怪しいけど、恋する乙女だった人間として、あれを恋愛感情だなんて生温い言葉で表していいかという気持ちがある。

 執着、依存。あるいはそれよりドス黒い何か。そう呼ぶべきなんじゃないか、と思う。

 

 ま、今のあたしには縁のないことだけど。

 ゾンビどころかハートレス、気分はいっそフランケンシュタイン。そんな状態じゃ適切な反応も難しい。

 まどかには申し訳なく思いつつ、しかし謝るより先に行動すべきだと彼女の目を見て自戒した。

 まどかの目は、既に爆発の向こう側に向けられていた。

 

「とりあえず、途中まではあたしが流れ弾とか止めるから。その後は?」

「さやかちゃんは、二人の怪我を治してあげて。わたしは隠れて移動して、ほむらちゃんを止める」

「…………っ。あんた、分かってんの?銃弾一発当たれば、死んじゃうんだよ!無茶していいと────」

 

 さやかは叱る。そうしなければならない。

 たとえ言って止まる可能性がかけらも見えなくとも、友達が死ぬかもしれないこんな時にほとんど心が動かないとしても。

 覚悟が足りないのなら、前に出すなんてことは絶対にできない。

 確かめなくてはならない。親友として。

 

「……それでも」

 

 それでも、まどかの顔は少しも揺らがない。

 はぁ、とため息をついてさやかは頭を掻いた。

 

 そして、陽動は成功した。

 己にかかる閃光の痛みを無理やり治し、まどかの目を覆っていた手を外して陰に押し込んだ。

 茂みの中でまどかが動いているのを魔力で感じつつ、マミとほむらの怪我を治した。

 キュゥべえの言う通りになるのは癪だけど、後方支援の方が向いていると言っていたのは正しかった。

 魔力を扱うことだけを考えていれば、離れていても怪我を治せる。

 もちろん近づいた方が効果は高いから、触れたりはするけど。

 

 ほむらは目と耳だけ治した。せめてもの情けだ。

 

 ただ、あいつは銃を杏子に向けた。

 あたしも反応してしまったけど、マミさんには効果覿面だった。ただ、凍った心はその行為をブラフだと判断した。

 静止する間もなく大きいマスケット銃が火を吹いた。

 

「待っ」

「させないわ!!」

 

 ほむらが銃を落とした。

 安心しきった顔で、ほむらは目を閉じた。

 

「これで、やっと……」

「ダメぇーーーーーー!!!!」

 

 二人がもみくちゃになって地面に倒れる。

 マミさんの手を握ったまま、あたしは二人に駆け寄った。

 

「まどか!!」

「暁美さん!鹿目さん!!大丈夫!?」

 

 まどかがこっちを見て、痛みをこらえた顔で笑った。

 大丈夫だよ、というが彼女の腕には一本赤い傷が走っている。

 さやかは手をかざし、まどかに魔法を使った。ほどなくして、赤かったまどかの腕は元の薄橙色に戻った。

「なーんだ」という声が聞こえ、赤い髪が視界の端で揺れた。

 

「撃ってくるならとどめを刺してやろうと思ったのに。これじゃ拍子抜けじゃん」

「あんたねぇ……やけにパタっとやられたなと思ったら」

「気を失ってたのは本当だよ。ただやる前にこのピンク頭に全部掻っ攫われたけどね」

 

 杏子がまどかの背をなぞる。

 ぴぃっ!?と事件性のある悲鳴をあげたまどか。さやかの拳骨が下り、その場は静かになった。

 まどかに抱きつかれたまま、動くどころか瞬き一つしないほむらを見下ろした。

 

「この状態じゃ、いくらあんたでも身動き取れないでしょ。白状して」

「…………わたしは、全部諦めたの」

 

 ほむらは虚な目で言う。

 

「願いも、未来も、全部諦めた。まどかを襲ったのは、それが理由」

「ねぇ、ほむらちゃん。あなたの願いは……なに?」

 

「あなたとの出会いをやり直すこと。それが私の願い。罪」

 

 誰も何も言わない。

 ただ、ほむらの瞳は乾ききっている。空を映した。

 

「時間を止めるのは副産物。私の魔法は、時間を遡ることができる。ワルプルギスの夜を倒すため、まどかを魔女にしないためにやり直した。他のことは切り捨てて走ったけれど、一度だってまどかを助けることはできなかった。半ば諦めてもいた」

 

 鹿目まどかは魔法少女になる。ならなければいけない。

 名前がなくともそれは決まっていることだ。死か、魔女になるか。

 それを超越した希望そのものさえ、絶望にしかならない。魔法少女になることが決まってしまった。まどかが魔法少女になったあの姿は、変えられない未来になってしまった。

 でも、とほむらは嗤う。

 

「私にまどかは殺せない。だから、私が死ぬことにしたの」

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