ネタバレが激しすぎる魔法少女まどか☆マギカ 作:カイテン・マテナカータ
ほむらがいなければ、あとはまどかが何とかできる。
そういうものだと、今なら何のためらいもなく言える。
いつだかの、美樹さやかと同じ結論を出した。
手を伸ばしてもまどかを救えないのなら、私に生きる価値はない。魔女になるくらいなら、憎まれるだけの悪い奴になればいい。
私は信用していた。
巴マミの優しさを。美樹さやかの正義感を。佐倉杏子の義理堅さを。
だから撃って、賭けに勝った。
それなのに。
「なんで、私を生かしたの……」
ぽつり、と。
ほむらは、呪いを吐いた。
体を起こし、盾に手を突っ込んだ。その左腕に、優しく手が添えられる。
びくりと震え、ほむらは桃髪の少女を見た。
「だって……ほむらちゃんはさ」
まどかは笑った。
「私の、憧れのひとだから」
「それに、ほむらちゃんは諦めたって言ったけど……さ。私は違うと思う」
「──────なぜ」
「だって、今こうして私たちが一緒にいられるのは、ほむらちゃんのお陰だから。繰り返しても足を止めなかったのは、諦めてないからでしょ?」
まどかは目を閉じる。
「ほむらちゃんは、諦めてなかったんだよ」
ほむらの心臓が脈打つ。
座ったまどかの胸に飛び込む。
「う、ぁ……あああーーーー!!」
ほむらは縋りつく。
人間の体が空になるくらいに、泣いて、泣いて、泣きじゃくる。
ずっと、誰にも分かってもらえないままだった。
一人で、何もわからないままで走るしかなかった。
「ひっ、ぐ……ぇう、ぐ。わたし……どうすればよかったぁ、かな。まどかが、ひっ、魔法少女にならない、ようっ……に。えぅっ、げほ!で、できないの……駄目だよね。途中で逃げる私なんて、いらない……ごめんなさい……まどか……ぉ」
鹿目まどかを好いている。
誰よりまっとうに生きてほしくて、そのために足掻く。けれど彼女は優しすぎて、自分にまで慈悲を向けてくれる。愛を降らせてくれる。それはとびきり嬉しくて、決して喜んではならなかった。
立ち止まる、泣く、笑う、喜ぶ、弱さを吐き出す、そんなのは全部無駄な時間。不要なこと。そう考えたくても、身体は言うことを聞かない。
考えている暇なんて無かった。喜んでいられる場所なんて無かった。
なくなった物は探さない。そうしている内に、まどかだけが残ってた。
硬く、ぐちゃぐちゃに潰れ切った心は、彼女に触れるだけで容易く解かれていく。
彼女の心音を貰うたび、摺りつぶされた足がまた動かせる。
彼女の匂いを捕えるだけで、前を向く意思が返ってくる。
生きてくれている。
本当に、それだけで十分だ。
まどかは優しくほむらの背を撫で、呟く。
「いなくならないで、ほむらちゃん。わたしは、魔法少女になりたくない。でも、強い魔女が来て……わたしたちは巻き込まれちゃうんでしょ?その時は、ほむらちゃんが一緒にいてくれた方が頼もしいよ。いらないなんて、言わないで……。わたしは何にもできないし、迷惑ばっかりかけちゃうけど……ほむらちゃんが死んじゃうなんて、いやだよ」
わがままだよね、とまどかは笑った。
自嘲を含ませ、それでも、と続ける。
「わたしはいやだ。ほむらちゃんも、嫌だって言っていいの。もっと、わがまま言おう?」
「まどか……私は……」
はぁ……と、砂糖を吐き出すような重いため息が落ちた。
まどかとほむらは正気に戻り、周り、とりわけ青い髪の少女を見た。
複雑な笑みを浮かべていた。
「……お熱いね、全く。それでさ、その。えーと……ハハ」
杏子は、どこからか取り出したりんごを齧っている。
マミは顎に手を当て、それでは足りず頭から湯気を上らせていた。
「結局、どゆこと?」
なんとなく分かったが、なんとなくだけだとまずい気がする。
そんな直感に従って、さやかはできる限り質問をぶつけた。マミや杏子も同様だ。ミタキハラの二人と比べ、カザミノの魔法少女は一、二言訊けばそれで満足だったらしい。
改めて、ほむらが落ち着いてから話を聞いた。
彼女の証言では、ミタキハラに現れるワルプルギスの夜、一度も倒せなかったそれを倒すために時間を巻き戻してやり直した、ということらしい。
動機は分かる。手段は……ダメだ、やっぱり分からん。
時間停止は副産物?そんなのあり?おまけのようなものと言ったって、あたしたちはそれに苦しめられてたんだけど。
強すぎる。これも才能の差ってやつなのか……くそぅ。
しかし、同時に分かることもあった。
体が弱いから、時間停止をしている間は最低限しか体力が保障されてない。銃を使うのは、身体が弱くても使える武器だから。爆弾も同じ理由。
それはそれで、当たり前みたいに自爆特攻してたのはおかしいって感じだけど。
ここまで来て嘘をつく必要はない。
本当なんだろう。
そうじゃなきゃ、マミさんを生き返らせるなんて出来ない。
回復を使える魔法少女がいること、ソウルジェムKを無事で回収すること。そんな前提、一回は見たことなけりゃ無理だよねって。
それがたくさん繰り返した中で、あたしとやったって言われると流石にビビる気持ちもあった。
同情はしない。
こいつはあたしを利用したし、あたしもそれが分かった上で話に乗った。何も感じないことが不安で、逃げたりしたけど……それはそれで、あたしにもちょっとは心が残ってるってことだ。
まだ、魔女から助けてもらった恩も返してない。
まだ何も終わってない。
だから、まどかには感謝しなければいけなかった。
解散して、二人帰路に着く。
「ありがとね。まどかのおかげだよ」
「うぇっ!?そ、そんな……わたしはなにも」
「あ、これで何もしてないとか言ったらさやかちゃん怒りますよ~。どんだけヒヤヒヤしたと思ってるのかな~?」
「そ、それは……うぅ。ごめん」
「いいよ。だって……カッコよかったじゃん?あんた」
ほむらを助ける、なんて欠片も考えてなかった。
なんとかしなきゃと思っても、とりあえずマミさんに任せてれば大丈夫だと思ってた。
まどかがいなければ……ほむらの想いは結実してただろう。
あの瞬間のまどかは誰よりもカッコよかった。魔法少女じゃないのにこんな所を見せられちゃったら、対抗心が燃えて仕方ない。
でも、これはしまう。
まどかは一般人だから。ワルプルギスの夜と戦うなら、ちゃんと避難させておかないといけない。
さやかは、固まった心を見つめて思う。
あたしは感情で動いちゃうから、考えなしの行動は多い。だから、一度立ち止まれるこの冷静さも……案外悪くないかもしれない。
問題が起きたらそん時はそん時。
からからと車椅子を押す音がする。
さやかは目を閉じた。
ずっと脳裏にチラついていた光景を、明確に思い浮かべる。
ワルプルギスの夜、なんて名前も姿も知らないのに……今は、少しだけ覚えがある。
ドレス姿の逆さ吊、足元に歯車が回る魔女。
その下で、ほむらがぼろぼろになってて……まどかが、光に包まれる所を。
自己が曖昧な、夢のような感覚でそれを覗いた。
「さやかちゃん?」
は、と目をひらく。
上を見れば、不思議そうな顔をしたまどかがこちらを見ていた。
ちょっと大人しすぎたかな。大丈夫、あたしはまどかの親友だ。魔法少女、さやかちゃんなのさ!
強がったとしても、その強がりが嘘か本当か分からない……自分でさえ。だから、本当の強さになる。やっぱり、悪くない。
さやかは朗らかに笑う。
「ん、めんご。ちょっと考え事してた」
「……もしかして、上条くんの?」
「いや、あー……それも考えなくちゃいけないんだよね。結局、仁美は恭介に告白できたのかな」
「え、さやかちゃんは……いいの?」
そう聞かれて、さやかは考える。
と言っても、本人にも伝えた。仁美とは喧嘩別れみたいになっちゃったけど、それは互いに相手を尊重したからで。
「いいんだよ」。あたしの気持ちは冷めちゃったし、それに対する憎悪もない。そんな状態なのに付き合ってほしい、なんて言えないよ。
少し寂しげに、さやかは息をついた。
たぶんさ、と続ける。
「あたしは……恭介の演奏が、もう一度聞ければそれでよかったんだ」
まどかはその言葉にハッとした。
少し泣きそうな顔で、我慢するように目を瞑る。そして、もう一度さやかを見つめた。
さやかのほおに、一筋の水滴が滴った。
「そっか」
「うん」
さやかを家まで送り届けて、まどかは家に着いた。
頭には、小さな雑音がのたうっている。机に突っ伏すと、父にもらったココアが波打った。
雑音とわたし自身の声は、強く訴えるような感じはなくなった。けれど、ずっと頭の中で小さな音が聞こえるというストレスは普通の中学2年生には未経験の出来事だった。
(魔法少女になる)
「だめ。わたしがそうなったら、ほむらちゃんが悲しむ」
(ならなくちゃいけない)
「どうしてなの?ワルプルギスの夜が強いから?でも……みんな、いるもん」
(……それでも)
声は、初めて違う言葉を喋った。
しかし、意見が合致することは無かった。
白い尾が揺れる。
「興味深いね。鹿目まどか、君は俗にいう二重人格というものなのかい?」
「……キュゥべえ。わたしは、契約しないから」
(契約するべき)
もう!とまどかは立ち上がり、一気にココアを飲み干した。
視界がはっきりとしない。ぼやけて、何かおかしいものが視界に映る。魔女の結界で見るような悍ましい色を。キュゥべえは、それの陰に隠れてよく見えない。
ひっと声をあげ、まどかは布団を被った。
ジャングルの中にまどかの机と、まどかと、ベッドだけが置かれている。
まどかは怯えた。キュゥべえKは、なるほどと独りごちる。
「君のそのテレパシーは、強すぎるね。ボクにまで聞こえるよ。でも、二人いたとしても契約するのは君自身さ。主導権を握っている以上、君が嫌というのに契約を行ったりしない」
「……そう、なの。なら、どこかへ行ってよ……」
「うーん、困るね。ボクはいわば指名手配中だし。君の仲間やここの魔女に見つかるわけにはいかない。契約を唆すつもりはないから、話し相手にでもなってよ」
まどかは悩む。
ただ、もう眠い。拒絶するだけの気力は残っていなかった。
「分か、った……」
「ありがとう。っと……寝ちゃったかな。起こすのは忍びないね」
瞼を閉じたまどかは、息の速度をだんだんと遅くしていった。
やがて、
「君は知っているけれど……キュゥべえ・クロマークは黒幕じゃないんだ。本当さ。彼女が信じてくれることを祈るよ」
「忘れているのはあの少女じゃなくて、君だよ。思い出せるかな」
思い出せたなら、それはきっと楽しいだろう。
そう言った後その瞳はにわかに光り、そしてすぐに閉じられた。
そこに残ったのは、静寂だけだった。